事業売却の相場は、時価純資産に営業利益の2〜5年分を上乗せした水準が出発点になります。ただし実際の金額は、のれん年数の置き方や譲受企業とのシナジー、買収監査の結果で大きく振れるもの。年買法やDCF法など評価手法の使い分け、法人税と消費税を差し引いた手残り、価格を落とさないための準備まで、中小企業の実務に沿って解説します。
事業売却の相場は時価純資産にのれんを乗せた水準から始まる
「うちの部門は、いくらで売れるのか」。初回面談でほぼ必ず出る問いです。答えの出発点は意外と素朴で、引き渡す資産と負債の差額に、その事業が稼ぐ力の対価を上乗せする、という発想に落ち着きます。
相場の基本式は時価純資産+営業利益の2〜5年分
中小企業の現場では、次の式で当たりを付けることが多いです。
事業売却価格の目安=譲渡対象の時価純資産+対象事業の営業利益×2〜5年
いわゆる年買法(年倍法)です。年買法でののれん年数の決め方を押さえておくと、提示額の妥当性を自分で検証できます。
時価純資産は「持っていく資産」だけを数える
会社全体の純資産ではありません。譲渡対象に含める機械、車両、在庫、店舗設備などの時価から、引き継いでもらう負債を差し引いた金額です。時価純資産と簿価の開きは、機械設備の多い業種ほど大きくなります。
のれんの年数は「その利益が何年続くか」で動く
2年か5年かで価格は倍以上変わります。分かれ目は継続性。特定の担当者や社長個人に売上がぶら下がっている事業は、年数が短く見積もられやすい傾向。逆に定期契約や更新率の高い顧客基盤があれば、4〜5年が視野に入ります。
利益水準別に見た相場のイメージ
下表は、譲渡対象の時価純資産を1億円と置いたときの、営業利益とのれん年数による価格の振れ幅です。同じ事業でも評価の幅がこれだけ生じます。
| 対象事業の営業利益 | のれん2年分での目安 | のれん3年分での目安 | のれん5年分での目安 |
|---|---|---|---|
| 1,000万円 | 1億2,000万円 | 1億3,000万円 | 1億5,000万円 |
| 3,000万円 | 1億6,000万円 | 1億9,000万円 | 2億5,000万円 |
| 5,000万円 | 2億円 | 2億5,000万円 | 3億5,000万円 |
会社売却の相場とは金額の桁が変わる
ここを取り違えたまま検討を進める方が、実は少なくありません。事業の一部を切り出す事業売却と、株式を丸ごと渡す会社売却では、対価の受取先も税金も別物です。
| 比較項目 | 株式譲渡による会社売却 | 事業譲渡による事業売却 |
|---|---|---|
| 取引の対象 | 発行済株式(会社そのもの) | 特定の事業に属する資産・負債・契約 |
| 対価の受取先 | 株主であるオーナー個人 | 対象会社(法人) |
| 主な課税 | 所得税・住民税等の申告分離課税 | 法人税等、課税資産には消費税 |
| 金額の規模感 | 会社全体が対象のため大きくなりやすい | 切り出す範囲に比例して小さくなりやすい |
会社を丸ごと譲る場合の水準は会社売却の相場で確認できます。手法そのものの違いを整理したい場合は株式譲渡による会社売却の基本と事業譲渡の手続と流れを先に読んでおくと、以降の話が入りやすくなります。
事業売却の価格を決める4つの評価アプローチ
年買法はあくまで初期の目安。金額が大きくなるほど、複数の手法を突き合わせて幅で捉える進め方に切り替わります。
実務で使われる手法の整理
下表のとおり、それぞれ得意な場面と弱点があります。ひとつの数字を信じ込むより、3つの角度から囲い込むほうが交渉では強い。
| 評価アプローチ | 代表的な手法 | 事業売却での使いどころ | 弱点 |
|---|---|---|---|
| 折衷的な簡易法 | 年買法 | 中小企業の初期の当たり付け | 理論的な裏付けが弱く目安にとどまる |
| コストアプローチ | 時価純資産法 | 資産性の高い事業の下限値を押さえる | 将来の稼ぐ力が反映されない |
| インカムアプローチ | DCF法 | 成長余地を価格に織り込む | 事業計画の前提次第で結果が大きく動く |
| マーケットアプローチ | 類似会社比較法 | 業界水準との乖離を検証する | 比較できる上場会社がないと使えない |
DCF法は事業計画の説得力がそのまま価格になる
将来のキャッシュフローを現在価値に割り引く方法。切り出す事業の単独損益をきちんと作れるかどうかで、結果が大きく変わります。DCF法での価値算定の考え方を理解しておくと、譲受企業の提示根拠を読み解けます。
類似会社比較法は規模の補正が入る
上場会社の倍率をそのまま当てはめると、中小企業では過大評価になりがち。実務では規模や流動性を織り込んだ調整が入ります。類似会社比較法での規模補正と、指標として使われるEBITDA倍率の読み方はセットで押さえておきたいところです。
算定のタイミングで数字は変わる
決算直後か期中か、設備投資の前か後かで、時価純資産も収益力も動きます。手法の全体像は企業価値評価の基本的な考え方に、算定時期の論点は価値評価のタイミングにまとめています。
事業売却の相場を押し上げる要素と押し下げる要素
計算式で出た数字は、あくまでスタートライン。ここから譲受企業の目線で加点と減点が入ります。

価格を押し上げる要素
加点は「その事業を手に入れたら、譲受企業側で何が起きるか」から生まれます。単体の利益額だけを見ていると、この部分を取りこぼします。
シナジーが具体的に描けている
販路の共有でどれだけ売上が乗るか、仕入や物流の統合でいくら原価が下がるか。数字で示せる相手ほど、相場を超えた上乗せに踏み込みます。シナジー効果の評価方法は、譲渡オーナー側こそ理解しておく価値があります。
無形資産と許認可が整理されている
特許、商標、独自のレシピや加工ノウハウ、業界特有の許可。決算書には載らないこれらが評価の芯になります。ただし事業譲渡では許可が自動で移りません。許認可の承継可否は早い段階で確認しておきたい論点です。
社長がいなくても回る体制ができている
当社の支援現場で最も価格差が出るのがここ。従業員35名ほどの機械加工業で不採算部門を切り出した案件では、現場責任者に受注から工程管理まで権限が移っていたことが評価され、のれん年数が上振れしました。反対に、年商5億円台の建設関連業で社長が営業のすべてを握っていた事業は、のれんが2年台まで縮んでいます。事業特性と価格の関係は譲渡価格を高める事業特性で詳しく整理しています。
価格を押し下げる要素
減点はたいてい、譲受企業が「引き継いだあとに困ること」から来ます。事前に潰せるものが多い、というのが実感です。
事業が他部門と絡み合って切り出せない
同じ工場、同じ基幹システム、同じ営業担当。分離コストが読めない事業は、その分だけ値引きの対象になります。共通経費の配賦を含めた単独損益を作れるかが分岐点。
簿外リスクや係争の芽が残っている
未払残業代、労使トラブル、取引先とのクレーム。株式譲渡と違って会社の簿外債務は移りませんが、事業の運び方に起因して将来生じるリスクは譲受企業が背負います。ここを軽く見ると、あとで大きく削られる。
引き取ってもらえない資産が混ざっている
滞留在庫、稼働していない設備、事業と関係の薄い不動産。譲渡対象から外すのか、値付けを分けるのか、事前に仕分けておくと交渉がすっきりします。
相場から手取りを逆算する税務
提示額が2億円でも、手元に2億円が残るわけではありません。ここを最初に押さえておくと、金額の議論が現実的になります。
譲渡益には法人税等がかかる
事業売却の対価は会社に入り、譲渡益が他の所得と合算されて課税されます。普通法人の基本税率は23.2%で、中小法人には年800万円以下の所得部分に軽減税率が設けられています(国税庁タックスアンサーNo.5759「法人税の税率」)。法人住民税と法人事業税を合わせた実効税率は、おおむね30%台前半です。
課税資産には消費税が乗る
建物、機械、在庫、のれんは課税対象。一方で土地や債権は課税されません(国税庁タックスアンサーNo.6105「課税の対象」)。譲渡対価の内訳をどう配分するかで負担が変わるため、契約書の書き方が効いてきます。事業譲渡での消費税の扱いと事業譲渡の税金の全体像を確認しておくと安心です。
会計処理は譲渡側と譲受側で鏡写しになる
下表は、時価純資産1,000万円の事業を2,000万円で譲渡した場合の仕訳例です。差額の1,000万円が、譲渡側では譲渡益、譲受側ではのれんとして立ち上がります。
譲渡企業側の仕訳例
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 現預金 | 2,000万円 | 諸資産 | 1,500万円 |
| 諸負債 | 500万円 | 事業譲渡益 | 1,000万円 |
譲受企業側の仕訳例
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 諸資産 | 1,500万円 | 諸負債 | 500万円 |
| のれん | 1,000万円 | 現預金 | 2,000万円 |
こののれんの中身についてはのれんの算定方法と会計処理、対価との関係は営業権が譲渡対価を左右する仕組みで解説しています。
会社に入った代金をオーナー個人に移すには段取りがいる
役員退職金、配当、あるいは残った会社の清算。どれを選ぶかで最終的な手残りが変わります。譲渡代金をオーナー個人が受け取る方法は、価格交渉と同時並行で設計するのが実務の順序です。
相場どおりに決まらない場面と価格交渉の実務
提示額は一度で確定しません。上がる場面も下がる場面もあり、それぞれ打ち手が違います。
価格が動く3つの局面
意向表明で幅のある金額が出て、基本合意で仮の着地点を置き、買収監査を経て最終価格が固まる。この流れを知らないまま初回提示に一喜一憂する方が、やはり多いです。
基本合意までは上振れを狙う局面
複数の譲受候補が並ぶかどうかで、ここの結果は決まります。1社としか話していない状態では、相場を超える提示はまず出てきません。基本合意書で決めておく事項も、この段階で確認を。
買収監査の後は減額を防ぐ局面
財務、法務、労務の調査で想定外が出れば、価格は下がります。買収監査の流れを把握し、売り手側での事前準備を進めておけば、指摘の多くは事前に説明可能な話に変わります。
相場を落とさないための事前チェックリスト
当社が事業売却の初期段階でお渡ししている確認項目です。着手前に一度、社内で答え合わせをしてみてください。
- 対象事業の損益を、共通経費の配賦まで含めて単独で切り出せるか
- 社長個人の人脈や技能に依存している売上が、全体の何割を占めるか
- 主要取引先との契約に、譲渡時の事前同意条項が入っていないか
- 事業に紐づく許認可が、譲受企業側で取り直しになる種類か
- 従業員の労働条件と未払残業の有無を、書面で説明できるか
- 譲受企業が引き取らない在庫・設備を、対象から外して整理したか
- 賃借している店舗や工場の賃貸借契約を、承継できる見込みがあるか
評価が食い違ったときの向き合い方
譲渡オーナーの希望額と譲受企業の算定額がずれるのは、むしろ普通のこと。原因を分解すれば埋められる差も多いです。評価の乖離が生まれる原因と価格交渉の進め方を押さえたうえで、感情論に流れない議論を組み立てましょう。
相場を踏まえたスキーム選定と法務上の制約
価格だけで決めると、あとから効いてくる制約に足を取られます。会社法上の縛りを先に確認しておくのが順当です。
譲渡後20年の競業避止義務がかかる
会社法第21条により、事業を譲渡した会社は、別段の定めがない限り同一および隣接の市町村で20年間、同じ事業を行えません(e-Gov法令検索「会社法」)。実務では特約で数年程度に縮めることが多いものの、残す事業と重なる場合は要注意。競業避止義務の期間と範囲を契約前に詰めてください。
重要な一部の譲渡には株主総会の特別決議が必要になる
事業の全部、または重要な一部を譲渡する場合は、会社法第467条により株主総会の特別決議が求められます。少数株主がいる会社では、決議の見通しを早めに立てておく必要があります。
従業員と契約は個別に移す
包括承継の株式譲渡と違い、事業譲渡では雇用契約も取引契約も一件ずつ結び直します。この手間が価格に反映されることも。従業員の転籍と処遇の説明は、金額が固まる前から準備しておきたいところです。
そもそも会社ごと譲る選択肢はないか
後継者不在が背景にあるなら、事業だけを切り出すより会社売却のほうが手取りで有利になる場面が少なくありません。株式譲渡と事業譲渡の使い分け、そして事業売却の全体像を並べて比較することをお勧めします。中小企業M&Aの価格実務は中小企業M&Aの譲渡価格にも整理しました。
相談先の選び方も相場に影響する
候補企業をどれだけ広く当たれるか、税務まで含めて設計できるか。支援機関の力量が価格に跳ね返ります。中小企業庁の中小M&Aガイドラインでは、手数料や業務内容の確認事項が整理されています。比較の観点はM&Aの相談先の選び方とM&A仲介の役割と手数料相場をご覧ください。
事業売却の相場に関するFAQ
初回のご相談で実際に多い質問を、現場での答え方に近い形でまとめました。
数百万円規模の小さな事業でも成立します。ただし専門家費用を差し引くと手残りが薄くなるため、1,000万円を下回る規模では、譲渡ではなく取引先への引き継ぎを提案することもあります。まずは対象事業の営業利益と時価純資産を概算するところからです。
売れることはあります。譲受企業から見て、顧客リストや許認可、技術者の確保に価値があれば話は進みます。この場合の価格は時価純資産が軸になり、のれんはほぼ乗りません。負債を引き継いでもらう条件次第では、対価がごく小さくなる設計もあり得ます。
対象事業だけの損益を作ること、これに尽きます。共通経費の配賦、社長の人件費の扱い、他部門との内部取引を整理して単独で説明できる状態にする。ここが曖昧なままだと、譲受企業は保守的な数字で計算します。
まず低い理由を聞き出します。切り出しコストなのか、人員の引き継ぎ懸念なのか、簿外リスクの見積もりなのか。原因が具体的なら、資料の追加提出や条件の組み替えで戻せる場合があります。複数社と並行して話せているかどうかでも、交渉の余地は変わります。
事業売却の相場を把握したうえで進めるためのまとめ
事業売却の相場は、時価純資産に営業利益の2〜5年分を上乗せした水準が出発点で、そこからシナジーや事業の自走度、簿外リスクによって上下します。法人税と消費税を差し引いた手残りまで見ないと、判断を誤りかねません。長年育てた事業を手放す決断ですから、数字の根拠を自分の言葉で説明できる状態にしてから交渉の席に着きたいところです。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業の事業売却・会社売却を数多く支援してきました。譲渡スキームの選定から手取りの試算まで、会計と税務の視点を交えて一貫してご相談いただけます。相場感の確認だけでも構いませんので、本格検討の前にお声がけください。
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著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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