事業譲渡で生じる「のれん」は、譲渡対価と移転する時価純資産の差額です。ブランドや顧客基盤といった目に見えない価値が、初めて金額として表に出る部分でもあります。のれんの計算方法、正ののれんと負ののれんの違い、譲渡側と譲受側の仕訳、資産調整勘定として60か月で損金算入される税務まで、中小企業のM&A実務に沿って整理しました。会社売却の手法選びにも直結する論点です。
事業譲渡ののれんとは譲渡対価と時価純資産の差額
「うちの事業に、のれんなんて付くのでしょうか」。事業の切り出し売却を考え始めたオーナーから、最初に受ける質問はたいていこれです。のれんとは、事業譲渡の対価が、引き継がれる資産・負債の時価純資産を上回った部分を指します。

帳簿に載っていなかった価値が、譲渡の場面で初めて金額として姿を見せる。事業譲渡の手続を進めるうえでも、この差額をどう説明できるかが価格交渉を左右します。
のれんは差額として認識される
実務では、のれんそのものを直接評価することはしません。事業価値としての対価をまず決め、そこから移転する時価純資産を差し引いた残額が、結果としてのれんになります。
のれん = 事業譲渡の対価 - 移転する時価純資産(時価資産 - 時価負債)
正ののれんと負ののれんの違い
対価が時価純資産を上回れば正ののれん、下回れば負ののれんです。下表のとおり、譲受企業側の会計処理も逆の方向に振れます。

| 区分 | 対価と時価純資産の関係 | 背景にあるもの | 譲受企業の会計処理 |
|---|---|---|---|
| 正ののれん | 譲渡対価が時価純資産を上回る | ブランド、顧客基盤、技術力などの超過収益力 | 無形固定資産に計上し20年以内で償却 |
| 負ののれん | 譲渡対価が時価純資産を下回る | 割安な取得、簿外債務や偶発債務のリスク | 発生した事業年度の特別利益に一括計上 |
営業権や買収プレミアムとの違い
のれんは「営業権」「超過収益力」「買収プレミアム」と呼び換えられることがあります。近い概念ではあるものの、指し示す範囲は同じではありません。
営業権は法務・税務で使われる呼び方、買収プレミアムは支配権への上乗せを指す場面が多い言葉です。営業権譲渡という形で取引されることもあります。
のれんを構成する要素
内訳を一つひとつ切り出すのは難しく、通常はその必要もありません。一般には、次のような無形の価値が束になったものと整理されます。
- ブランド価値、社会的信用や評判
- 顧客基盤、リピート顧客の収益性
- 技術力、特許や商標などの知的財産
- 従業員の熟練度、経営陣のノウハウ
- 取引先やパートナーとの関係、地域での優位性
- 市場シェア、シナジーが生まれる余地
この構造は株式譲渡で生じるのれんでも変わりません。大きく違ってくるのは、後述する税務の取扱いです。
事業譲渡ののれんの評価と計算方法
のれんの金額は、事業価値をどの手法で算定するかによって大きく振れます。中小企業のM&Aで使われる主なアプローチを押さえておくと、提示された価格の根拠が読めるようになります。
承継の相手によって評価の物差しが変わる
親族内承継や社内承継での事業価値は税務上の時価、第三者へのM&Aでは公正時価が基準になります。両者の差は小さくなく、その主因がのれんです。
算定の考え方は企業価値評価の枠組みに沿いますが、手法は下表の3つに大別できます。
| 評価アプローチ | のれんの捉え方 | 中小企業M&Aでの使われ方 |
|---|---|---|
| コストアプローチ | 時価純資産に上乗せする超過収益力 | 年買法として最も多く使われる |
| インカムアプローチ | 将来キャッシュフローの現在価値と純資産の差 | 成長性のある事業で併用される |
| マーケットアプローチ | 類似企業の倍率から逆算した差額 | 近年増加、他手法と組み合わせる |
コストアプローチ
コストアプローチは時価純資産法とも呼ばれ、中小企業のM&Aで長く主流を占めてきました。純資産にのれんを積み上げる形で事業価値を求めます。
事業価値 = 時価純資産 + のれん
手堅く価値を測れる半面、将来の事業計画を織り込みにくい弱点も。近年は他のアプローチと併用する案件が増えました。
年買法(年倍法)
年買法は、正常収益力の2年から5年分をのれんとみなす方法です。計算の道筋が見えやすく、オーナーにも説明しやすい点が支持されています。
のれん = 正常営業利益等の平均値 × 2〜5年
年数の幅がそのまま金額差になるため、何年を採るかで交渉が動きます。成長産業は長め、縮小基調の業界は短めというのが現場の実感です。ベースとなる時価純資産の洗い替えも同時に行います。
実査査定法
譲受企業の担当者が工場や店舗を実際に見て価値を測る方法。現場を確認できる安心感がある一方、担当者の主観が入りやすくなります。
M&Aでは情報開示が段階的に進むため、単独で使われることはまれです。決算書の数字と突き合わせ、他の手法と組み合わせて用います。
インカムアプローチ
インカムアプローチは、対象事業が将来生むキャッシュフローの現在価値から価値を測ります。伸びている事業ほど評価が乗りやすい手法です。
DCF法
DCF法では、3年から5年の事業計画をもとにフリーキャッシュフローを見積もり、割引率で現在価値に引き直します。計画期間より先は継続価値として加算します。
高い価格が出やすい反面、計画の実現可能性を譲受企業が飲めるかが論点。買収監査で計画が削られれば、のれんも同じだけ縮みます。
超過収益還元法
期待収益を超える部分を超過収益として取り出し、それが続く年数分を営業権として時価純資産に加える方法です。無形資産の収益力を正面から測る発想になります。
配当還元法
過去の配当利回りから1株当たりの価値を求める手法。相続税や贈与税の申告場面では登場しますが、事業譲渡の価格算定で使われることはほとんどありません。
マーケットアプローチ
マーケットアプローチは、上場している類似企業の株価や取引事例から倍率を借りてくる方法です。市場の温度をそのまま取り込める点が強みになります。
裏を返せば、相場の急変や投機的な値動きにも影響されます。単独ではなく、コストアプローチと併用する例が目立ちます。
類似会社比較法(マルチプル法)
類似する上場企業からEV/EBITDA倍率やPERを算出し、対象事業の利益指標に掛けて事業価値を求めます。比較対象の情報が公開されているため、検証しやすい方法です。
規模が違いすぎる、あるいは似た会社が見当たらない業種では使いにくくなります。比較対象の選び方に恣意性が入る点も、交渉で突かれやすい論点です。
類似業種比準価額方式
国税庁の財産評価基本通達に沿って、類似業種の上場企業と比べて株価を求める方法。純資産価額方式より低く出ることが多く、相続対策の場面で使われます。
年数や倍率が動く現場の判断軸
年買法の年数も、マルチプルの倍率も、決め方が教科書に書かれているわけではありません。支援現場では、次の観点から説得力のある水準に落とし込んでいきます。
- 正常収益力が譲渡後も続く根拠があるか
- 売上がオーナー個人の営業力に依存していないか
- 主要取引先との関係を譲受企業が引き継げるか
- キーパーソンとなる従業員が残る見込みか
- 設備の更新投資が直後に必要にならないか
ここが弱いと、年数は下限側に寄ります。事業売却の相場を調べるより、この5点を整えるほうが価格には効きます。
事業譲渡ののれんの会計処理と仕訳
言葉で追うより数字で見たほうが早いので、簡単な設例で譲渡側と譲受側の処理を並べます。消費税やその他の支出は考えないものとします。
設例の前提
- 移転する資産の帳簿価額900、時価1,000(含み益100)
- 移転する負債700
- 譲渡対価500
時価純資産は300、譲渡対価500との差額200がのれんに当たります。
売り手(譲渡企業)の仕訳
譲渡企業では、簿価純資産200と時価純資産300の差額100が資産の含み益として実現します。さらに時価純資産300を対価500が上回る200も譲渡益となり、合計300が事業譲渡による利益です。
下表が譲渡企業の仕訳。税務上も同じ処理になります。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 負債 | 700 | 資産 | 900 |
| 現預金 | 500 | 譲渡益 | 300 |
単体の決算書上の処理であり、連結での追加処理は原則として生じません。
買い手(譲受企業)の仕訳
譲受企業は、承継する資産と負債を時価で受け入れます。時価純資産300を譲受対価500が上回る200が、のれんとして無形固定資産に計上されます。
下表が譲受企業の仕訳です。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 資産 | 1,000 | 負債 | 700 |
| のれん | 200 | 現預金 | 500 |
繰延資産と混同されがちですが、創立費や開業費とは別の区分。のれんは繰延資産には含まれません。
正ののれんの償却と負ののれんの扱い
日本の会計基準では、正ののれんを20年以内の期間で規則的に償却します。のれん償却は譲受企業の利益を毎期押し下げるため、提示できる価格の上限を決める要因にもなります。
これに対し負ののれんが生じた場合は、発生した事業年度の特別利益として一括計上します。割安に見えても、簿外の負担が潜んでいないかを疑うのが実務の見方です。
事業譲渡ののれんの税務
会計と税務で扱いが分かれるところが、のれんの厄介さでもあります。譲渡側と譲受側に分けて押さえていきます。
売り手(譲渡企業)の税務
譲渡益は、含み益の実現部分とのれん部分を合わせて法人税の課税所得に入ります。個人株主の株式譲渡と違い、申告分離課税ではありません。
対価が入るのは会社です。オーナー個人の手元へ移すには、役員退職金や配当という次の段階を挟みます。事業譲渡代金の処理まで見通すと、手取りの姿がはっきりしてきます。不動産取得税なども含めた事業譲渡の税金の全体像は、価格交渉に入る前に確認しておきたいところです。
買い手(譲受企業)の税務
譲受企業側は論点が多く、ここを理解しているかどうかで提示できる価格が変わってきます。
資産調整勘定として60か月で損金算入
税務上、のれんは「資産調整勘定」として認識されます。当初計上額を60で除した金額に、その事業年度の月数を乗じた額を各期の損金に算入する仕組みです。
会計の20年以内という枠とは切り離された、税務独自のルール。根拠は法人税法62条の8にあり、条文はe-Gov法令検索の法人税法で確認できます。
のれんにかかる消費税
のれんを含む事業の譲受けは、資産の譲渡等として消費税の課税対象です。土地や有価証券のように国税庁が示す非課税取引には当たらず、対価に消費税が上乗せされます。
申告納付するのは譲渡企業ですが、実質的に負担するのは譲受企業。金額が大きいと一時的な資金負担になるため、決済スケジュールの調整が要ります。株式譲渡と事業譲渡の消費税の差は、手法選定でも効いてくる論点です。
会計と税務のずれをどう埋めるか
会計で20年、税務で5年と償却期間が離れると、毎期の税務調整が煩雑になります。支援現場で多いのは、会計側も5年の定額償却に揃える処理です。
監査対応の有無や、金融機関への説明のしやすさを踏まえると、中小企業ではこの選択が現実的。ただし利益への影響は小さくないため、事前に顧問税理士と方針をすり合わせておきます。
株式譲渡との税務の違い
同じM&Aでも、株式を譲り受けた場合、会計上ののれん償却費は損金になりません。事業を譲り受けたときだけ、税務独自のルールで損金算入できます。
下表が、のれんに関する両手法の比較です。
| 比較項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| のれんの計上 | 連結決算書上で認識 | 譲受企業の単体決算書に計上 |
| 税務上の償却 | 損金算入されない | 資産調整勘定として60か月で損金算入 |
| 消費税 | 有価証券の譲渡として非課税 | のれんを含む課税資産に課税 |
| 譲渡対価の受け手 | 株主であるオーナー個人 | 譲渡企業という法人 |
| 許認可や契約 | 会社が主体のまま包括的に残る | 個別に取り直しや巻き直しが生じる |
のれんから見る会社売却の手法選び
ここまでの話は、会計知識で終わるものではありません。のれんの扱いは、譲受企業が出せる価格と、オーナーの最終的な手取りの双方に効いてきます。
譲受企業が出せる価格に効く
のれん償却費を損金にできる事業譲渡では、譲受企業は税負担の軽減分を織り込んで価格を検討できます。同じ事業でも株式譲渡より高い数字が出る場面があるのは、この効果があるためです。
もっとも、事業譲渡には許認可の取り直しや契約の巻き直しが伴います。株式譲渡と事業譲渡の違いを踏まえ、税務メリットだけで決めない姿勢が要ります。
オーナーの手取りは二段階で考える
事業譲渡の対価は会社に入ります。個人の手取りにするには法人税を経たうえで退職金や配当を通す必要があり、株式譲渡の申告分離課税と比べると目減りしやすい構図です。
会社に残る資金の使い道次第では、事業譲渡後の会社を資産管理的に活用する道も。切り出し方によっては、会社分割を挟む設計が有利に働くケースもあります。
のれんが目減りしやすい論点のチェックリスト
買収監査の入り口で、想定していたのれんが削られる場面をよく見ます。相談の初期段階で当社が確認しているのは、次の項目です。
- オーナーや特定社員に売上が集中していないか
- 主要取引先の契約に譲渡制限や事前承諾の条項がないか
- 許認可を譲受企業側で速やかに取り直せるか
- 未払残業や退職給付といった簿外債務の心当たりがないか
- 直近の営業利益に一過性の要因が混じっていないか
- 譲渡対象と手元に残す資産の線引きが決算書で追えるか
ひとつでも引っかかると、年買法の年数は短く見積もられます。逆に、整理してから交渉に入れば、同じ事業でも評価は変わってきます。
支援現場で見た2つのケース
数字の出方は事業の中身で変わります。匿名化した2件を挙げます。
非中核事業の切り出しでのれんが乗った例
年商10億円台の金属加工業。主力ではない受託加工部門を切り出した案件でした。時価純資産に対し、正常収益力の3年分がのれんとして上乗せされる形に。譲受企業が60か月の損金算入効果を織り込めたことが、価格の押し上げにつながりました。
買収監査でのれんが縮んだ例
年商5億円台の食品卸。小売部門の譲渡を進めましたが、主要仕入先との取引基本契約に事前承諾の条項があり、承諾の見通しが立ちませんでした。結果としてのれん相当額は当初想定の3分の2程度に。契約の棚卸しを先に済ませていれば防げた縮小でした。
相談する前に整えておきたいこと
中小企業庁の中小M&Aガイドラインでも、譲り渡し側が条件を明確にしておくことが成立に寄与すると示されています。のれんの根拠を自分の言葉で語れる状態にしておく。それが交渉の土台になります。
事業譲渡ののれんに関するFAQ
相談の場でよく出る質問を4つ取り上げます。
業種と収益力次第です。年買法なら正常収益力の2年から5年分が目安になりますが、現場ではオーナーへの依存度や取引先契約の状況で幅が動きます。まずは直近3期の正常収益力を洗い出すところから始めます。
付く場合があります。技術や顧客基盤、許認可に価値があれば、譲受企業のシナジーを前提に評価されることも。ただし収益力の回復が見込めなければ、時価純資産を下回る価格に落ち着く展開もあります。
のれんの損金算入だけを見れば事業譲渡です。ただし許認可の取り直し、契約の巻き直し、消費税の資金負担が伴います。譲渡対象の事業に許認可や継続契約が多いかどうかで、現場の答えは分かれます。
申告納付するのは譲渡企業ですが、実質的な負担者は譲受企業です。対価に上乗せして受け取り、譲渡企業が納付する流れになります。金額が大きい案件では、決済日と納付時期のずれによる資金繰りを事前に確認します。
事業譲渡ののれんの評価と税務のまとめ
事業譲渡ののれんは、譲渡対価と移転する時価純資産の差額として認識され、譲受企業では20年以内の会計償却と60か月の税務償却が並走します。金額の根拠を説明できるかどうかが交渉を左右するため、決算書の整理と契約の棚卸しを早めに進めておくと安心です。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として中小企業の会社売却・事業承継を数多く支援してきました。のれんの評価から税務の設計まで、みつき税理士法人と連携してワンストップで対応します。事業の切り出しや会社売却をご検討でしたら、お気軽にご相談ください。
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著者

- 事業法人第四部長/M&A担当ディレクター
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国内証券会社(現SMBC日興証券)にてクライアントの資産運用を支援。みつきコンサルティングでは、消費財・小売業界の企業に対してアドバイザリーを提供。事業承継案件のみならず、Tech系スタートアップへの支援も行う。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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