海外企業に自社を譲渡すると、国内の買い手より高い評価が付くことがあります。その一方で、外資規制の事前届出、日本での譲渡益課税、英文契約や社員の不安など、国内M&Aにない壁も増えます。2026年の法改正も踏まえ、譲渡オーナーが判断を誤らないための要点と進め方をまとめました。

外国企業への会社売却の現状と背景
「うちのような中小企業に、海外の会社が本当に関心を持つのか」。外資への売却を考え始めた譲渡オーナーから、最初によく出る疑問です。業種と強み次第で、答えは十分にイエスです。
海外資本が日本企業に目を向ける理由
国内市場の伸びが鈍るなか、海外資本が日本企業を譲り受けるOUT-IN型M&A(インバウンドM&A)は増えています。円安局面では日本企業に割安感が出やすく、対日投資の動きも活発です。評価されやすいのは、技術力や国内の顧客基盤、ブランドを持つ会社。
会社売却の選択肢としての位置づけ
外国企業は、会社売却の相手先の一つです。国内では評価が伸びにくい事業でも、海外の視点では高い価値が付くことがあります。国内の同業他社やファンドも含めて会社売却先を探す段階で候補に入れておけば、選択肢が広がります。一方で技術流出への懸念から、業種によっては国の審査が厳しくなっている点も押さえておきましょう。
会社売却を外国企業に行うメリットとリスク
期待できるリターンが大きい分、国内案件にはない論点も増えます。良い面と注意すべき面を並べて整理します。
外国企業に売るメリット
譲渡オーナーの立場で見ると、利点は次のように整理できます。
- 高い評価が付く可能性がある。資金力のある譲受企業は、海外でのシナジーを見込んで高い価格を示すことがあります。
- 海外市場への足がかりになる。譲受企業の販売網や人材を使えるため、自力で拠点を築くより早く海外展開が進みます。
- 経営基盤が強くなる。先進的な経営手法やITの導入で、単独では難しい成長が見込めます。
- 後継者問題を解決できる。社員の雇用を守りながら、創業者として譲渡益を得られます。
外国企業に売るリスク
見落とすと取引が止まりかねない注意点です。
- 外為法の手続。業種によって事前届出が必要で、違反すると重い措置の対象です。
- 契約交渉の厳しさ。英文契約は条項が細かく、表明保証や補償の条件がシビアになりがちです。
- 文化と経営方針の違い。意思決定のスピードや会計基準の差が、譲受後の統合(PMI)を難しくします。
- 社員の不安。「外資に買われたらすぐ解雇される」と受け止める社員も多く、丁寧な説明が要ります。
- 期間と費用。翻訳や届出の待機期間が加わり、時間と専門家費用がかさみがちです。
国内企業への売却との違い
下表は、国内企業に売る場合と外国企業に売る場合の主な違いを比べたものです。
| 比較項目 | 国内企業への会社売却 | 外国企業への会社売却 |
|---|---|---|
| 外資規制の手続 | 原則として不要 | 業種により外為法の事前届出が必要 |
| 譲渡価格の傾向 | 国内の相場観が基準になりやすい | 海外でのシナジー次第で上振れもある |
| 契約書 | 日本語が中心 | 英文が中心で、条項が細かい |
| デューデリジェンス | 案件規模に応じた範囲 | 法務・知財・コンプライアンスまで細かく調べられる |
| 成約までの期間 | 国内の手続のみ | 翻訳や届出の待機期間で長くなりやすい |
| 譲渡オーナーの税金 | 日本で譲渡益課税 | 居住者なら同じく日本で譲渡益課税 |
国内の同業種・異業種の譲受候補やファンドと比べたうえで、外国企業を選ぶ理由を説明できるか。ここが判断の分かれ目になります。
外為法による「対内直接投資」と「特定取得」の規制
外資への売却で真っ先に確かめたいのが外為法(外国為替及び外国貿易法)です。経済安全保障の観点から、外国投資家による日本企業の株式取得を国が審査する仕組みで、財務省が対内直接投資審査制度として概要を公表しています。
規制の対象となる外国投資家
外為法では、株式を取得する側が次のいずれかに当たると規制の対象になります。
- 非居住者である個人
- 外国の法令に基づいて設立された法人
- 外国投資家が直接・間接に50%以上の議決権を持つ日本法人
- 役員または代表権のある役員の過半数が非居住者である日本法人
海外の事業会社に限らず、海外のPEファンドも外国投資家に当たります。親会社が外資なら国内の会社でも対象になるため、資本関係は早めに確かめましょう。
対内直接投資等と特定取得の違い
手続は、誰から株式を取得するかで2つに分かれます。下表で区分を整理しました。
| 区分 | 典型的な場面 | 主な手続 |
|---|---|---|
| 対内直接投資等 | 外国投資家が、国内に住む譲渡オーナーから非上場会社の株式を取得する | 指定業種なら事前届出 それ以外は事後報告が必要な場合あり |
| 特定取得 | 外国投資家が、海外在住の株主など他の外国投資家から非上場会社の株式を取得する | 指定業種なら事前届出が必要な場合あり |
見落としやすいのが、株主の一部が海外に住んでいるケースです。非居住者の株主から外国企業が株式を取得する部分は特定取得に当たるため、親族株主の住所まで確認しておく必要があります。
事前届出が必要な指定業種とコア業種
届出が要るかどうかを分けるのは、対象会社が営む事業の中身です。
指定業種とコア業種の違い
2つの区分では、審査の厳しさに差があります。
- 指定業種は、国の安全等の観点から原則として事前届出が必要な業種です。武器や航空機、電力・ガス、通信、ソフトウェア開発などの情報通信技術関連、一部の医薬品・医療機器、半導体関連などが含まれます。
- コア業種は、指定業種のうち特に審査が厳しい分野です。届出の免除制度を使える条件も一段と厳しくなります。
中小企業が見落としやすい業種判定
本業が製造業や卸売業でも、社内でソフトウェア開発を請け負っていたり、子会社が指定業種の事業を営んでいたりすると判定が変わることがあります。株式の過半を取得して経営に関与する通常の会社売却では、役員に就任しないといった免除の条件を満たしにくいもの。指定業種に当たるなら、事前届出が前提と考えておくのが無難です。
事前届出の投資実行禁止期間に注意
実務で最も気をつけたいのが、届出後に投資を実行できない期間です。原則30日間はクロージング(株式の引渡しと代金決済)ができず、審査の内容によっては短縮も延長もあり得ます。日程を詰めすぎると、契約で決めた期日に間に合わない事態になりかねません。
クロージング条件に待機期間を織り込む
当社が関わる案件では、株式譲渡契約のクロージング条件に届出の受理と待機期間の経過を明記し、業種判定は基本合意の前に済ませる段取りを組みます。判定を後回しにして、契約直前に日程を組み直す例は珍しくありません。
2026年の外為法改正で変わること
外資規制は今も強化の途中です。2026年5月に改正外為法が成立し、6月に公布されました。施行は2027年の予定で、概要は財務省の広報誌ファイナンス2026年8月号で解説されています。
対日外国投資委員会の設置
2026年6月には、省庁横断で投資審査にあたる対日外国投資委員会が設けられました。財務省と国家安全保障局が共同議長を務め、省庁をまたいで案件を確認する体制です。
間接取得と事後介入への対応
改正により、日本企業を保有する海外企業が別の外国企業に買われるような間接的な取得も、審査の対象に加わります。事前届出が要らない業種への投資でも、実行後5年間は国が報告を求め、必要に応じて勧告や命令を出せる仕組みが整えられました。
情報通信技術関連業種の見直し
ソフトウェア開発などの情報通信技術関連業種は、対象を必要性の高いものに絞り込む見直しが予定されています。告示改正の動きを確かめたうえで業種判定を行うことが、これからの外資売却では欠かせません。
外国法人に会社売却する際の税金
「日本に支店がない外国企業に売れば、日本の税金はかからないのでは」。今でもときどき受ける質問ですが、これは誤解です。日本に住む譲渡オーナーが自社株を売れば、相手が誰であっても日本で課税されます。
日本在住なら買い手が外国企業でも日本で課税
居住者である譲渡オーナーの株式譲渡は、国内取引と同じ考え方で税額を計算します。
税率と計算方法
税率は所得税15%と住民税5%の計20%に、復興特別所得税を加えた20.315%です。課税対象は、譲渡価格から取得費と仲介手数料などの譲渡費用を差し引いた譲渡益。計算の仕組みは国税庁のタックスアンサーで確認できます。節税策も含め、株式譲渡にかかる税金は早めに試算しておきたいところです。
源泉徴収はなく確定申告で納める
外国法人の譲受企業が、代金から税金を天引きすることは通常ありません。翌年に譲渡オーナー自身が譲渡所得の確定申告をして納めます。代金が満額で入金されるため、納税資金まで別の用途に回してしまうのは意外と多い落とし穴です。
高額の譲渡益が出る場合の追加課税
2025年分から、所得が極めて高い個人に追加の所得税を課す措置が始まりました。令和8年度税制改正では、2027年分以後に対象を広げる見直しも盛り込まれています(ミニマムタックス強化)。外資からプレミアムが付き、譲渡益が数億円規模になる案件では、譲渡の時期と会社売却の手取り額を税理士と試算しておくと安心です。
「買い手の国でも課税される」は誤解が多い
外資への売却と聞くと、二重課税を心配される方がいます。ただ、日本の居住者が日本の会社の株式を売る場合、譲受企業の国で譲渡オーナーに課税される場面は通常想定しにくいものです。二重課税や租税条約が問題になりやすいのは、譲渡オーナー自身が海外に住んでいる場合や、海外子会社の株式を売る場合です。
海外移住スキームの落とし穴
「売る前にキャピタルゲイン非課税の国へ移住すれば、税金を減らせるのでは」と考える方もいます。現在の税制では次の2つの壁があり、安易な実行は危険です。
国外転出時課税の壁
2015年7月1日以後に国外へ転出する人が1億円以上の株式等を持っていると、出国時に売ったものとみなして含み益に所得税が課されます。対象は出国前10年以内に国内に5年超住んでいた人で、納税猶予には担保の提供などの要件があります(国税庁 No.1478)。キャピタルゲイン課税の網は、移住だけでは外れません。
事業譲渡類似株式(25/5ルール)の壁
移住後に売却しても、事業譲渡類似株式の譲渡に当たれば日本で課税される可能性があります。譲渡年以前3年以内に特殊関係者と合わせて25%以上を保有し、その年に5%以上を譲渡すると該当するルールです。
海外に資産管理会社を作って間接的に売る形にも網がかかります。ただし最終的な課税関係は相手国との租税条約で変わり得るため、移住を絡めた検討には国際税務に強い税理士の判断が欠かせません。
株主の異動は税務署から見えている
「海外企業への売却なら把握されにくい」と考えるのは禁物です。譲渡した会社は毎年の法人税申告で、上位株主を記載した別表二を提出します。株主が社長個人から外国法人に変われば、譲渡の事実は申告書から読み取れます。外為法の届出や報告の記録も、国の手元に残る仕組みです。
外国企業とのM&A交渉と相手先選定のポイント
提示額の高さだけで相手を決めると、後で条件面に振り回されがちです。外資の提示額が妥当かどうかは、企業価値評価で自社の値段の目安を持っておくと判断しやすくなります。
売却目的の明確化とスキームの構築
資金回収を優先するのか、従業員の雇用やブランド名を守りたいのか。目的の優先順位によって、株式譲渡か事業譲渡かというスキームも変わります。M&A後の会社名をどうするかも、譲受企業のブランド戦略に左右されやすい論点の一つです。
外国の買い手を見極めるチェックリスト
支援現場で外国企業の候補先を評価するときは、提示価格とは別に下表の項目を確認しています。
| 確認項目 | 確認する理由 |
|---|---|
| 意思決定者の所在 | 日本法人の担当者に決裁権がなく、本国の承認待ちで交渉が止まることがある |
| 資金の出所と送金ルート | 支払能力と、クロージング当日に代金が確実に着金するかを確かめる |
| 外為法の届出への協力姿勢 | 届出は譲受側が行うため、業種判定や書類準備に協力的かを見る |
| 日本企業の譲受実績 | 過去の譲受後に、雇用や取引先を維持してきたかを確かめる |
| 契約の準拠法と紛争解決地 | 紛争時に海外の裁判所や仲裁で争う負担を避けられるかを見る |
相手国ごとに商習慣や規制の事情も違い、中国企業とのM&Aでは送金や撤退時の扱いまで確認が及びます。評価の軸は国内の譲受企業の選び方と同じで、そこに海外ならではの項目を上乗せするイメージです。
英文契約で押さえたい条項
契約書は英文が基本で、日本の契約によくある曖昧な表現は通用しません。
表明保証と補償の範囲
外資は表明保証の項目が細かく、違反時の補償上限や請求期間をめぐる交渉がシビアになりがちです。株式譲渡契約書は和訳の印象で判断せず、上限額と期間を数字で確かめましょう。価格の一部を将来の業績に連動させるアーンアウトを提案されることもあります。
雇用維持と経営者の残留期間
従業員の雇用維持を何年約束してもらうか。譲渡オーナーが顧問などで売却後に残る期間をどう設計するか。どちらも英文で明文化しておかないと、口頭の約束が守られない原因になります。
専門家によるワンストップ支援
クロスボーダー案件では、法務・税務・財務に通じたアドバイザーの連携が欠かせません。英文の企業概要書で自社の強みを海外の読み手に伝わる形にし、海外M&AのDDには言語や法制度の違いを踏まえて備えます。当社グループはタイ・バンコクにも拠点を持ち、タイ企業との海外M&Aにも対応しています。
従業員の雇用と文化の統合(PMI)
社員にどう伝えるか。外資への売却で、多くの譲渡オーナーが最後まで悩む部分です。不安を解消できなければ優秀な人材が流出し、企業価値そのものが目減りします。
ネガティブイメージの払拭
外資系ファンドを「ハゲタカ」と見る古い固定観念を持つ社員は、今も珍しくありません。実際には、社員の力で事業を伸ばしたいと考える譲受企業がほとんどです。評価制度の明確化やキャリアの広がりなど、従業員の待遇がどう変わるかを具体的に伝えることが安心につながります。
リスキリングの推奨
環境の変化を機に、新しいスキルを身につける社員を後押しするのも有効です。英語力に限らず、グローバル基準の仕事の進め方を学べば社員自身の市場価値も高まります。企業文化の統合には時間がかかるため、譲受企業と研修計画まで話し合っておくとスムーズです。
セラーズDDで人材の価値を伝える
支援現場では、売却前に自社を調べるセラーズデューデリジェンスを勧める場面が少なくありません。人材や技術の強みを数字と資料で示せば、雇用維持や処遇改善を交渉の材料にしやすくなります。根拠のない強みは、外資の評価に反映されにくいもの。この準備が効いてきます。
外国企業への会社売却に関するFAQ
外資への売却を考え始めた経営者から、よく寄せられる質問をまとめました。
リスクはゼロではありません。安全保障に関わる技術は外為法の審査対象となり、届出の段階で国が確認します。民間の契約では、技術の使い方や秘密保持、国内での事業継続などを株式譲渡契約に書き込み、守られない場合の救済まで決めておくのが現場の対応です。
通訳だけでは足りないことが多いです。M&Aの交渉は専門用語が多く、条件の一語で金額が変わります。英文契約と国際案件の実務を知るアドバイザーを代理人に立て、通訳は会議の補助と位置づけるのが現実的です。
届出の義務は外国投資家側にありますが、売り手にも影響が及びます。違反は刑事罰の対象になり得るほか、国が株式の売却などの措置を命じる場合があります(財務省)。取引の前提が崩れるのを避けるため、業種判定は契約前に済ませるのが鉄則です。
海外で組成されたファンドは、外国投資家に当たるのが一般的です。国内のファンドでも、出資者や運営者の構成によっては外国投資家として扱われることがあります。名称ではなく資本関係で判定するため、意向表明の段階で確認しておきましょう。
外国企業への会社売却で後悔しないために
外国企業への会社売却は高い評価が期待できる反面、外為法の届出、日本での譲渡益課税、英文契約、社員の不安と、国内案件にない論点が重なります。初めての検討で迷うのは当然のこと。論点を一つずつ片づければ、外資への売却は十分に現実的な選択肢です。
みつきコンサルティングは、みつき税理士法人グループのM&A仲介会社です。中小企業M&Aの実績経験が豊富なアドバイザー・公認会計士・税理士が、外資規制の確認から税負担の試算、条件交渉まで一貫して支援します。外国企業への会社売却をお考えの際は、お気軽にご相談ください。
完全成功報酬のM&A仲介会社なら、みつきコンサルティングへ >

著者

- 事業法人第二部長/M&A担当ディレクター
-
ヘルスケア分野に関わる経営支援会社を経て、みつきコンサルティングでは事業計画の策定、モニタリング支援事業に従事。運営するファンドでは、投資先の経営戦略の策定、組織改革等をハンズオンにて担当。東南アジアなど海外での業務経験から、クロスボーダー案件に関しても知見を有する。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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