M&A(事業譲渡)において「のれん」という言葉をよく耳にするかと思います。「のれん」は数値化できない企業の価値を評価する為のものですが、実態が掴み難いのが「のれん」です。この記事では、「のれん」とは何か、算出方法や会計処理の方法について解説します。また、M&Aを成功させる為に気をつける「のれん」のポイントも説明させて頂きますので参考にしてください。
M&Aにおける「のれん」とは?
M&Aにおける「のれん」とは、数値化できない企業価値を評価することや将来予想される収益を、現在の企業価値に加算する為に算出される数値のことを言います。「のれん」はM&A取引金額に大きく影響しますので、性質や取り扱いについて説明します。
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目に見えない資産価値をあらわす勘定科目
事業譲渡における「のれん」は、目に見えない資産価値をあらわす勘定科目の1つです。以前は、「営業権」とも呼ばれていました。譲受企業では、「のれん」を無形固定資産として計上する必要があります。
なお、日本会計基準では20年以内に定額法により償却し、償却額は販売費・一般管理費に計上します。一方で、国際会計基準では償却はしないなど、会計基準によって取り扱い方が異なる性質を持っております。
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M&Aにおいて「のれん」が重要な理由
M&Aにおいての「のれん」は、譲渡側・譲受側両方にとって重要なポイントとなります。譲渡側にとっては、M&A取引金額交渉の材料として活用できます。会計上ののれんは20年以内に償却されましたが、税務上ののれんは5年間で償却され損金算入が可能です。譲受側としてはのれんの損金算入分は税金を軽減できるので、譲渡側としては軽減できた分だけM&A取引金額の交渉材料として活用することができます。しかし、事業譲渡や非適格分割では税務上ののれんが発生しますが、株式譲渡では発生しないことに留意が必要です。
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「のれん」の算定方法
「のれん」の構成要素としては、事業価値、ブランド力、取引先リスト、技術力など目に見えない価値で構成されています。これらの要素を直接的に価値評価することは難しため、実務上は以下のように差額概念として算出します。
「のれん」は純資産と買収価格の差額
「のれん」の定義としては、現在の企業価値を表す純資産とM&A取引金額の差額を「のれん」と定義しております。逆に純資産よりも安いM&A取引金額で譲受企業が譲受するとその差額は「負ののれん」と言うことになります。
【のれん】
【負ののれん】
のれんの定義としてもっともわかりやすいのは買収対象となる会社の純資産と買収金額との差額というものです。数式で表すと、きわめてシンプルで、「買収金額-純資産」となります。純資産はそこまで難しくなく、誰が計算してもそこまで大きな差が出ません。一方、買収金額は、買い手が買収される会社の収益力、ブランド力などをどこまで見るかということにより変わってきます。
負の「のれん」は何を意味する?
「負ののれん」は、純資産より安いM&A取引金額で譲受した場合に発生します。これは、対象会社の純資産は相応にあるものの、収益性が低く、株式価値としては低額に留まるような場合に生じます。また、稀ですが、訴訟リスクや決算書には表れないリスクなど、なんらかのリスクを抱えている可能性もあります。
具体的な算出方法
前述の通り「のれん」は純資産とM&A取引金額の差額指します。この記事では、「のれん」算出の基準となる純資産とM&A取引金額の算出方法について説明します。算出方法については、複数の方法がありそれぞれメリット・デメリットがありますので、この記事を参考に自社にあった算出方法を選択してください。
譲渡側の純資産の算出方法
譲渡対象企業の貸借対照表にある資産・負債を時価評価し直すことにより時価純資産を算出します。例えば、売掛金や受取手形で不良債権が無いか、所有不動産の含み損益は無いか、積立保険の含み損益は無いかなど資産の検証を行います。また負債においても未払い残業代や退職給付債務などの有無を検証し時価総資産と時価総負債の差額が時価純資産となります。
買収価格の算出方法
M&A取引額の算出方法には、資産・負債の時価、将来の収益力、市場で取引される金額との比較の大きく分けて3つの手法があります。それぞれのアプローチ方法が異なる為、3つの手法について解説します。
インカム・アプローチ
インカム・アプローチとは、将来の収益や予想キャッシュフローを基に株式価値を算出する方法です。インカム・アプローチは、DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法と配当還元法の2つの手法があります。将来予想されるキャッシュフローを、実現の為のリスクを反映した割引率で現在価値に割引くことにより、株式価値を算出します。また、配当還元法は、将来の予想配当額を利率で割引くことで元本の株式価値を算出する手法です。インカム・アプローチは事業計画や将来の予想数値を基に算出する為、恣意性を排除することが難しいというデメリットもあります。
マーケット・アプローチ
マーケット・アプローチは、対象会社と類似する上場会社の経営指標と比較し株式価値を算出する手法です。スタンダードな手法としては類似会社批准法(マルチプル法)があります。同業種の類似上場会社の経営指標と比較して株式価値を算出します。その他にも市場株価法や類似取引法などの手法もあります。マーケット・アプローチは、マーケット(市場)をベースに算出する手法であることから、客観性が保たれます。一方で、マーケットの状況(政策や風評被害など)に大きく左右されてしまうというデメリットもあります。
コスト・アプローチ
コスト・プローチは、純資産をベースに株式価値を算出する方法で、簿価純資産法と時価純資産法の2つの手法があります。簿価純資産法は、貸借対照表の純資産をそのまま株式価値として使用する手法です。また時価純資産法は評価時点の資産の時価より負債の時価を控除することにより株式価値を算出する手法です。コストアプローチは過去の実績に基づいた株式価値評価方法の為、客観性が保たれますが、将来獲得できるであろう利益を反映させることができないというデメリットもあります。
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「のれん」の種類
「のれん」には会計上と税務上の2種類の「のれん」があります。取り扱いがそれぞれ異なりますので、詳しく解説します。M&A交渉における「のれん」の扱いは非常に重要なポイントとなりますので参考にしてみてください。
会計上の「のれん」
会計上の「のれん」には、「日本会計基準」と「国際会計基準」では取り扱いが異なります。また、「個別財務諸表」「連結財務諸表」によっても取り扱いが異なりますので、それぞれの違いについて解説します。参考にしてみてください。
日本会計基準と国際会計基準
日本会計基準においての「のれん」の処理は、20年以内に定額法にて償却することになります。また、「のれん」が減損の兆候になると「のれん」の減損を行うか否かの判定をする必要があります。留意点としては、定額法にて償却が行われますので、「のれん」の収益力が超過していても営業利益に対してマイナスの影響が働くことがあります。
国際会計基準では、日本会計基準と違い「のれん」の償却はされません。また、毎年、減損テストと呼ばれる帳簿価額と「のれん」の回収可能額の比較が必要となります。留意点としては、減損テストにより減損処理を行うことになった場合の金額が、日本基準よりも大きくなります。
個別財務諸表と連結財務諸表
個別財務諸表とは、単体(1社)の企業が決算の際に作成する財務諸表のこと言います。連結財務諸表とは、子会社などのグループ会社も含め単体の企業とみなし、グループ全体について作成される財務諸表のこと言います。個別財務諸表と連結財務諸表における「のれん」の扱い方は異なります。株式譲渡・株式交換によるM&Aの場合、子会社株式とし資産計上されますので個別財務諸表では「のれん」が計上されませんが、連結財務諸表では計上されることがあります。
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税務上の「のれん」
税務上での「のれん」は「資産調整勘定」、「負ののれん」を「差額負債調整勘定」を言います。会計上の「のれん」と性質が似ている為、税務上の「のれん」と呼ばれるようになりました。税務上の「のれん」は5年で定額償却することが適用され、会計上の「のれん」同様、株式譲渡によるM&Aでは「のれん」は発生せず、事業譲渡等によるM&Aでは「のれん」が発生します。
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M&Aでの「のれん」の注意点
M&A(事業譲渡)において、「のれん」に関して注意しておきたいポイントを紹介します。
譲渡側
M&A(事業譲渡)において、M&A取引額を引き上げるポイントとしては、「のれん」を如何に高く評価してもらえるかによります。「のれん」を高く評価してもらう為のポイントを説明します。譲渡側の経営者及び担当者の方の参考になればと思います。
自社の価値を理解できる交渉相手を選ぶ
譲渡側としては、自社を理解し高く評価してくれる譲受会社との交渉が大切となります。業界知識や製品・サービス知識など自社の事業や会社への理解が乏しい譲受先と交渉を行っても高い評価を得ることは難しいでしょう。また、M&Aへの投資資金を資金調達ではなく、自己資金で賄うなど資金力がある譲受企業と交渉することもポイントとなります。
自社の強みを十分に把握する
譲渡側は、譲受側に自社を理解してもらう為、自社の強みを整理・把握することが大切です。技術力や製品・サービスの認知度、取引先や新規顧客リストなど整理すると良いでしょう。また自社の財務状況を整理し、事業の運営状況も健全であることを把握することも必要です。
自社の強みを上手く伝える
譲渡側は、自社の強みを整理した上、譲受側へしっかりと伝えることが大切です。譲渡側・譲受側は利益が相反する関係であることか、高く評価していたとしても、安く譲受したいという意向が強くなることが普通です。譲渡側から伝えることによって、譲受側が企業価値を評価する際に加味しなければならない環境づくりになります。
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譲受側
M&Aで譲受企業が「のれん」において、気をつけるポイントとしては、M&A後、円滑な事業運営で成功させ、減損が発生しないよう譲受することが大切です。「のれん」を減損させない為の気をつけるべきポイントについて解説します。
「のれん」の評価額が正しいかを見極める
「のれん」は、数値化されない企業価値を算出し企業価値に加えることになるので、市場や景気、立場(譲受側・譲渡側)によって「のれん」の算出額が変わる為、適正な評価が非常に難しいです。譲受側は、自社とのシナジーで得られる収益力の向上や事業の将来予想を加味し、「のれん」の評価額を見極める必要があります。
簿外債務に気をつける
譲受企業はデューデリジェンスで、譲渡企業の貸借対照表に記載のない債務の有無の確認を徹底することが大切です。係争中の訴訟、未払い残業、退職給付債務など簿外負債があると「のれん」の減損に繋がります。また、M&A後に簿外債務が発覚すると譲受企業側が対応をすることになり、余計な手間がかかりますので事前の調査・確認をしっかり行うようにしましょう。
組織の統合に配慮する
M&A後の事業運営が円滑に行うことができないと、譲渡企業の本来の収益力を維持できず「のれん」の減損に繋がります。事業を円滑に運営する為、譲渡企業と譲受企業から派遣される人材の融合(人事制度など含む)、勤怠や営業管理などのシステムの統合、M&Aにより変更となる対応範囲等がある場合の取引先への配慮など、円滑な組織統合ができるよう各所への配慮が必要です。
事業譲渡における「のれん」のまとめ
譲渡側にとっての「のれん」は、企業価値を高める為に欠かせない要素です。譲受側にとっての「のれん」はM&A成功を目指し、譲渡側説得の為の武器となる一方で、加味し過ぎるとM&A失敗にも繋がる要因の一つです。利益が相反する両者にとって大きな交渉ポイントとなることは間違いない為、専門家を活用しながら「のれん」の評価額を正しく見極めることが大切です。
当社みつきコンサルティングは、経営コンサルティング経験者も多く在籍しており、譲渡企業や譲受企業様の詳細な事業分析を実施した上でシナジー創出を見込める候補先の紹介が可能です。M&A検討の際は是非、当社みつきコンサルティングへご相談頂ければと存じます。
著者
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人材支援会社にて、海外人材の採用・紹介事業のチームを率いて新規開拓・人材開発に従事。みつきコンサルティングでは、強みを生かし人材会社・日本語学校等の案件を中心に工事業・広告・IT業など多種に渡る案件支援を行う。
監修:みつき税理士法人
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