自社の業界はM&Aで売れるのか、と迷うオーナーは少なくありません。本記事では公的統計をもとに需要の大きい分野を確認し、後継者不在率の差、譲受企業が確認する評価項目、価格を左右する個社要因まで整理しました。人気ランキングに振り回されない見極め方が分かります。
M&Aの需要が高い業種を読み解く前提
業種ごとのM&Aの多さを調べると、たいていは件数ランキングに行き着きます。ところが、その数字が自社の売りやすさをそのまま表しているとは限りません。統計の性格から確認しておきましょう。
公表ベースの件数は大企業の動きに引っ張られる
レコフデータの集計によると、2025年の日本企業のM&A件数は5,115件で、前年比8.8%増と過去最高を更新しました。ただし対象は公表された案件で、上場企業の再編や大型案件が総数を押し上げています。件数が伸びた背景を踏まえたうえで、中小企業の実像は別に確認する必要があります。
そもそもM&Aの基本的な仕組みや手法の全体像が曖昧なままだと、業種別の数字も読み違えやすくなります。中小企業M&Aの特徴は、大企業のそれとは前提がかなり違うのです。
公的統計で見る中小企業M&Aの業種構成
中小企業の実態に近いのが、国が全国48か所に設置する事業承継・引継ぎ支援センターの成約データ。中小企業基盤整備機構がまとめた令和6年度の事業評価報告書から、下表に業種別の構成比を整理しました。
| 業種区分 | 譲渡成約企業(売り手)の構成比 | 譲受成約企業(買い手)の構成比 |
|---|---|---|
| 製造業 | 18.5% | 15.6% |
| 卸・小売業 | 18.0% | 15.9% |
| 飲食・宿泊業 | 14.6% | 8.8% |
| 建設工事業 | 12.2% | 13.3% |
| 運輸業 | 3.0% | 3.3% |
| サービス業・その他 | 33.8% | 37.5% |
譲渡側は製造業と卸・小売業が二本柱
製造業と卸・小売業だけで譲渡側の3割超。技術や取引先という引き継ぐ価値が明確な業種ほど、相手が見つかりやすい傾向にあります。飲食・宿泊業は前年より比率が上がりました。
譲受側はサービス業の比率がさらに高い
買い手側ではサービス業・その他が37.5%と最大で、個人による譲受も5.5%を占めます。業種をまたいだ組み合わせが、公的機関の支援案件でも当たり前になってきました。
成約している会社の規模感
同じ報告書では、譲渡成約企業の売上高は1億円以下が6割超、5億円以下が9割超。従業員10名以下が7割です。規模ごとの買い手の顔ぶれは、ここを起点に変わります。
M&Aの需要が高い業種6選と譲受企業の狙い
統計上の件数に加え、当社の支援現場での実感を重ねると、譲受ニーズが厚い分野は次の6つに集約されます。それぞれ、買い手が何を取りに来ているのかという角度で見ていきます。

サービス業
介護をはじめ、人材の不足感が慢性化した分野です。厚生労働省の介護人材の確保・介護現場の革新でも、不足を訴える事業所は過半を超えています。人材と拠点をまとめて得られる介護業界の譲渡は引き合いが途切れません。
教育、美容、人材紹介も同様。とくに人材業界の再編は、登録者データベースの価値が評価軸になります。人手不足の解消策としてM&Aを選ぶ会社が、買い手側にも売り手側にも増えました。
建設業・不動産業
同業や隣接分野での組み合わせが盛んな領域。買い手が狙うのは、有資格者と建設業許可、そして地場の受注網です。設備工事や内装のように専門工事に強い会社は、元請側からの引き合いも入ります。
職人の高齢化が進むなかで、建設業の譲渡は「あと5年待つ」判断が裏目に出やすい分野でもあります。保有不動産の比重が大きい会社では、不動産M&Aの枠組みのほうが手取りが増えることも。
Web・IT業
技術の入れ替わりが速く、自前で人を採るより会社ごと迎える判断が定着した分野です。異業種の事業会社がDXの担い手を確保する目的で参入してくる点も特徴的。IT企業の譲渡動向は、この数年で買い手の層が明らかに広がりました。
受託開発やSES事業の売却では、技術者の在籍年数と単価が価格に直結します。ソースコードや外部委託の契約関係はIT分野の調査で必ず見られる箇所。
小売業
価格競争と店舗の入れ替わりが激しく、規模の利益を求める動きが続いています。食品スーパーの再編では、商圏が重ならない相手を選ぶ発想が主流になりました。
自動車ディーラーの譲渡も動きが活発。店舗や在庫の評価が論点になりやすく、店舗ビジネスの調査項目を先に押さえておくと交渉が滞りません。
飲食業
人手不足と原材料高が重なり、単独での立て直しが難しい会社が増えました。譲受側から見ると、店舗を引き継いだ時点で立地と客層が確定しているため、出店の失敗確率を下げられます。飲食店の売却相場は、賃借条件と人員の残り方でかなり動きます。
製造業
参入障壁が高く、譲受候補が見つかりやすい業種の代表格。技術や特許、既存の取引先を内製化したい買い手が動きます。製造業の再編動向は、EV化のような産業構造の変化とも連動しています。
一方で、老朽設備の更新負担や特定取引先への依存度は厳しく見られます。工場やサプライチェーンをめぐる製造業特有の調査は、譲渡オーナー側でも中身を知っておいて損はありません。
その他で動きが強まっている分野
6業種以外では、エネルギー関連や健康食品を含む食品分野の再編、資源循環をめぐるリサイクル業界の譲渡も件数が増えています。許認可がボトルネックになる業態ほど、譲受側は自前の新設より譲り受けを選びがち。
今後さらにM&Aが活発化する業種
制度改定や構造的な人手不足を背景に、これから譲受ニーズが厚くなる分野もあります。当社の相談窓口でも、この4分野は問い合わせの伸び方が違います。
調剤薬局
調剤報酬の改定が続き、単独店では収益の確保が難しくなりました。薬剤師の採用も重い負担。大手によるドミナント展開が進むなかで、調剤薬局の売却相場は立地と処方元との関係で大きく振れます。
隣接するドラッグストアの動向も合わせて見ておくと、買い手候補の幅が読めます。
ホテル・旅館業
コロナ禍で表面化した資本の傷みと、その後の需要回復。この落差が売買を生みました。運営体制の見直しやコスト構造の改善を目的に、他社の傘下に入る選択も一般化。ホテル業界の譲受では、不動産と運営を分けて評価する手法も使われます。
人手の確保が最大の課題である宿泊業・旅館の譲渡は、従業員の定着状況が価格交渉の材料になりやすい分野です。
医療・介護
制度の見直しと医師の高齢化が同時に進み、グループ化の動きが加速しています。持分の有無で手法が変わるため、医療法人のスキームは早めの整理が欠かせません。
個人医院の場合は、クリニックの承継相場が地域差の影響を強く受けます。
物流・運送
時間外労働の上限規制と燃料費の高騰が重なり、中小の単独運営が厳しくなった分野。配送網と拠点、そしてドライバーをまとめて確保したい買い手が動いています。統計上の構成比は3.0%と小さいものの、相談の伸び率で言えば上位です。
業種別の後継者不在率とM&Aニーズのずれ
「うちの業界は後継者難だからM&Aが多いはず」と考える方は多いのですが、実際の数字はもう少し複雑です。帝国データバンクの全国「後継者不在率」動向調査(2025年)から、表中に主な数値を抜き出しました。
| 区分 | 2025年の後継者不在率 |
|---|---|
| 全国・全業種平均 | 50.1% |
| 建設業(8業種で最高) | 57.3% |
| 製造業(8業種で最低) | 42.4% |
| 自動車・自転車小売(中分類で最高) | 62.3% |
| 金融・保険(中分類で最低) | 31.4% |
| 小規模企業 | 57.3% |
不在率が最も低い製造業が、譲渡件数では最多
製造業の不在率は42.4%と8業種で最も低いのに、支援センターの譲渡成約では18.5%で最多です。後継者を決めている会社が多くても、承継の中身として第三者への譲渡が選ばれている。ここに事業承継型M&Aの広がりが表れています。
不在率が高い業種ほど時間の余裕がない
建設業や自動車小売のように6割前後で推移する分野は、経営者の年齢と設備更新のタイミングが重なりがち。後継者不足への対応を先送りすると、選択肢が廃業との比較に絞られてしまいます。
自社の業種で会社は売れるのか
ここからが本題でしょう。業種の人気度は、あくまで買い手が集まりやすいかどうかの目安にすぎません。実際の成否を分けるのは、その業種のなかで自社がどの位置にいるかです。
価格を決めるのは業種よりも個社の要因
業種別の平均倍率を自社にそのまま当てはめると、期待値が大きくずれます。EV/EBITDA倍率の業種別の目安は参考値であって、中小企業では取引先の分散度合いやオーナー依存度のほうが影響します。
支援現場でよく起きるのが、業界紙の相場観だけを頼りに希望価格を固めてしまうケース。調整後の利益水準を先に押さえないと、交渉が始まった途端に前提が崩れます。会社売却の価格の決まり方から確認しておきましょう。
業種ごとに譲受企業が確認する項目
買い手が何を見に来るかは、業種によってはっきり違います。当社が初期段階で必ず確認する3点を挙げます。
許認可と有資格者
建設業許可、運送業の営業許可、薬局の開設許可。これらは会社に紐づくため、株式譲渡なら包括的に引き継がれます。一方、事業譲渡での許認可の扱いは取り直しが必要になる場合も。専任技術者や管理者の年齢構成もあわせて見られます。
顧客基盤と契約の継続性
製造業なら取引先の集中度、IT業なら保守契約の更新率、小売業ならリース店舗の残存期間。売上そのものより、その売上が譲渡後も続くかどうかが問われます。上位1社で売上の5割を超える会社は、価格に調整が入りやすい傾向。
立地と拠点網
飲食・宿泊・調剤のような立地依存型では、賃貸借契約の名義と更新条件が論点になります。オーナー個人名義の不動産で営業している場合、事前の整理が要ります。
同業種と異業種のどちらを選ぶか
同業なら経営資源の重なりから相乗効果を見込みやすく、異業種なら新規参入の対価として高い評価が付くことも。同業種・異業種・ファンドの違いを比べたうえで判断してください。
水平統合と垂直統合のどちらを狙う相手かで、譲渡後の運営方針も変わります。相乗効果の見立てが具体的な相手ほど、条件面でも踏み込んできます。
業種別にM&Aを検討する前のチェックリスト
相談前に自社で確認できる項目をまとめました。業種を問わず効きますが、該当する業種特有の欄はとくに念入りに。
- 直近3期の営業利益率が、業界平均ではなく自社として上向いているか
- 許認可・免許の名義人と更新期限、承継の可否を把握しているか
- 有資格者・熟練技術者の年齢構成と、退職予定の有無
- 上位5社で売上の何割を占めるか(取引先集中度)
- 設備・車両・店舗の含み損益と、今後3年の修繕・更新見込み
- オーナー個人名義の不動産や車両が事業に組み込まれていないか
- 経営者保証の残高と、金融機関の解除に対する姿勢
- 同業の再編が進んだ場合、自社が譲受候補に挙がる規模かどうか
このうち2つ以上に「分からない」が付くようなら、譲渡に適したタイミングの見極めから始めるほうが結果的に近道です。
業種別M&Aの成約事例から読み取れること
公表された事例は上場企業が中心で、金額感はそのまま参考になりません。ただ、譲受側が何を目的にしていたかは中小企業のM&Aでも共通します。下表に業種別の代表例を整理しました。
| 業種 | 当事者(譲受側/譲渡側) | 譲受の狙い |
|---|---|---|
| サービス業 | ソニー・ライフケア/ゆうあいホールディングス | 介護事業の拡大とサービス品質の向上 |
| 建設業 | 高松建設/大昭工業 | 保有不動産の活用と受注基盤の相互補完 |
| エネルギー | 東邦ガス/ヤマサ | 都市ガス・LPガス・電気の一括提供体制 |
| Web・IT業 | メルペイ/Origami | スマートフォン決済事業の競争力強化 |
| 小売業 | アークス/オータニ | 関東圏における営業基盤の獲得 |
| 飲食業 | 木曽路/大将軍 | 業態の相互補完による店舗運営力の向上 |
| 製造業 | ヨシムラ・フードHD/丸太太兵衛小林製麺 | 中小食品メーカーの支援基盤への組み入れ |
並べてみると、狙いは「人材」「拠点」「許認可」「顧客基盤」のどれかに収れんします。中小企業の案件でも構図は変わりません。実際に譲渡を経験されたオーナーの声は、当社の支援実績でご覧いただけます。
業種特化の仲介会社を選ぶべきか
特殊な許認可や商習慣がある業界では、特化型に相談する意味があります。ただし中小企業の場合、業種知識より税務・財務の設計力が手取りを左右する場面のほうが多いというのが実感です。仲介会社の役割と選び方を整理したうえで、譲渡先の探し方を決めてください。
業界横断の視点がほしい場合は、業界別の事業承継の傾向や今後の予測もあわせて確認しておくと視野が広がります。
業種別M&Aに関するFAQ
業種ごとの動向について、相談の場でよく出る質問をまとめました。
不利という言い方はあまりしません。ただ、単価が下がり続けている業態や、特定の元請1社に依存している会社は、条件面で調整が入りやすいです。現場ではまず取引先の分散度合いと利益率の推移を確認します。
許認可や有資格者が参入障壁になっている業種、つまり建設・運送・調剤・医療介護あたりは相手が見つかりやすい傾向です。とはいえ、同じ業種でも赤字が続いていれば話は別。業種と個社の状態は分けて考えてください。
その心配はよく伺います。実務では、異業種の買い手ほど既存の運営体制を維持する意向が強い場合が多いです。ただし相手の方針次第なので、基本合意の前に処遇の考え方を文書で確認しておくことをおすすめします。
目安としては使えますが、そのまま当てはめないでください。中小企業では役員報酬や地代の水準を調整した後の利益で評価します。まず自社の実力値を出してから、業種の倍率を重ねる順番が現実的です。
まとめ|業種の動向と自社の判断をつなぐ
M&Aの需要が厚いのはサービス、建設・不動産、Web・IT、小売、飲食、製造の6分野で、調剤薬局や宿泊、医療介護、物流も動きが強まっています。ただし価格を左右するのは業種そのものではなく、許認可や人材、取引先といった自社固有の要素。業界の数字だけで判断を急ぐ必要はありません。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として中小企業の会社売却を支援してきました。業種ごとの買い手動向に加え、公認会計士・税理士が譲渡後の手取りまで見据えた設計を行います。自社の業種でどう評価されるか気になる段階でも、遠慮なくご相談ください。
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著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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