M&Aを検討する譲渡企業や譲受企業にとって、どこに相談するかは将来を左右する大きな決断です。特に「エージェント」と「仲介」という2つの支援形態は似ているようで性質が異なります。本記事では、中小企業オーナー経営者の皆さまが失敗しないために、両者の役割、メリット・デメリット、費用感、そして利用時の注意点を整理します。

エージェント(代理人)とは
M&Aにおけるエージェントとは、譲渡企業か譲受企業のどちらか一方の味方となり、依頼者の利益最大化を第一目的に据えて行動する専門家です。譲渡企業側であれば高値譲渡、譲受企業側であればコスト抑制や将来シナジーの確保をゴールに、企業価値評価やデューデリジェンス、交渉戦略の策定からPMIに至るまで一貫してサポートします。上場企業同士の大型案件や海外M&Aのようにリスクが大きいケースで活用されることが多く、法的・財務的リスクの洗い出しに強みを発揮します。
エージェントが活躍する代表的な場面
エージェントは、大型案件で情報が非対称になりやすい場面や、交渉力の差が結果に直結する場面で重宝されます。例えば海外企業の譲受では法律や慣習の違いが複雑に絡みますし、上場企業が絡む案件では開示義務やガバナンス要件への配慮が必須となります。これらの高度な論点をクリアするため、財務・法務・税務にまたがる専門スキルを持つエージェントが案件チームに加わるのです。
エージェントの主な業務内容
エージェントの業務は大きく4つに分けられます。第一にM&A戦略策定で、譲渡企業側なら株主構成や将来キャッシュフローを踏まえた譲渡スキーム、譲受企業側なら譲受後統合シナリオの立案を行います。第二にデューデリジェンスで、財務・税務・法務・人事など多面的にリスクを洗い出します。第三に企業価値評価で、DCF法や市場比較法などを用いて適正価格を算定します。最後にPMIで、システム統合、人員配置、ガバナンス整備を支援します。
エージェントと代理人の違い
M&Aにおいて、「エージェント」と「代理人」という言葉は、使われる文脈によって意味合いが異なり、必ずしも同義ではありません。一般的にM&Aのプロセスを支援する専門家は、「M&Aアドバイザー」、「M&Aコンサルタント」、「ファイナンシャル・アドバイザー(FA)」などと呼ばれます。これらは広義の「エージェント」と捉えることができます。
一方、「代理人」という言葉は、主に二つの意味合いで使われます。
法律上の代理人
民法上の代理権を持ち、本人に代わって法律行為(契約締結など)を行う権限を持つ者を指します。M&Aの交渉において、交渉の代理人を務めることが法的に認められているのは弁護士のみです。M&AアドバイザーやFAは、通常、民法上の代理権を持っていません。弁護士以外の者が代理人として直接交渉を行うと、弁護士法に抵触する(非弁行為)可能性があります。
一般的な意味での代理人
依頼者(売り手または買い手)の利益を代表し、その代わりに交渉や助言を行う役割を指して「代理人」と表現されることがあります。特に、売り手か買い手のどちらか一方の依頼者の利益最大化を目指すFA(ファイナンシャル・アドバイザー)は、その依頼者の「代理人」として機能すると説明されることが多いです。
以上から、M&Aにおける「エージェント」(M&AアドバイザーやFAなど)は、必ずしも法律上の「代理人」ではありません。しかし、FAのように特定の依頼者の利益代表として活動する専門家を指して、比喩的に「代理人」と呼ぶことはあります。
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仲介とは何か
M&A仲介は譲渡企業と譲受企業の両者の間に立ち、条件のすり合わせを通じて友好的かつ迅速な成約を目指す支援者です。どちらか一方の利益に肩入れせず、中立の立場でマッチングを進める点が特徴です。独自のネットワークを広く持つ仲介会社は、両者の希望条件を整理しながら最適な組み合わせを探し、交渉を円滑に運びます。その結果、交渉期間を短縮しやすく、破談リスクを抑えられる傾向があります。
仲介の役割とネットワーク
仲介会社は業種・地域を横断した企業データベースを保有しています。譲渡企業にとっては非公開で後継者を探すことができ、譲受企業にとっては自社に合う候補を早期に見つけやすい利点があります。また、双方と直接会話するため、条件が食い違うときは第三者の立場で折衷案を提示し、合意形成を後押しします。早期友好的成約を狙うなら仲介が向いています。
仲介の業務フロー
仲介会社の仕事は相談受付から始まり、簡易企業評価、譲渡企業資料の作成、候補企業の打診、トップ面談の調整、基本合意締結、詳細デューデリジェンス、最終契約締結という流れが一般的です。それぞれの工程で発生するタスクを伴走型でサポートし、取引完了後のフォローまで対応する会社も少なくありません。
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エージェントと仲介の違い
両者の最大の違いは「依頼者の立ち位置」です。エージェントは片側専属であるため、依頼主の希望条件を貫きやすい半面、相手側も同様にエージェントを立てると膠着しやすく交渉が長期化しがちです。一方仲介は双方の橋渡し役として譲歩点を探りながらバランスを取るので、早期成約には強いですが全ての条件を満たすのは難しくなります。
サポート体制の違い
エージェントは財務顧問・法律事務所・税理士法人など専門家チームを組成し、プロジェクトマネジメントを主導します。仲介はマッチングの後工程で外部専門家を紹介するスタイルが多く、手数料を抑えながらワンストップで進められる点が魅力です。
メリットとデメリット
エージェントのメリットは希望条件を通しやすく強い交渉が可能なこと、デメリットは長期化や破談のリスクが高いことです。仲介のメリットは候補探索力とスピード、デメリットは一部条件の譲歩を求められる可能性がある点です。以下で詳しく説明します。
エージェントのメリット・デメリット
エージェントは譲渡企業・譲受企業いずれの場合も「依頼者第一主義」です。譲渡企業なら譲渡価額向上のため企業価値引上げ施策や競争入札を提案し、譲受企業なら譲受コスト最適化を図ります。交渉材料を揃え強気で進めることで希望条件を勝ち取りやすい一方、意見衝突が激化すると交渉が停滞しやすく、費やした時間や着手金が無駄になる恐れがあります。
仲介のメリット・デメリット
仲介はネットワークを活用して候補を多数提示できるため、特に地方の譲渡企業にとっては選択肢拡大につながります。また、仲介が意見調整役となるため交渉は比較的円滑です。反面、最終的な落としどころを見つけるために一定の条件譲歩が必要になるケースがあり、理想条件をすべて満たすのは難しい場合があります。
費用体系の比較
費用面ではエージェントの方が高い傾向です。エージェントは片側報酬のため、最低報酬額を2500万円程度に設定するケースが多く、成功報酬はレーマン方式で5億円まで10パーセント、5億円超から10億円まで8パーセント、10億円超から50億円まで6パーセント、50億円超から100億円まで4パーセント、100億円超は2パーセントが一例です。仲介は両側から報酬を受け取るため最低報酬額は1000~2000万円程度に抑えられ、料率もおおむねエージェントの半分です。結果として、同じ取引金額でもエージェントはコスト負担が大きくなる可能性があります。
隠れたコストにも注意
着手金や中間金、月額支援料などの費用構造は会社ごとに異なります。たとえばエージェントでも、デューデリジェンスで外部専門家を起用した場合の実費や、スキーム組成に伴う登記・登録免許税などは別途請求となる例が少なくありません。仲介についても、成約後の統合支援フェーズが含まれていない契約形態だと、PMI支援を外部に依頼する追加コストが発生します。見積を取得する際は、「成功報酬に含まれる範囲」と「別途精算される項目」を必ず確認しましょう。
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具体例で理解するエージェントと仲介の使い分け
ここでは、年商30億円の製造業を経営する譲渡企業オーナーと、同業界でシェア拡大を狙う譲受企業が登場する二つのシナリオで比較してみます。
シナリオA:成約よりも高値譲渡を最優先
オーナーは定年退任を控え、従業員の雇用維持も大事にしつつ、できるだけ高い価額での譲渡を希望しています。この場合、片側専属のエージェントを起用し、複数の譲受企業候補に競争入札を打診してもらう手法が有効です。候補選定段階から株式譲渡だけでなく事業譲渡や会社分割を組み合わせる案を提示し、税負担を抑えつつ企業価値を引き上げるストーリーを描くことがポイントになります。
ただし、高値譲渡を優先する余り、そもそも成約に至らなかったり、仮に成約したとしても譲受企業とのシビアな交渉を重ねた遺恨が残るリスクへの割り切りは必要になります。
シナリオB:短期間での友好的承継を最優先
一方、後継者不在のまま業績が落ち始めた製造業オーナーが、早期に譲受企業を見つけて従業員と取引先を守りたい場合は仲介が適しています。仲介会社は全国の事業承継案件を抱えるネットワークから複数候補を同時並行で打診し、トップ面談までの期間を大幅に短縮できます。条件面での譲歩が一部求められる可能性はあるものの、従業員の雇用条件や取引先との契約維持など、ソフト面の要望を細かく調整できるため満足度が高い結果につながりやすいです。
譲渡オーナーとして絶対に譲れない点は譲歩しませんが、それ以外の点は柔軟かつ円満に、譲受企業との交渉・調整を重ねます。
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参考:転職市場における人材エージェント
M&A業界における「エージェント」には、前述の取引の代理人としてのエージェントとは別に、M&A業界への転職を目指す求人者向けの人材エージェントがあります。
M&A業界の転職市場は活発化
M&Aが増加しているため、M&A業界では人材の確保に積極的なところが多くなっています。M&A業界の転職市場は活性化しており、求人も増えている状況です。なかには、未経験者を積極的に採用しているケースもあります。M&A業界への転職を目指せば、幅広い求人の中から自分に合う仕事を見つけられるでしょう。
成功するためのエージェント活用法
M&A業界の転職を成功させるには、エージェントを上手く活用しましょう。ここでは、エージェントの活用法について解説します。
本気度を示す
エージェントから十分なサポートを受けるには、転職に対する本気度を示す必要があります。エージェントからの連絡に対しては、迅速な返信を心がけましょう。また、履歴書や職務経歴書を準備しておくことも大切です。
本音を話す
エージェントに対しては、自分の希望条件を正直に話しましょう。状況を正確に伝えたほうが的確なアドバイスを受けやすくなります。また、気になる内容があれば、その都度質問して疑問を解消することも大切です。
能動的に動く
エージェントを利用する場合も、自分自身が能動的に動く必要があります。企業について自ら情報を集め、転職活動に積極的に取り組みましょう。
人材エージェントを利用する流れ
ここでは、M&A業界への転職におけるエージェントの利用の流れについて解説します。
履歴書や職務経歴書の作成
履歴書や職務経歴書を作成しましょう。履歴書は自分の人間性について伝えるための書類であるのに対し、職務経歴書は仕事の経歴や実績などをまとめる書類です。必要な情報が正しく伝わる書類を作成してください。
転職エージェントの選定・登録・面談
エージェントを選び、登録しましょう。業界や職種に特化したエージェントも存在します。エージェントへの登録は基本的に無料で、Web上から登録可能です。その後、面談を通して自分の希望条件などを伝えます。
転職先企業の選定・応募・面接
面談の内容をもとに希望条件に合う企業を選定します。エージェントと相談しながら、どこに応募するか決めましょう。書類選考を通過すると、面接を受けられます。
転職を成功するためのエージェントの選び方
M&A業界への転職では、何を基準にしてエージェントを選べばよいのでしょうか。ここでは、選び方についてくわしく解説します。
M&Aに特化しているか
M&A業界は専門性が高いため、M&Aに特化しているエージェントがおすすめです。M&A業界とつながりがあるエージェントなら、仕事や業務内容についてのリアルな情報も得やすいでしょう。
非公開求人があるか
希少性の高い求人は非公開とされている場合が多くなっています。また、希少性の高い求人は待遇がよい傾向があることも特徴です。条件を満たしていると採用される可能性が高いため、非公開求人の有無についてもチェックしましょう。
M&A業界や金融機関などの職務経験者がいるか
エージェントにM&A業界や金融機関などの職務経験者が在籍していれば、より専門的なアドバイスを得られます。手厚いサポートを受けられるため、どのような経歴をもつ人が多いのかを確認しましょう。
エージェントを活用する際の注意点
M&A業界への転職でエージェントを活用する場合、気をつけたいこともあります。ここでは、注意すべき点について具体的に解説します。
エージェント任せにしない
M&A業界への転職を成功させるには、エージェントに頼りすぎないようにしましょう。転職理由や希望条件などについては、自己分析により慎重に判断する必要があります。また、提示される情報を鵜呑みにせず、自分で調べることも大切です。
担当者との相性も考慮する
エージェントにはさまざまな担当者がいます。たとえ担当者のスキルが高くても、自分と相性が合わなければ、転職活動をスムーズに進められません。担当者の変更もできるため、相性のよい担当者を探しましょう。
M&A業界に強い人材エージェント3選
M&A業界への転職には、転職エージェントの利用がおすすめです。優良な人材エージェントは多くありますが、ここでは、M&A業界に強い転職エージェントを3社、紹介します。
アクシスコンサルティング
アクシスコンサルティングは、コンサルティングファームの求人を扱っている転職エージェントです。特に、シニアコンサルタントの入社実績が豊富で、経験を活かした転職を希望する人に向いています。
ムービンストラテジックキャリア
ムービンストラテジックキャリアは、ファンド、M&A、金融の分野に特化して転職を支援している転職エージェントです。金融業界の出身者が在籍しているため、専門的な内容についての相談もしやすいでしょう。
リメディ
リメディは、上場M&A仲介業界で内定数No.1の転職エージェントです。M&A業界の採用経験者やアドバイザー経験者も在籍しており、内定につながる具体的なアドバイスをもらえる可能性があります。
M&A業界で活かせる経験や能力
M&A業界で活躍するには、M&A業界で役立つ経験や能力が必要です。M&A業界へ転職した人の前職は、金融機関が多い傾向にあります。また、M&A業界への転職を成功させているコンサルタント、公認会計士、税理士も珍しくありません。ほかにも、一般企業の法人営業や事業企画などの経験を活かし、M&A業界へ転職する人もいます。
M&A業界で求められるスキルは職種によって異なります。たとえば、論理的思考力、課題発見力、BtoBの営業スキルなどが必要です。また、扱う業界に関する知識も求められます。
▷関連:M&A業界への就職のポイント|今後の業界の動向も解説
M&A業界のエージェントのまとめ
エージェントは依頼者の味方として条件を通すことに長け、仲介は中立的に双方を結びつけることで早期成約を実現しやすいという違いがあります。どちらが優れているという話ではなく、自社の目的、スケジュール、リスク許容度、費用負担を整理したうえで最適な支援者を選択することが重要です。
みつきコンサルティングは、経営コンサルティングの経験者が数多く在籍しているM&A仲介会社です。税理士法人のグループ企業であり、M&A以外の方法も検討したうえで最適な選択肢を提案しています。顧客に寄り添った提案やサポートができるため、ぜひチェックしてみてください。
著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、経験年数10年以上
監修:みつき税理士法人
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