事業売却の相場と金額の決まり方|価格算定方法・交渉ポイント

事業承継の方法として、事業売却という方法があります。事業売却を行う場合には、事業売却の相場を考慮する必要があるでしょう。この記事では、事業売却の相場の把握方法、算出方法などについて解説します。事業価格を決める重要要素、高くするポイントなども解説するので、参考にしてください。

事業売却とは  

事業売却とは、事業の一部または譲渡することです。事業譲渡と同義になります。

売却益を得たい場合や事業の整理をしたい場合、事業承継による廃業回避を図りたい場合などに用いられます。

会社売却との違い

会社売却とは、会社を丸ごと第三者に売却する取引です。会社売却では株式が売却される点が、事業売却とは異なります。また、会社売却においては、所得税・住民税・復興特別所得税といった税金がかかります。事業売却では売却側に法人税がかかるほか、譲受側に消費税がかかる可能性があります。

事業売却のメリット・デメリット

簡単に事業売却するメリットとデメリットを整理しておきます。

事業売却のメリット

  • 売却利益を得られる
  • 事業を一部だけ売却したうえで、必要な事業は引き継げる(赤字事業・利益の少ない貢献度の低い事業のみ売却できる)
  • 譲渡側に経営権が残る
  • 企業の商号を継続して使える

事業売却のデメリット

  • 手続き・相手側との交渉などに時間を取られる
  • 専門家に依頼した場合、コスト(費用)がかかる
  • 売却益が出た場合、税金が課される
  • 売却予定事業に関する資料(財務諸表など)の作成が必要となる

事業売却での注意点

幾つかの注意すべき点を説明します。

原則20年間の競業避止義務が課される

譲渡企業には、原則20年間の競業避止義務が課されます。競業避止義務とは、20年間にわたって同一市区町村および隣接する市区町村において、売却した事業と同じ事業は行えないとの定めです。ただし、20年は法律上の原則であり、実務上は数年から10年程度であることが多い傾向にあります。

従業員・取引先への配慮を怠らない

事業売却の後には、従業員も取引先も、譲受企業と新たに契約をする必要があります。売却後の従業員の転職や取引先の離脱は、譲受企業と譲渡企業間のトラブルにつながりかねないため、双方への配慮を怠らないようにしましょう。

情報漏洩に気をつける

社内・社外に情報が漏れた結果、事業売却に失敗するケースがあります。事業売却の決定後に、従業員・取引先に対して説明をする際には、タイミングに注意しましょう。

事業売却の価格の決まり方

相場は、市場で取引される商品や株式などの、そのときどきの値段を指す言葉です。市場での競争売買によって、この値段は変動します。M&Aにおいては、事業売却や会社売却をする際の金額目安を指しています。

事業売却の相場は年買法で把握することが多い

事業売却の相場は年買法で把握できます。また、株式市場のデータをもとに相場を計算する方法もあります。一般的には、年買法によって簡易的に計算されます。株式市場のデータをもとに計算すると、経済状況の影響を受けやすく、現実とは離れた額になりやすいためです。

実際の価格は交渉で決まる

実際の価格は、譲渡側と譲受側の交渉によって決定します。結果によっては、相場より高い価格になるケース、低い価格になるケースと、両方の可能性があります。

事業の価値を決定する以下のような要素があると、交渉はスムーズに進むでしょう。

事業に将来的な利益が見込める

事業に将来的な利益が見込めると、売却価格は高くなる傾向にあります。継続的な利益があり、今後も見込められる経営状態であることが大切です。また、投資の回収をするためにも利益は必要です。市場でのシェア率が高く、事業の将来性が見込める状態を継続できれば、将来的な利益も見込みやすいでしょう。

財務状況が健全である

財務状況が明確で、隠れた負債などがない、健全な状態であることも、事業売却価格の決定においては大切な要素です。簿外負債・使途不明金などがないかなど、帳簿を確認しましょう。また、貸借対照表と損益計算書を作成し、自社の財務状況を知っておくことも大事です。

独自の技術・特許がある

他社が真似できない技術力・ノウハウ・特許などの無形資産を保持していると、事業売却価格が高くなりやすくなります。他社と差別化できるポイントがあれば、交渉材料が増えるでしょう。

優秀な人材が存在する

優秀な人材が存在し、人的資産が売買に含まれることも売却時には重要な要素です。具体的には、従業員のスキルが優れている、経験値が高く、資格保持者が多いなどの点があれば、高く売却しやすいでしょう。事業だけを譲り受けるのではなく、事業を継続するためのノウハウを持つ人材も、譲受側は求めています。

信頼関係の高い取引先・顧客をもっている

長い付き合いがあり、信頼関係が高い取引先・顧客をもっていると、将来にわたって収益が得られる可能性が高くなります。新たな顧客獲得は困難であるため、譲渡時に取引先や顧客の基盤が整っていれば、譲受側も安心できるでしょう。

企業理念・文化・風土に共通点がある

譲受を検討する企業と譲渡する企業の企業理念や、企業文化・風土に共通点があると、売却後の事業を継続しやすくなります。企業理念や文化・風土が異なると、従業員の離職につながる可能性が高くなるため、この点も考慮しましょう。

事業売却の価格が決まるまでの流れ

一般的には、以下のような流れで売却価格が決まります。

1.譲渡側が事業価値を算出する

譲渡側が適正な事業価格を算出します。企業の業務内容や財務状況などの資料を専門家に渡し、適正な事業価格の算出を依頼しましょう。

2.譲渡候補企業を決める

譲渡候補企業を決定します。取引先のなかから探す、ベンチャーキャピタルに依頼するなど、さまざまな方法がありますが、単独で候補を探し出す方法には限界があります。スムーズに見つけるためには、専門家に依頼するとよいでしょう。

3.譲受企業が譲受価格を決める

譲受先が見つかったら、基本合意書で目安となる譲受価格を決めます。そのうえで、デューデリジェンス(買収監査・企業調査)を行い、この価格であれば譲受できるという金額を決定しましょう。

4.売却価格を決める

デューデリジェンス(買収監査・企業調査)の結果をもとに、最終的な売却価格を決定します。譲渡企業と譲受企業が交渉した結果を反映させた最終売却価格の決定、および契約の締結によって、事業売却が完了します。

事業売却の価格の算定方法

事業売却における実際の価格は、以下のいずれかの方法を単独で、または併用して算定されることが多いです。

年買法

年買法は、相場と同様、概算で売却価格を計算する必要があるときに使われる計算方法です。

事業価値=移動する純資産+のれん(利益×数年分)

簡易な計算方法であるため、誰でも理解しやすい点が年買法のメリットです。一方、計算方法に理論的な根拠がないため、あくまでも目安として使うべき数値である点には注意しましょう。

DCF法

DCF法は、将来獲得されると予想されるキャシュフロー総額を、現在の価値に換算して求める手法です。M&Aにおいて広く使われています。将来のキャッシュフローをベースにしているため、事業計画を反映しやすい点がメリットです。しかし、見積もりを誤ると算定結果が大きく変わる可能性がある点が、デメリットとして挙げられます。

時価純資産法

時価純資産法とは、事業が持っている資産の時価から負債の時価を控除して、価格を決める方法です。

事業価値=移動する純資産(資産−負債)

資産の時価総額から負債総額を差し引いた額であるため、計算しやすい反面、企業の将来性などが考慮されないとの注意点があります。

類似会社比較法

類似会社比較法とは、マルチプル法とも呼ばれる類似企業の平均的な事業価値をもとにした計算方法です。

事業価値=マルチプル(※1)×対象事業のKPI(※2)

(※1)類似する上場会社の業績指標から算出される乗数で、例えばEBITDAマルチプル(EV÷EBITDA)などが一般的
(※2)対象事業(譲渡する事業)が生み出す業績指標で、例えばEBITDAなどが一般的

計算方法は簡単ですが、比較対象がいない場合には適用できない点に注意しましょう。

事業売却の価格を上げるための交渉ポイント

実際の売却価格は交渉で決まりますが、その際のポイントを説明します。

事業の資産価値を明確に把握しておく

事業売却の価格・相場を上げるためには、事業の資産価値を明確に把握しておきましょう。適正な価格であれば、交渉が円滑に進みます。適正な価格を知るためは、事業の資産価値の明確な把握が重要です。

事業を正しく評価してくれる譲受企業を見つける

事業売却の価格・相場を上げるためには、事業の資産価値を正しく理解し、譲り受けたいと本気で考えてくれる企業を探し出すことが重要です。そのために、譲渡したい事業を欲しいと考えていそうな企業を探しましょう。同業者であれば、見つかる可能性が高まります。候補が見つかったら、譲受企業の事業内容や財務状況を調べておきましょう。

交渉企業との信頼関係を築く努力をする 

交渉企業との信頼関係を築く努力も大切な取り組みです。信頼関係が結べれば、交渉が進みやすくなります。最初に信頼関係が築けないと、すべての交渉において不信感を持たれて、交渉が進まない可能性があります。

事業売却の価格の事例

事業売却によるM&Aの成約事例から、売却価格を見ていきます。

日本リビングがアロマ事業を売却した事例

家具・家庭用雑貨の企画、販売を手掛ける日本リビングは、化粧品・健康食品の通信販売事業を営むフォーシーズホールディングスに、アロマ事業を売却しました。事業再生を図りたい日本リビングは、8,800万円でアロマ事業を売却しています。

アイフリークモバイルがクラウドファンディング事業を売却した事例

アイフリークモバイルはクラウドファンディング事業「ミライッポ Startup IPO」を、ロボット事業やメディアサイト事業を展開しているVカレンシーに売却しました。同社は、投資回収が困難な不採算事業として「ミライッポ Startup IPO」を、Vカレンシーに100万円で売却しています。

株式会社幸和製作所がレンタル事業の一部を売却した事例

福祉用具・介護用品のメーカーである株式会社幸和製作所は、連結子会社である株式会社幸和ライフゼーションのレンタル事業の一部を、福祉用具レンタル・販売事業を営む株式会社ヤマシタに売却しました。同社は、福祉用具製造販売への経営資源集中を図り、1億円で事業を売却しています。

DeNAがSNSを売却した事例

株式会社DeNAが、大人向けSNS「趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)」を、婚礼事業や広告事業を営む株式会社オースタンスに売却しました。DeNAは、オースタンスからの事業譲渡の打診を受けて、事業を1,100万円で売却しています。

フォーバルテレコムが広島事業部を売却した事例

通信サービスの提供などを手掛ける株式会社フォーバルテレコムは、連結子会社である株式会社トライ・エックスの広島事業部を株式会社トライサクセスに売却しました。売却は、広島事業部の独立の申請を受けて、3億8,000万円で行われています。

事業売却の会計・税務

会計処理は以下のようなものになります。

譲渡企業の仕訳例

借方貸方
諸資産:1,500万円諸負債:2,500万円
現預金:2,000万円事業売却益:1,000万円
譲渡企業の仕訳例

譲受企業の仕訳例

借方貸方
諸資産:2,500万円諸負債:1,500万円
のれん:1,000万円現預金:2,000万円
譲受企業の仕訳例

事業売却で生じる法人税

事業売却を実施すると法人税(実効税率約34%)が発生します。具体的には、事業売却で得た利益と他の利益が合算された所得に対して課税されます。

事業売却の相場のまとめ

事業売却の際には、あらかじめ相場について入念に調べましょう。相場を把握しておけば、より有利な条件を引き出せる可能性が高まります。事業売却については、専門家に相談するのも有効な方法のひとつです。

みつきコンサルティングは、税理士法人グループであることから、M&A(第三者への承継)ありきの提案ではなく、事業所内承継、親族内承継など複数の選択肢のメリット・デメリットを比較して選択可能な提案をしています。M&Aに付き物である相続対策にもワンストップで対応できます。事業売却を検討している場合は、みつきコンサルティングにぜひご相談ください。

著者

西尾崇
西尾崇事業法人第三部長
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人

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