会社乗っ取りは、非上場の中小企業でも起こり得るリスクです。本記事では、企業オーナーに向けて、乗っ取りの手口や予防策を紹介します。
会社乗っ取りとは
会社の乗っ取りとは、現経営者が経営権を失い、他者によって経営が行われる状態を指します。
会社を乗っ取られる方法は様々なケースがありますが、第三者から出資を持ちかけられて、対象会社の発行済み株式数の過半数を掌握されることにより会社を乗っ取られるケースなどがあります。その他にも、相続によって株式を取得したり、現株主から株式を取得したりすることをきっかけとして乗っ取りを企てられることがあります。中には、現オーナーが病気などで休んでいる間に、株主総会や取締役会を開催し全株主の同意なく株式取得を進め、会社を乗っ取るなどの事例もあります。
相続や株式取得により会社を乗っ取られたとしても、所定の手続きが適法に行われていれば問題にはなりません。どんなことがきっかけで会社の乗っ取りを受けるか分からないため、オーナーは様々なことを想定し会社乗っ取り対策を講ずるようにしてください。
▷関連:M&Aの失敗要因|売り手・買い手・中小企業の注意点とは?
乗っ取りとM&Aの違い
M&Aと乗っ取りは、似て非なるものです。両者とも企業の経営権が移動する点では同じですが、その過程と本質は大きく異なります。
M&Aは、企業間の合意に基づく友好的な経営統合です。譲渡側と譲受側が抱える課題を互いに解決し、Win-Winの関係を築きます。例えば、譲渡側と譲受側は以下のような課題を抱えていることが多いです。
売却側の課題
- 後継者不在による事業継続の危機
- 不採算部門の分離による経営効率化
買収側の課題
- 新規事業立ち上げにかかる時間とコストの削減
- 既存事業の拡大や市場シェアの獲得
対照的に、乗っ取りは、対象会社の意思に反する強制的な経営権の奪取を指します。それには、例えば、以下のような背景があります。
- 対象企業の経営陣との対立
- 個人的な確執や私怨 といった背景が存在します。
▷関連:会社のM&Aとは何か?方法・価格・利点と欠点・流れを簡単に解説
企業乗っ取りの手口
企業乗っ取りの主な手法を5つ紹介します。これらの手法は、法律や税務の専門家等が支援して進めることが多く法律的に合法であるケースが大半です。中には違法行行為に相当するものもありますので、会社乗っ取り対策検討の際の参考にしてください。
非上場企業に対する手法
非上場企業は、自社株が自由に転々と流通することは考えにくいです。そのため、乗っ取りが企てられるとすれば、以下のような手法になります。
親族等によるクーデター
創業者が高齢になり自社の事業承継のため、創業者が親族などに株式を分散させるケースがあります。対象会社の議決権が創業者以外の手に渡ることで、株式を承継した親族が団結してクーデターを起こしたケースがあります。具体的な例としては、株式を承継した者同士が団結し株主総会で代表取締役(オーナー)の解任決議を通じて創業者を追い出したなどの例があります。
不正な登記変更
会社は、代表者や役員など登記しなければならない情報がいくつかあります。これらの登記は対象会社の株主総会で決議された内容を基に実施されます。これを逆手にとって会社乗っ取りを狙う者が、株主総会議事録を偽造し、役員や代表者を変更するなど虚偽の内容で登記変更を行い、会社乗っ取りを企てる事例もあります。これまでに紹介した会社乗っ取り手法は、敵対的であるものの適正な手続きで実施される手法のため、違法行ためには当たらないものでしたが、この手法に関しては明確な違法行ためと言えます。
株式の相続
対象会社株式の相続がきっかけで企業乗っ取りの脅威にさらされるケースもあります。特に中小企業においては注意が必要です。会社にとって好ましくない株主(経営者)を排除するため、多くの中小企業は定款で自社株式の譲渡制限を設けおります。譲渡制限が設定された株式譲渡は、取締役会や株主総会での譲渡承認が必要となります。しかし、相続による株式の移動はこの譲渡制限の効力が及ばないため、会社にとって好ましくない株主(経営者)が入ってきてしまう可能性があり、これらの株主らが、会社乗っ取りを画策するケースがあります。
▷関連:相続による事業承継とは?遺言・贈与・譲渡による生前対策も検討
なお、贈与による株式の移動は、株式譲渡制限の適用があります。したがって、その株式の移転は、贈与した当事者間では有効ですが、発行会社に対しては無効です。
▷関連:株式贈与による事業承継|譲渡・相続との違い、流れ、メリットとは?
上場企業に対する手法
上場企業は、株式市場を通じて第三者が株式を購入することを防ぐことはできません。そのため、以下のような手法があり得ます。
総会屋等による違法行為
総会屋とは、株主の権利を乱用し対象会社の企業価値を下げる行為を実施することで、不当な報酬を得ることを目的とした団体のことを指します。最近では会社法の改正も手伝って総会屋の勢力が衰えてきたと言えますが、以前は上場会社の株主総会の妨害や協力するために金銭の要求や、中小企業では対象会社の株主や役員になり企業価値を下げる行為を行い、会社乗っ取りを実行するケースも散見されました。不当な金銭の要求は違法行為と言えますが、株主の権利行使の範囲内であれば違法行為とは言い切れないという判断の難しいケースもあります。
敵対的買収(M&A)
上場企業での乗っ取り手法としては、敵対的買収(M&A)が挙げられます。通常のM&Aは、売手側・買手側両者の経営陣が条件等の合意によりM&Aが実行されますが、敵対的買収(M&A)では売手側の意向を加味せず、買手側が一方的に経営権を掌握することを目的に行われるM&Aを言います。
具体的には、市場やTOBを活用し対象会社の株式を買い集め一方的に経営権を掌握します。TOBは、買い付け期間、価格、予定数などが公告され、買付け価格は市場価格より高く設定されることが多いため、スピーディーに買収を進めたい場合に使われる手法です。しかし、日本の上場会社では、この敵対的買収への対策を入念に実施している会社が多く、敵対的買収(M&A)が成功するケースは多くないのが現状です。
▷関連:同意なき買収(敵対的買収)とは|防衛策・デメリット・事例を解説
会社が乗っ取られた後の展開
会社が乗っ取られた場合、前オーナー側と乗っ取り側で友好的な条件交渉が行われないまま買収が進むため、役員や従業員の処遇については会社を乗っ取った側の意向に従うしかありません。彼らの経営方針によって、職場環境や処遇の変更が行われる可能性は否めません。一方で、買収した会社を発展させたいという意向を持っていれば、会社にとって財産である役員や従業員に配慮した経営が行われる可能性もあります。どちらに転ぶかは乗っ取られた後にしか分からないため、雇用環境は不安定な状況と言えるでしょう。
会社乗っ取りは違法か?
会社が乗っ取られた場合、違法性があるか否かはどのような手法で会社を乗っ取られたかによって判断されることになります。これまでご紹介した敵対的買収(M&A)・相続・親族クーデターなどの手法は、敵対的な行ためであるものの株式の取得方法は合法的に取得されたものであり、適正な手続きに基づいて実施されており違法性はないとの判断になります。しかし、虚偽の変更登記などは手続き自体が違法行為であるため、違法性があると判断することができるでしょう。
▷関連:事業承継の相談先は税理士・公認会計士がおすすめ!選び方・費用相場
会社乗っ取りへの対策
自社が第三者からの会社乗っ取り防止策として、会社オーナーが取り組むべき効果的な対策を紹介します。この記事では種類株式と呼ばれる特別な権限を持つ株式を発行する方法や敵対的買収を進める買手側に、買収意欲を下げさせることによって会社乗っ取りを回避するなどの対策について解説します。自社の会社乗っ取り対策検討の際の参考にしてください。
非上場企業における対策
主に非上場企業が取り得る有効な対策は以下のようなものです。
特別な効力を持つ「種類株式」の発行
会社が発行する株式には「普通株式」以外にも「種類株式」と言うものがあります。普通株式と種類株式は株主平等の原則に基づいて扱われる株式と同様ではありますが、種類株式は普通株式と異なる権限を設定することができます。設定できる権限は9つありますが、会社乗っ取りの防止策として有効な権限を持つ種類株式としては、「取得条件付種類株式」と「拒否権付種類株式」の2つがあります。2つの種類株式について、解説します。
▷関連:種類株式とは何か?メリットとデメリット・事業承継での活用例
取得条項付種類株式の活用
普通株式の場合、会社が株主から自社の株式を買取る際、会社は株主総会や取締役会等で自社株式の買取りの可否や買取り時の金額について決議が必要となります。しかし、取得条項付種類株式はあらかじめ定めた条件が満たされた場合、他の株主の同意なく、会社が決定した価格で強制的に買い取ることができる株式となります。例えば、相続などで自社の株主に会社にとって好ましくない株主が経営に参画するリスクがある場合、取得条項付種類株式の権限を行使することで強制的に、会社が株式を買取ることができ、リスクを排除することが可能となります。
黄金株(拒否権付種類株式)とは
拒否権付種類株式とは、株主総会や取締役会決議等に対して拒否権を持たせる設定が可能な株式のことを言います。拒否権付種類株式は、その権限の強さから「黄金株」とも呼ばれます。株式の譲渡・新株予約権の発行・代表取締役の変更など会社に関わる重要事項の決定は、株主総会や取締役会での決議が必要となります。
会社乗っ取りを企てる株主が現れたとしても、黄金株を保有していれば、拒否権を行使することで会社乗っ取りのリスクを回避することが可能となります。また、創業者から後継者へ事業承継をする際も、事業承継後の後継者を監視する目的でも黄金株が活用されるなど、会社をコントロールするための策として活用されています。
▷関連:黄金株(拒否権付種類株式)とは?メリット・デメリット、作り方
上場企業における対策
上場企業の場合は、いわゆる敵対的買収(同意なき買収)への対策ということになります。敵対的買収とは、売主側の合意を得ず買主側が強引に買収を進めることを指し会社乗っ取りの一つです。そのような敵対的買収(会社乗っ取り)への対策として、以下の防衛策が挙げられます。
ポイズンピル
会社が敵対的買収を実行された場合、敵対的買収を企てる株主以外の株主に市場よりも安く取得できる新株予約権を発行し敵対的買収を企てる株主の株式保有比率を下げ、買収コストの増加や経営権掌握までの長期化などを誘発させることにより買収を断念させる防衛策を言います。
ホワイトナイト
敵対的買収を企てる株主が現れた際に、友好的な別の会社に買収してもらうことにより、敵対的買収を企てる株主から逃れる防衛策を言います。
ゴールデンパラシュート
敵対的買収を受けた際に買収価額を高騰させるための仕組みを作り、敵対的買収を企てる株主の買収意欲を下げることで敵対的買収を回避する防衛策を言います。例えば、敵対的買収を受け、役員が退任する際の退職金等を高額に設定するなどの仕組みを構築したりします。
クラウン・ジュエル
敵対的買収を受ける企業の企業価値を高くしている事業や資産を売却し、企業価値を下げることで相手の買収意欲を下げる防衛策を言います。
▷関連:買収防衛策とは|どんなM&Aに必要か・防衛策一覧・導入手順・事例
会社乗っ取りの事例
会社乗っ取りの方法は、「非上場の中小企業」と「上場企業」で異なる特徴があるため、それぞれに合った有効な対策を行うことが求められます。以下では、それぞれの代表的な事例について解説します。
- 中小企業での会社乗っ取り事例:相続クーデター
- 上場企業での会社乗っ取り事例:敵対的買収(M&A)
自社の防御策検討の参考にしてみてください。
中小企業における乗っ取り事例
非上場の中小企業において発生する「相続クーデター」による会社乗っ取りの事例を紹介します。日本の創業者一族による経営では、親から子への自社株承継が一般的ですが、この過程で会社乗っ取りのリスクが存在します。
株式分散のリスク
事業承継は、現オーナーが後継者へ経営権を移すため、保有株式の大部分を移転する行為です。オーナーが発行済み株式を100%保有し、それを一人の後継者に譲渡する場合、会社乗っ取りの可能性は低くなります。
一方で、非上場の中小企業では、役員や元従業員などオーナー以外も株式を保有するケースが多く見られます。このような状況下で相続クーデターが発生する可能性があります。株式譲渡の形態は様々ですが、多くはオーナーが信頼する人物への分散という形を取ります。
相続による信頼関係の崩壊
株主が分散していても、オーナーと株主間の信頼関係により経営は安定します。しかし、株主の死亡による相続で、相続人の性格次第でこの信頼関係が損なわれる可能性があります。
相続クーデターとは
信頼関係の崩壊により、他の少数株主と結託して経営権奪取を図る事態を相続クーデターと呼びます。非上場企業では株式譲渡は原則自由であるため、多くの企業が譲渡制限を設けています。ただし、相続にはこの制限が及びません。
売渡請求権による対策
相続人が会社にとって脅威となる場合、売渡請求権の行使で対処できます。これは好ましくない株主に対し、会社が株式の売り渡しを求める権利です。特別支配株主は強制的な売り渡し通知が可能です。多くの株式会社では定款にこの権利が定められています。
追加的な対策
売渡請求権の行使要件は厳格なため、補完的な対策も必要です。有効な対策として、株主の過度な分散を避け、遺言書で相続人を明確に指定することが挙げられます。
▷関連:親族内の事業承継とは|株式譲渡・贈与・相続の利点と欠点を比較
上場企業における乗っ取り事例
上場企業での会社の乗っ取りは、主に敵対的買収(同意なき買収)によるM&Aの形を取ります。通常のM&Aが企業間の友好的な協議で進むのに対し、敵対的買収は買収側が一方的に進める手法です。
敵対的買収の実行方法
対象会社の経営陣の合意なしに株式を取得し、経営権を獲得します。株式取得の手段としては、市場での買い付けに加え、株式公開買付(TOB)が活用されます。
TOBの特徴と実態
TOBは一般株主に対し、買取り価格、株数、期間などを公表して行う証券取引所外での株式買付け手法です。多くの株式取得が可能で、市場価格を上回る価格設定が一般的です。市場取得やTOBを通じて最大の持ち株比率を確保すれば、経営陣の同意がなくとも経営権を掌握できます。
買収の進行と防衛
TOBへの応諾は株主の判断に委ねられます。ただし、買収側に賛同する株主の存在で急速に進展する可能性があり、多くの上場企業は防衛策を整えています。
▷関連:TOBとは?その種類、メリット・デメリット、手続を平易に解説
日本における現状と対策
日本では買収防衛策が奏功するケースが多く、敵対的買収の成立例は、まだ少数です。情報収集の制限や防衛策による買収コストの上昇から、過度な警戒は不要かもしれません。しかし、防衛策の不在は乗っ取りリスクを高めるため、専門的な対策の準備は欠かせません。
会社乗っ取りのまとめ
会社の乗っ取りは、上場会社・中小企業問わずどの会社にも起こりうるリスクの一つです。親族や身近な人、関係性の薄い第三者など、いつ・誰が画策するのか予測はできません。よって会社オーナーや経営者は、自社の会社乗っ取りリスクに対して備える必要があります。会社乗っ取り対策については、弁護士など専門家に相談し自社にあった対策を講ずるよう検討してみてください。また、むやみに株式を分散しないことやリスクのある人物に自社の株式が相続されないよう管理するなど、会社乗っ取りのリスクを軽減することも重要と考えます。
弊社みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として15年以上の業歴があり、中小企業M&Aに特化した経験豊富なM&Aアドバイザーが多数在籍しております。 また、グループ会社である、みつき税理士法人との連携で、税務や法務のサポートもワンストップで対応可能でございます。M&Aをご検討の際は、みつきコンサルティングに是非一度、ご相談くださいませ。
著者
-
人材支援会社にて、海外人材の採用・紹介事業のチームを率いて新規開拓・人材開発に従事。みつきコンサルティングでは、強みを生かし人材会社・日本語学校等の案件を中心に工事業・広告・IT業など多種に渡る案件支援を行う。
監修:みつき税理士法人
最近書いた記事
- 2024年11月13日事業承継での転廃業支援|SBI新生銀行グループが支援するM&A型廃業とは
- 2024年11月13日銀行系投資会社とは?事業承継の新たな選択肢!特徴や注意点を解説
- 2024年11月10日M&Aに利用できる減税措置「経営資源集約化税制」の内容・適用要件
- 2024年11月3日個人事業主の廃業届の提出時期|書き方・手続・注意点・休業とM&A