会社を売ったら社員が解雇されるのでは、と不安を抱えるオーナーは少なくありません。中小企業の会社売却で大規模な人員削減が行われる例はまれで、株式譲渡なら雇用契約も就業規則もそのまま続きます。ただし部門統合や処遇の見直しは起こり得ます。整理解雇の4要件、スキーム別の雇用の扱い、雇用維持条項の書き方、譲受企業の選び方まで、譲渡前に打てる手を整理しました。

M&Aでリストラは起きるのか|中小企業の会社売却の実態
「会社を売ったら、社員が切られてしまうのでは」。初めて会社売却を考える社長から、真っ先に出てくる心配です。結論から言うと、中小企業のM&Aで譲受企業が社員をまとめて解雇する例はまれです。ただし、部門の統合や処遇の見直しまで含めれば、変化がまったくないとは言い切れません。
リストラという言葉が指す範囲
リストラは本来、事業の再構築を意味する言葉です。日本では、人員削減や解雇を指して使われることがほとんどでしょう。この記事では会社都合の解雇に加えて、退職勧奨や希望退職の募集、処遇の引下げや配置転換をきっかけにした離職まで、社員が「リストラされた」と受け止めかねない変化をひとまとめにして扱います。
譲受企業が人員削減を急がない理由
M&Aの仕組みから見ると、社員は譲受企業が対価を払って手に入れる経営資源の中心にいます。わざわざ手放す理由は多くありません。背景にある事情は、次の3つです。
人材とノウハウそのものが譲受の目的
人手不足が続くなか、採用だけで人員を増やすのは簡単ではありません。経験を積んだ社員や有資格者を、取引先との関係ごと迎え入れられること。これ自体がM&Aの目的になっている案件は少なくありません。人手不足をM&Aで補う動きが広がっているのも、こうした事情によるものです。
社員が辞めれば譲受企業も損をする
譲渡対価には、社員が生み出す将来の利益への期待が織り込まれています。主要な社員が辞めてしまえば、譲受企業が見込んだシナジー効果は実現しません。人員削減で浮くコストより、失う価値のほうが大きくなりやすいわけです。
法律上も解雇のハードルは高い
日本の労働法は、会社の都合による解雇を厳しく制限しています。株主が変わったという理由だけで社員を解雇することは、認められません。M&Aがあったことは、解雇の正当な理由にならないのが原則です。
買収後にそれでも起こり得る変化
解雇がまれだからといって、何も変わらないわけではありません。譲受企業と重なる部門の統合、給与や評価制度の統一、拠点の統廃合、希望退職の募集。いずれも成約後に起こり得る変化で、人事面の統合はM&Aの課題として必ず挙がるテーマです。社員が不安を抱くのは、むしろこうした変化のほうでしょう。
M&Aの手法別に見る雇用契約の扱いとリストラリスク
M&Aのあと、社員は全員いったん退職して雇い直しになると誤解している社長は多いものです。実際には、M&Aの手法によって雇用契約の引継ぎ方は大きく異なります。下表は、手法ごとの違いを整理したものです。
| M&Aの手法 | 雇用契約の扱い | 社員の個別同意 | 処遇変更・人員整理のリスク |
|---|---|---|---|
| 株式譲渡 | 変更なし 会社がそのまま存続する | 不要 | 低い 数年かけた制度統合はあり得る |
| 第三者割当増資 株式交換・株式交付 | 変更なし 会社がそのまま存続する | 不要 | 低い グループ入り後の制度統合はあり得る |
| 吸収合併 | 存続会社へ労働条件ごと包括承継 | 不要 | やや高い 重複する管理部門が統合されやすい |
| 会社分割 | 労働契約承継法の手続で承継会社へ移る | 原則不要 通知・協議と異議申出の機会がある | 中程度 移る社員と残る社員の線引きが論点 |
| 事業譲渡 | 譲受企業と新たに契約を結ぶ(転籍) | 必要 | 高め 引き継ぐ社員を譲受企業が選べる |
株式譲渡は会社も雇用契約もそのまま
株式譲渡で変わるのは、会社の株主だけです。社員と雇用契約を結んでいる会社自体が存続するため、雇用契約も就業規則も退職金規程も、原則としてそのまま続きます。中小企業の会社売却で株式譲渡が多く選ばれる理由のひとつが、この雇用面の安定です。第三者割当増資や株式交換・株式交付も、会社が残る点は変わりません。
数年かけた制度統合には注意
雇用がそのまま続く株式譲渡でも、グループ入りした後に給与体系や評価制度を数年かけてそろえる動きはあります。不利益な方向の見直しには合理性が求められるものの、統合の時期と中身は成約前に確認しておきたいところ。M&A後の従業員の待遇は、社員が最も気にする点です。
合併と会社分割は契約ごと移る
合併と会社分割は、会社法にもとづく組織再編です。社員が改めて契約を結ばなくても、雇用契約は新しい会社へ引き継がれます。ただ、引き継がれ方と必要な手続は両者で違うため、分けて見ておきましょう。
吸収合併は労働条件ごと包括承継
吸収合併では、消滅する会社の権利義務がまとめて存続会社へ移ります。厚生労働省の指針でも、労働契約は包括的に承継され、労働条件もそのまま維持されるという整理です。気をつけたいのは成約後。同じ会社になる以上、経理や総務などの重複部門は統合の対象になりやすくなります。
会社分割は労働契約承継法の手続が要る
会社分割では、労働契約承継法に沿って、対象となる社員への通知や協議を行います。分割契約での扱いに納得できない一定の社員には異議を申し出る機会があり、会社分割のみを理由とする解雇は認められません。移る社員と残る社員の線引きが、実務上の論点です。
事業譲渡は社員の同意で転籍が決まる
事業譲渡は、事業に必要な資産や契約を個別に移す手法です。雇用契約も自動的には移らず、社員が同意して初めて譲受企業へ転籍します。雇用面での変化が最も大きくなりやすいスキームです。
譲受企業が引き継ぐ社員を選べる
事業譲渡では、どの社員を引き継ぐかを譲受企業が決められます。転籍しなかった社員は譲渡会社に残りますが、事業を手放した会社に仕事は残りにくく、会社の清算とともに職を失うことも。事業譲渡での従業員の扱いは、スキームを決める前に確かめておきたい論点です。
退職金は精算か通算かを決める
転籍する社員の退職金には、譲渡会社でいったん精算する方法と、勤続年数を通算して譲受企業が引き継ぐ方法があります。どちらを選ぶかで、譲渡会社の資金負担も社員の受取額も変わります。契約で決めておかないと、あとで揉めやすい部分です。
厚生労働省の指針が示す手続
前述の指針では、転籍の承諾を得る前に、譲受企業の概要や労働条件を社員へ説明して協議するのが適当とされています。過半数労働組合などとの事前協議にも努めるべきとされ、承諾しなかったことや事業が譲渡されたことのみを理由とする解雇は認められません。
日本の労働法がリストラに課すハードル
新しい株主になれば、人員を自由に減らせるのか。そんな疑問を持つ方もいるでしょう。ところが日本では、M&Aの有無にかかわらず、会社都合の解雇に厳しい制限がかかっているのが現実です。
解雇権濫用法理と整理解雇の4要件
労働契約法第16条は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇を、権利の濫用として無効としています。経営上の理由で人員を減らす整理解雇には、さらに細かな判断基準があります。
整理解雇の有効性を判断する4つの観点
厚生労働省の解説によれば、整理解雇の有効性は次の4つの観点から厳しく判断されるもの。下表では、M&A直後に満たしにくい理由もあわせて整理しました。
| 判断の観点 | 求められる内容 | M&A直後に満たしにくい理由 |
|---|---|---|
| 人員削減の必要性 | 不況や経営不振など、経営上の十分な必要性にもとづくこと | 対価を払って迎えた直後に、人員削減が避けられないと説明するのは難しい |
| 解雇回避の努力 | 配置転換や希望退職の募集など、他の手段で解雇を避ける努力をしたこと | グループ内の配置転換など取れる手段が多く、努力が足りないと判断されやすい |
| 人選の合理性 | 対象者を選ぶ基準が客観的・合理的で、運用も公正であること | 譲渡会社の出身者だけを対象にすると、基準の合理性を疑われやすい |
| 手続の妥当性 | 労働組合や社員に、必要性・時期・規模・方法を説明し、納得を得る努力をすること | 統合直後は信頼関係が浅く、十分な説明と協議に時間がかかる |
譲り受けた直後の整理解雇が法的に通りにくいのは、こうした事情があるからです。
労働条件の引下げにも合理性が求められる
解雇されなくても、給与や手当が下がれば社員は不利益を受けます。労働契約法は、社員の合意なく就業規則を変えて労働条件を不利益に変更することを、原則として認めていません。例外は、不利益の程度や変更の必要性、変更後の内容の相当性などに照らして合理的な場合です。雇用契約の引継ぎと不利益変更の関係も、成約前に押さえておくと安心です。
法律では止めにくい見えないリストラ
解雇という形を取らなくても、結果として社員が会社を去るケースがあります。現場で本当に問題になるのは、むしろこうした形の離職です。
退職勧奨と希望退職の募集
会社が退職を勧める退職勧奨や、条件を示して希望者を募る希望退職は、社員が自分の意思で応じる限り違法ではありません。ただし厚生労働省は、自由な意思決定を妨げる形の退職勧奨は違法な権利侵害に当たる場合があると注意を促しています。勧奨に応じた退職は、自己都合退職にはなりません。
配置転換や拠点統合による離職
拠点の統廃合で通勤先が遠くなったり、慣れない部署へ異動になったりしたことをきっかけに、家庭の事情などから退職を選ぶ社員が出てくるのは、M&Aの後によく見られる流れです。違法な解雇ではなくても、社員から見れば実質的なリストラでしょう。見落とされがちな落とし穴で、M&A後の離職を防ぐには、変化の予定を早めにつかんでおくことが大切です。
社風や評価制度の変化による離職
意思決定のスピード、会議の進め方、評価の基準。譲受企業のやり方になじめず、ベテランほど居心地の悪さを感じることがあります。給与が下がらなくても、人は辞めるもの。企業文化の統合を丁寧に進められる相手かどうかも、見極めの材料になります。
リストラが起きやすい会社売却のパターン
当社の支援現場では、雇用のリスクを「譲受企業が何を目的に譲り受けるのか」と「両社の機能がどれだけ重なるのか」の2点から見ています。同じ株式譲渡でも、相手と自社の状況しだいでリスクの濃淡は大きく変わるものです。
同業の譲受企業と管理部門が重なる
同業同士の統合では、経理や総務、情報システムといった管理部門が重なりがちです。近くに譲受企業の営業所があれば、拠点の統合も視野に入ります。現場の技術者や有資格者は譲受企業にとっても手放せない人材で守られやすい反面、譲受企業側に同じ機能がある間接部門の社員は、配置転換の対象になりやすい傾向があります。譲受企業の業種や属性しだいで、雇用への影響は大きく違ってくるわけです。
投資ファンドが買い手になる
投資ファンドは、企業価値を高めて数年後に売却することを前提に投資します。経営の効率化には積極的で、管理体制の見直しや役員の交代が進むケースもあります。成長のために採用を増やす例もあり一概には言えませんが、再売却されると次の譲受企業が株主になり、当初の約束がそのまま引き継がれるとは限らない点には注意が必要です。PEファンドの仕組みを知っておくと、交渉の前提をつかみやすくなります。
業績不振や債務超過を抱えている
赤字が続く会社や債務超過の会社では、人員削減の必要性そのものが認められやすくなります。救済の色合いが強い案件ほど、雇用維持の約束は取りにくいのが実情です。それでも、廃業して全員が職を失うよりは選択肢が残ります。債務超過でもM&Aは成立し得るため、早めの検討が肝心です。
親族が役員や社員として在籍している
交渉で論点になりやすいのが、オーナーの配偶者や子が役員・社員として在籍しているケースです。勤務実態に比べて報酬が高いと、譲受企業から退任や処遇の見直しを求められることが少なくありません。親族の処遇は一般社員と切り分け、M&A後の役員の待遇や役員退職金の扱いとあわせて早めに方針を決めておきましょう。
会社売却前に確かめたい雇用リスクのチェックリスト
自社のリスクがどの程度かは、いくつかの項目で大まかに見当をつけられます。下表は、当社が雇用面の論点を整理するときの視点を、譲渡オーナー向けのチェックリストにまとめたものです。
| 確認項目 | 確認する視点 | リスクが高まるサイン |
|---|---|---|
| 譲受の目的 | 人材・拠点・技術の獲得か、コスト削減か | 説明の中心が統合効果やコスト削減に偏っている |
| 機能の重なり | 管理部門や営業拠点が譲受企業と重なるか | 同じ商圏に譲受企業の拠点がある |
| 給与・人事制度の差 | 給与水準や評価制度が譲受企業とどれだけ違うか | 自社の給与水準が譲受企業より高い |
| 労務の潜在債務 | 未払残業代、管理職の扱い、社会保険の加入状況 | 固定残業代の運用や労働時間の管理があいまい |
| 規程の整備 | 就業規則・賃金規程・退職金規程の内容と運用 | 規程と実際の運用が食い違っている |
| キーマンへの依存 | 顧客や技術が特定の社員に集中していないか | 特定の社員が辞めると取引が止まりかねない |
| 親族の処遇 | 配偶者や子の役職・報酬・勤務実態 | 報酬に見合う勤務実態を説明しにくい |
| スキーム | 株式譲渡か、事業譲渡や会社分割か | 一部の事業だけを切り出して譲渡する |
従業員を守るために売り手ができる対策
「雇用は守ってもらえますよね」と口頭で確かめただけで、安心してしまう社長がいます。支援現場で何度も見てきた失敗のひとつです。M&Aの注意点のなかでも、雇用は後回しにされやすいテーマ。売却準備、相手選び、交渉と契約、成約後の引継ぎという段階ごとに手を打っていきます。
売却準備の段階で労務を整える
譲受企業が人を減らしたくなる理由を、先回りして減らしておく発想です。労務の問題は、デューデリジェンスで見つかれば譲渡価格にも響きます。
未払残業代と社会保険の点検
固定残業代の運用、管理職の残業代の扱い、パート社員の社会保険加入。いずれも人事労務デューデリジェンスで必ず確認される論点です。未払残業代が見つかると、譲受企業は成約後の人件費がさらに膨らむことを警戒して、譲渡価格の減額を求めたり、統合後の人員構成を見直したりする方向へ傾きがちです。
就業規則と退職金規程の整備
規程が古いまま、あるいは実際の運用と食い違っていると、譲受企業は制度の統合時に大きく手を入れたくなります。退職金の積立不足も、譲渡価格の調整項目になりやすい部分です。売却を考え始めた段階で、社会保険労務士などの専門家と一緒に棚卸しをしておくと安心でしょう。
相手選びの段階で人員計画を見極める
雇用を守るうえで、条項より効くのは相手選びです。もともと人を大切にする相手なら、条項に頼る場面そのものが少なくなります。
人材を求める譲受企業を候補にする
拠点の拡大、技術者の確保、新しい地域への進出。こうした目的で譲り受ける企業にとって、社員は欠かせない存在です。譲受企業の選び方では、提示価格だけでなく、譲受の目的と既存事業との重なりを必ず確認してください。
トップ面談で人員計画を聞く
トップ面談は、譲受企業の経営者の考え方を直接確かめられる貴重な場です。「成約後に組織をどう変えるつもりか」「管理部門はどうするのか」「給与制度はいつ、どのように統合するのか」。この3点を具体的に尋ねるだけで、相手の本音はかなり見えてきます。
交渉と契約の段階で書面に残す
口約束は、担当者が替われば消えてしまいます。雇用に関する合意は、交渉の段階に合わせて書面へ落とし込んでいきましょう。
基本合意書で雇用方針を共有する
基本合意書は、独占交渉権などを除いて法的拘束力を持たせないのが一般的です。それでも、雇用の維持を前提に交渉を進めることを書き込んでおけば、デューデリジェンスや最終契約の交渉で立ち返る基準になります。
最終契約書に雇用維持条項を入れる
法的な効力を持つのは最終契約書です。株式譲渡契約書に、譲受企業が成約後に守るべき事項として、雇用の維持や労働条件の維持を定めます。書き方と強さの決め方には、実務上のコツがあります。
雇用維持条項の文例
たとえば「譲受人は、クロージング日から○年間、対象会社の従業員の雇用を維持し、合理的な理由なく労働条件を従業員の不利益に変更しないよう、対象会社をして努めさせる」といった書き方です。期間、対象となる社員の範囲、努力義務か法的義務か。この3点が交渉の中心です。
条項の強さと譲渡価格のバランス
雇用維持を厳格な義務にしたり違約金を定めたりするほど、手を挙げる譲受企業は減り、価格にも響きやすくなります。当社では、「全員の雇用を何年」と一律に縛るより、一律の賃金引下げをしない、主要な拠点を一定期間残すなど、守りたい中身を具体的に書くほうが実効性は高いと判断しています。
労務の表明保証に備える
最終契約書では、譲渡オーナーが未払賃金や労働紛争がないことを表明保証するのが通例です。事実と違えば、成約後に補償を求められます。準備段階で問題を洗い出しておけば、雇用の交渉でも主導権を握りやすくなるはずです。
成約後の引継ぎ期間を生かす
成約で終わりではありません。社員が新しい体制になじめるかどうかは、成約後の数か月で大きく左右されます。
社長が残る期間に橋渡しをする
成約後もしばらく、顧問などの立場で会社に残る社長が多くいます。この期間こそ、社員と譲受企業の橋渡し役を担えるタイミングです。会社売却後の元オーナーとしての役割と期間は、最終契約書で明確にしておきましょう。
PMIの計画に雇用の論点を入れる
中小企業庁の中小PMIガイドラインは、PMIをM&Aの検討段階から始め、成約後おおむね1年を集中して取り組む期間とする考え方を示しており、人事制度の統合や配置の見直しもこの計画に組み込まれていきます。PMIの進め方に譲渡オーナーが関われるうちに、雇用の論点を計画へ入れておくのが得策です。
当社の支援事例に見る雇用維持の実際
雇用が守られるかどうかは、スキームの種類より、譲受企業が何を求めているかで決まります。そのことを実感した2つの案件を、匿名で紹介します。
事業譲渡で従業員の雇用を同条件で引き継いだ調剤薬局
九州で調剤薬局2店舗を営む会社は、80代の経営者に後継者がいませんでした。譲受企業は地域の拡大をめざす関西の同業で、売上規模は約10倍です。スキームは事業譲渡でしたが、管理薬剤師を務める役員を含めて従業員の雇用は同じ条件で続き、看板や営業時間も変えずに引き継がれました。経営者と親族は勇退しています。
段階的な開示で社員の不安を和らげたタクシー会社
北海道のタクシー会社は、経営不振とドライバー不足に悩み、70歳の経営者が株式譲渡を決断しました。譲受企業は拠点の拡充をめざす関東の上場運送会社で、雇用の継続を約束しています。社員への情報は、段階を踏んで少しずつ開示。当初の戸惑いも、譲受企業の方針と雇用継続を伝えると前向きな受け止めに変わっています。業績が苦しい会社でも、人材が譲受の目的と重なれば雇用は守られやすい好例です。
社員にM&Aを伝えるタイミングと答え方
社員に話すのは、早すぎても遅すぎても失敗します。説明より先に噂が広まり、不安だけが膨らんでいくことも。中小企業の会社売却では、珍しくない展開です。
説明の義務はスキームで異なる
株式譲渡では、社員にM&Aを事前に説明する法的な義務はありません。これに対して会社分割では労働契約承継法にもとづく通知と協議が、事業譲渡では転籍の承諾を得るための協議が欠かせません。社員と向き合う時期そのものが、スキームで変わってきます。
伝える順番とタイミング
幹部やキーマンには、基本合意の後、デューデリジェンスへの協力が必要になる段階で伝えるのが一般的です。一般社員への説明は、最終契約の締結からクロージングの前後にかけて行います。社員説明のタイミングを誤って、取引先や報道から先に知った社員は、内容そのものより「知らされなかったこと」に傷つくもの。社外より先に社内へ、が基本です。
「リストラはあるのか」と聞かれたときの答え方
説明会でほぼ必ず出る質問です。ここで「絶対にない」と言い切るのは避けてください。守れなかったとき、社長への信頼ごと崩れてしまいます。伝えるべきは、契約で約束されたこと、現時点で決まっていること、まだ決まっていないことの3つ。「雇用と給与は契約で維持を約束してもらった、制度の統合はこれから話し合う」と、事実を分けて伝えます。
成約後は遅滞なく全員に伝える
前述の中小PMIガイドラインは、成約後、譲渡側の社員へM&Aに関する情報を「遅滞なく」「全員に」伝えることを示しています。説明前に噂が広まり、不安から離職者が出た失敗例も載っているほどです。説明会のあとに個別面談の場を設けると、人前では口にしにくい不安も拾えます。
会社売却の判断材料としてのリストラリスク
リストラが心配で、会社売却に踏み切れない社長もいます。ただ、比べる相手を取り違えないでください。社員の雇用を最も確実に失わせるのは、M&Aではなく廃業です。
廃業すれば雇用は残せない
廃業を選べば、事業の終了とともに社員は職を失います。M&Aなら、事業も雇用も譲受企業のもとで続く道が残ります。廃業とM&Aの比較では、手取りや税金だけでなく、社員と取引先に何を残せるかという差にも目を向けてください。
社員にとってのM&Aのメリット
規模の大きな企業グループに入れば、給与水準や福利厚生、研修制度が良くなることがあります。担当できる仕事の幅が広がり、キャリアの選択肢も増えるでしょう。社員から見たM&Aのメリットとデメリットを整理して伝えられると、説明会の空気はずいぶん違ったものになります。
価格と雇用の優先順位を決める
譲渡価格、社員の雇用、社長自身の処遇。会社売却では、この3つをすべて最大にすることはできません。どれを優先し、どこまで譲れるのか。交渉に入る前に順位をつけておくと、判断がぶれにくくなります。自社の企業価値評価から始めれば、どこまで譲れるかの目安もつかめるはずです。
企業買収をご検討の方へ 欲しい会社は、待っていても見つからない プロ・アクティブサーチで候補先を開拓M&Aのリストラに関するFAQ
売却後の雇用について、売り手の社長から実際によく受ける質問への回答です。
売り手が請求できるのは主に損害賠償ですが、売り手自身の損害額は示しにくく、解雇された社員の雇用を元に戻す効力もありません。違約金を定めるかは、譲渡価格への影響を見ながら判断します。現場では、条項より先に相手の人員計画を確かめるのが鉄則です。
株式譲渡なら、パートや有期契約の社員も今の契約がそのまま続きます。注意したいのは契約更新の時期です。更新を重ねてきた社員の雇止めには、労働契約法第19条により合理的な理由が求められます。事業譲渡の場合は、正社員と同じく転籍への本人の同意が必要です。
株式譲渡そのものに、労働組合の同意は法律上求められていません。ただし、労働協約に経営上の重要事項を事前に協議する定めがあれば、従う必要があります。団体交渉を申し入れられたら誠実に応じるのが原則です。組合への説明時期は、情報管理とあわせて慎重に設計しましょう。
うかつに否定すると、事実が明らかになったときに信頼を失います。「決まったことがあれば、必ず自分から説明する」とだけ伝えるのが現場の定石です。噂が広がり始めたら、仲介会社と相談して開示の前倒しを検討するのも一案でしょう。
M&Aのリストラリスクは相手選びと契約で抑えられる
中小企業のM&Aで大規模な解雇はまれで、株式譲渡なら雇用契約はそのまま続きます。注意すべきは部門統合や処遇変更による離職です。譲受企業の目的を見極め、雇用の約束を契約に残せば、社員を守る道は開けます。社員を思うからこそ迷う気持ちは、当然のものです。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業M&Aを数多く支援してきました。社員の雇用を守る相手選びや契約条項の設計から、売却後の税務まで一貫してご相談いただけます。まずはお気軽にお問い合わせください。
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著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
-
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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