M&Aのメリット・デメリットとは?売り手・買い手に分けて解説

近年様々なニュースやメディア等でも見受けるようになったM&Aについて、当事者のリアルな声も踏まえて、メリット・デメリットを解説します。

1.M&Aを行う目的

売り手の目的

日本では従来、M&Aにおいて経営者が他社へ身売りするといったネガティブな印象を持たれることも多々あったかと思います。しかし、近年は様々な場面で情報が行き交うようになり、企業の『存続』や『成長』ひいては『企業価値向上』のための一手段として、その認識は浸透しております。主な内容として、以下の事が挙げられます。

(1)自社の成長や組織再編による見直し

昨今、企業を取り巻く外部環境は著しく変化しております。例えば、新型コロナウィルスによる経済の混乱、為替による物価高、国内の少子高齢化及び人口減少等、企業経営の難易度ひいては存続も容易ではない状況が年々増しております。

このような事態に対応するためには、時代に合わせた事業戦略に加え、ヒト・モノ・カネなどの経営資源を投下し続ける必要があります。しかし、中小企業をはじめとする単独企業では経営資源を投下し、自社を成長させ続けることは決して容易なことではありません。

こうした背景のもと、『自社成長の手段』として、有力企業の傘下に入るケースが多く見受けられるようになりました。

また、M&Aは必ずしも株式譲渡いわゆる会社全体の譲渡とは限らず、スキームによっては一部の事業のみを譲渡する場合もあり、事業の整理を行うことで本業の強化に繋がることもあります。複数事業を展開する結果、現在では経営の効率性が欠けている事について課題を持つ企業においても有効な手段です。近年は上場企業などもカーブアウト(子会社分離)を行う事も散見され、いずれも『選択と集中』によるものだと見受けられます。

(2)後継者不在による事業承継

帝国データバンクの調査結果によると、社長の平均年齢は60.3歳(2021年12月時点)で31年連続更新している状況である。また、後継者不在率は57.2%と調査結果がでており、その背景としては、以下の事が考えられます。

 ・親族に継ぐ人がいない。(継ぐ意思がない、継がせる資質がない事も含む)
 ・継ぐ人はいるが業界の先行きを考えると継がせられない。
 ・社内の番頭に継がせたいが自社株の承継までは現実的に困難である。

このような事により、後継者問題ならびに自社株の承継も解決できることからM&Aを選択肢にする傾向にあると思われます。

(3)その他

日本でもベンチャー及びスタートアップ企業が年々増加傾向にあるように、シリアルアントレプレナー(連続起業家)は、会社譲渡、事業売却等のEXITによるキャピタルゲインをもとに新たな事業を立ち上げます。これまで日本ではM&Aに対してネガティブに捉えられる事も多く、メガベンチャーや大企業による買収件数も少なかったため、珍しい事柄でもありましたが、昨今は様々なパラダイムシフトを背景に、各企業もM&Aを積極的に行うことにより、日本でもシリアルアントレプレナーが増えやすい環境下になりつつもあります。したがって、若手経営者による早期EXITも視野に入れる傾向も見受けられます。また、長い間、会社経営をしてきた社長が新たな夢や目標を持ち、その道に進むべく早期引退する事柄もあり、様々な理由によりM&Aを選択肢に入れるほど、M&Aそのものが浸透し一般的となってきたのではないかと考えられます。

②買い手の目的

買い手企業においては、これまで自社で事業拡大(既存事業の拡大と新規事業への進出)を行う中で、その時間と労力を多大に費やしてきました。一方でM&Aはこれまで大企業が行う経営戦略という風潮もあり、中小企業にとってはハードルが高いという認識でもありましたが、近年では『短期間で自社の事業拡大』に効果的な戦略という位置づけとなり、大企業のみならず中小企業でも積極的にM&Aを検討する企業が増加しております。主な要因として、以下の内容が挙げられます。

(1)スケールメリットや商圏の獲得

仕入、生産、販売等の事業活動の中で、様々な規模の拡大によって生まれるバイイングパワー、生産性向上、販路先の拡大等に関する効果を目的とする事や、競合他社に対する優位性を見出すためを目的とします。

(2)人材の確保

少子高齢化である日本では人材の採用においても売り手市場となります。特に若年層や技術者の確保において、業界によっては重要な課題でもあり、自社が必要とする人材の獲得を行うことにより技術の向上やノウハウの取得、ひいては組織の強化を図ります。

(3)新規事業創出

企業が新規事業を行うためには、相応のリソースを費やすのと併せて調査、分析、構築、検証、改善等を繰り返し行い、多大な労力と時間がかかります。既に完成されている事業及び企業に投資することにより、技術やノウハウの取得、市場の開拓をすることが可能となります。

2.M&A実行前と実行後における当事者のリアルな声

前述では売り手・買い手それぞれの目的を紹介しましたが、以下の記述は、弊社が支援した中で実際にクライアント先よりヒアリングした当事者の声を紹介します。

①M&A実行前

(1)売り手の声

・社長の後継者不在により譲渡を検討、専門性の高い事業内容である故に自社の強みが活かせる且つ主要取引先との関係性も良好に築ける買い手企業を希望していた。また、希望金額についても相場より1.4倍程度高い意向であった。(業績が良かったことも背景にあり)

・買い手との面談の際に経営方針及び買収後の事業計画の説明があり、自社の成長も期待できる内容であった。

・中小企業と大企業での意思決定における決裁の違いにより、時間軸が異なる事について、多少の不満はあった。

・簿外債務があったが、買い手側も折衷案で合意してくれた為、前向きな姿勢で取り組めた。

(2)買い手の声

・技術者の確保、自社の取引網が活かせる相応の規模の買収先を検討していた。M&Aは経営戦略の中でも重要な位置づけであり、積極的に取り組む姿勢でもあった。

・対象会社は特殊な取引先を持ち、自社のリソースを補填することにより更なる事業拡大が描ける印象であった。また、優秀な技術者も複数いることから手厚い待遇により活躍の場を広げられると確信していた。

・売り手側の希望金額は、のれんがそれなりに加算されていたが、足元の業績及び買収後のシナジーを考えると想定の範囲内であった。

・デューデリジェンスの際に、簿外債務が発覚したが、売り手側も真摯に受け止めてくれた為、役員会でも説明がつき進められた。

②M&A実行後

(1)売り手の声

・譲渡後、速やかに買い手による挨拶及び説明の機会を設け、従業員や取引先も混乱せずに済んでスムーズに移行できた。

・親会社からの取引先の支援を受け、業績は更に伸びている。

・しばらくは従来通りに社長として残るが、買い手より役員が派遣及び相談役として担ってくれてこれまでにない心強い状況ではある。

・親会社が出来たことで、会計基準及び管理体制を合わせなくてはならない事は多少の煩雑さもある。

(2)買い手の声

 ・入念なデューデリジェンスを実施した為、現状はトラブルもなく順調である。

 ・想定していたシナジーが発揮できている為、数字として顕著に表れている。

 ・従業員の離職もなく、良い状況で引継ぎがなされている。

3.M&Aの売り手・買い手それぞれのメリット

M&Aによる売り手・買い手には様々な効果が期待できますが、本書では代表的なメリットをそれぞれ紹介します。

①売り手側のメリット

(1)自社の存続と永続的な成長

有力な企業の傘下に入ることで経営基盤の強化が担保できると共に、次世代、その先を見据えた社長の後継者問題も解決することで、自社の存続と永続的な成長が期待できます。

(2)株主及び経営者の経済合理性

株式譲渡による譲渡対価を得られる事や、同時に経営者として個人が負っている債務保証等も買い手企業の協力のもと解消することが一般的であるため、債務保証からの解放も期待できます。個人資産を担保にして資金を得ている経営者にとっては、債務保証からの解放は経営者として本当の意味で肩の荷が下りる事だと考えます。

(3)従業員の雇用と顧客や取引先の関係性維持

自社の経営不振または社長後継者不在により廃業をしてしまう場合、従業員の雇用は当然守れませんが、中小企業のM&Aでは役員及び従業員において既存通りで雇用されることが多く、場合によっては、傘下後に有力企業グループの一員として活躍の場が広がり、従業員の育成、モチベーション向上、周囲の安心に繋がるケースも多くあります。また、顧客や取引先においても関係性が継続されることを前提に、新サービスの提供や取引量の増加ひいては会社としての信用力向上も見込まれ、より良好な関係になる事も期待できます。

②買い手側のメリット

(1)経営資源の獲得

事業の成長にはかかせないヒト(優秀な人材及び技術者)モノ(設備や不動産)あるいはブランドやノウハウ等、自社にはない経営資源を取得することにより補完や増強が期待できます。

(2)短期間での既存事業の拡大

既存事業の規模拡大を図るためには相応の時間と労力を費やしますが、短期間かつ完成された事業モデルを取得することができ、既存事業との相乗効果も期待できます。

(3)事業の多角化

本業のリスクヘッジなど、これまで自社が取り組んでいなかった事業分野への参入が安易にでき、グループ全体の基盤を強固にすることが期待できます。また、事業に必要な許認可、顧客や取引先も引き継げる可能性が高いため、ゼロから事業を立ち上げるよりもはるかに時間短縮及びリスクの排除ができるかと考えます。

4.M&Aの売り手・買い手それぞれのデメリット

二社の異なる企業が融合する事は決して安易なことではありません。リスクやデメリットなどを最小限に抑えメリットを最大限に活かすため、一般的に懸念されるデメリットをそれぞれ紹介します。

売り手側のデメリット

(1)必ずしも希望する買い手企業と交渉且つ短期間で終わるとは限らない。

M&Aにおいて、売り手側が想定する買い手企業を見つけることは決して容易なことではありません。金融機関や専業会社に依頼したとしてもスムーズに買い手企業が見つからないケースもあり、特に経営不振から自社の譲渡、業界が斜陽産業、従業員の高齢化が進んでいる等の企業は、買い手企業としても検討及び評価が困難となることも多々あります。また、買い手企業が現れたとしても、希望価格での交渉ができない可能性もあり、自社の事業に将来性が見出しづらい場合など交渉力は弱くなってしまいます。

(2)経営に関する権限が少なくなる。

株式譲渡であれば会社議決権の大半が買い手企業となりますので、役員の編成含め、譲渡前と全く同じ状況とは言い難いかと思われます。したがって、経営方針、予算配分、社内人事等、残留する社長は買い手企業の方針に従う必要が出てきます。

(3)従業員や取引先等の混乱を招く恐れがある。

事業内容や契約内容に大幅な変更が発生すると、従業員や取引先とトラブルに発展してしまうことも懸念されます。最悪の場合、従業員の離職、取引契約の打ち切りなどに発展し兼ねないため、譲渡後は、買い手企業と協力して適切なタイミングでの説明を行う必要があります。

②買い手側のデメリット

(1)投資額以上の利益を出す事が困難で回収に時間がかかる。

買収価額が高くなり過ぎた場合、譲受後の利益が想定外に出せない状況もあります。譲渡対象企業の価値算定が時価純資産価額にのれんを加算した価額で買収した際、事業統合後にのれん償却以上の利益が見込めなければマイナスになってしまいます。買収前のデューデリジェンス等含め入念な調査及び分析が必要になるかと思われます。

(2)期待したシナジー効果が出ない事もある。

買収前はある程度のシナジーを想定した検討を行うかと思われます。しかし、いざ買収してみると『業務統合に想像以上の時間がかかる』『生産性が思いのほか上がらずコスト低減できない』『新規顧客の取り込みが上手くいかない』など、シナジー効果が十分に発揮できないケースもあります。また、事業規模の拡大をした結果、固定費が増加し、キャッシュフローが悪化する可能性もあるため、買収後の運営方針も見据えた検討が必要になります。

(3)買収後に想定していなかった簿外債務等が発覚する。

特に株式譲渡スキームでは対象企業のすべてを引き継ぐこととなりますので、貸借対照表には記載のない『簿外債務』を引き継いでしまう恐れもあります。また、顧客とのトラブル、労働組合との係争など、将来自社に不利益をもたらす『偶発債務』もあり得る可能性も踏まえて、十分な調査と注意が必要となります。

5.M&Aを現在検討中、これから検討する方へ

M&Aにおいて、双方最大のメリットは事業成長や資金回収が短縮できる『時間』です。

買い手にとっては、完成された企業及び事業を取得することは一から立ち上げるよりも圧倒的に早く成長出来る手段でもあり、一方では、少子高齢化が進む中、日本の中小企業の後継者不足は深刻な問題でもあります。また、将来的な業界の不透明感に不安を抱く経営者において、双方のニーズが『存続と成長』に繋がり、その選択肢としてM&Aは有効的な手段ではないでしょうか。

本書で記述した事を参考に、適切な専門家によるサポートのもと、検討していくことをお勧めいたします。

著者

田原聖治
田原聖治事業法人第一部長
みずほ銀行にて大手企業から中小企業まで様々なファイナンスを支援。みつきコンサルティングでは、各種メーカーやアパレル企業等の事業計画立案・実行支援に従事。現在は、IT・テクノロジー・人材業界を中心に経営課題を解決。
監修:みつき税理士法人