事業売却とは|相場・税金・事業譲渡との違い・手順・メリットを解説

事業売却とは、事業の全部又は一部を譲渡することです。中小企業にとって事業承継は大きな課題ですが、その解決方法の1つに事業売却という選択肢があります。この記事では、事業売却について、事業譲渡との違いやメリット・デメリット、売却完了までの流れなどを解説します。

事業売却の意味とは

事業売却とは、会社の事業の全部又は一部を売却する取引です。明確な定義はありませんが、一般に、M&Aの1形態と考えられています。一般に、資産や負債だけではなく、仕入れ先や取引先、販路、運営組織なども含めた売却を指します。

事業売却の動向

タナベコンサルティンググループの調査によると、経営者の7割以上が事業売却を検討したり、興味を持ったりしています。事業承継は、主要な理由の1つです。データからは、経営者の多くが自社の将来に課題を感じていることが読み取れます。

事業譲渡との違い

事業譲渡と事業売却は同じです。似ている用語ですが、意味は変わりません。「営業譲渡」や「営業権譲渡」も基本的に同義です。「事業譲渡」は会社法が制定されて採用された用語です。

会社売却との違い

会社売却とは、会社を丸ごと第三者に売却する取引を指します。株式譲渡とも呼ばれ、一部の事業だけを売買するのではない点が、事業売却との違いです。会社売却の場合は株式を売却し、売却益は株主が受領します。

事業売却か会社売却かの選択

ここでは、M&Aに際して、事業売却と会社売却のどちらを採用するか、その判断軸について解説します。

売却する範囲

事業売却の際には、売却範囲が一部の事業であるか、あるいは会社全体であるかを考慮しましょう。どちらの場合も、売却の目的と期待される結果を、明確に定義することが重要です。

雇用移転の同意

事業売却の際には、雇用契約が移転します。この場合は、従業員の同意が必要です。同意が得られないと、従業員に働き続けてもらうことはできません。事業売却を計画する際には、従業員とのコミュニケーションを適切に行い、理解と協力を得ることが重要です。

発生する税金の支払額

売却益にかかる税金は、事業売却と会社売却で異なります。事業売却の場合は、売却益には法人税、課税所得には消費税が課税されます。売却益も税率も異なるため、支払額が変わる点には注意が必要です。事業売却を検討する際には、税金も計算に含めることが重要です。

事業売却の相場と価格

事業売却に関する相場の考え方、高い価格で売却できる場合について説明します。

事業売却の相場

事業売却の相場は、会社売却よりも相場が低い傾向にあります。相場を知るには、類似の事業を展開する、上場企業から推定することが、最も簡単な手法です。

相場は、業種・業態や売却のタイミングによって異なってきますので、価値算定に強いM&A仲介会社等に照会すると良いでしょう。

高値で事業売却できるケース

以下のような場合には、高い価格で事業売却できる可能性が高まります。

将来性が見込める事業である

高値で事業売却できるケースは、将来性が見込める事業である場合です。直近の数年で利益が出ている事業は、高値で売却できるでしょう。また、今後5年間の具体的な事業計画を作成して提示する取り組みも、高値で売るためには効果的です。

競合に負けない強みがある

高値で事業売却をするためには、競合他社と比較して優位性を持っている事業であることが重要です。他社との差別化ポイントが明確であること、独自の技術力やノウハウを有しているといった強みがあれば、高い評価を得られるでしょう。

法務・財政状況にリスクがない

法務・財政状況にリスクがないことも、高値で事業売却をするためには重要です。マイナス要素を取り除くことや、帳簿をクリーンにしなければなりません。簿外負債や使途不明金、不正な会計処理などあると、買い手からの評価が下がってしまうでしょう。これらの問題を解消し、透明性と信頼性を確保することで、事業の価値を高められます。

事業売却にかかる税金

事業売却した際に生じる税金を譲渡企業と譲受企業に分けて説明します。

譲渡企業の税金

譲渡側には、法人税等と消費税が課されます。

法人税等

法人税等について 事業売却で生じた売却益に対し、法人税等が課税されます。これには法人税、法人事業税、法人住民税が含まれます。課税対象は、事業売却の対価から譲渡資産の簿価を引いた額です。売却価額が簿価を下回る場合、その差額を損金として他の所得から控除できます。

消費税

消費税(納付)について 譲渡資産が課税資産に該当する場合、消費税の納付義務が生じます。課税対象は、土地以外の有形固定資産、無形固定資産、棚卸資産、営業権などです。消費税は売り手が納付しますが、実際の負担は買い手が行います。事業売却では、譲渡金額に消費税が上乗せされるため、買い手が負担することになります。

譲受企業の税金

譲受側には、消費税と不動産所得税等が課されます。

消費税

消費税について 譲渡資産が課税対象の場合、消費税が発生します。売り手が納付しますが、実際の負担は買い手が行います。

不動産取得税等

不動産取得税・登録免許税について 譲渡資産に不動産が含まれる場合、買い手に不動産取得税が課されます。また、不動産登記に伴う登録免許税も支払う必要があります。

のれん償却による節税効果

のれん償却について 事業売却の譲渡金額には、ノウハウやブランドなどの無形固定資産である「のれん」が含まれます。買い手は事業譲渡後、このれんを償却していきます。会計上の償却期間は「20年以内の効果の及ぶ期間」ですが、税務上は資産調整勘定として5年間で処理します。のれんの償却額は、損金として課税所得から控除されます。

事業売却の手続の流れ

中小企業の事業売却の流れについて、各段階の手続きも含めて解説します。

1.売却事業・売却先の決定

どの事業を売却するのか、また、どこに売却するのかを決定します。売却先を明確にするためにも、事業の現状分析や市場調査を実施しましょう。また、売却益の活用法を明確にしなければなりません。売却益は新たな事業開発や既存事業の強化、負債の返済などに活用可能です。売却先の選定に際しては、いわゆるロングリスト・ショートリストをもとに検討します。

2.基本条件の確認と基本合意

売却事業・売却先を決定したら、譲受側から提示された基本条件を確認し、意向表明書の受理又は基本合意書を締結します。基本合意書は、売却の基本的な条件や手続きを明記した文書で、両者の意思の一致を示すものです。基本条件には、売却価格や支払い方法、引き渡し時期などが含まれます。

3.デューデリジェンス(買収監査・企業調査)

デューデリジェンス(買収監査・企業調査)は、譲受側が実施する監査で、売却対象の事業や会社の財務状況、法律問題、契約、人事、ITシステムなどを詳細に調査します。譲渡側は、必要な資料の準備や質疑応答に対応します。デューデリジェンス(買収監査・企業調査)は、事業売却におけるリスクを評価し、適切な売却価格を決定するために重要な手続きです。

4.株主総会での決議

デューデリジェンス(買収監査・企業調査)を終えたら、株主総会(会社によっては取締役会)において、売却の詳細な条件やタイミング、売却後の事業戦略などを決めて、最終的な合意へと進みます。この際には、会社役員の決議が必要です。

5.事業譲渡契約書の締結

取締役会において合意が得られたら、事業売却の最終段階として、双方の合意に基づき事業譲渡契約書を締結します。事業譲渡契約書には、売却する事業の詳細や価格、支払い方法など、売買に関する条件が明記されます。契約書の締結をもって、事業売却の契約は完了です。

6.各種契約関係の移転手続

事業譲渡契約書の締結後、移転手続きを行います。具体的には、債権や債務、従業員の雇用などの移転手続きです。また、上場企業においては、臨時報告書の提出と公正取引委員会への届け出が必要です。

7.株主への通知と特別決議

事業売却の後には、株主への通知をします。事業売却が企業にとって重要な資産の売却と認められる場合は、株主総会での特別決議が必要です。この場合は、3分の2以上の株主から信任を得ることが求められます。そのため、株主への通知を行い、事業売却をする旨を株主に伝えなければなりません。

8.監督官庁の許認可取得と各種届け出

事業売却の後には、監督官庁の許認可取得と各種手続きをします。また、譲渡側は譲受側の個別契約や地位の移転に協力することが求められます。これらの手続きを適切に行うことで、事業売却は正式に完了となります。

事業売却するメリット・デメリット

中小企業が事業売却するメリットとデメリットは、一般に以下のようなものです。

メリット

最初にメリットを紹介します。

売却益を得られる

売却益の受領者は会社です。事業売却により得られる売却益は、会社にとって貴重な資源となります。売却益は、運転資金の確保や負債の返済、新規事業への投資など、さまざまな形で企業の財務基盤を強化し、将来の成長に資する重要な手段となるでしょう。

事業の整理ができる

事業売却における売却側のメリットは、事業の整理ができる点です。不要な事業だけを切り離すことで、主力事業を継続する体力を確保できます。主要な事業に注力し、経営資源を最適化できる点は、大きなメリットといえるでしょう。

例えば、不採算事業の切り離しも可能です。赤字事業を切り離して利益率を高めることで、企業全体の経営効率が向上します。さらに、売却益を別事業に投下することで、経営の安定化を図ることも可能です。

会社や従業員を残せる

事業売却は、会社全体を売却するのではなく、特定の事業部門だけを売却します。売却事業以外は残り、社名や株主、住所なども変わらないため、企業のブランドや企業文化を維持できます。ただし、事業売却に伴って、従業員の配置換えが必要となる場合があります。

デメリット

次にデメリットです。

売却完了まで手間と時間がかかる

事業売却は、資産や負債ごとに個別の手続きを要するため、売却完了までに手間と時間がかかる点は、デメリットといえるでしょう。契約書を交わしただけで、すべての権利関係は移動しない点には注意が必要です。

売却後は競業避止義務が発生する

事業売却後は、競業避止義務が発生します。具体的には、20年間にわたって同一市区町村および隣接する市区町村において、売却した事業と同じ事業は行えません。ただし、民法の規定においては20年間が原則ですが、当事者間の合意があれば変更できます。

売却事業の事業別財務諸表を作成しなければならない

事業売却を行う際には、売却価格や売却益の算定のために、売却事業の事業別財務諸表を作成する必要があります。会社全体の財務諸表しかない場合は、個別に作成しなければなりません。時間と労力、知識を要する点は、デメリットといえるでしょう。

中小企業における事業売却の注意点

中小企業が事業売却をする場合には、どのような点に注意すべきでしょうか。ここでは、3つの注意点について解説します。

個人資産と会社の資産を明瞭にする

事業売却を行う際には、個人資産と会社の資産を明瞭にしましょう。事業売却の対象は会社が保有する事業資産であり、譲受側が認める資産の明確化が必要です。売却対象となる資産の範囲を明確にすることで、売却価格の算定や交渉をスムーズに進められます。

妥協点を大まかに決めておく

事業売却の交渉においては、事前に売却価格や条件の妥協点を考えておくことが重要です。協議のラインを決めておくことで、相手の言いなりにならずに済みます。また、妥協点も明確にすると、交渉が円滑に進む可能性が、より高まるでしょう。

冷静な判断力をもつ

事業売却においては、冷静な判断力をもつことが求められます。即決せず、双方の希望を客観的に整理・判断し、交渉することが重要です。自社の利益を最大限に保護しながら、適切な売却価格と条件を獲得するための交渉ができるでしょう。

中小企業の事業売却の事例3選

中小企業が事業売却した事例を紹介します。

事例1.計測機器製造の小規模企業

同社は、計測機器の施工・メンテナンスを行っている企業に対して、計測機器の製造の事業を売却しました。この売却において従業員の雇用はそのまま引き継がれ、従業員は新たな環境にて貢献を果たしています。

事例2.後継者不在のメッキ加工業

後継者不在問題を抱えていた同社は、溶接加工業を営む会社に対して事業売却を行いました。自動車用金属部品の加工の技術に溶接加工業の事業とのシナジー(相乗効果)を期待してのものです。従業員の雇用は、事業売却の際の条件どおりに、すべて引き継がれました。

事例3.事業売却で廃業資金を捻出

事業売却によって、廃業資金を捻出したケースもあります。売却側企業は、製造業・小売業の2つの事業のうち、製造業が不採算事業であったため、黒字が見込まれる小売業のみを売却しました。その後、売却益を製造業の廃業に充当し、会社を解散・清算しています。

事業売却のまとめ

事業売却をする際には、メリットやデメリット、手続き方法などを十分に把握しましょう。そのうえで、実施の段階では、専門家への相談をおすすめします。

みつきコンサルティングは、税理士法人グループであることからM&A(第三者への承継)ありきの提案ではなく、事業所内承継、親族内承継など複数の選択肢のメリット・デメリットを比較して選択可能な提案をしています。事業売却をお考えなら、みつきコンサルティングに、ご相談ください。


著者

西尾崇
西尾崇事業法人第三部長
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人

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