クロスボーダーM&Aとは、譲受企業と対象会社のどちらかが海外企業となるM&Aです。海外進出の手段として語られがちですが、中小企業のオーナーにとっては外資からの譲受提案という形で身近になっています。3つの類型と手法、外為法の事前届出、税金の扱い、判断の勘所までを、譲渡オーナーの視点で説明します。
クロスボーダーM&Aとは
言葉の整理から入ります。クロスボーダーM&Aとは、譲受企業と対象会社のどちらか一方が海外企業である取引のことです。海外M&Aとも呼ばれます。
日本企業が海外企業を譲り受ける形だけを指すと思われがちですが、国内の中小企業が外資の傘下に入る取引も同じ枠に入ります。M&Aの基本的な仕組みや、企業買収の目的と流れを押さえておくと、海外案件の話も一気に読み解きやすくなります。
国内M&Aとの違いは法制度・言語・為替の3点
国境をまたぐと、何が変わるのか。実務上の差は、大きく3つに集約されます。
法制度と会計基準の相違
会社法にあたる法律、税制、会計基準が国ごとに異なります。日本では当たり前の手続が現地では通らないことも珍しくありません。許認可や労働法制の違いも、クロージング日程に直結します。
言語と商習慣の壁
契約書の言語、交渉のテンポ、意思決定の権限構造。どれも日本国内の感覚とはずれます。通訳を挟んでも微妙なニュアンスは落ちるため、重要条件は必ず書面で相互確認しておきたいところ。
為替変動の影響
譲渡対価が外貨建てなら、調印から決済までの為替変動が手取りや投資額を動かします。円安局面では、日本企業を譲り受ける海外勢にとって割安感が生まれる一方、日本企業の海外譲受はコスト増になります。
IN-OUT・OUT-IN・OUT-OUTの3類型
クロスボーダーM&Aは、資金と経営権がどちらへ動くかで3つに分かれます。下表で、譲渡オーナーにとっての関わり方まで含めて整理しました。
| 類型 | 取引の方向 | 中小企業オーナーとの関わり | 主な留意点 |
|---|---|---|---|
| IN-OUT型 | 日本企業が海外企業を譲受 | 海外子会社の追加取得や、進出先での同業取得。件数は3類型で最多 | 現地の外資規制、進出国の政情、統合後の管理体制 |
| OUT-IN型 | 海外企業が日本企業を譲受 | 外資系企業や海外ファンドから譲受提案が届く形。近年増加傾向 | 外為法の事前届出、従業員の処遇、譲渡後の経営関与の範囲 |
| OUT-OUT型 | 海外企業同士が譲受 | 日本企業の海外子会社が現地企業を取得する場面など | 子会社のガバナンス、親会社との権限分掌 |
2025年のクロスボーダーM&A件数
数字で見ると、流れの変化がはっきりします。レコフデータの集計では、2025年の日本企業のM&A件数は5,115件で前年比8.8%増、IN-OUTは657件で1.2%減、OUT-INは372件で11.7%増と最多を更新しました(MARR Online)。
日本企業の海外譲受が足踏みする一方、外資による日本企業の譲受が伸びている。この非対称が、いまのクロスボーダー市場の特徴です。円安下の海外買収と対日投資の背景や、M&A件数の推移も併せて確認しておくと判断材料になります。
中小企業オーナーがクロスボーダーM&Aに向き合う3つの場面
「うちは国内だけだから関係ない」。そう思っていたオーナーが、ある日突然、海外資本からの打診を受ける。支援現場では、こういうケースが確実に増えています。
外資企業やファンドから譲受提案を受ける
技術力のある製造業、独自の顧客基盤を持つサービス業。日本の中小企業は、海外勢から見ると価格に対して質が高い投資対象です。国内の同業より高い譲渡価格を提示されることもあります。
提案が来たときに最初に確認すること
相手の最終親会社がどこの国か。資金の出し手は誰か。経営陣と従業員をどう扱う方針か。この3点が曖昧なまま基本合意まで進むと、後戻りが効かなくなります。外資への譲渡に伴うリスクは、事前に洗い出しておくべき論点。
海外子会社を持つ会社を国内企業へ譲渡する
タイやベトナムに製造子会社を持つ中小企業の譲渡は、国内案件でありながら実務はクロスボーダーそのものです。現地法人の株主構成、外資比率規制、駐在員の処遇。ここで手間取る案件は本当に多いのが実情です。
譲渡前に海外拠点を整理する
赤字が続く海外拠点を抱えたまま交渉に入ると、譲受企業は評価を大きく割り引きます。清算するのか、現地パートナーへ譲るのか、そのまま引き継ぐのか。譲渡価格を左右する事業特性として、早めに方針を決めておきたい部分です。
外国企業への会社売却で押さえる外為法の手続
OUT-IN型で必ず論点になるのが外為法です。日本の非上場会社の株式を、居住者であるオーナーから外国投資家が取得する行為は、対内直接投資等として管理の対象になります。
指定業種なら事前届出、それ以外は事後報告
対象会社が営む事業が指定業種に該当するかどうかで、手続がまったく変わります。制度の全体像は財務省の対内直接投資審査制度、業種の判定は経済産業省の投資管理のページで確認できます。
事前届出が必要になる場合
指定業種のうち国の安全に関わるコア業種は、電力、鉄道、通信などが該当します。製造業でも、特定重要物資に関連する分野は指定業種に追加されています。自社が該当するかは、日本標準産業分類まで遡って判定するのが確実です。
届出の流れと禁止期間
事前届出は日本銀行を経由して財務大臣と事業所管大臣へ提出します。受理日から一定期間は取引を実行できません。案件によっては短縮されるものの、スケジュールには余裕を見ておくべきでしょう。
該当しない場合の事後報告
事前届出該当業種以外であれば、投資を行った日から45日以内に事後報告を提出すれば足ります。届出漏れは無届として扱われるため、判定だけは専門家を交えて行うのが安全です。
譲渡オーナーの税金は国内M&Aと変わらない
ここは安心してよい部分。譲受企業が海外資本でも、日本の居住者であるオーナーの株式譲渡益に対する課税は国内案件と同じです。
非上場株式の譲渡益は一般株式等に係る譲渡所得等として、他の所得と分けて計算する申告分離課税の対象になります(国税庁タックスアンサーNo.1463)。株式譲渡にかかる税金の計算方法は、相手の国籍で変わるものではありません。
ただし対価が外貨建ての場合、円換算のタイミングによって譲渡益が動きます。円建て決済にできないか、交渉段階で確認しておくと後の申告が楽になります。
クロスボーダーM&Aで使われる手法
使うスキーム自体は国内と共通です。国境をまたぐことで生じる固有の注意点だけ、押さえておけば足ります。M&A手法の全体像を頭に入れたうえで読み進めてください。
株式譲渡
最も多く使われる手法です。株式譲渡の仕組みは国内案件と同じで、対象会社の株式を対価と引き換えに移転させ、経営権を移します。ブランドや取引関係、許認可を維持しやすい点が利点。
外資規制で持株比率が制限される国がある
国と業種によっては、外国資本の出資比率に上限が設けられています。タイでは広い業種で外資比率が原則49%までとされ、製造業などが例外扱いです。100%取得を前提に交渉を進めると、途中で組み替えが必要になります。
LBOを使う場合の注意
案件規模が大きいと、対象会社の資産やキャッシュフローを担保に資金調達するLBOの手法が検討されます。現地の金融規制で担保設定が制限される国もあり、事前確認が欠かせません。
事業譲渡
特定の事業だけを切り出して移す手法です。事業譲渡の手続は権利義務を個別に移す必要があるため煩雑になりますが、簿外債務を引き継がずに済む点は譲受企業にとって大きい。受け皿となる現地法人を新設するか既存法人を使うかで、税負担も変わります。
三角合併
海外企業が日本企業と直接合併することは、日本の会社法上、原則として認められていません。そこで海外企業が日本に完全子会社を設立し、親会社株式を対価として交付する三角合併という方法が使われることがあります。現金を用意せずに済む反面、株主に外国株式が渡るため、中小企業の事業承継案件で選ばれる場面は限られます。
クロスボーダーM&Aのメリットとデメリット
立場によって、見える景色はまったく違います。譲受企業側と譲渡オーナー側を分けて整理します。

譲受企業側のメリット
ゼロから拠点を立ち上げる場合との比較で考えると、輪郭がはっきりします。
時間を買える
現地の販売網、顧客基盤、許認可、人材。自力で揃えるには数年かかるものが、成約と同時に手に入ります。市場シェアもそのまま取り込めるため、参入と拡大を同時に実現できるわけです。
技術と人材の獲得
自社にない技術やノウハウを持つ企業を取り込むことで、開発力を底上げできます。現地市場に精通した経営陣を確保できる点も見逃せません。シナジー効果の考え方を整理してから候補を絞ると、選定の精度が上がります。
コストと規制への対応
人件費や原材料費の安い地域に生産を移せば、コスト構造が変わります。現地生産に切り替えることで輸入関税や外資規制の影響を抑えられる場合もあります。
譲渡オーナー側のメリット
外資が譲受企業となる場合、オーナーにとっての利点も確かにあります。
評価軸が国内と異なる
海外の譲受企業やファンドは、将来キャッシュフローや技術の独自性を重視する傾向があります。国内の同業が純資産中心で見るのに対し、評価が上振れすることも。会社売却の相場観と照らして判断してください。
候補先の母集団が広がる
国内で条件の合う相手が見つからない場合でも、海外まで視野を広げれば選択肢は増えます。譲受先の見極め方を持ったうえで比較すれば、交渉力も高まります。
デメリットとリスク
良い面ばかりではありません。国内案件より難易度が上がるのは事実です。
情報の非対称性
財務データの精度や開示水準は国によって差があります。二重帳簿、未計上の債務、係争中の訴訟。表に出てこないリスクを掘り起こす作業が欠かせません。簿外債務の見つけ方は、国内案件以上に重要度が増します。
PMIの難易度
言語、労働慣行、意思決定のスピード。違いが積み重なると、統合には年単位の時間がかかります。M&A後の経営統合を成約前から設計しておかないと、シナジーは絵に描いた餅で終わります。
カントリーリスクと地政学リスク
政権交代、外資規制の変更、通商政策の転換。想定外の外部環境変化が、事業の前提を崩すことがあります。自然災害への備えも、拠点が増えるほど複雑になります。
為替リスク
対象会社の決算書を円換算して連結する以上、為替の影響からは逃れられません。ヘッジ手段はあるものの、通貨安によって取得した企業の価値が目減りする可能性は残ります。
失敗の型を知っておくことも防御になります。企業買収が失敗する要因の多くは、海外案件でも共通しています。
クロスボーダーM&Aの流れ
日本企業が海外企業を譲り受ける場合を例に、典型的な進み方を下表にまとめます。国内M&Aの手順と比べると、規制当局対応の工程が加わる点が違いです。
| 工程 | 実務上の要点 |
|---|---|
| 1.戦略立案 | 進出目的、対象国、業種、予算を明確化する。目的が曖昧なまま進む案件は высок高い確率で行き詰まる |
| 2.候補先の探索 | 現地ネットワークを持つアドバイザーを起用し、候補をリスト化。関心表明書を出す場合もある |
| 3.現地視察と初期面談 | 経営陣と直接会い、事業実態と企業風土を確認する。統合計画の材料になる |
| 4.基本合意 | 秘密保持契約を締結のうえ、基本合意書または意向表明書を取り交わす。独占交渉権を得るのが通例 |
| 5.デューデリジェンス | 財務、法務、事業、人事を多角的に調査。現地の会計基準の差、未納税リスクを洗い出す |
| 6.最終契約 | 調査結果を反映して条件を詰め、株式譲渡契約書などを締結する |
| 7.規制当局対応 | 外資規制のある国では審査に数か月かかることも。この間に統合計画を並行して進める |
| 8.クロージング | 前提条件の充足を確認し、株式の移転と対価の支払を実行する |
| 9.PMI | 経営体制、人事、システムを統合し、シナジーの実現へ動く |
クロスボーダーM&Aを成功させる実務の勘所
成功要因を並べた記事は多いものの、現場で効くのは案外シンプルな確認作業です。当社が海外要素のある案件で必ず見ている項目を挙げます。
海外拠点を持つ会社の譲渡で当社が確認する項目
国内企業への譲渡であっても、海外子会社があるだけで論点は跳ね上がります。以下は支援現場で使っているチェック項目です。
- 現地法人の株主名簿と出資比率が、外資規制の上限内に収まっているか
- 名義株主やノミニー契約が存在しないか、存在する場合の解消手段はあるか
- 現地法人から親会社への資金還流の経路と、源泉徴収の処理が適正か
- 駐在員の雇用契約が日本本社と現地のどちらに帰属しているか
- 現地の未払残業代、退職金積立、社会保険の未納がないか
- 土地建物の使用権原と、環境規制への適合状況
- 親子間取引の価格設定について、移転価格の観点で説明可能か
このうち名義株主の論点は、書面上は何も問題がないように見えて、譲受企業のデューデリジェンスで必ず突かれます。海外案件のDDでの注意点を踏まえ、譲渡を決めた時点から整理に着手するのが得策です。
アドバイザーの現地知見を見極める
各国の商習慣や法制度に通じた専門家が入るかどうかで、交渉の進み方が変わります。国内の実務経験だけでは、現地の会計事務所や弁護士との連携がうまく回りません。
当社が関与したクロスボーダーM&Aの事例
当社が支援した成約案件から、日本企業がタイの日系企業を譲り受けたケースを2件、匿名で紹介します。
精密切削加工業の生産拠点確保
譲渡企業はタイの精密切削加工業で売上約12億バーツ、譲受企業は同業で売上100億円超。株式譲渡により、主要顧客のグローバル展開に対応する生産拠点を短期間で確保しました。当社はバイサイドFAとして関与しています。
金型メーカーの事業継続
譲渡企業はタイの金型製造販売で売上約1億バーツ、譲受企業は精密加工関連で売上約800億円。株式譲渡により従業員の雇用を維持しつつ、グループ内での受注拡大につながりました。当社は仲介として関与。オーナーの体験談も公開しています。
タイ・ASEAN案件の相談窓口
当社はグループにバンコク現地法人を有しています。タイ企業のM&Aや進出・撤退のご相談は、日泰のコンサルタントが連携して対応します。
みつきコンサルティングが助言・仲介したクロスボーダーM&A事例
みつきコンサルティングは、これまで500件を超えるごM&Aを支援してまいりました。公認会計士・税理士ら専門家チームが、完全成功報酬制で支援した成約事例から、日本企業がタイ企業(日系)を買収した事例をご紹介します。
タイの自動車部品工場を買収しグローバル供給体制を強化

譲渡企業:精密切削加工(売上12億バーツ)
譲受企業:精密切削加工(売上100億円超)
スキーム:株式譲渡
当社関与:バイサイドFA
主要顧客のグローバル展開に対応するため、タイ日系企業の生産拠点をM&Aで迅速に確保。グローバルな競争優位性を確立し、持続的成長を実現。
タイの日系金型メーカーを海外M&Aで買収し事業継続

譲渡企業:金型製造販売(売上約1億バーツ)
譲受企業:精密加工関連(売上約800億円)
スキーム:株式譲渡
当社関与:仲介
後継者不在に悩む焼肉店。正しい株価評価を経て、仕入れに強みを持つ企業へ株式を譲渡。従業員の雇用維持と、グループシナジーによる事業の更なる成長を実現。
上記は当社のM&A仲介実績のほんの一部です。様々な業界・規模の成約事例を下記のページでご紹介しておりますので、ぜひご覧ください。
クロスボーダーM&Aに関する売り手のFAQ
オーナーからよく寄せられる質問を、実務の答え方でまとめました。
契約でどこまで書き込めるかによります。現場ではまず、譲受企業の過去の案件で経営陣や従業員がどう扱われたかを確認します。雇用維持の条項は最終契約に入れられますが、期間や範囲には限界があるため、面談での相互理解が実質的な担保になります。
譲渡オーナーが日本の居住者であれば、課税関係は国内の買い手に譲渡する場合と同じです。ただし対価が外貨建てだと円換算の時点で金額が動きます。円建て決済にできないか、条件交渉の早い段階で持ち出すことをおすすめします。
届出義務を負うのは外国投資家である買い手側です。とはいえ、対象会社が指定業種に該当するかの判定には売り手の協力が要ります。判定を誤ると無届として扱われるため、実務では両者とアドバイザーで確認する流れになります。
難しくはなりますが、無理という話ではありません。撤退費用を見積もったうえで、切り離して譲渡するか、そのまま引き継いでもらうかを選びます。金額の目安が出せると交渉が進みやすくなるので、まず現地の清算コストを試算するところから始めます。
クロスボーダーM&Aと会社売却のまとめ
クロスボーダーM&Aは、譲受企業と対象会社のどちらかが海外企業となる取引です。手法そのものは国内と共通しますが、外為法の届出、外資規制、為替、統合の難しさという固有の論点が加わります。海外資本からの打診に戸惑うオーナーは少なくありません。判断の順序さえ間違えなければ、選択肢が広がる話でもあります。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業の会社売却を数多く支援してきました。海外拠点を持つ会社の譲渡や、外資からの提案への対応もお任せください。企業価値の試算からご相談を承ります。
完全成功報酬のM&A仲介会社なら、みつきコンサルティングへ >
著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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2026年8月5日クロスボーダーM&Aとは|海外企業への会社売却と外資規制の実務
2026年7月31日株式譲渡と事業譲渡の選び方|M&A手法の違いと手取り額の差
2026年7月30日M&Aのタイミングはいつ?会社売却の準備時期と高く売る判断軸










