ノンネーム(シート)とは、M&Aの譲渡企業について、企業名を伏せつつ、概要をまとめた資料です。本記事では、ノンネームが果たす役割や必要となる理由、記載内容、作成時に押さえておきたい注意点について解説します。M&Aの交渉にお役立てください。
ノンネームシートとは
ノンネームシートとは、M&Aの初期段階で、社名を伏せた状態で譲渡企業の概要を譲受候補企業へ伝えるために使われる資料です。単に「ノンネーム」と読んだり、「ティーザー」と言うこともあります。譲渡企業を特定されない範囲で、事業内容や財務情報、譲渡を希望する理由などの基本情報をまとめることで、譲受候補企業の初期的な関心の有無を確かめることを目的としています。
もともとM&Aの交渉では、秘密保持契約(NDA)を締結する前に企業の詳細情報を伝えすぎると、譲渡検討の事実が外部に漏洩するリスクが高まります。そこで、社名を伏せたまま必要最低限の情報を提供するための手段がノンネームシートです。
必要な理由
ノンネームシートが必要な一番の理由は「企業情報の秘匿性を保ちながら、譲受候補企業に検討のきっかけを与える」ためです。譲渡企業が自社名を明かさずにM&Aの打診を行うことは、情報の流出を防ぐうえで非常に重要になります。
一方で、譲受候補企業はノンネームシートを見て、「この会社はどんな業種で、どれほどの規模なのか」「自社の成長戦略に合致する特徴を持っているのか」などを初期段階で判断する材料を得ます。もし情報を伏せすぎてしまうと、譲受候補企業は会社のイメージを掴みにくく、交渉に進む意欲を失いやすくなるでしょう。
こうした「情報開示と秘匿性のバランス」を取る上で、ノンネームシートは非常に大きな役割を果たします。M&A仲介会社などのアドバイザーが、譲渡オーナーの意向や譲渡企業の魅力が適切に伝わるよう配慮しながら作成するため、「企業特定を防ぐ」だけでなく、「譲渡企業の魅力をできるだけ効果的に伝える」工夫が施されることが一般的です。
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ノンネームシート提出のタイミング
ノンネームシートは、主にM&A交渉の初期段階で利用されます。具体的には、譲渡オーナーがM&A仲介会社を通じて譲受候補企業に打診を始めるタイミングです。下記のような流れの中で、交渉段階の最初に提示されるケースが多く見られます。
1.準備フェーズ
M&A仲介会社が、譲渡企業の企業価値評価を進めながらノンネームシートを作成。譲渡を検討する理由や会社の特徴をまとめる。
2.交渉フェーズ(初期段階)
譲受候補企業と秘密保持契約を結んでいない段階で、譲受候補企業に「社名を伏せたまま」の情報を示し、興味を持ってもらえるかを探る。興味を持った場合、秘密保持契約(NDA)を結ぶ。
その後の流れ
ノンネームシートを経て、譲受企業が「もっと詳しい情報を知りたい」と思えば、秘密保持契約(NDA)が締結されます。この契約後には、譲渡企業の社名や細かな財務データ、具体的な事業計画など、より詳細な情報を開示することになります。ここで譲受企業はデューデリジェンス(DD)を実施したり、将来的なシナジーを見積もったりしながら、譲渡企業との契約条件のすり合わせに進みます。
ただし、M&Aの進め方や時期、交渉内容は依頼する仲介会社や当事者間の意向によって変わります。ノンネームシートの作成方法や使用タイミングにも多少の違いがあり、すべてがひとつの形に当てはまるわけではありません。疑問があれば、既に依頼している仲介会社や、これから依頼を検討する会社に相談してみるのが最善です。
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ノンネームシートの記載項目
ノンネームシートに厳密なフォーマットはありませんが、一般的には次のような項目が多く含まれます。
- 会社の事業内容・業務領域
- おおまかな所在地(地域名)
- 従業員数
- 売上高や営業利益、EBITDAなどの財務状況
- 譲渡企業の強みや特徴(市場でのポジション、成長余地など)
- なぜ譲渡を検討しているかという背景や目的
このように、譲渡企業の概要や魅力、譲渡の背景を簡潔にまとめ、かつ社名が推測されにくい程度に情報を伏せる工夫を凝らします。例えば、ニッチすぎる商品名や設立日などを微妙にぼかす、あるいは正確な数値の代わりに範囲を示す場合もあります。
情報開示と秘匿性のバランス
ノンネームシートは、譲渡企業の情報を具体的に提示しつつ、社名や固有名詞を秘匿するという両立しにくい要素をカバーする必要があります。たとえば、製品があまりに特殊な場合、それをそのまま書けば企業名が分かってしまうリスクが高まります。逆に曖昧すぎる情報では、譲受企業の興味を引けません。
そこで、実際のノンネームシートでは次のような工夫が凝らされます。
- 商品・サービスをジャンルや機能面で広めに説明し、特定を避ける
- 地域の表現を「関東地方」「西日本」など大まかに記す
- 従業員数や売上高は数値の上下幅で記載し、正確な数値を伏せる
このように、秘匿性と魅力を両立するための記載方法を工夫することで、譲渡企業名を明らかにせずとも、譲受候補企業が「この会社なら検討してみたい」と思える情報を得られるようにするわけです。
譲受企業にとっての意義
譲受候補企業の立場からすると、秘密保持契約を結ぶ前に詳細な情報を得られないのはやむを得ませんが、ノンネームシートを通じて「その会社を承継すれば、どういうシナジーが期待できるか」をぼんやりとでもイメージすることができます。
ここで関心を持ってもらえれば、次のステップとして秘密保持契約の締結を行い、譲渡企業の社名やより詳細な財務データを開示して、さらに具体的な検討に入っていくという流れになるため、ノンネームシートは譲受候補企業に対する“第一印象”を左右する存在だといえます。
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譲渡価格の記載
ノンネームシートは譲渡企業をアピールする資料ですが、初期段階で詳しい価格情報を記載することは少ないです。理由としては、詳細な情報を開示してしまうと、譲渡企業の希望条件や内部事情が外部に漏れやすくなり、企業特定につながるリスクが高まるためです。また、初期の段階で価格を提示しすぎると、後の柔軟な交渉に影響を及ぼす可能性もあります。このような傾向は、大型案件の場合に顕著です。
ただし、場合によっては「大まかな譲渡金額の目安」や「譲渡希望額のレンジ」を示すケースもあります。これは、譲受企業が初期検討を進めるうえで、おおよその投資金額をイメージしやすくするためです。とはいえ、基本的にはNDA締結後に双方が詳しい財務資料を精査し、企業の価値をより正確に把握したうえで、具体的な価格交渉へと移行します。
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情報の正確性と信頼関係
ノンネームシートに掲載される情報は「あくまで初期情報」であり、最終的にすべてが正確な数値や事実を反映しているとは限りません。企業名を伏せたうえで情報を簡素化している以上、後の詳細開示やデューデリジェンスの段階で、多少の相違点が出てくることはあり得ます。
重要なのは、意図的に誤解を与えるような虚偽情報を載せないことや、隠してはならない重大な事実を覆い隠さないことです。万が一、ノンネームシートと実際の情報に大きな食い違いがあれば、譲受企業からの信頼を損ない、交渉が白紙に戻る可能性もあります。M&Aは当事者同士の信頼関係がなければ成立し難い取引です。初期段階で提供する情報が誇大表現や虚偽を含む場合、後々の交渉過程に悪影響を及ぼすため、M&A仲介会社も注意深く情報を精査します。
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ノンネームシートの見本(テンプレート)
ひな型は、M&A仲介会社によって異なりますが、例えば以下のようなテンプレートが見られます。
ノンネームシートの注意点
ノンネームシートを作成するうえで、譲渡オーナーとM&A仲介会社が特に意識すべきポイントを整理します。
記載情報の明確化
どの程度まで情報を明かすかを、事前に慎重に検討します。完全に伏せすぎると魅力が伝わりづらくなる一方、詳細を示しすぎれば企業名が特定される可能性が高まるからです。
読み手目線を忘れない
ノンネームシートを見るのは譲受候補企業です。相手が知りたい情報や関心を持ちそうなポイントを想定し、その要点を分かりやすくまとめることが大事です。
ビジネスモデルや強みを明快に
M&Aで譲受を検討する企業は、事業拡大や新規参入などの目的を持っています。「どんな事業領域で、何が強みとなるのか」を明確に示すことで、譲受候補企業は自社とのシナジーをイメージしやすくなります。
企業価値を損なわない情報開示
詳しい技術名や特殊なノウハウを伏せたい場合は、どのような点で市場競争力を得ているのかを別の言葉で説明します。いきなり社名が推測されないように、客観的なデータや定量情報を使いつつ、特定に結びつく要素には細心の注意を払うとよいでしょう。
誤解を避ける表現
数値や説明内容に過剰な誇張をしないように注意します。情報量が不十分だったり、無理に魅力を出そうとして誤解を招く表現があったりすると、譲受企業の興味を引き出せず、交渉が打ち切られてしまうリスクが高くなります。この初動が失敗すると、次のステップである秘密保持契約や詳細な企業価値評価へ進む扉が閉じてしまう可能性もあるため、注意が必要です。
M&A仲介会社との連携
作成や見直しの段階で、譲渡企業側が一方的に情報を出すだけではなく、M&A仲介会社の視点からも「企業特定のリスク」や「魅力を的確に表現できているか」をしっかりチェックすることが大切です。
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ノンネームシートのまとめ
M&Aの初期段階で重要となるノンネームシートは、譲渡企業の基本情報や魅力を社名非公開で伝える資料です。交渉を成功させるためには、企業名が特定されないように配慮しつつも、譲受企業が「ぜひ詳細を知りたい」と感じるだけの内容を盛り込む必要があります。作成の段階では、情報の正確性と秘匿性のバランスが大切で、譲受企業との間に信頼関係を築く第一歩にもなるでしょう。
当社は、みつき税理士法人グループのM&A仲介会社として15年以上の業歴があり、中小企業M&Aに特化した実績経験が豊富なM&Aアドバイザー・公認会計士・税理士が多く在籍しております。M&Aをご検討の際は、みつきコンサルティングにご相談ください。
著者

- 事業法人第一部長
-
みずほ銀行にて大手企業から中小企業まで様々なファイナンスを支援。みつきコンサルティングでは、各種メーカーやアパレル企業等の事業計画立案・実行支援に従事。現在は、IT・テクノロジー・人材業界を中心に経営課題を解決。
監修:みつき税理士法人
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