事業譲渡の譲渡代金は対象会社に入り、対価と簿価の差額が事業譲渡益として法人税の対象になります。仕訳や消費税の区分、のれんの償却、そして会社に入った資金を役員退職金や配当でオーナー個人へ移す方法まで、手取りを左右する論点を売り手・買い手の両面から整理しました。「代金は入ったのに手元に残らない」を避けるための実務を解説します。

事業譲渡の譲渡代金は誰の手元に入るのか
「事業を売った代金は、社長個人の口座に振り込まれますよね」。初回面談でこう確認されることが、今でもよくあります。答えは違います。事業譲渡の対価を受け取るのは対象会社であり、オーナー個人ではありません。ここを取り違えたまま話が進むと、後戻りが効かなくなります。
事業譲渡は、会社という器ごと動かす株式譲渡の仕組みとは違い、資産と負債を個別に売買する取引です。全体像は事業譲渡の会社法上の手続で整理していますが、代金の処理だけは別途おさえておきたい論点が並びます。
代金の受取人は対象会社であってオーナー個人ではない
株式譲渡なら、株主であるオーナーが直接対価を受け取ります。事業譲渡は会社同士の取引ですから、入金先は法人口座。オーナーがリタイア資金として使うには、そこからもう一段、個人へ移す手続が要ります。
「会社にはお金が入ったのに、社長の手元には1円も届いていない」。この状態は、決して珍しくありません。出口の設計を後回しにすると、税負担だけが積み上がります。
譲渡損益は対価と簿価の差額で決まる
売り手側の会計処理は、譲渡した資産・負債を帳簿から消し込み、受け取った対価との差額を認識するところから始まります。プラスなら事業譲渡益、マイナスなら事業譲渡損。いずれも損益計算書の特別損益に載ります。
現場でよく見る誤解が、「受け取った代金の全額が利益になる」というもの。実際には簿価を差し引いた残りが課税対象です。裏を返せば、簿価を正確に把握しない限り、手残りは読めません。税額の全体像は事業譲渡にかかる税金の論点で確認してください。
譲受企業側では時価計上とのれんが生じる
譲受企業は、引き継いだ資産と負債を時価で自社の帳簿に載せます。支払った対価が時価純資産額を上回るケースが大半で、その超過分がのれんです。
のれんは、ブランド、技術、顧客基盤といった目に見えない価値の集合。算定の考え方はのれんの評価と会計処理で詳しく扱っています。
事業譲渡の譲渡代金の仕訳|売り手と買い手の処理
仕訳を間違えると、税務調査での指摘や想定外の納税につながります。消費税の計上漏れは、その典型。ここでは実務で頻出するパターンを、数値を単純化して並べます。
売り手企業の仕訳例と仮受消費税の扱い
譲渡対価に含まれる消費税は、仮受消費税として処理します。資産の簿価合計が1億円、譲渡対価(時価)が1億5,000万円、うち課税資産に対する消費税が1,000万円だったケースを想定しました。
下表が、その仕訳イメージです。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 現金預金 | 1億6,000万円 | 諸資産(簿価) | 1億円 |
| 仮受消費税 | 1,000万円 | ||
| 事業譲渡益 | 5,000万円 |
受け取った現金の総額から、簿価と預かった消費税を差し引いた残りが事業譲渡益。この1,000万円は預かっているだけの資金です。運転資金と混ぜて使ってしまう例が、実際にあります。
買い手企業の仕訳例とのれんの計上
譲受企業側は、支払った対価と取得した時価純資産の差額をのれんとして計上します。同じ数値例で並べると、次のようになります。
下表は、譲受企業側の仕訳イメージです。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 諸資産(時価) | 1億円 | 現金預金 | 1億6,000万円 |
| のれん(税務上は資産調整勘定) | 5,000万円 | ||
| 仮払消費税 | 1,000万円 |
仮払消費税を計上することで、譲受企業は自社の消費税申告で仕入税額控除を受けられます。ただし課税売上割合によっては全額を控除できない場合もあり、事前確認が要ります。
のれんの償却年数は会計と税務で違う
会計基準では20年以内の効果の及ぶ期間で償却し、実務では5〜10年を採るケースが多く見られます。一方、税務上は資産調整勘定として60ヶ月、つまり5年の均等償却です(法人税法第62条の8)。
税務では毎期の損金に落ちるため、譲受企業にとっては節税効果が大きい。この点が、譲受企業が事業譲渡を好む理由のひとつになっています。
消費税の課税・非課税の区分と納税タイミング
資産ごとに課税と非課税を分けるのが、事業譲渡の消費税処理の出発点です。国税庁は土地の譲渡や有価証券等の譲渡を非課税取引として整理しています(国税庁タックスアンサー No.6201 非課税となる取引)。
| 区分 | 主な対象資産 | 実務での留意点 |
|---|---|---|
| 課税資産 | 建物、機械設備、車両、棚卸資産、のれん(営業権) | 対価総額が大きいほど消費税額も膨らむ |
| 非課税資産 | 土地、借地権、有価証券、売掛金などの金銭債権 | 土地の比率が高い譲渡は消費税負担が軽くなる |
なお、株式譲渡であれば有価証券の譲渡として消費税はかかりません。スキーム選定での効き方は消費税から見た有利なスキーム選定で整理しています。
のれん代にかかる消費税を見落とさない
揉めやすいのが、のれんに乗る消費税。のれんが8,000万円なら、それだけで800万円の消費税が動きます。金額のインパクトは、資金繰り計画を書き換えるレベルです。
内税か外税かは基本合意の段階で決めておく
「1億3,000万円で」と口頭で合意した後、その金額が税込なのか税抜なのかで揉める。この手のトラブルは、意向表明や基本合意の段階で一行入れておけば防げます。譲渡オーナーにとっては受取額、譲受企業にとっては一時的なキャッシュアウトの差ですから、双方に効きます。
簿価と時価のズレが生む想定外の税負担
事業譲渡は個別資産の売買の集合体です。だからこそ、帳簿上の数字と実際の取引価格の乖離が、そのまま税務上の損益に跳ね返ります。ここは事前シミュレーションの精度が問われる領域。
含み益のある資産ほど譲渡益が膨らむ
長く経営してきた会社では、取得時より値上がりした土地や建物を抱えていることがあります。減価償却が終わって簿価1円になった機械に、数千万円の時価がつくことも。
こうした資産を譲渡すれば、差額はまるごと利益です。法人税等の実効税率で3割強が持っていかれる計算になります。「代金が入るから納税も大丈夫」と構えていて、翌期の納税時期に資金が足りなくなった例を、支援現場では何度か見てきました。
繰越欠損金や含み損資産で譲渡益を圧縮する
過去の赤字が繰越欠損金として残っていれば、譲渡益と相殺して課税所得を抑えられます。含み損を抱えた資産があるなら、同一事業年度内に損出しを検討する余地も。要件の詳細は繰越欠損金の引継ぎ要件で確認できます。
タイミングの問題でもあります。譲渡実行を決算期の前に置くか後ろに置くかで、使える打ち手が変わってしまう。決算月が近い会社ほど、早い段階での相談をお勧めします。
負ののれんが発生する場合の処理
買収価格が時価純資産を下回れば、譲受企業側に負ののれんが生じます。訴訟リスクや環境負荷といった含み損失がある事業、あるいは売却を急いだ事業で起きやすい現象。
負ののれんは発生した事業年度の特別利益として一括計上されます。利益が立つ以上、法人税の負担も同時に発生する。喜んでばかりもいられません。会計処理の詳細は負ののれんの仕訳と税務にまとめました。
買収監査の結果が最終代金を動かす
譲渡代金は、譲受企業による買収監査(デューデリジェンス)を経て確定します。不良在庫の有無、設備の稼働状況、簿外の債務。ここで実態が出れば、時価評価は下方修正されます。
そもそもの価格の組み立て方は年買法によるのれんの見積りや事業売却の価格の決まり方が参考になります。交渉の席に着く前に、自社の資産価値を客観的に見直しておきたいところ。
会社に入った譲渡代金をオーナー個人が受け取る方法
対価は会社に入る。ならば、そこから個人へどう移すか。ここが手取りを最も大きく左右します。代表的な選択肢を、税負担の重さとあわせて並べます。
役員退職金として受け取る
税制上のメリットが最も大きいのが役員退職金です。退職所得控除が使えるうえ、控除後の金額をさらに2分の1にして課税される仕組み(国税庁タックスアンサー No.1420 退職金を受け取ったとき)。
会社側では損金算入によって譲渡益が圧縮され、個人側では低い税率で資金を受け取れます。ただし不相当に高額な支給は否認リスクを負う。適正額の算定はM&Aでの役員退職金の活用で解説しています。
配当として受け取る
引退せず会社を残すなら、配当という手もあります。もっとも配当所得は原則として総合課税。他の所得と合算され、住民税込みで最大約55%の税率が適用され得ます。
法人税がかからない状況、たとえば繰越欠損金が残っている局面であれば、少額ずつ移す設計に意味が出ることも。売却前の配当が手取りに与える影響もあわせて検討してください。
解散・清算して残余財産の分配を受ける
事業を全部譲渡し、会社に何も残らないなら、解散して残余財産を分配する道があります。分配額のうち資本金等を超える部分はみなし配当として課税される仕組みになり、税負担は配当と同様に重くなります。
それでも会社をきれいに畳めるという価値はあります。手取りの比較は会社清算と会社売却の手取り比較で数値イメージがつかめます。
会社を資産管理会社として残す
近年増えているのが、個人へ分配せず法人を運用主体として残す形。資産管理会社の税務メリットを使い、不動産や有価証券で運用しながら次世代への承継を設計します。事業譲渡後に会社に残るものを先に洗い出しておくと、判断がぶれません。
4つの受取方法を比較する
下表に、それぞれの税務上の位置づけと向き不向きを整理しました。
| 比較項目 | 役員退職金 | 配当 | 解散・清算 | 資産管理会社として存続 |
|---|---|---|---|---|
| 個人側の課税区分 | 退職所得(分離課税) | 配当所得(原則総合課税) | みなし配当+株式譲渡損益 | 分配時まで課税なし |
| 税負担の重さ | 軽い | 重い | 重い | 先送り |
| 法人側の効果 | 損金算入で譲渡益を圧縮 | 損金にならない | 清算所得の計算が必要 | 運用益に法人税 |
| 向くケース | オーナーが引退する | 会社を残して経営を続ける | 全部譲渡し会社を畳む | 次世代への承継を見据える |
| 主な注意点 | 不相当に高額だと否認リスク | 最大約55%の税率 | 清算手続の費用と期間 | 維持コストと管理の手間 |
事業譲渡と株式譲渡で手取りはどれだけ変わるか
スキームの選択は、そのまま手取りの差になります。同じ1億円でも、誰に、どの税率で課税されるかが違うためです。
課税主体と税率を並べて比較する
下表が、代金処理と税金の観点から見た両者の違いです。
| 比較項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 売却の主体 | 株主(オーナー個人) | 対象会社(法人) |
| 代金の受取人 | オーナー個人 | 対象会社 |
| 主な課税 | 所得税・住民税等 | 法人税等+消費税 |
| 税率の目安 | 約20%(申告分離課税) | 約30〜34%(法人実効税率) |
| 消費税 | 非課税 | 課税資産部分に課税 |
| 個人の手取り | 税引後がそのまま手元に残る | 会社から個人へ移す際に再度課税 |
数字だけ見れば株式譲渡が有利です。実際、中小企業の会社売却では9割前後がこちらを選びます。オーナーの手取り額の試算を先に置いてから、スキームを決める順序をお勧めしています。
それでも事業譲渡を選ぶ場面
税負担が重いと分かっていて、なお事業譲渡を選ぶ理由があります。不採算部門だけを切り離したい。簿外債務や係争のリスクを譲受企業に渡したくない。会社は残して別事業を続けたい。
選択の判断軸は両スキームの使い分けに整理しました。会社全体を譲る前提であれば、事業売却の全体の流れもあわせてご覧ください。
譲渡代金の処理でつまずかないための実務チェック
ここまでの論点を、実務の順番に並べ直します。当社の支援現場で、契約前に必ず潰しておく項目です。
契約前に確認したい7項目
以下は、譲渡オーナー側の視点で作成したチェックリストです。
- 譲渡対象資産の簿価と時価を1件ずつ突き合わせ、含み益・含み損を洗い出したか
- 事業譲渡益に対する法人税等の概算額を、決算期をまたぐ影響も含めて試算したか
- 課税資産と非課税資産を区分し、消費税額を算出したか
- 合意金額が内税か外税かを、基本合意書または譲渡契約書に明記したか
- 繰越欠損金の残高と使用期限を確認し、譲渡実行時期と整合させたか
- 役員退職金の適正額を算定し、支給する事業年度を決めたか
- 代金入金後の資金使途(納税資金の別管理を含む)を書き出したか
7項目のうち、抜けやすいのは4番目と7番目。金額の合意に気を取られ、税の建て付けが後回しになるためです。
支援現場で見た2つのケース
実際に起きた事象を、業種と規模を丸めたうえで紹介します。
ケース1|簿価1円の設備が譲渡益を押し上げた金属加工業
年商12億円、従業員45名の金属加工業。1つの製造部門を1億2,000万円で譲渡する案件でした。償却済みで簿価1円だった加工機に、買収監査で4,000万円の時価がつく。結果として事業譲渡益が想定より4,000万円近く膨らみ、法人税等の負担が1,300万円ほど増える見込みになりました。
対応として、同一事業年度内に代表者の役員退職金を支給する形へ設計を組み替え。損金算入で譲渡益を圧縮しつつ、個人側は退職所得として受け取る流れに整えています。
ケース2|のれんの消費税で1,000万円の認識がずれた食品卸
年商6億円の食品卸。のれん8,000万円を含む1億3,000万円で事業を譲渡する条件で話が進んでいました。ところが、この金額が税込か税抜かの取り決めがない。譲受企業は税込のつもり、譲渡オーナーは税抜のつもりでした。
差は約1,000万円。基本合意の段階で気づいたため、外税と明記して収まりましたが、契約直前に発覚していれば破談もあり得ました。金額合意の直後に税の建て付けを固める。この順序は崩さないほうが安全です。
事業譲渡の譲渡代金の処理に関するFAQ
代金の処理をめぐって、経営者からよくいただく質問をまとめました。
契約次第で可能です。現場では一括払いが基本ですが、譲受企業の資金事情から分割払いや、業績連動で後払いするアーンアウト条項を採ることもあります。回収リスクが残るため、担保設定や契約上の保全措置とセットで検討してください。
法人が法人に支払う事業譲渡代金については、原則として源泉徴収は生じません。ただし譲渡対象に不動産が含まれる場合の登録免許税や不動産取得税、契約書の印紙税は別問題です。個人事業主が売り手の場合は取扱いが変わるため、個別に確認します。
譲渡した日の属する事業年度の申告期限までに納付します。原則は事業年度終了日の翌日から2ヶ月以内。消費税も同じタイミングです。入金から納付まで最長で1年以上空くことがあり、その間に使い込んでしまう例が実際にあります。別口座での管理が有効です。
最終的には売り手と買い手の交渉です。中小企業の実務では「時価純資産+営業利益の2〜5年分」という年買法の考え方が目安として使われます。独自技術や取引先基盤の強さ次第で、この幅を超える評価がつくことも珍しくありません。
まとめ|事業譲渡の譲渡代金の処理と手取りの最大化
事業譲渡の代金は対象会社に入り、対価と簿価の差額が事業譲渡益として法人税等の対象になります。課税資産には消費税がかかり、譲受企業側ではのれんを5年で償却。個人の手取りを最大化するには、役員退職金などの出口設計を同時に組む必要があります。数字が大きいだけに、迷いが生じるのは当然です。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業の会社売却・事業承継を数多く支援してきました。公認会計士・税理士が譲渡スキームの設計から手取りの試算まで一貫して関与します。「会社と個人の手残りを最大化したい」とお考えでしたら、初期段階からご相談ください。
完全成功報酬のM&A仲介会社なら、みつきコンサルティングへ >

著者

- 事業法人第二部長/M&A担当ディレクター
-
ヘルスケア分野に関わる経営支援会社を経て、みつきコンサルティングでは事業計画の策定、モニタリング支援事業に従事。運営するファンドでは、投資先の経営戦略の策定、組織改革等をハンズオンにて担当。東南アジアなど海外での業務経験から、クロスボーダー案件に関しても知見を有する。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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