M&Aにおいて交渉する際の条件設定は、譲渡側・譲受側にとって重要です。この記事では、M&Aにおける条件交渉とは何か、条件交渉の流れ・設定方法、条件交渉において譲渡側・譲受側がそれぞれ気をつけるべきポイントについて解説しますので、参考にしてください。
M&Aで大切な条件交渉とは?
M&Aの価格や条件は交渉で決まります。本章では、M&Aで大切になる条件交渉について解説します。
譲渡条件の概要を決める交渉
譲渡側と譲受側の間で、基本的な条件のすり合わせが行われ、基本合意書が作られます。基本合意書で合意した金額やその他の条件がその後の交渉の基準となります。基本合意までに確定すべき条件としては、譲受時期、譲受実行までのスケジュール、従業員の処遇、役員の処遇、譲受スキーム等です。基本合意書で合意した諸条件については、基本的には法的な拘束力はありません。
譲渡条件の細目を決める交渉
デューデリジェンス(買収監査・企業調査)後に行われる条件交渉の結果、譲渡側と譲受側との間で合意された条件が最終契約書に盛り込まれます。具体的には、クロージングの前提条件、表明保証の範囲などが新たに規定され、最終契約書で盛り込まれた規定には法的拘束力を持たせます。
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M&Aにおける条件交渉の流れ
M&Aの流れのうち、M&A先が決まり条件交渉が開始されてから、最終契約が行われるまでの流れについて解説します。
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1.トップ面談・交渉開始
トップ面談前に譲渡側から基本的な希望条件(譲渡価額や譲受側に必ず守ってもらいたい事項なと)を伝えます。この譲渡側の希望条件については通常、企業概要書などに記載することが多く、トップ面談(経営者同士の面談)の場においては、具体的な交渉は行われません。トップ面談が終了してから具体的な交渉が開始されることが一般的です。
トップ面談は、譲渡側と譲受側の経営方針や人柄の確認、商流や今後の事業計画の確認、M&A後のシナジーなどの話題が主となり、譲渡側と譲受側双方が今後の交渉相手として相応しい相手かどうかを確認することが最大の目的となりますので、条件交渉は極力行われないように実施します。
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2.基本合意の締結
基本合意は、譲渡側企業と譲受側企業候補が基本的事項の合意を書面で確認するものですが、M&Aの交渉を進めていくなかで、想定される買収価格や買収の条件等の基本的な内容について記載し、譲渡側と譲受側の合意できている事項についての確認書としての機能が強く、法的拘束力を持たせない場合がほとんどです。基本合意書を締結することでスケジュールが明確になり、交渉がスムーズになります。さらに、譲渡側は譲渡価格の下限を理解することができ、譲受側は買収価格の上限の設定が設定することができるというメリットもあります。
なお、意向表明書の交付と受理をもって、基本合意書の取り交わしに代える実務もあります。
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3.デューデリジェンスの実施
デューデリジェンス(買収監査・企業調査)とは、譲渡対象企業に対する調査手続きの総称で、譲渡対価が適正か、譲渡企業に潜在的なリスクがないかを様々な角度から、それぞれの専門家が検証・調査することです。デューデリジェンスの目的の一つに、譲渡企業の企業価値評価が適正であるか最終条件を決定するための調査の場でもあります。
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4.最終条件の交渉
デューデリジェンス実施後、トップ面談・基本合意・デューデリジェンスで得た情報をもとに最終条件に向けた交渉をします。このフェーズで論点となりやすい事項としては、買収価格、M&Aのスキーム、クロージング後の譲渡側の義務(譲渡側に対する表明保証の設定・リスクの低減施策実行の提案を要求)、クロージング後の譲受側の義務(役員・従業員の処遇、事業の継続性)などがあります。
5.最終契約書の締結
最終契約書は、譲渡側と譲受側の最終交渉を経て合意した条件を落とし込んだM&Aにおける最後の契約書のことを言います。最終交渉は、基本合意書締結後に行われるデューデリジェンスの結果を踏まえ、M&A実行の為の諸条件やM&A取引金額の交渉が行われます。
最終交渉により合意に至った条件を最終契約書にまとめ、譲渡側と譲受側で締結することになります。最終契約書締結後、M&A取引対価の資金決済となりM&Aが成約となります。
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M&A条件の交渉ポイント
M&Aにおける具体的な条件交渉の内容について解説します。
M&Aの取引形態
M&Aの目的により、株式譲渡・事業譲渡・株式交換・合併等どの方法を選ぶかを決めます。主要な取引形態別の検討ポイントを下記に解説します。
株式譲渡
株式譲渡とは、譲受側が譲渡側の株式を買い取り、経営権を取得する手法です。ほかの手法と比較すると、手続きが容易で、株式の譲渡による経営権の譲渡であるため、株主のみが変化し、会社内の資産や組織構造には変化がないことが特徴です。
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事業譲渡
事業譲渡とは、企業の一部もしくは全部の事業を他の企業に譲渡する手法で、M&Aの手法の1つです。ここで言う「事業」には、当該企業の営みに必要な土地や建物、設備、特許、人材などの資産に加え、必要な負債、契約なども含まれます。
契約とは仕入先や取引先などの外部との契約だけでなく、従業員との雇用契約といった内部との契約も含まれ、事業譲渡では必要なものや契約を指定して譲渡することができます。
株式交換
株式交換とは、譲渡企業の株式を取得して自社の完全子会社化する手法です。この際に、現金による売買ではなく、株式を交換する手法のため現金がなくても実施でき、複数の企業を完全子会社とする持株会社化に多く用いられます。
会社分割
会社分割とは、事業の一部を切り分けて他社に承継することです。譲渡側の残っている事業の経営権は継続します。会社分割には、吸収分割と新設分割があり、吸収分割は、事業を既存の企業に承継させますが、新設分割は、事業を新規に設立した企業に承継させる手法となります。
会社分割は、事業譲渡に似ていますが、分割対象の全ての権利義務を包括して承継する点が事業譲渡とは大きな相違点となります。具体的に会社分割を実行する際は、会社法に定められた手続きを行うため、時間と手間がかかります。
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譲渡価格
M&Aにおける譲渡価格は変動的かつ任意的なもので、法律などで規定されているわけではありません。そのため、適切な価格算定等により、譲渡側と譲受側企業が交渉した結果で決まるという特徴があります。
譲渡側・譲受側の両者にとって重要である条件だけに、最終的には、お互いが譲歩可能な価格を探るなどして調整します。譲渡価格が譲渡側の希望価格に達しない場合は、業績連動インセンティブやM&A後の顧問契約などの業務対価として支払うことも実例として多くあります。
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従業員の雇用条件
譲渡側は従業員の雇用を守ることが重要と考えていますし、譲受側にとっても、重要な人材の獲得が重要と考えておりますので、従業員の雇用と雇用条件は当面(数年程度の記載)維持する旨の取り決めは一般的に行われます。
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経営者・役員の処遇
役員の処遇については、留任か一定期間の雇用継続、解任、退職慰労金支給の有無について取り決めを行います。また、引継ぎ期間を有償もしくは無償の顧問契約、引継ぎ完了後は関連会社や対象会社の役員のポストを設けるなど様々な処遇があります。
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表明保証・誓約事項と補償条項
譲渡側と譲受側の双方が、相手方に対して、保証したり(表明保証)、義務付けたり(誓約事項)する項目を最終契約書(株式譲渡契約書など)に記載します。その内容はケースバイケースになります。
また、これらの違反が判明した場合には、その重要性に応じて対応します。M&Aのクロージング前であれば、契約解除やクロージングの延期、補償条項の発動(損害賠償の請求)で対処します。クロージング後であれば、補償条項(損害賠償)で対処します。このような補償条項がカバーする金額や期間をどうするかは、重要な交渉ポイントになります。
クロージングのための前提条件
クロージングのための前提条件(単にクロージング条件と呼びます)は、譲渡側又は譲受側がクロージングに前に履行すべき条件として最終契約書(株式譲渡契約書など)に記載されます。
その1つでも履行されなければ、(それを相手方が許容しない限りは)そのM&Aはクロージングしません。もしくは、クロージングが延期されることになります。最悪の場合、ここまで時間を掛けて交渉を進めてきたM&A自体が破談(ブレイク)になります。
クロージング条件の例
クロージングのための前提条件の具体例を下記に記載します。
- 譲渡側及び譲受側の表明保証の正確性
- 譲渡側及び譲受側の誓約事項の義務の履行完了
- クロージングのための諸手続の完了
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譲渡条件についての注意点
M&Aにおける売却の条件設定のために、譲渡側が気をつけるべきポイントについて解説します。
売却条件に優先順位をつける
M&Aの交渉においては、自社の思惑通りに進まないケースも想定し、譲れる条件と譲れない条件をあらかじめ決めておくことが大切です。すべての希望条件を受け入れてくれる相手は稀であり、譲れない条件とそうでない条件をM&A計画立案時にしっかり棚卸ししておくことで、スムーズに取引を進めることが可能となります。
適正な譲渡価格を設定する
M&Aにおいて、譲渡側と譲受側の双方がもっともこだわる条件が、譲渡価格です。譲渡側は高く譲渡したいですし、譲受側は安く譲り受けたいのが当然の心理ですが、譲渡側は最低限の売却価格をあらかじめ設定しておくと良いでしょう。最低限の売却価格は、適切な売却価格の算定結果をもとに決めます。この適正価格を算出するためには、専門家のアドバイスを聞くことが重要でとなります。
企業価値を高めるために努力する
譲渡側は、企業価値を高めるために下記のような取り組みを行っておくと良いでしょう。
- 交渉や価格設定に反映できるように自社の価値を客観的に把握しておく
- 企業機密や競争力の流出リスクに十分に留意しながら、強みになる情報を提供する
- 企業のブランド力としての技術力や知見を高めておく
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買収条件についての確認事項
M&Aの条件交渉時に譲受側が確認すべきポイントについて解説します。
企業価値
譲受側は、企業価値評価において、下記のポイントを押さえておくと良いでしょう。
- 投資回収の基準を明確にする
- 譲受額の判断基準を明確にする
- シナジー(相乗効果)を得られるかの確認を具体的に検証する
- 上記のために、譲渡企業の企業力・取引先などの販路・ブランド力の調査を行う
対象会社の人材・ソフト資産など
譲受側は、M&A後を見据えて、下記のポイントを押さえておくと良いでしょう。
- 譲渡企業の技術力・従業員・顧客基盤などの基盤項目の把握と分析をしっかり行う
- 譲り受けた際の従業員の待遇・労働環境・組織文化なども確認しておく
会計上の影響
譲受側は、M&A後の会計インパクトを見積もるため、下記のポイントを押さえておくと良いでしょう。
- 会計方針・処理方法(利用している会計システム、税務ポリシーを含む)
- 簿外債務・含み損益
- 契約書の扱い方
M&Aの条件交渉のまとめ
本記事では、M&Aで事業の譲渡や譲受を検討している人に向け、M&Aにおける条件交渉とは何か、条件交渉の流れ・設定方法、条件交渉において譲渡側・譲受側がそれぞれ気をつけるべきポイントについて解説してきました。適切な交渉ができるかどうかでM&Aの成否は大きく影響を受けてしまいます。M&Aにおいて適切な交渉を行う上で大切なことは、M&A仲介会社などの専門家のアドバイスが重要であるということです。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として15年以上の業歴があり、中小企業M&Aに特化した経験実績が豊富なM&Aアドバイザーが多数在籍しております。みつき税理士法人と連携することにより、非上場会社の価格算定も得意としておりますので、M&Aをご検討の際は、成功するM&A仲介で実績のある、みつきコンサルティングに是非ご相談ください。
著者
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人
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