中小企業のM&Aにおける企業価値評価は、その企業譲渡の成功を左右する重要な要素です。本記事では、一般的な評価手法から実践的なポイントまで、中小企業オーナーが知っておくべき企業価値評価の概要を解説します。
企業価値評価(バリュエーション)とは
企業価値評価(バリュエーション)は、経営者や投資家が企業の価値を的確に把握するための重要な指標です。この指標を理解することで、適切な投資判断や事業戦略の立案が可能になります。
M&Aにおける企業価値評価の主な目的は、株式を譲渡するオーナー経営者(譲渡会社)と、その株式を譲受する会社が納得のいく価格を導き出し、円滑に取引を成立させるための参考指標としての価値を算出することです。
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企業価値評価の流れ
企業価値評価(株式価値算定)の一般的な流れは、以下のとおりです。評価者(M&A仲介会社など)に算定を依頼してから、評価結果を得るまでは、下記Step2の資料準備を終えてから2~3週間程度の期間が一般的です。急ぐ事情がある場合は、その旨を評価者に伝えれば緊急対応してくれることもあります。
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Step1: 取引背景等の説明
評価者に対して、企業価値評価が必要となる目的や取引の背景、スケジュールなどについて説明します。
Step2: 資料の準備
企業価値評価を行うために必要となる資料の提供を依頼されます。具体的には、例えば以下のような資料を揃えます。
- 会社案内、パンフレット
- 履歴事項証明書
- 株主名簿
- 過去3期分の決算書・科目明細、税務申告書・別表
- 時価のある資産(不動産、有価証券、保険積立金等)の時価情報
- 未計上債務(未払残業代、賞与引当金・退職給付引当金)に関する情報
- 役員退職金慰労規程、それに基づく役員退職金債務
- 事業計画書(あれば)
Step3: ヒアリング・追加資料の提出
評価者から、収益性や財務内容等に関する質問を受けたり、追加資料の提供をお願いされることが多いです。これらがどの程度のボリュームになるかは、評価の目的等により千差万別ですが、上場企業同士の資本提携は別として、一般的な中小企業M&Aであれば、膨大な量になることは少ないです。
Step4: 評価結果の入手
以上を経て、評価者から「株式価値算定書」等のレポートが報告されます。この報告書に、算定の根拠や採用した評価方法などが記載されます。
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企業評価にかかる費用
M&Aアドバイザリー会社やM&A仲介会社は、企業の譲渡を検討する際、自社の価値を算出し、評価レポートを作成します。この作業を「企業評価」、「株式価値算定」、「バリュエーション」等と呼びます。
費用の目安
企業評価は、オーナー経営者がM&Aによる譲渡時の参考価格や手取り額を把握する際に重要です。その費用感は、企業の規模、保有資産、関係会社の状況などの複雑性で変動します。企業評価を得意とする財務コンサルティング会社や財務コンサルティング会社に依頼すると、一般に数十万円~数百万円程度の費用が掛かります。
他方で、M&A仲介会社の場合には、M&Aの成立まで費用が生じない成功報酬を採用していることが多いため、企業評価については、少々簡易的な評価にはなりますが、費用が掛からない報酬体系が主流です。なお、みつきコンサルティングは、会計系コンサルティングでありがら、M&A仲介・助言も強みにしており、企業評価費用が生じない完全成功報酬制です。
顧問税理士による評価との違い
顧問税理士による企業評価は、主に相続税対策や親族内承継を前提に、算定されます。いわゆる税務(主には相続税法)上の株価を算定するものであり、M&Aにおける企業評価とは、計算方法や結果結果が大きく異なります。顧問会計事務所による評価額をそのままM&Aの参考値とすることは適切ではありません。
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企業価値評価の方法
中小企業がM&Aを行う際の企業価値評価(株式価値算定)には、一般的に以下の3つのアプローチが使用されます。それぞれのアプローチにおける代表的な評価方法についても説明していきます。
コスト・アプローチ
コスト・アプローチは、企業の純資産価値に着目した評価手法です。代表的な手法として、純資産法や時価純資産法があります。
概要
- 現在の正味財産に着目
- 算定イメージ:資産時価マイナス負債時価
メリット
- シンプルで客観的
- 実態BSの把握が可能
デメリット
- 収益性を加味しにくい
- 相場を反映できない
代表例:年買法(時価純資産+のれん法)
純資産+のれん法は、特に中小企業のM&Aにおける企業価値評価で最も一般的に採用されている評価手法と言われています。純資産+のれん法について簡単に説明すると、対象企業の純資産を時価評価し、その金額に一定額ののれん(営業権)を加えて評価する手法です。この評価手法のメリットは過去の利益が反映された純資産に、将来の利益を踏まえたのれんを加えるため、対象企業の現在と未来の価値を概ねともに評価に反映できることにあります。
のれんの設定の仕方は業界によっても異なりますが、一般的には対象企業のEBITDAや修正後の営業利益を基準に1年~5年分を設定することが多いです。ただし、特定分野に強みを有するIT企業やスタートアップ企業では10年以上ののれんが設定されるケースも珍しくありません。この評価手法は業歴が長く、純資産が積みあがっている企業ほど評価額が大きくなる傾向にあるため、設立間もない企業や資産そのものが少ない企業を評価する際には、時に不利な金額になってしまうというデメリットもあります。
計算式
企業価値 = (資産の時価総額 – 負債の時価総額)+のれん
メリット
- 客観的な数値に基づいているため、恣意性が入りにくい
- 資産価値が重要な業種(不動産業など)で有効
デメリット
- 時価評価の難しい資産がある場合、正確な評価が困難
- 将来の収益性を考慮していないため、成長企業の評価には適さない
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マーケット・アプローチ
マーケット・アプローチは、類似会社の株式市場での相場に着目した評価手法です。代表的な手法として、類似上場企業比較法や類似取引比較法があります。
概要
- 類似会社の株式市場での相場に着目
- 算定イメージ:利益 × 倍率
メリット
- 取引相場に近い
- トレンドを反映できる
デメリット
- 類似会社選択が困難
- 中小企業の大半は、上場企業との違いが大きすぎる
代表例:類似会社比較法(マルチプル法)
マルチプル法は対象企業と類似する上場企業の株価がEBITDA(営業利益+償却費など)やPERの何倍になっているのかを求め、算出した倍率を対象企業に当てはめて算出する手法です。単純に説明すると、「同業他社の企業価値が利益の5倍なら、対象企業も同じく、利益の5倍が企業価値になる」という考え方です。非常にシンプルな手法のため、金額根拠が明確になるという特徴があります。ただし、選定した類似上場企業の数値が基準になるため、類似企業は慎重に選ぶ必要性があります。中小企業のM&Aを行う際には上場企業と比較するのが難しいケースもありますので、恣意性を排除するために本評価方法を避けた方が良いでしょう。
計算式
企業価値 = EBITDA × 倍率
EBITDAの算出方法
EBITDA = 営業利益 + 減価償却費 + のれん償却費
倍率の目安
一般的に、3倍~8倍程度の範囲で設定されます。業種や企業規模、成長性などによって異なります。
メリット
- 簡便で分かりやすい
- キャッシュフローに近い指標を使用するため、企業の実力を反映しやすい
デメリット
- 単年度の業績に依存するため、一時的な要因で業績が変動している場合は適切な評価ができない
- 倍率の設定に恣意性が入る可能性がある
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インカム・アプローチ
インカム・アプローチは、将来の収益性に着目した評価手法です。代表的な手法として、DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)や収益還元法があります。
概要
- 将来の収益性に着目
- 算定イメージ:利益 ÷ 割引率
メリット
- 投資判断という意味で最も理論的
デメリット
- 将来利益予想や割引率の決定が困難で恣意性が入りやすい
- 評価理論が難解
代表例:ディスカウント・キャッシュフロー法(DCF法)
DCF法は対象企業の将来的な収益を予測し、将来の価値を基準に評価する手法です。この評価手法もM&Aにおいて広く一般的に採用されますが、スタートアップ企業など将来的に売上が拡大していく可能性が高い企業の評価を行う際に多く使用されます。計算方法としては、対象企業の事業計画をもとに将来的なキャッシュフローを予測し、現在価値に割り引いたうえで企業価値を評価する手法です。この評価方法は、将来価値に軸を置き評価するため、対象企業の業歴や純資産に大きく影響されることなく、対象企業のビジネスの価値を一律に評価できることが特徴といえます。一方で、将来価値を軸に評価するため、事業計画の数値を誤ると実態と乖離した企業価値になってしまい、M&Aの失敗に繋がります。正しく活用するには、しっかりとした事業計画を立て将来の事業環境を予測したうえで、適切な割引率を設定することが重要です。
計算式
企業価値 = Σ(FCFt / (1+r)^t) + 継続価値
FCFt:t期のフリーキャッシュフロー
r:割引率
t:期間
メリット
- 将来の収益性を考慮するため、理論的に最も正確な評価方法とされる
- 成長企業の評価に適している
デメリット
- 将来予測や割引率の設定に恣意性が入る可能性がある
- 中小企業では、精度の高い将来予測が困難な場合が多い
企業評価の実務上のポイント
企業価値評価(株式価値算定)を正確に行うために必要なポイントについて説明していきます。企業価値を評価するためには評価対象の基準となる数値を作る作業が非常に重要となります。
純資産を適切に時価に引き直せるか?
年買法(時価純資産+のれん法)で重要となる時価評価について説明していきます。貸借対照表上に記載されている数値は「簿価」と呼ばれます。これらの簿価には土地の価格が購入時の価格で計上されているため、既存の価値と大きく乖離しているケースや退職金の引き当てがされていないなど実態的な価値と異なる場合が多いです。本項では、資産の時価修正と簿外債権債務の確認の2点に分けて説明していきます。
資産の時価修正
一般的に該当するものは「不動産、保険積立金、ゴルフ会員権、有価証券」などです。流通価格、返戻金相当額、時価評価額など実際に対象資産を処分した場合の金額に修正していきます。また、売掛金、棚卸資産などは、長期滞留債権の有無についても確認し修正します。
一般的に償却資産については簿価で評価されますが、資産性の高い自動車や機械設備などは流通価格を調べて、時価評価するケースもあります。
簿外債権債務の確認
貸借対照表に計上されず、簿外に債権債務が隠れているケースがあります。実務上、退職金や賞与引当金の未計上が該当する企業が多いです。退職金規定を設けている企業では、現時点で従業員が退職した場合に退職金の支払い義務が生じます。そのため、退職金は企業にとって負債とみなされ引き当てが必要になります。また、賞与については来期支払う金額の内、今期評価分は期中の計上となるため、その金額を負債とみなし引き当てます。
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正常収益力(のれん)の算定は適切か?
のれんの算定やマルチプル法の採用に際しては、EBITDAや修正営業利益が用いられます。これらのキャッシュフローや利益指標が対象会社の実態を示すものでないと、企業評価の結果も誤ったものとなります。これらの指標の妥当な金額を通称「正常収益力」と呼びます。
一般的に中小企業では、販管費に役員の私的な費用が含まれていることや税金対策をしていることが多いかと思います。そのままでは正常収益力が把握できないため、販管費から対象企業の事業運営に不要な費用を取り除いていきます。実務上多く見られるものとして、節税用保険や接待交際費、旅費交通費、車輌費などがあげられます。また、役員報酬が売上に対して、極端に高額な場合にはM&A実行後を考慮した適切な役員報酬額に修正します。正常収益力を認識することは企業価値評価だけではなく、M&A実行後の運営や企業の事業戦略を考える際にも非常に重要です。
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上場会社・非上場会社・スタートアップでは違う?
企業評価方法は、株式を上場しているか否か等で異なります。
上場会社の価値算定
上場会社は、公開された株式市場があるため、1株あたりの株価に発行済株式数を乗じれば、株式の時価総額は分かります。
しかし、この株価は、簡単に言えば、マーケットで1株を売買する際の価格であり、発行済株式の過半数や100%など支配権の移動を前提とした価格ではありません。また、誤解を恐れずに言えば、市場株価は一般投資家による「人気投票」の結果に過ぎず、本質的に正しい企業価値を反映しているわけではありません。そのため、支配権の移動を伴うM&Aの局面では、理論的に正しい企業価値(株式価値)を算出するために、市場株価(の平均値)だけでなく、以下で紹介するディスカウント・キャッシュフロー法や、類似会社比較法を併用する実務が一般的です。
非上場会社の価値算定
上場していない会社(世の中の殆ど会社)は、市場価格が存在しないため、評価が難しくなります。
例えば、親族内で自社株を贈与・相続・する局面では、国税庁が定める「財産評価基本通達」に従って評価する必要があります。売買であれば、所得税法上の時価に沿うことが一般的です。
他方で、M&Aによる企業譲渡の局面では、事業の特性や成長ステージ、経営環境などを総合的に考慮し、最終的には個別交渉によって決定されます。交渉する際のベースとなる価格は、以下で紹介する年買法が主流ですが、ディスカウント・キャッシュフロー法や、類似会社比較法による評価結果が考慮されることもあります。
非上場株式の評価は、その状況に応じた適切な評価方法を選択することが重要ということです。
スタートアップの価値算定
ベンチャーキャピタル(VC)は、発行済株式の過半数など支配権を取得せず、経営は起業家に任せ、少数株主として管理面を中心に側面的な支援を行います。そのため、VCの投資はビジネスモデルの評価に加え、起業家の能力、やる気、人間性に対する期待が非常に大きく、現在赤字の企業であっても将来の成長性を重視した評価がされることがあります。
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事業計画は達成可能か?
DCF法を採用する際には、対象企業の事業計画が企業価値を決める要となります。そのため、計画数値の設定が非常に大切です。事業計画は未来を予測して作成するものになるので、作成者の恣意性が入りやすい傾向にあります。例えば、譲渡側であれば楽観的なシナリオになり、譲受側であれば悲観的なシナリオを作成したくなります。事業計画の中立性を守るためには、第三者であるM&Aアドバイザーや会計事務所などの専門家のチェックを受けることが重要です。
事業計画のチェックポイント
事業計画は以下の点に注意すると良いでしょう。
過去の実績との整合性
過去の業績推移と将来の計画に大きな乖離がある場合は、その根拠を明確にする必要があります。
市場環境の分析
対象企業が属する業界の市場規模や成長率、競合他社の動向などを踏まえた計画であることが重要です。
具体的な施策の裏付け
売上増加や利益率改善の根拠となる具体的な施策(新規事業の立ち上げ、コスト削減策など)を明確にします。
リスク要因の考慮
想定されるリスク(競合の参入、規制の変更など)を織り込んだ計画であることが望ましいです。
複数のシナリオ作成
楽観的、中立的、悲観的な複数のシナリオを作成し、それぞれの場合の企業価値を算出することで、より適切な評価が可能になります。
その他の注意点
上記以外に実務的に留意しておくべき点は以下のとおりです。
評価の主観性
企業価値評価には、将来予測や割引率の設定など、評価者の主観が入る余地があります。そのため、評価結果を絶対視せず、一つの参考値として捉えることが重要です。
時点の問題
企業価値は、評価時点の状況に基づいて算出されます。そのため、事業環境の急激な変化や、評価後に重要な事実が判明した場合などは、再評価が必要になる可能性があります。
情報の非対称性
特に非上場企業の場合、評価に必要な情報が十分に開示されていない可能性があります。可能な限り詳細な情報収集を行い、不確実性を低減することが重要です。
規模の違いによる影響
中小企業と大企業では、リスクプレミアムや成長率の設定など、評価の前提が異なる場合があります。中小企業の特性を十分に考慮した評価が必要です。
税務上の影響
M&Aに伴う税務上の影響(のれんの償却、繰越欠損金の引継ぎなど)も、企業価値に影響を与える可能性があります。税務に強いM&A会社のアドバイスを受けることが望ましいです。
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評価結果の妥当性を評価するポイント
算定した企業価値が適切なのかどうかの判断は非常に難しいです。上場企業のように株式が市場に流通していれば広く認知された価値といえますが、中小企業では企業価値を譲渡・譲受企業が相対で決めていきます。本項では、実際に算定した企業価値が適切か否か判断するためのポイントを説明していきます。
業界特性の理解
業界ごとに重視される財務指標や評価方法が異なる場合があります。例えば、IT業界では売上高成長率が重視される一方、製造業では設備投資効率が重要視されるなど、業界特性を十分に理解した上で評価を行うことが重要です。
シナジー効果の考慮
M&Aにおいては、譲受側としては、買収後のシナジー効果も企業価値に影響を与えます。以下のようなシナジー効果を検討し、評価に反映させることが望ましいです。
- 売上シナジー(クロスセルなど)
- コストシナジー(重複機能の統合など)
- 財務シナジー(資金調達力の向上など)
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デューデリジェンスの結果の反映
企業価値評価の前提となる財務情報の正確性を確認するため、デューデリジェンス、特に財務DDを実施することが重要です。特に以下の点に注意が必要です。
- 簿外債務の有無
- 資産の実在性と評価の適切性
- 収益認識の適切性
- 関連当事者取引の妥当性
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交渉の余地を残す
企業価値評価は、M&A交渉のスタートラインに過ぎません。最終的な取引価格は、双方の交渉によって決定されます。そのため、評価結果に幅を持たせるなど、交渉の余地を残すことも実務上重要なポイントです。
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複数の評価方法の併用
一つの評価方法に偏らず、複数の方法を併用することで、より適切な企業価値を導き出すことができます。例えば、年買法を主軸としつつ、時価純資産法やDCF法の結果も参考にするなど、総合的な判断が重要です。
実務的には、以下の3つのいずれかの方法が選択されます。
単独法
1つの評価法のみを採用し、その結果をそのまま企業価値として採用します。上記で説明したコスト・アプローチ、マーケット・アプローチ、インカム・アプローチのいずれかのみを選択します。
併用法(重複幅併用法)
複数の評価法を組み合わせ、それぞれの評価結果が重複する範囲を最終的な評価額とします。例えば、年倍法で算出した5億円~7億円と、マルチプル法で算出した4億円~6億円の評価結果がある場合、両者が重複する範囲である5億円~6億円を企業価値として採用します。この方法は、各評価結果の値が近い場合に特に有効です。
折衷法
複数の評価法を用い、それぞれの結果に重み付けを行って加重平均値を算出します。評価結果に大きな差異がある場合や、特定の評価法をより重視すべき状況で採用します。重み付けの割合は、評価担当者が状況に応じて適切に設定します。
非財務要素の考慮
中小企業の場合、財務数値だけでなく、以下のような非財務要素も企業価値に大きな影響を与える可能性があります。
- 経営者の能力と後継者の有無
- 従業員の技術力や専門性
- 取引先との関係性
- ブランド力や知的財産
これらの要素を定性的に評価し、企業価値に反映させることが重要です。
参考:日本公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」
参考までに、ガイドラインでは、企業価値の形成要因を5つに分類したうえで、マネジメントやリスクについても検討・分析する重要性が指摘されています。
企業価値等形成要因 | (1)一般的要因 | 自社ではントロールできないマクロ的要因で、評価のベースになります。具体的には、社会的要因、政治状況、景気動向などです。 |
(2)業界要因 | 一般的要因と同様、自社ではアンコントローラブルですが、評価に客観性を付与します。具体的には、所属する業界のライフサイクルにおけるライフステージ(創成期、成長期、安定期、衰退期)、業界の組織再編の動向、類似上場会社の株価動向などです。 | |
(3)企業要因 | 自社でコントロールできる要因であり、評価に個々の事情を反映していきます。具体的には、業種・業態及び取引規模、経営戦略や経営計画とそれらの達成状況、経営・営業・技術・研究の特異性などです。 | |
(4)株主要因 | 非上場会社で株式の流動性が低い等の場合には、評価への影響を考慮します。具体的には、株主構成(株主の集中、分散の状況)、株主関係(同族関係、支配株主関係、一定の株主グループの形成状況)、株式の種類と発行状況(普通株式、種類株式)などです。 | |
(5)目的要因 | 評価する目的によって上記(1)~(4)の要因をどのように反映すべきかが決まるため、明確にする必要があります。具体的には、取引目的、裁判目的、その他(処分目的、課税目的、PPA目的等)などです。 なお、PPA(Purchase Price Allocation)は、M&Aの際の会計処理において取得原価を配分することを指します。特に、取得した資産・負債と取得価格との差額を「のれん」やその他の無形資産(ブランド力や技術力など)にどのように配分するかについては、専門家の評価が必要とされます。 | |
マネジメント・リスク | 現時点では明らかになっていないリスクであっても、以下のような可能性を考慮し、将来のBS、PL、キャッシュフローへの影響を検討しなければなりません。 ・ 従業員、役員、株主との紛争 ・ 取引先との紛争や不良債権に関するリスク ・ 過剰人員、過剰投資に関するリスク ・ 公的規制の影響や行政処分に関するリスク ・ 税務リスク |
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企業価値を高めるポイント
企業評価の重要性や評価結果を高めるための考え方を説明ます。
M&Aにおいて企業評価は重要
企業価値評価(株式価値算定)は、M&Aの売り手側、買い手側それぞれに異なる意味合いがあります。
売り手にとっての重要性
M&Aにおける譲渡側のオーナー経営者は、できるだけ高く譲渡したいと考えるものです。もしくは、高過ぎても、安過ぎても良くないため、妥当な価格で譲渡したいと考える経営者も少なくありません。
いずれにせよ、自社株の評価額が、第三者から見ておよそどの程度かを掴んだ上で、M&Aのお相手候補先との交渉を進めないと、不当に安く譲渡してしまうことになりかねません。そのため、一般的なM&Aの譲渡プロセスにおいては、検討の初期段階で、M&A仲介会社に概算の株式価値を算出してもらいます。その評価結果に違和感がなければ、譲渡に向けたお話を進めていくことになります。
買い手にとっての重要性
M&Aにおける譲受側にとっても、譲渡企業(対象会社)の企業価値は、大きな関心事です。M&Aが失敗するケースとは、つまるところ「高値掴み」したケースと殆ど同義だからです。できるだけ安く買いたいとは考えますが、現在のようにM&Aに関する情報や様々な支援機関が存在するなか、不当に買い叩くことは困難です。
なお、買い手が上場会社の場合には、金融機関のみならず、一般株主、証券取引所や監査法人などの利害関係者にも納得してもらえる妥当な価格である必要があります。そのため、一般に、社内でのバリュエーション(M&A仲介会社による価値算定を含む)とは別に、会計事務所やフィナンシャル・アドバイザー等の第三者による企業価値評価のレポートを取得することで、買収価格の妥当性を補完したり、外部への説明資料として利用します。
M&A以外での企業価値評価
M&A以外の場面でも企業価値評価が必要になることがあります。以下に主な場面を紹介します。
自己株式の取得
分散した株式を自社で買い集めるため、株主構成を変更するため、等の事情から、自社で金庫株を購入することがあります。適切な株価でないと主として売主に税務トラブルが生じかねないため、税務上妥当な株価を算定します。
新事業投資の採算計算
新規事業の将来計画を基に事業価値を算定することで、投資に見合ったリターンを得られるか否かの判断に役立ちます。
第三者割当増資
募集株式の発行(第三者割当増資)に際して、妥当なの株式価値を算定する必要があります。
ストックオプション
ストックオプション等の新株予約権を発行する際に、権利行使時の払込価額を決めなければなりません。その権利行使価額は、新株予約権の発行時点の株価を基に決定します。
収益力から考える企業価値向上
基本的な考えとして、収益力が高いほど企業価値は高くなります。シンプルで当たり前なことですが、非常に重要です。中小企業では私費の計上や税金対策によって実態より利益を下げている会社が多いです。正常収益力を求める際に控除すべき費用を確認していきますが、やはりシンプルに利益を出している会社の方が企業価値を高く評価されるケースが多いです。
利益を出すことで純資産が積みあがるというのもありますが、譲受企業が検討する際に正常収益力の算出に修正が多いと実現性に不安が残り、投資するうえでの懸念材料になります。譲渡・譲受企業双方が納得して企業価値を高める方法という観点では、実態のまましっかりと利益を出すことも重要といえるでしょう。
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資産・負債から考える企業価値向上
純資産法では純資産が大きい会社ほど企業価値が高くなります。そのためには会社に資産を残していくということが重要になります。実務においては、ゴルフ場やリゾートホテルの会員権の評価損を計上することが多くあります。基本的にこのような会員権は購入時より、売却価格が下回ったり、売却に制限が付いたりと資産性に乏しいケースが多いです。そのため、M&A時の企業価値の向上という観点では、売却時を想定して購入されるのが望ましいです。
また、事業と無関係の収益不動産や私用の高級車はM&A時に切り離しや買い取る必要がありますので、直近でM&Aをお考えの際は慎重にご購入をご検討ください。企業経営に必要な資産のみ購入し、しっかりと利益を出して内部留保を増やすことが企業価値の向上につながります。将来的なM&Aを見据える場合には、シンプルな決算書を心掛けることが重要でしょう。
企業価値評価(バリュエーション)のまとめ
本記事では、中小企業における実務的な企業評価について説明してきました。未上場企業は上場企業と違い企業価値の認識が難しいです。そのため、評価手法やポイントをしっかりと押さえ、現在の企業価値を認識し価値向上につながる経営を行うことが重要です。現在は、WEB上で企業価値を評価するサービスや専門家が提供する無料診断もありますので、一度そのようなサービスを活用することもおすすめです。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として無料で企業価値算定を行っております。社内にはM&Aに精通した公認会計士・税理士が多数在籍し、中小企業のM&Aを専門的にサポートしております。また、スタートアップ企業から上場企業まで豊富な支援実績をもつM&Aアドバイザーが在籍しており、公認会計士・税理士と連携した複合的な提案が可能です。 M&Aをご検討の際は、みつきコンサルティングにぜひご相談ください。
著者
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ヘルスケア分野に関わる経営支援会社を経て、みつきコンサルティングでは事業計画の策定、モニタリング支援事業に従事。運営するファンドでは、投資先の経営戦略の策定、組織改革等をハンズオンにて担当。東南アジアなど海外での業務経験から、クロスボーダー案件に関しても知見を有する。
監修:みつき税理士法人
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