M&Aには多くのプロセスがあり、それぞれの段階で必要な書類を準備することが重要です。本記事では、M&Aで必要となる書類を段階ごとに詳細に解説し、書類準備を円滑に進めるための具体的な方法や、譲渡オーナーが抱きがちな懸念点への対応策をお伝えします。
「うちの会社でも売却できるだろうか…」、「何から始めればいいんだろう…」
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M&Aにおいて、一般に必要となる書類について、M&Aの流れに沿って説明します。それらの作成は、譲渡側(オーナー経営者など)がご自身で作成・用意すべき書類もありますが、大部分はM&A仲介会社が作成してくれます。

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M&Aで書類が極めて重要な理由
M&Aのプロセスは、一見複雑に見えるかもしれませんが、実は一つ一つの書類のやり取りによって成り立っています。これらの書類は、単なる事務的な手続の一部ではありません。会社が持つ真の価値を正しく伝え、譲渡オーナーの築き上げてきた想いをお相手に伝えるための架け橋ともなります。
書類がM&Aの成否を分ける
もしM&Aの必要書類の準備が不十分だったら、どうなるでしょうか。会社の持つ本当の魅力や潜在的な価値が譲受企業に正しく伝わらず、想定よりも低い譲渡価格を提示される可能性があります。最悪の場合、せっかく始まった交渉が途中で決裂してしまうことさえあります。これは、M&Aを検討している譲渡オーナーにとって、最も避けたい事態の一つです。
譲渡オーナーの覚悟を示す第一歩
M&Aのプロセスで求められる書類は膨大であり、それらを一つ一つ正確に準備することは、決して簡単な作業ではありません。しかし、これらの書類を丁寧に揃えていく姿勢は、「本気で会社の未来を託す覚悟がある」という、譲渡オーナーからの無言のメッセージとなります。この真摯な姿勢が、譲受企業の信頼を勝ち取り、M&A交渉を有利に進める大きな力となるのです。
情報漏洩を防ぎ、信頼関係を築く
M&Aの過程では、会社の非常に機密性の高い情報が共有されます。そのため、必要書類の取り扱いには細心の注意が必要です。秘密保持契約書をはじめとする各種書類は、情報漏洩というM&Aにおける最も大きなリスクの一つから会社を守る盾となります。
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M&Aプロセスの全体像と必要書類の流れ
M&Aは、いくつかの明確な段階を経て進んでいきます。それぞれの段階で、その目的に合わせたM&A必要書類が求められます。ここでは、M&Aの全体像をざっくりと把握しながら、どのタイミングで、どのようなM&A必要書類が求められるのか、その流れを順を追って解説します。
M&Aは段階的に進む
M&Aのプロセスは、一般的に大きく5つのステップに分けることができます。具体的には、以下の流れです。
- 検討・準備段階
- 交渉段階
- デューデリジェンス(買収監査)
- 最終契約
- クロージング(決済)
それぞれの段階は密接に関連しており、一つ前の段階の準備が次の段階の成否に大きく影響します。この流れを理解することが、M&A成功への一番の近道と言えるでしょう。
各段階で求められる書類の役割
M&Aの各段階で登場する書類には、それぞれ明確な役割があります。例えば、初期段階で用意する書類は、自社を譲受企業候補に紹介するための「お見合い写真」のようなものです。一方、デューデリジェンスの段階で提出する書類は、会社の健康状態を詳細に示す「健康診断書」と考えることができます。これらの書類が、M&Aという複雑なプロセスを円滑に進めるための大切な役割を担っているのです。
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第1段階|検討・準備でのM&A書類
M&A(会社売却)の検討に着手し、M&A仲介会社と契約を結ぶこの初期段階は、大切な準備期間です。ここでは、自社の全体像を正確に把握し、M&Aの譲受企業候補へ効果的にアピールするための基礎資料を準備することになります。このフェーズでの丁寧な準備が、その後のスムーズなM&Aへと繋がります。
M&A仲介会社との契約書類
M&Aの成功には、信頼できるM&A仲介会社のサポートが欠かせません。このフェーズでは、まずM&A仲介会社との間で、今後の関係性を定める重要な契約を締結します。この契約は、M&Aという長期にわたる道のりを共に歩むパートナーシップの証となるものです。疑問点があれば、遠慮なく質問し、納得した上で進めることが大切です。
秘密保持契約書(NDA)
M&Aの検討段階では、対象会社の社名や取引先、経営状況といった機密性の高い情報をやり取りします。そのため、M&A仲介会社とは、必ず秘密保持契約書(NDA:Non-Disclosure Agreement)を締結します。これにより、情報漏洩のリスクを未然に防ぎ、安心してM&A交渉を進めることができるのです。M&Aの検討自体が機密情報であることを心に留めておきましょう。なお、実務的には、基本合意ないし最終契約段階までは、譲渡オーナーが譲受企業候補と直接NDAを締結することは殆どなく、仲介会社を介して間接的にお相手候補先とNDAを交わすカタチを取ります。
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アドバイザリー契約書
アドバイザリー契約書(提携仲介契約書)は、M&A仲介会社にM&Aに関する業務を委託するための契約です。この契約書には、仲介業者の業務範囲や責任、そしてサポートに対する具体的な報酬などが明確に記載されます。特に、手数料の体系は成功報酬型なのか、月額報酬(リテイナーフィー)が発生するのかなど、会社によって様々ですので、契約前に十分な説明を受けることが重要です。ご自身のM&Aに対する考えと合致しているか、慎重に確認しましょう。
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譲受企業への打診書類
M&A仲介会社と契約し、秘密保持契約を締結した後、M&Aの譲受企業候補へ打診を行うための書類を作成します。この段階では、まだ具体的な会社名を明かすことはできないため、匿名性を保ちつつ、自社の魅力を効果的に伝える工夫が必要です。
ロングリストとショートリスト
M&A仲介会社とM&Aの条件を打ち合わせた上で、ロングリストとショートリストを作成します。ロングリストは、M&Aの譲受候補となる企業をまとめた初期のリストで、一般的に数十社~数百社の候補が記載されます。そこからさらに条件を詳しく設定し、数社~10社程程度に絞り込んだものがショートリストです。これらのリストを作成する際には、M&Aの目的を明確にし、それに合致する企業をリストアップすることが大事になります。
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ノンネームシート
ノンネームシートは、その名のとおり匿名性のあるシートです。M&Aの初期段階では、M&A仲介会社を介して、譲受企業候補に匿名でコンタクトを取ります。このシートには、譲渡オーナーの企業名を特定されない範囲で、業種や事業エリア、売上規模、譲渡理由といった最低限の情報が記載されます。M&Aの成立が不透明な段階での情報漏洩を防ぐ目的で提供される、非常に重要なM&A必要書類です。
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第2段階|交渉でのM&A書類
ノンネームシートで興味を示した譲受企業候補とは、ここからより具体的なM&A交渉へと進みます。この段階では、譲渡オーナーの会社の詳細な情報を開示するためのM&A必要書類が求められ、譲受企業は開示された情報をもとに、会社の価値を深く評価していきます。M&Aの成否を左右する、非常に重要な局面と言えるでしょう。
詳細な情報開示のための書類
秘密保持契約を締結した後、譲受企業は譲渡オーナーの会社について具体的な情報を求めてきます。これは、譲受企業がM&Aを行うかどうかの判断や、適切な譲渡価格を算定するための重要な材料となります。譲渡オーナーとしては、自社の魅力を最大限に伝えつつ、正確な情報を提供することが求められます。
企業概要書(IM)
企業概要書(IM:Information Memorandum)は、詳細な譲渡オーナーの情報を記載したM&A必要書類です。インフォメーション・メモランダムや頭文字を取ってIMとも呼ばれます。譲受企業と秘密保持契約を結んだ後、譲渡オーナーは譲受企業に対して具体的な企業情報を開示しなければなりません。たとえば、譲渡企業の名称や所在地、事業内容、財務状況、組織形態などの具体的な情報が記載されており、譲渡企業の価値を評価するための判断材料の一つとなります。
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譲受企業からの意向を示す書類
企業概要書を受け取った譲受企業が、M&Aに前向きな意向を示す場合、次に提示されるのが意向表明書です。これは、譲受企業から譲渡オーナーへの「ラブレター」のようなもの。M&Aへの真剣な想いと、具体的な条件の骨子がこのM&A必要書類に込められています。その内容をしっかりと確認し、次のステップに進むかどうかを判断します。
意向表明書(LOI)
意向表明書(LOI:Letter of Intent)は、M&Aを実施する意向を記載したM&A必要書類です。譲受企業がM&Aを実施する意向の場合には、譲渡オーナーに対して意向表明書を提出します。譲渡オーナーから提出された企業概要書などを参考にしながら検討を行い、意向表明書という形にして提出されるのです。希望する価格や資金調達の手段、譲り受ける目的、スケジュールなどを記載するケースが一般的です。意向表明書は法的拘束力を持つものではなく、M&A交渉をスムーズに進めるための材料として使われます。
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基本的な合意形成のための書類
意向表明書の内容を元に、譲渡オーナーと譲受企業の間で協議を重ね、基本的なM&A条件について合意に至った際に締結するのが基本合意書です。これは、人間の結婚で言えば、「婚約」の段階にあたります。互いの基本的な意思を確認し、今後の具体的なM&Aプロセスを進めるための大切なステップです。なお、実務的には、意向表明書の提出と受理のみを行い、基本合意の締結を省略することも少なくありません。
基本合意書(MOU)
基本合意書(MOU:Memorandum of Understanding)は、M&Aの交渉を進める際に交わす書類です。M&A交渉を行うなかで、譲受企業・譲渡オーナー双方がM&Aの実施に合意した場合に、基本合意書を取り交わします。基本合意書には、M&Aの基本条件や守秘義務、今後のスケジュールなどの項目が記載されます。基本合意書の内容に沿ってM&Aを行うことになりますが、意向表明書同様に法的拘束力はありません。そのため、今後のM&Aの流れ次第では変更される項目も出てくる可能性があります。
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第3段階|デューデリジェンス(DD)でのM&A書類
基本合意(または意向表明の受理)に至ると、譲受企業によるデューデリジェンス(DD)が始まります。DDとは、譲渡企業を詳細に調査し、潜在的なリスクや真の価値を精査する手続です。この段階では、会社の隅々までを開示するための、膨大な書類が求められます。譲渡オーナーとしては、正確かつ網羅的な情報開示が求められるため、準備にはかなりの時間と労力を要します。
デューデリジェンスとは
デューデリジェンスは、日本語で「詳細調査」と訳されます。譲受企業が、コンサルティング会社や弁護士、公認会計士・税理士などの専門家チームを編成し、対象会社の事業、財務、法務、税務、人事など、あらゆる側面から会社を精査するプロセスです。まさに、会社の「健康診断」であり、これにより譲受企業はM&A後に発生しうるリスクを検討し、最終的な譲渡価格を決定するための重要な情報を得ます。
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DDで求められるM&A書類の全体像
デューデリジェンスで要求される資料は多岐にわたり、そのリストは「依頼資料リスト」として譲受企業側から提示されます。その量は段ボール数箱分に及ぶこともあり、準備には相当な時間と労力がかかります。しかし、ここを乗り越えなければ、M&Aの成約には至りません。M&A仲介会社から提出を求められたらすぐに提出できるよう、あらかじめ準備を始めておくことが大切です。
財務DDでの主な必要書類
財務デューデリジェンスは、会社の財産状況や収益力、そして税務上のリスクを把握するために行われます。会計系コンサルティング会社や会計事務所が中心となり、帳簿や申告書などを精査します。数字の裏付けとなるM&Aに必要書類を、正確に提出することが求められます。調整後の利益計算もこの段階で行われる重要なポイントです。
決算書、税務申告書(過去3~5年分)
会社の財政状態と経営成績を示す最も基本的なM&A必要書類です。貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書(資金繰り表)などが含まれます。税務申告書と合わせて提出し、会計処理と税務処理の整合性を確認されます。過去の実績から将来の収益性を予測する上で、非常に重要な資料となります。
勘定科目内訳明細書、総勘定元帳
決算書の各勘定科目の内訳を示す「勘定科目内訳明細書」や、すべての取引記録である「総勘定元帳」は、財務DDの中心となるM&A必要書類です。特に、売掛金や買掛金、在庫などの残高の妥当性、異常な取引の有無などが詳細にチェックされます。これらの書類は、会社の実際の経済活動を詳細に把握するために不可欠なものです。
固定資産台帳、リース契約書
会社が所有する土地、建物、機械、車両などの一覧である「固定資産台帳」も重要なM&A必要書類です。また、コピー機や社用車などをリースしている場合は、その「リース契約書」も必要となります。これらの書類は、会社の資産状況や、簿外債務となっていないかなどを確認するために用いられます。正確な情報を提供することが求められます。
事業計画書(今後3~5期分)
未来の事業計画書は、会社の売却価格を向上させる可能性を持つM&A必要書類です。今後3~5期分の事業計画書をぜひ作成しておくことをお勧めします。未来の事業計画を作成している中小企業は少ないため、他社との差別化を図ることもできます。譲受企業は、この計画から将来の収益性や成長戦略を評価します。
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法務DDでの主な必要書類
法務デューデリジェンスは、会社が法的な問題を抱えていないか、事業継続に支障となるような契約上のリスクがないかを調査します。法律事務所が中心となり、会社の根幹に関わる規程や、取引先との契約書などを精査します。M&A後に予期せぬトラブルが発生しないよう、これらのM&A必要書類の確認は非常に重要です。
登記事項証明書、定款、株主名簿
会社の基本情報を示す「登記事項証明書(登記簿謄本)」、会社の憲法とも言える「定款」、そして現在の株主構成を示す「株主名簿」は、法務DDの出発点となる最も重要なM&A必要書類です。これらの整合性がまず確認されます。会社の設立から現在までの法的履歴を把握するために不可欠な資料と言えるでしょう。
各種議事録(株主総会、取締役会など)
過去の株主総会や取締役会、その他重要会議体で、どのような意思決定がなされてきたかを確認するために、「議事録」は非常に重要なM&A必要書類です。特に、役員報酬の決定や重要な資産の処分など、会社法で定められた決議が適正に行われているかが厳しくチェックされます。これらの議事録は、会社の運営が法令に遵守して行われていたかを確認する上で欠かせません。
重要な契約書一式
販売契約、仕入契約、業務委託契約、不動産賃貸借契約、金銭消費貸借契約(借入契約)など、事業運営に関わる重要なM&A必要書類はすべて調査対象です。特に、契約相手の変更(チェンジオブコントロール)時に契約が解除される条項がないかは、M&Aの成否に直結する重要ポイントとなります。すべての契約書を網羅的に提供することが求められます。
許認可に関する資料
会社の事業活動に必要な全ての免許、許認可、登録、届出に関するM&A必要書類も、法務デューデリジェンスで確認されます。これらが適切に取得され、更新されているかどうかが、事業継続の合法性を担保する上で非常に重要です。もし不備があれば、M&A後の事業運営に大きな支障をきたす可能性があるため、念入りな確認が必要です。
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人事・労務DDでの主な必要書類
人事・労務デューデリジェンスでは、従業員の労働条件や労務管理の状況、将来発生しうる人事関連のリスクなどを調査します。社会保険労務士などが中心となり、従業員名簿や賃金台帳、就業規則などを精査します。従業員は会社の宝ですから、このM&A必要書類の調査は譲受企業にとって非常に重要な意味を持ちます。
従業員名簿、組織図
どのような従業員が、どの部署で、どのような役職に就いているかを把握するための「従業員名簿」や「組織図」は、人事DDの基本M&A必要書類です。年齢構成や勤続年数なども、譲受企業が将来の組織体制を考える上で重要な情報となります。これらの情報は、M&A後の組織統合や人材配置を検討する上で不可欠です。
就業規則、賃金規程、退職金規程
会社の労働に関するルールを定めた「就業規則」や、給与・賞与の基準となる「賃金規程」、退職金の支払いルールである「退職金規程」などの諸規程は、労務リスクを評価する上で必須のM&A必要書類です。近年の法改正に対応しているかどうかもチェックされます。中小企業の中にはこれらの書類を整備していないケースもありますが、M&Aに際しては重要性が増します。
労働条件通知書、雇用契約書
個々の従業員と会社の間で交わされる「労働条件通知書」や「雇用契約書」も調査対象となるM&A必要書類です。特に、管理監督者や裁量労働制の適用が適切か、未払残業代のリスクはないかといった観点から、詳細な確認が行われます。これらの書類は、M&A後の人件費リスクや法的な遵守状況を評価するために不可欠です。
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事業DDでの主な必要書類
ビジネス・デューデリジェンスは、対象会社の事業内容、市場環境、競争優位性、将来性などを詳細に分析するために行われます。譲受企業は、この調査を通じて、M&Aによってどのようなシナジー効果が期待できるのか、事業の成長ポテンシャルはどれくらいあるのかを見極めます。ビジネスの強みや弱みを客観的に示すM&A必要書類が求められるでしょう。
製品・サービスのカタログ
対象会社が提供している製品やサービスの詳細を記載したカタログやパンフレットは、事業内容を理解する上で不可欠なM&A必要書類です。どのような商品やサービスを展開しているのか、その特徴やターゲット顧客は誰なのかを、譲受企業はこれらの資料から把握します。会社の「顔」とも言える重要な情報源となります。
採算管理資料、売上・仕入内訳
部門別、商品別、取引先別の採算管理資料や、過去3期分の売上・仕入内訳は、会社の収益構造や利益の源泉を分析するために重要なM&A必要書類です。どの事業が利益に貢献しているのか、どの顧客との取引が大きいのかなどを把握し、将来の事業戦略を検討する上で欠かせない情報となります。
その他事業に関する資料
店舗や事業所の概況(所在地や人員数など)、知的財産に関する資料、過去の紛争に関する資料、行政指導に関する資料など、事業に関する多岐にわたるM&A必要書類が求められます。これらは、事業の健全性や潜在的なリスクを評価するために不可欠な情報であり、譲受企業がM&A後の事業統合を円滑に進めるための土台となります。
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第4段階|最終契約でのM&A書類
デューデリジェンスを無事に終え、最終的なM&Aの条件交渉がまとまると、最終契約を締結します。ここでは、M&Aの取引内容を法的に確定させるための、最も重要な書類が登場します。これまでの譲渡オーナーの努力や想いが、この一冊の契約書に結実する瞬間です。
最終契約書(DA)
最終契約書(DA:Definitive Agreement)は、M&Aにおける全ての条件を法的に拘束力を持つ形で定めるM&A必要書類です。これは、M&Aが円滑に、かつ法的に有効に進められることを保証するものです。細部にわたる確認と、専門家による厳密なチェックが不可欠となります。
株式譲渡契約書・事業譲渡契約書など
最終契約書は、株式譲渡の場合は「株式譲渡契約書」(SPAとも呼ばれます)、事業譲渡の場合は「事業譲渡契約書」となります。この契約書には、譲渡対象(株式や事業)、譲渡価格、支払方法、クロージング(取引実行)の前提条件、表明保証、誓約事項、補償条項など、非常に多くの条項が盛り込まれます。弁護士と共に、一言一句、慎重に内容を確認することが重要です。
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最終契約書において重要な3つの条項
最終契約書を交わす際に、譲渡価格以外で、売主にとって特に重要な3つの条項があります。これらは、M&A後のトラブルを防ぎ、譲受企業が安心して事業を承継できるようにするための、いわば「保険」のような役割を果たします。譲渡オーナーも、これらの条項の意味と影響を深く理解しておくことが不可欠です。
競業避止義務
競業避止義務条項とは、一般的にM&A成立後に譲渡オーナーに課せられる競業禁止の義務のことです。M&Aが成立した後、譲渡オーナーがすぐに譲受企業と同じような事業を再度行うことを一定期間禁止するものです。同様の事業をすぐに開始することで、M&Aの目的を果たせなくなる可能性があるため、譲受企業に不利益を与えることを避ける目的で設けられます。
キーマン条項
キーマン条項とは、ロックアップとも呼ばれます。譲渡オーナーの主要人物(キーマン)がM&A成立後の一定期間、譲受企業に残ることを取り決めたものです。M&A後、譲渡オーナーの社長や役員といった主要人物がいきなり抜けてしまうと、その後の運営がスムーズに進まないケースもあります。キーマン条項は、M&A後の事業運営を円滑に行うために定められるものです。
表明保証
表明保証とは、譲渡オーナーが譲受企業に対して表明し保証することです。M&Aの際にはデューデリジェンスが行われますが、譲渡オーナーの会社の状態をすべて把握することはできません。そのため、譲渡オーナーが譲受企業に対して最終契約書に記載される、財務状況や法務、労務などの事項が正確な内容だと表明し保証する目的で、表明保証を行います。もし表明保証違反が発覚した場合、損害賠償を請求される可能性があるため、非常に重要な条項です。
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第5段階|クロージングでのM&A書類
最終契約を締結したら、いよいよM&Aの最終ステップであるクロージング(決済)です。これは、株式や事業の引き渡しと譲渡代金の受領を同時に行うことで、M&A取引が法的に完了する瞬間を指します。M&Aの長い道のりを乗り越え、すべてが完了した瞬間は、譲渡オーナーにとって感慨もひとしおのことでしょう。
クロージングの実行とは
クロージング当日、譲渡オーナーと譲受企業、そして関係するM&Aアドバイザーが一堂に会し、最終契約書に定められたM&A必要書類のやり取りと譲渡代金の送金手続を行います。すべての手続が滞りなく完了した瞬間、会社の経営権は正式に譲受企業へと移転します。まさに、M&Aの完了を告げるフィナーレと言えるでしょう。
クロージングの前提となる書類
クロージング時には、最終契約書本体だけでなく、様々な付随書類が必要となります。これらは、契約内容の正当性を担保し、クロージングを円滑に進めるために不可欠なM&A必要書類です。一般に、クロージング条件として最終契約に規定され、受け渡しはクロージング時になされる書類になります。
取締役会の承認議事録
重要な財産の譲渡や、会社の根幹に関わる株式譲渡契約の締結には、取締役会の承認決議が必要です。この決議が適法に行われたことを証明するために、「取締役会議事録」は必須の添付M&A必要書類となります。M&Aの手続が会社法に則って適切に行われたことを示す重要な証拠となるものです。
株主の同意書、株主総会議事録
特に、事業譲渡を行う場合や、非公開会社で株式に譲渡制限が付されている場合には、株主総会の特別決議が必要となります。その「株主総会議事録」や、全株主からの「同意書」を取り付ける必要があります。M&Aの取引が株主全体の意思に基づいて行われていることを明確にするために、これらのM&A必要書類は不可欠です。
クロージングと同時に授受される書類
クロージングでは、最終契約書で定められた前提条件がすべて満たされていることを確認し、権利移転に必要なM&A必要書類を交換します。まさに、M&Aという取引の「現物」の引き渡しが行われる場です。これらの書類は、M&Aが法的に有効に成立したことを証明する重要な意味を持ちます。
株券(株券発行会社の場合)
株券を発行している会社の場合、譲渡する株式の「株券」そのものを譲受企業に交付します。中小企業の多くは株券不発行会社ですが、その場合は株券の交付に代えて以下の書類を提出します。ご自身の会社がどちらなのか、事前に定款で確認しておきましょう。これらの書類の交付をもって、株式の所有権が譲受企業へと物理的に移転します。
株主名簿記載事項の書換請求書
譲渡オーナーと譲受企業が連名で、会社に対して株主名簿の書き換えを請求するためのM&A必要書類です。これにより、会社は株主名簿上の株主を、譲渡オーナーから譲受企業へと変更します。この手続をもって、譲受企業は株主としての権利を会社に対抗できるようになります。
印鑑証明書、登記事項証明書
M&A必要書類に押印された印鑑が本物であることを証明するための「印鑑証明書」や、クロージング時点での会社の状況を確認するための「登記事項証明書」など、公的な証明書類も求められます。通常、発行後3ヶ月以内のものが求められます。
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M&Aスキーム別の固有の書類
M&Aには株式譲渡や事業譲渡など、様々な手法(スキーム)があります。どのスキームを選択するかによって、必要となる書類が異なってきます。ここでは、代表的なスキームである株式譲渡と事業譲渡に焦点を当て、特に重要な書類について解説します。
株式譲渡に特有の書類
株式譲渡は、会社のオーナーが保有する株式を譲受企業に売却することで、経営権を移転させる最も一般的なM&A手法です。手続が比較的シンプルである一方、会社を丸ごと引き継ぐため、簿外債務などのリスクも一緒に移転する点に注意が必要です。
株式譲渡承認請求書
譲渡制限株式を譲渡する場合、譲渡オーナーは会社に対して、「その株式の譲渡を承認してください」と請求する「株式譲渡承認請求書」を提出します。これを受けて、会社は取締役会(または株主総会)で承認決議を行います。この手続は、株式譲渡における重要な法的要件であり、適切に行われることが求められます。
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事業譲渡に特有の書類
事業譲渡は、会社の事業の一部または全部を、譲受企業に売却する手法です。譲渡する資産や負債、契約などを個別に選別できるため、譲受企業にとっては不要なリスクを遮断できるメリットがあります。しかし、個別具体的な手続が必要となるため、M&A必要書類もより細かく、多岐にわたるのが特徴です。
事業譲渡契約書
事業譲渡の場合の「事業譲渡契約書」は、株式譲渡契約書よりも、譲渡範囲に関しては詳細な規定が必要となります。どの資産を譲渡するのか(建物、機械、在庫など)、どの負債を引き継ぐのか、どの従業員を転籍させるのか、どの契約を承継するのかを、個別具体的にリストアップして明記する必要があるからです。
▷関連:事業譲渡契約書とは?トラブル例・作成のポイント・注意点 ・雛型
対抗要件具備のための手続書類
事業譲渡では、資産や契約の権利を第三者に対して主張できるようにする「対抗要件」を具備する手続が不可欠です。例えば、不動産の所有権移転登記や、債権譲渡の通知・承諾、取引先との契約まき直しなど、非常に煩雑な手続とM&A必要書類準備が伴います。これらの手続を怠ると、M&A後の事業運営に支障が生じる可能性があるので、専門家のサポートを得て慎重に進めましょう。
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必要書類の準備を円滑に進めるコツ
M&Aのプロセスで求められる膨大な必要書類を、不備なく、かつ迅速に準備するには、いくつかのコツがあります。これを知っているかどうかで、M&Aのプロセスにかかる時間や、譲渡オーナーの負担が大きく変わってきます。スムーズなM&A実現のために、これらのコツを実践していただきたいと思います。
早めの準備と整理の重要性
「まだ譲渡するか決めていないから」と必要書類の準備を先延ばしにするのは禁物です。M&Aを少しでも検討し始めた段階から、重要な契約書や議事録などを一箇所にまとめておくことを強くお勧めします。いざという時に慌てずに済みますし、M&Aアドバイザーへの相談もスムーズに進みます。日頃から書類を整理しておくことが、M&A成功の第一歩と言えるでしょう。
従業員に怪しまれずに書類を用意する方法
M&Aの情報漏洩はM&A交渉を破綻させる大きなリスクの一つです。そのため、譲渡オーナーが必要書類の準備をする際には、従業員にM&Aを検討していることを気付かれないよう、細心の注意を払う必要があります。急に社長が今まで気にも留めていなかった書類の所在を確認し始めると、従業員から何かしらの疑念を抱かれる恐れがあります。
秘密裏に必要書類の所在を確かめるには
従業員には、以下のような事情を説明して、資料の準備や作成を依頼することをお勧めします。
- 税務調査が入りそうだから…
- 新たに契約したコンサルタントに提出を求められたから…
- 経営改善に取り組みたく、書類整理から始めようと考えているから…
これらをヒントに、ご自身の状況に最も当てはまり、従業員が不審に思わないような理由を選びましょう。また、必要書類は、リストアップしておいて、一度にまとめて集めることもポイントです。
バーチャルデータルームの活用
最近では、デューデリジェンスにおける提出書類を、オンライン上のセキュアな空間で共有するバーチャルデータルーム(VDR)が広く使われています。物理的に書類を運ぶ手間が省け、アクセス権限の管理も容易なため、効率的かつ安全に書類提出ができます。
専門家の積極的な活用
M&Aの必要書類は、法務、税務、会計など高度な専門知識を要求されるものばかりです。譲渡オーナーが、本業の傍らでこれら全てを完璧に準備するのは、現実的ではありません。早い段階から信頼できるM&Aアドバイザーや弁護士、公認会計士、税理士に相談し、チームとして取り組むことも一法です。
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よくある質問|M&Aの必要書類に関するFAQ
M&Aの必要書類に関する疑問は、譲渡オーナーの皆様にとって共通の悩みの種ではないでしょうか。ここでは、M&A必要書類についてよくある質問とその回答をまとめました。
書類がない場合はどうすれば良い?
中小企業では、M&A仲介会社や譲受企業から求められる必要書類のすべてを残していない会社は多いです。その場合、法令で作成義務のある書類(例:就業規則・届出等)は直ちに作成しましょう。デューデリジェンスで標準的に求められる基礎資料(決算・申告3期、契約・登記・許認可、社内規程、名簿、労務資料等)は、適宜に収集・再作成・更新を行います。今後3~5期分の事業計画書などは、必須ではないですが、譲渡価格をアップさせる可能性を持つため、作成するおくことをお勧めします。
M&Aアドバイザーは書類作成をどこまでサポートしてくれるか?
M&A仲介会社は、M&Aプロセスにおいて必要書類の大部分を作成してくれます。特に、M&Aの初期段階でM&A仲介業者を介して譲受候補先に情報提供するノンネームシートや、譲渡オーナーの詳細情報を記載する企業概要書などは、M&A仲介会社が作成することが一般的です。しかし、譲渡オーナーご自身が用意すべきM&A必要書類もありますので、M&A仲介会社と連携を取りながら、スムーズに準備を進めましょう。
M&Aのプロセスはどのくらいの期間がかかる?
M&Aは短期間で簡単にできるものではなく、半年から1年以上かかることもあります。特に、必要書類の準備やデューデリジェンスの段階では、多くの時間と労力を要することが一般的です。M&Aをスピーディーに進めたい場合には、M&A仲介会社から提出を求められた際に速やかに書類を提出できるよう、あらかじめ準備しておきましょう。
書類提出が遅れるとどうなる?
M&Aで求められた書類の提出が遅れても、ペナルティはありません。ただし、あまりに提出が遅いケースが相次ぐと、譲受企業から「書類整理が杜撰な会社」「何か隠しているのではないか」と不審に思われ、交渉が停滞します。そればかりか、譲渡条件の悪化や破談にも繋がりかねないため、必要書類の準備は迅速に行うよう心がけましょう。
M&Aの必要書類のまとめ
M&Aでは、選定段階、交渉段階、最終契約段階とステップごとに多くのM&A必要書類が異なります。そのため、どのような書類が必要かを事前に把握し、計画的に準備を進めることがM&A成功の鍵となります。M&AのM&A必要書類の準備や手続には専門知識が求められるため、M&A仲介業者を活用することが一般的です。
当社は、みつき税理士法人グループのM&A仲介会社として15年以上の業歴があり、中小企業M&Aに特化した実績経験が豊富なM&Aアドバイザー・公認会計士・税理士が多く在籍しております。M&Aをご検討の際は、みつきコンサルティングにご相談ください。
著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修:みつき税理士法人
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