医療法人のM&Aは、後継者問題の解決や事業拡大・再生などを目的として行われます。医療法人は非営利性が求められるなど株式会社とは異なる特徴を持つため、M&Aの手法や手続も特殊です。本記事では、医療法人M&Aの基本的な知識、具体的な手法、メリット・注意点、譲渡価格の相場、営利法人による譲受のポイント、MS法人のM&Aについて、解説します。
医療法人のM&Aとは
医療法人のM&Aとは、その名の通り、医療法人が当事者となって行うM&A(合併・買収)のことを指します。近年、一般企業だけでなく、医療法人においても、後継者不足や経営環境の変化に対応するために、M&Aが有効な選択肢として注目されています。医療法人が抱える様々な経営課題を、M&Aのスキームを活用して解決するケースは珍しくなく、今後も医療法人のM&Aは増加していくと考えられます。
医療法人が実施するM&Aには、主に以下のような手法があります。
手法 | 概要 |
---|---|
経営権の承継 | 既存の医療法人の法人格は維持したまま、社員や役員を交代させることで経営権を引き継ぐ方法です。 |
持分譲渡 | 出資持分のある医療法人において、既存の出資者から第三者へ出資持分を譲渡する方法です。(ただし、持分譲渡だけでは経営権は移転しません) |
事業譲渡 | 医療法人が運営する病院や診療所などの事業の一部または全部を、他の法人(医療法人など)へ譲渡する方法です。 |
合併 | 複数の医療法人が一つになる方法です。吸収合併と新設合併があります。 |
分割 | 医療法人の事業の一部を切り離し、他の医療法人または新設する医療法人に承継させる方法です。吸収分割と新設分割があります。 |
これらの手法は、それぞれ手続やメリット・デメリットが異なるため、医療法人の状況やM&Aの目的に合わせて最適なスキームを選択することが重要です。
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医療法人が抱える課題とM&Aの必要性
近年、医療法人M&Aが増加している背景には、医療業界特有の課題が存在します。
深刻化する後継者問題
多くの医療法人で、理事長の高齢化が進んでいます。しかし、医療費削減政策の影響や経営環境の厳しさから、後継者を見つけることが困難になっています。帝国データバンクが2024年11月に公表した調査によると、医療法人を含む病院・医療業の後継者不在率は61.8%に達しています。このまま経営者の高齢化が進めば、地域医療を支える病院や診療所が閉鎖に追い込まれるケースが増加するのではないかと懸念されています。
医療法人の事業承継が進まない理由
医療法人の事業承継が他の業種に比べて難しい理由の一つに、承継者の資格要件があります。医療法人の理事長に就任するには、原則として医師または歯科医師の資格が必要です。そのため、経営者の親族や従業員に医療資格を持つ適任者がいない場合、外部から後継者を探す必要が出てきます。しかし、医師や歯科医師の資格を持つ人材は限られており、一般企業のM&Aと比較して、承継者の候補者を見つけることが難しいのが現状です。このような状況から、後継者問題を解決する手段として、M&Aが選択されるケースが増えています。
コロナ禍後の経営環境の変化
日本全体が人口減少局面にある中、コロナ禍を経て外来患者数自体は回復傾向にあります。しかし、一方で、コロナ禍における補助金への依存体質からの脱却、過剰となった設備投資の負担、医師・看護師などの人材不足の深刻化、医薬品・医療材料費や光熱費などのコスト増加といった要因により、収益性や資金繰りが悪化している医療法人(特に病院)が増加しています。このような厳しい経営環境も、M&Aによる事業承継や経営基盤強化の動きを後押しする要因となっています。
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医療法人の種類とM&Aの関係
医療法人のM&Aを理解する上で、まず医療法人の基本的な種類と特徴を知っておくことが重要です。医療法人の種類によって、選択できるM&Aスキームや留意点が異なります。
社団医療法人か、財団医療法人か?
医療法人は、その設立根拠によって「社団医療法人」と「財団医療法人」に分類されます。
社団医療法人
一定の目的のために集まった人の集団(社団)に法人格が与えられたものです。社員が存在し、最高意思決定機関として社員総会が設置されます。日本の医療法人の大多数(99%以上)は社団医療法人です。
財団医療法人
一定の目的のために拠出された財産の集まり(財団)に法人格が与えられたものです。社員や社員総会は存在せず、寄附行為によって定められた運営が行われます。財団医療法人は全体の極僅かです。
本記事では、大多数を占める社団医療法人を中心に解説を進めます。
持分ありか、持分なしか?
社団医療法人は、さらに「持分あり医療法人」と「持分なし医療法人」に分けられます。これは、医療法人への出資者が、その出資額に応じて有する財産的な権利(出資持分)に関する定めが定款にあるかないかの違いです。
持分あり医療法人
定款に出資持分に関する定めがある医療法人です。2007年の医療法改正前に設立された医療法人の多くがこの形態です。出資者は、出資持分に応じて、法人が解散した際の残余財産の分配を受けたり、一定の要件下で持分の払い戻しを受けたりする権利を持ちます。出資持分は財産権として譲渡や相続の対象となります。
持分なし医療法人
定款に出資持分に関する定めがない医療法人です。2007年の医療法改正以降に設立される医療法人は、すべてこの形態となります。また、税制優遇措置などを活用して、持分あり医療法人から持分なし医療法人へ移行するケースも増えています。持分なし医療法人には出資持分の概念がないため、出資持分の譲渡や払い戻しは発生しません。
この「持分あり」「持分なし」の違いは、M&Aにおける対価の支払い方法などに大きく影響します。
医療法人の機関構成は?
社団医療法人の場合の主な機関とその役割を理解することは、M&Aにおける経営権の承継を考える上で不可欠です。
社員・社員総会
- 社員は、医療法人の構成員であり、社員総会に出席して議決権を行使します。株式会社の株主に似ていますが、出資持分の有無や額に関わらず社員になることができ、原則として1人1議決権を持ちます。
- 社員総会は、医療法人の最高意思決定機関であり、理事・監事の選任・解任、定款変更、解散など、法人の重要事項を決定します。株式会社の株主総会に相当します。
- 社員総会の決議は、原則として出席社員の議決権の過半数で決まります。したがって、医療法人の経営権を実質的に掌握するには、総社員の過半数を確保することが重要になります。
- 重要な点として、株式会社などの営利法人は、医療法人の社員になることはできません。 これは、医療の非営利性を担保するための規制です。
理事・理事会
- 理事は、社員総会で選任され、医療法人の業務執行を担当します。株式会社の取締役に相当します。
- 理事会は、理事全員で構成され、法人の業務執行に関する意思決定を行います。株式会社の取締役会に相当します。
- 理事の中から選定される理事長が、医療法人の代表者となります。理事長は、原則として医師または歯科医師である必要があります。
- 営利法人の役職員は、原則として、利害関係のある医療法人の理事に就任することはできません。
監事
- 監事は、社員総会で選任され、理事の業務執行や法人の財産状況を監査する役割を担います。株式会社の監査役に相当します。
- 営利法人の役職員は、原則として、利害関係のある医療法人の監事に就任することはできません。
出資持分と経営権の関係
株式会社のM&Aでは、株式を過半数取得すれば、株主総会を通じて経営権を掌握できます。しかし、医療法人の場合、出資持分と社員の地位は連動していません。 つまり、持分あり医療法人の出資持分を譲り受けたとしても、それだけでは自動的に社員になるわけではなく、社員総会での議決権を得ることはできません。
したがって、医療法人のM&Aで経営権を承継するためには、出資持分の譲渡(持分あり医療法人の場合)に加えて、社員の地位を交代させる手続が別途必要になります。この点が、株式会社のM&Aとの大きな違いであり、注意が必要です。
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医療法人のM&Aの具体的な手法
医療法人のM&Aにはいくつかのスキームがあり、それぞれ特徴や手続が異なります。ここでは主要な手法について解説します。
経営権の承継(社員・役員の交代)
これは、既存の医療法人の法人格をそのまま維持し、社員総会や理事会の構成員(社員、理事、監事)を交代させることで、実質的に経営権を移転させる方法です。
メリット
- 病院の開設許可や保険医療機関の指定などを新たに取得する必要がなく、手続的な負担が比較的軽い。
- 既存の病床数をそのまま維持できる。
デメリット
- 法人格をそのまま引き継ぐため、譲渡企業の帳簿に載っていない債務(偶発債務)や過去の法的な問題なども引き継いでしまうリスクがある。
- M&Aの対価の支払い方法が限定される場合がある(後述)。
手続
主に社員総会での役員選任・解任決議、社員の入退社手続、都道府県への役員変更届などが必要となります。
注意点
譲受側は、事前に徹底したデューデリジェンス(法務・財務・税務などの調査)を行い、潜在的なリスクを把握しておくことが極めて重要です。
持分譲渡
これは、持分あり医療法人において、既存の出資者が保有する出資持分を譲受法人(または個人)に譲渡する方法です。
対価の支払い
譲渡対価は、通常、譲渡する出資持分の価値に基づいて算定され、譲受側から譲渡人(元の出資者)へ直接支払われます。詳しくは後述します。
注意点
- 前述の通り、出資持分を譲り受けただけでは経営権は移転しません。経営権を得るためには、別途、社員の交代手続が必要です。
- 持分なし医療法人では、出資持分が存在しないため、この方法は使えません。
事業譲渡
医療法人が運営する事業(病院、診療所など)の全部または一部を、他の医療法人や個人医師に個別に譲渡する方法です。
メリット
譲渡する資産・負債の範囲を当事者間で自由に決めることができるため、譲受側は不要な負債や偶発債務を引き継ぐリスクを回避しやすい。
デメリット
- 資産、負債、契約関係(従業員の雇用契約、賃貸借契約など)を個別に移転させる必要があり、手続が煩雑になる。それぞれの移転について、債権者や契約相手方の同意が必要になる場合が多い。
- 病院の開設許可や保険医療機関の指定は、事業譲渡によって承継されません。譲受企業は、新たにこれらの許認可を取得する必要があります。
- 特に、病床(ベッド数)は事業譲渡では引き継げません。譲受側は、病院の開設許可申請時に、地域ごとに定められた基準病床数の範囲内で、新たに病床を確保する必要があります。病床が過剰な地域では、希望通りの病床数を確保できない可能性があるため、事前の行政機関との調整が不可欠です。
手続
事業譲渡契約の締結、社員総会・理事会での承認決議、資産・負債・契約関係の個別移転手続、譲渡側での病院廃止手続、譲受側での病院開設手続(許認可申請、保険医療機関指定申請など)が必要となります。
合併
複数の医療法人が契約によって一つの法人になる方法です。吸収合併と新設合併の2種類があります。
吸収合併: 一方の医療法人が、他方の医療法人の権利義務すべてを承継する方法
新設合併: 合併するすべての医療法人が消滅し、その権利義務すべてを、合併によって新たに設立される医療法人に承継させる方法
メリット
合併消滅医療法人の権利義務(許認可等を含む)は、合併存続医療法人または合併新設医療法人に包括的に承継されるため、個別の移転手続が不要で、手続的な負担が比較的軽い。
デメリット
- 権利義務を包括的に承継するため、合併消滅医療法人の偶発債務なども引き継いでしまうリスクがある。
- 合併には都道府県知事の認可が必要であり、その際に都道府県医療審議会の意見聴取が行われます。また、債権者保護手続(公告や個別催告など)も必要となるため、M&Aの完了までに比較的長い時間がかかる。
手続
合併契約の締結、社員総会での承認(社団の場合)または理事の同意(財団の場合)、都道府県知事への合併認可申請、債権者保護手続、合併登記などが必要となります。以前は社団同士、財団同士の合併しか認められていませんでしたが、現在は社団と財団の合併も可能です。
分割
医療法人の事業に関して有する権利義務の全部または一部を、他の医療法人または新設する医療法人に承継させる方法です。吸収分割と新設分割があります。比較的新しい制度(第7次医療法改正で導入)です。
吸収分割: 既存の医療法人が、その事業に関する権利義務の一部を、他の既存の医療法人に承継させる方法
新設分割: 既存の医療法人が、その事業に関する権利義務の一部を、新たに設立する医療法人に承継させる方法
メリット
- 事業譲渡と異なり、承継する事業に関する権利義務(許認可等を含む)が包括的に承継されるため、個別の移転手続が不要で、手続的な負担が軽い。
- 事業譲渡では困難だった、事業の一部(特定の診療科や施設など)を切り出して承継させることが可能。
デメリット
- 合併と同様に、都道府県知事の認可(医療審議会の意見聴取あり)や債権者保護手続が必要で、時間がかかる。
- 従業員の雇用契約も承継対象となるため、労働者保護手続(従業員への通知や協議など)が必要。
- 最も重要な注意点として、分割制度を利用できるのは、原則として「出資持分の定めのない医療法人」(特定医療法人、社会医療法人を除く)に限られています。 したがって、持分あり医療法人(経過措置型医療法人)や、特定医療法人、社会医療法人は、分割の当事者(分割する側も承継する側も)になることができません。利用できる医療法人が限定的である点に十分な留意が必要です。
手続
吸収分割契約の締結または新設分割計画の作成、社員総会での承認(社団の場合)または理事の同意(財団の場合)、都道府県知事への分割認可申請、債権者保護手続、労働者保護手続、分割登記などが必要となります。
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医療法人のM&Aにおける対価
医療法人のM&Aにおいて、譲渡側の出資者や関係者に対して支払われる対価は、どのような名目で、誰が、どこから支払うのかが重要なポイントになります。選択するスキームや医療法人の種類によって、対価の支払い方法が異なります。
対価を支払う4つの方法
主な対価の支払方法としては、以下のものが考えられます。複数の方法を組み合わせることもあります。
出資持分の譲渡対価
- 持分あり医療法人の場合に用いられます。譲受側が、譲渡人(元の出資者)から出資持分を譲り受ける対価として金銭を支払います。
- 出資持分の価値は、単なる出資額面ではなく、医療法人の純資産価額(時価評価)などに基づいて算定されるのが一般的です。
- 資金源は、譲受側(医療法人の外部)から支出される必要があります。
- 持分なし医療法人では使えません。
役員退職慰労金
- 医療法人の理事や監事といった役員が退任する際に、医療法人から支払われる退職金です。持分あり・なしに関わらず利用可能です。
- 譲渡法人のオーナー経営者が役員を兼ねている場合に、M&Aを機に退任し、その対価として実質的に利用されることがあります。
- 資金源は、医療法人の内部資金を利用できます。
- ただし、譲渡法人に十分な資金がない場合や、そもそも役員の地位にない人には支払えません。また、不相当に高額な退職慰労金は税務上否認されるリスクもあるため、適正額の算定が重要です。
個人所有不動産の譲渡対価
- 医療法人が使用している土地や建物が、医療法人自体ではなく、オーナー経営者個人の所有物である場合があります。この場合、M&Aのタイミングで、その不動産を譲受側(または医療法人自身)に売却し、その対価を受け取る方法です。
- 譲受先によっては、医療法人の内部資金を利用することも可能です。
- 当然ながら、対象となる個人所有不動産が存在する場合に限られます。
MS法人株式の譲渡対価
MS法人(メディカルサービス法人)と呼ばれる、医療法人と密接な関係にある営利企業(株式会社など)が存在する場合、そのMS法人の株式も併せて譲渡し、その対価を受け取る方法です。詳細は後述します。資金源は、譲受企業(医療法人外部)から支出される必要があります。
対価の支払方法の比較
持分あり医療法人 | 持分なし医療法人 | 買収資金 | |
---|---|---|---|
出資持分の譲渡 | 〇 | ✖ | 譲受側自身で準備 |
役員退職慰労金 | 〇 | 〇 | 譲渡人の内部資金を利用することができる |
個人所有不動産の譲渡 | △ | △ | 譲渡法人の内部資金を利用することもできる |
MS法人株式の譲渡 | △ | △ | 譲受側自身で準備 |
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医療法人の譲渡価格(売却相場)
医療法人のM&Aにおける譲渡価格は、どのように決まるのでしょうか。一般的には、以下の要素を組み合わせて算定されます。
基本的な算定方法
医療法人の譲渡価格は、一般的に、時価純資産額に「のれん代(営業権)」を加えた金額として算出されます。
時価純資産額
医療法人が保有するすべての資産を時価で評価し、そこからすべての負債を差し引いたものです。M&Aでは通常、譲渡前の資産・負債をすべて引き継ぐことが多いため、この時価ベースの純資産が価格の基礎となります。
のれん代(営業権)
医療法人が持つ、帳簿には表れない無形の価値(超過収益力)を評価したものです。ブランド力、技術力、人材、立地などがこれにあたります。
のれん代の算定は、個別のケースによって大きく異なりますが、一般的には、医療法人の「正常営業利益の3~5年分」を目安とすることが多いです。ただし、これはあくまで目安であり、以下のような様々な要素を総合的に考慮して決定されます。
- 地域での知名度・評判: 長年にわたり地域医療に貢献してきた実績や、患者からの信頼度など
- 優秀な医療スタッフの存在: 経験豊富な医師、看護師、その他の専門職の質と定着率
- 効率的な医療・経営システム: 電子カルテの導入状況、業務フローの効率性、コスト管理体制など
- 特殊な医療技術や設備: 他院にはない高度な医療技術や最新の医療機器の保有状況
- 地域医療連携の進行度: 近隣の病院や診療所、介護施設などとの連携体制の強さ
なお、クリニックのような比較的小規模な医療法人の場合は、特定の医師(院長など)への依存度が高くなる傾向があります。このようなケースでは、その医師が退任した場合のリスクを考慮し、のれん代を正常営業利益の1~3年分程度と低めに見積もることが妥当とされる場合もあります。
リスク要素の反映
上記に加えて、デューデリジェンス(DD)によって発見された各種リスクは、譲渡価格にマイナス要因として反映させる必要があります。主なリスクとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 財務リスク: 帳簿に記載されていない債務(簿外債務)、過去の税務申告における問題点、未払いの社会保険料など
- 労務リスク: 劣悪な労働環境、サービス残業などの未払い残業代の存在、従業員との間のトラブルなど
- 法務リスク: 係争中の医療訴訟、許認可や届出に関する不備、個人情報管理体制の問題などのコンプライアンス違反
これらのリスクを定量的に評価し、譲渡価格から適切に控除することで、より公正で現実的な価格設定が可能となります。医療法人のM&Aにおいては、決算書上の数値だけでなく、こうした目に見えにくい要素もしっかりと評価し、価格交渉に臨むことが重要です。
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医療法人のM&Aのメリット・注意点
医療法人がM&Aを行うことの良い点と、注意点を紹介します。
医療法人M&Aのメリット
譲渡企業側、譲受企業側それぞれにメリットがあります。
譲渡側のメリット
- 後継者問題の解決: 最も大きなメリットの一つです。適切な後継者が見つからない場合でも、M&Aによって事業と従業員を信頼できる第三者に引き継ぐことができます。これにより、廃業を回避し、長年築き上げてきた医療機関を守ることが可能になります。
- 職員の雇用維持: 廃業となれば、職員は職を失うことになります。M&Aの条件に職員の雇用継続を盛り込むことで、職員の生活を守ることができます。これは、地域での評判や職員の士気を維持する上でも重要です。
- 患者への継続的な医療提供: 特に地域に根差した医療機関の場合、閉院は多くの患者にとって深刻な問題となります。M&Aによって事業が継続されれば、既存の患者は引き続き同じ場所で、あるいは同等の医療サービスを受け続けることができます。これは、地域医療への貢献という観点からも大きな意義があります。
- 創業者利益の確保: 持分あり医療法人の場合、出資持分を譲渡することで、創業者やその親族は投下資本の回収や利益の確定(キャピタルゲイン)が期待できます。役員退職慰労金なども含め、リタイア後の生活資金を確保することにも繋がります。
- 個人保証の解除: 経営者が個人として負っている借入金等の保証を、M&Aによって解消できます。
譲受側のメリット
- 医師や看護師などの人材確保: 医療業界は慢性的な人手不足に悩まされています。M&Aによって、経験豊富な医師、看護師、その他の医療スタッフをまとめて確保することができます。これは、新規採用にかかるコストや時間を削減する上でも有効です。
- 事業規模の拡大・病床数の増加: 既存の医療法人が他の医療法人を譲り受けることで、診療科目やサービス提供エリアを拡大できます。また、M&A(合併や経営権承継など)を通じて、煩雑な手続を経ずに病床数を増やすことも可能です。これにより、受け入れ可能な患者数が増え、収益拡大に繋がります。
- 新規事業への参入・多角化: 異業種の法人などが医療分野へ新規参入する足掛かりとしてM&Aを活用できます。また、既存の医療法人が、介護事業や在宅医療など、隣接分野へ事業を多角化する際にも有効な手段となります。
- シナジー効果の発揮: 譲渡企業と譲受企業の持つ経営資源(人材、ノウハウ、設備、地域ネットワークなど)を組み合わせることで、単独では得られなかったような相乗効果(コスト削減、サービス向上、競争力強化など)が期待できます。
- 許認可取得の効率化: 経営権承継や合併・分割といったスキームを選択すれば、病院開設許可などを新たに取得する手間を省ける場合があります。
医療法人M&Aの注意点
医療法人のM&Aには、株式会社のM&Aとは異なる特有の注意点が存在します。これらを十分に理解せずに進めると、思わぬトラブルに繋がる可能性があります。
非営利性の確保
医療法人は、その根拠法である医療法によって、非営利性が厳格に求められています。これは、医療が国民の生命や健康を守る公共性の高い事業であるため、利益追求を第一目的とすることが許されないという考え方に基づいています。この非営利性の原則は、M&Aにおいても様々な制約となって現れます。
剰余金の配当禁止
医療法人は、事業活動によって利益が出たとしても、それを株式会社の配当のように出資者や社員に分配することは禁止されています。これはM&A後も同様です。譲受企業が営利企業であっても、買収した医療法人から配当金を受け取ることはできません。
営利目的での開設禁止
営利企業が、利益を得ることを主たる目的として医療機関(病院や診療所)を開設・運営することは認められていません。M&Aのスキームを検討する際も、実質的に営利目的の運営にならないよう注意が必要です。
取引対価の適正性
譲受企業(特に営利企業)が、M&A後に医療法人との間で取引(不動産賃貸、業務委託、物品納入など)を行う場合、その対価が不当に高く設定されていないか注意が必要です。市場価格とかけ離れた高額な対価は、実質的な剰余金配当(利益供与)とみなされ、非営利性の原則に違反する可能性があります。行政当局は、このような剰余金配当の潜脱行為に対しても厳しい姿勢で臨んでいます。
許認可・届出の手続
医療法人の運営には、設立、役員変更、定款変更、病院の開設・廃止、合併、分割など、様々な場面で監督官庁(主に都道府県知事)の許認可や届出が必要となります。M&Aのスキームによって必要な手続は異なりますが、いずれも遺漏なく行う必要があります。
監督官庁
医療法人の種類(一つの都道府県のみで事業を行うか、複数の都道府県にまたがるかなど)によって、監督官庁(都道府県知事または厚生労働大臣)が異なります。
必要な手続の例
- 定款変更認可申請
- 役員変更届
- 病院(診療所)開設許可申請、変更許可申請、廃止届
- 保険医療機関指定申請、廃止届
- 合併認可申請、分割認可申請
これらの手続には、事前の相談や書類準備、審査などに時間がかかるものが多くあります。
スケジュールが長期に及ぶ
医療法人のM&Aは、株式会社のM&Aに比べて、完了までに長い期間を要する傾向があります。特に、合併や分割のように都道府県知事の認可が必要なスキームでは、申請前の準備や行政との事前相談、医療審議会での審議、債権者保護手続などに多くのステップがあり、半年から1年以上かかることも珍しくありません。M&Aの計画段階から、余裕を持ったスケジュールを設定し、各手続の期限や流れを正確に把握しておくことが重要です。焦って手続を進めると、不備が生じたり、予期せぬ問題が発生したりする可能性があります。
デューデリジェンス(DD)の重要性
経営権承継や合併、分割など、法人格や権利義務を包括的に引き継ぐスキームでは、譲渡法人の潜在的なリスク(簿外債務、労務問題、法務コンプライアンス違反、医療過誤リスクなど)もそのまま引き継ぐことになります。そのため、契約締結前に、徹底したデューデリジェンス(買収監査)を実施し、リスクを洗い出して評価することが不可欠です。財務・税務・法務・労務・事業運営など、多角的な視点からの調査が求められます。DDの結果は、最終的な譲渡価格の交渉や、契約条件(表明保証など)の設定にも影響します。
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株式会社は医療法人を買収できる?
医療法人は医療法により非営利性が義務付けられており、株式会社などの営利法人が経営権を取得する場合には独特の制約があります。以下では、基本的な法規制から実務上の手法、投資リターンの得方、MS法人(メディカルサービス法人)活用まで解説します。
医療法における非営利性と制約
医療法人は利益配当を禁じられ、営利目的での運営が認められていません。この大原則により、営利法人が直接的に経営を支配し配当を受け取ることはできず、社員・役員への就任にも制限があります。
営利法人や役職員の社員・役員就任制限
株式会社などの営利法人は医療法人の社員や理事・監事になれません。また、営利法人の役職員が利害関係のある医療法人の理事・監事を兼務することも原則禁止です。都道府県によっては、社員に就任できる役職員の数や属性を独自に定めているため、譲受前に必ず所轄自治体へ確認が必要です。
地域差と事前確認が必要
社員就任の可否や人数制限は自治体ごとに運用が異なります。制約を確認せずにM&Aを進めると、譲受後に経営権を確保できず計画が頓挫するリスクがあります。
経営への関与を可能にする実務的手法
直接的な役員派遣ができない以上、営利法人が経営に関与するには間接的なスキームを組み合わせる必要があります。
出資持分の譲受+社員の交替
持分あり医療法人の場合、出資持分を譲り受けることで資本面の関係を築けます。ただし出資持分の保有だけでは議決権を持たないため、経営権は得られません。
営利法人が指定する役職員などを医療法人の社員に就任させ、社員総会で過半数の議決権を確保する必要があります。しかし、営利法人系の社員が過半数を占めること自体が医療法の趣旨と整合するかは見解が分かれ、自治体ごとに判断が異なるため「グレーゾーン」といわれます。
サービス提供による間接支配
医療法人に対し不動産賃貸、経営コンサルティング、物品納入などを適正対価で提供し、契約条件を通じて経営方針に影響を与える方法もあります。非営利性逸脱とならないよう、市場価格を上回る対価設定は避けます。
剰余金配当禁止への対処
営利法人が医療法人を譲り受けても、医療法人から剰余金の配当を得ることはできません。そのため、譲受企業は、投資に対するリターンをどのように得るかを考える必要があります。
適正対価での取引
不動産賃貸料、機器リース料、事務委託料などを市場価格で受け取り、安定した収益源とします。不当な高額設定は剰余金配当の潜脱とみなされ行政指導の対象となるため注意が必要です。
事業シナジーの創出
ヘルスケア関連事業を持つ企業であれば、医療法人と共同でサービスを開発・提供することで、本業の収益拡大を図れます。医療データを活用した研究開発やデジタルサービスとの連携も近年増えています。
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MS法人(メディカルサービス法人)のM&A
医療法人そのものではなく、MS法人(メディカルサービス法人)がM&Aをするケースもあります。ただし、MS法人のM&Aにおいても、医療法人の非営利性に対する理解は必須になります。
MS法人とは
MS法人(メディカルサービス法人)とは、特定の医療法人に対して医療関連サービス(医業以外の業務)を提供する株式会社等の呼称です。その特徴や制約は以下のとおりです。
設立の背景
医療法人は非営利性が求められ、剰余金配当もできません。そのため、医療法人の創業者一族などが別途営利法人(MS法人)を設立し、そのMS法人が医療法人に対して、以下のような医業以外の周辺業務を提供し、そこから収益を得るという形態が古くから存在します。
- 医薬品、医療材料、医療機器などの仕入れ・販売・リース
- レセプト(診療報酬明細書)の作成・請求事務代行
- 経理・人事・総務などの事務代行
- 病院や診療所の不動産の所有・管理・賃貸
- 患者送迎、給食、清掃、売店運営などの業務委託
非営利原則の適用
- MS法人自体は営利法人ですが、医療法人との関係においては、非営利性の原則から無関係ではありません。
- MS法人の役職員が、利害関係のある医療法人の理事・監事を兼務することは原則禁止です。
- MS法人が医療法人から受け取る対価は、適正な水準でなければならず、実質的な剰余金配当(例:医業収益に連動した報酬など)とみなされるような取引は認められません。
MS法人を譲り受ける方法
MS法人の多くは株式会社であるため、そのM&Aは通常の株式会社のM&Aと同様の手法で行われます。したがって、株式譲渡が一般的で、MS法人の株主から株式を譲り受け、経営権を取得します。事業譲渡や吸収合併も可能です。
MS法人は会社法上の一般法人であるため、M&Aの手法自体に医療法による規制はありません。また、譲受企業は、MS法人から剰余金の配当を受けることも可能です。
MS法人の買収における留意点
MS法人のM&Aを検討する際には、特に以下の点に留意が必要です。
依存関係のリスク
MS法人の事業は、特定の医療法人への依存度が非常に高いことが一般的です。もし将来的にその医療法人との取引関係が悪化したり、医療法人自体の経営が傾いたりした場合、MS法人の経営も大きな打撃を受けるリスクがあります。
収益構造の適正性
MS法人の収益の源泉は、主に関連する医療法人との取引です。その取引対価が、市場価格と比較して適正な水準であり、医療法人からの実質的な剰余金配当(潜脱行為)となっていないかを、デューデリジェンスで厳しくチェックする必要があります。もし不適切な価格設定が見つかった場合、その収益構造を是正した上で、MS法人の企業価値を再評価しなければなりません。不適切な取引は、将来的に行政指導を受けるリスクや、医療法人本体の経営にも影響を及ぼす可能性があります。
医療法人のガバナンス体制との関係
MS法人の役職員が、非営利性通知や都道府県の運用に反して、関連する医療法人の役員(理事・監事)や社員に就任しているケースがあります。このような場合、M&A後にその兼務状態を解消し、適切なガバナンス体制を再構築する必要があります。その結果、MS法人の医療法人に対する影響力が低下し、事業運営に支障が出る可能性がないかも検討が必要です。
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医療法人のM&Aのまとめ
医療法人のM&Aには、一般的なM&Aとさまざまな違いがあります。多くの制約があるため、詳細を確認した上でM&Aに臨む必要があるでしょう。M&Aには専門的な知識が求められるため、仲介会社などを活用する方法がおすすめです。この機会に実績のあるM&A仲介会社に、依頼を検討してみてはいかがでしょうか。
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著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、経験年数10年以上
監修:みつき税理士法人
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