M&Aで事業を売却すると、その後の役員の待遇にどのような影響があるでしょうか。本記事では、M&Aによる事業承継を検討している経営者に向けて、M&Aの手法による待遇の違い、役員給与や役員借入金への影響を解説します。
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M&Aした後の役員への影響
企業と役員は委任契約による委任関係にあります。役員が地位を失う理由は、自主的な辞任以外にも、任期満了による退任や株主総会決議による解任などがあげられます。M&Aの交渉においては、譲渡側が役員の留任も条件にする場合が多いです。ただし、役員の存続については、慎重な協議が行われます。役員の処遇には複数の要素が関係するため、M&A後の待遇は状況によって大きく異なる可能性があります。
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以下では、具体的な影響について、常勤役員と非常勤役員に分けて解説します。
常勤役員の場合
M&A後の常勤役員の待遇は、本人の知見や譲受側の状況などによって決まります。常勤役員が企業の社風や経営をよく理解しており、譲渡後の組織の運営にとって必要だと認められれば、常勤役員としての地位と待遇が継続する可能性があります。ただし、譲受側の状況によっては、M&Aに伴って退任に至るケースもあるでしょう。
非常勤役員の場合
非常勤役員は、M&A後に辞任するパターンがほとんどです。非常勤役員は社長の親族が務めている場合や、名義が使われているだけの場合が多いからです。M&Aによる影響は、このように常勤役員と非常勤役員で大きく異なるため注意しましょう。
オーナー経営者の場合
売主(オーナー経営者)の場合は、一般の役員とは異なります。M&A後、当面の間は常勤または非常勤の役員として続投することもあれば、短期間での引継後に勇退することもあります。M&A後に、売主の存在が社内外でどの位必要か、譲受企業から売主に代わる人材を用意できるか・育成できるか、肝心の売主の続投意思はどうか、など様々な要因によって決まります。
なお、最終契約のなかで、M&A 後の業績連動など一定の条件に応じて追加的な譲渡対価を売主が受領する旨が定められることがあります(アーンアウト条項)。そのような場合には、一般に売主はM&A後も続投することが多いです。
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従業員は雇用・待遇が維持される
従業員は企業と雇用契約を結んでおり、具体的な待遇が就業規則によって定められています。M&Aの交渉においては、譲渡側が従業員の雇用継続や労働条件の維持を条件にあげるケースが多いです。
日本では、そもそも労働基準法によって労働者が守られており、企業の都合による安易なリストラはできません。よって、M&A後も、従業員の雇用や待遇は変化しない場合がほとんどです。
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役員報酬と役員退職慰労金への影響
M&Aは、役員の報酬や役員退職慰労金にも影響します。M&Aの手段ごとの影響を見ていきましょう。
株式譲渡の場合
株式譲渡が行われると、企業の経営権は譲渡オーナーから譲受企業へ移ります。そのため、M&A後も残留する役員に支払う役員報酬や将来の役員退職慰労金については、譲受側が決定します。とはいえ、譲渡オーナーの意向はある程度は反映されます。
役員報酬への影響
M&A後も役員のポジションが維持される場合は少なくありません。そのため、同業種・同規模の他社と比べて過大な金額設定あった場合は別として、一般的には、当分の間、役員報酬の水準は維持されます。当然ながら、長期的には譲受企業から力量を認められなければなりませんが、これはM&Aをしなかったとしても同じでしょう。
役員退職金への影響
譲渡企業において役員退職慰労金の制度がある場合には、譲受企業とのバランスを考えることになります。具体的には、譲受企業では役員退職金制度がない、あっても金額水準が低いときは、譲渡側の現行制度を維持すべきかどうか、M&Aの成約前に協議することになります。既存制度を廃止または金額を引き下げる一方で、役員報酬を増額する、譲受企業のストックプションを付与するなど、様々な調整が図られます。
なお、M&Aを機に勇退する譲渡オーナーに対しては、譲渡対価とともに役員退職慰労金を支払う必要があるため、両者をセットで考えることになります。実務上は、役員退職金がないと仮定した株式価値総額から(税務メリット等を考慮して設定される)役員退職金を控除した金額を、株式の譲渡価格とするケースが多いです。詳しくは以下で説明します。
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株式譲渡では役員退職慰労金を使って節税が可能
株式譲渡を行う場合、役員退職慰労金による節税も可能です。譲渡側・譲受側のメリットをそれぞれ解説します。
譲渡オーナーのメリット
株式譲渡益に対する税率は一律であるのに対し、退職金にかかる税率は累進課税となっています。そのため、譲渡対価の金額によっては、全額を退職金として受け取ったほうが手取り額を増やせる可能性があります。株式譲渡益に対する税率と退職金にかかる税率を比較して計算し、手取り額が最大になるラインを見極めましょう。
また、役員退職慰労金が多いほど株式の価値が減るため、譲渡対価も下げられます。ただし、役員が株主になっている場合は、受け取れる総額は変わりません。
譲受企業のメリット
役員退職慰労金は譲渡側が支出するため、譲受側にとっては資金の節約につながります。譲渡側が支払う退職金の原資は譲渡側が保有する資産であり、譲受側は譲渡対価の一部を役員退職慰労金にすれば買収資金を節約可能です。また、一部の退職金は損金算入が可能であり、その年度または翌年度以降に退職金を損金算入でき、課税所得と相殺できます。
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事業譲渡の場合
事業譲渡では、譲渡された事業を運営する権利のみが譲受側に移ります。一部の事業のみを譲渡する場合、経営権は移りません。よって、役員報酬や役員退職慰労金にも影響はなく、それまでと同様の水準が維持されます。
ただし、事業譲渡に伴って譲受側の役員に就任するケースにおいては、譲受側のオーナーや株主の判断によって役員報酬や役員退職慰労金が決定されます。
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役員借入金への影響
M&Aを検討する際、多くの中小企業オーナーが気にかけるのが役員借入金の扱いです。役員借入金とは、会社が金融機関ではなく役員(通常はオーナー経営者)から借りているお金のことを指します。M&Aによって経営権が移転する際、この借入金がどのように扱われるかは重要な問題となります。
株式譲渡と事業譲渡での違い
M&Aの手法によって、役員借入金の扱いは大きく異なります。
株式譲渡の場合、何もしないと、役員と会社間の金銭貸借契約は自動的に譲受企業に引き継がれます。したがって、譲受企業が役員借入金を引き継ぐことになるため、役員としてはM&A後に返済してもらう必要があります。
一方、事業譲渡の場合、役員借入金が自動的に引き継がれることはありません。
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役員にとっての選択肢
役員借入金の回収に関して、譲渡側役員には主に4つの選択肢があります。
- 株式譲渡後に譲受企業(厳密には譲渡対象会社)から返済してもらう
- あらかじめ役員借入金を返済した上で会社や事業を譲渡する
- 事業譲渡のスキームで会社が得た資金から回収する
- 役員借入金を放棄した上で株式譲渡を行う
各選択肢にはメリットとデメリットがあります。例えば、株式譲渡後に譲受側から返済してもらう方法は一般的ですが、自社の財務内容が悪い場合には、譲受側との(株式譲渡価格や役員退職金を含めた)総合的な協議が必要になります。また、役員借入金を放棄する方法は、譲渡企業の純資産を増やしますが、会社側で債務免除益が発生し、法人課税が生じないか、確認が必要になります。
最適な選択のためには…
貸し手役員にとって最適な選択肢は、個々の状況によって異なります。企業の財務状況、譲受側の意向、税務上の影響など、様々な要因を考慮する必要があります。両者が納得できて、オーナー経営者の最終的な手取額を最大化するためには、事業譲渡の活用や役員借入金の放棄などを含めた、複合的なスキームを比較検討することが重要です。
このような場合には、税務や法務に強いM&Aの専門家に相談し、各スキームのシミュレーションを行うことで、最適な方法を見出すことができるでしょう。役員借入金の扱いは、M&Aの成否や譲渡価格に大きな影響を与える可能性があるため、慎重に検討することが求められます。
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M&Aをスムーズに進める際の注意点
M&Aを進めるうえでは、気をつけたいこともあります。ここでは、具体的な注意点を解説します。
処遇について基本合意契約書に記載する
M&A後の役員の処遇については、交渉の段階で明確にしましょう。各役員の強みや譲渡側の状況を考慮したうえで、最善の処遇を実現できるよう交渉する必要があります。
交渉によって合意した内容は、基本合意書に記載してください。基本合意書とは、M&Aの実施前に譲渡側と譲受側が交渉により合意した内容をまとめる書類のことです。口約束では後からすれ違いが生じる可能性があるため、必ず基本合意書を作成する必要があります。
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役員には基本合意以降のタイミングで伝える
M&A後の処遇を役員に伝える時期は、基本合意(または意向表明の受理)以降にしましょう。基本合意後は、譲受側による役員へのインタビューの有無等によりケースバイケースにはなりますが、早いケースではデューデリジェンス前に、遅いケースでは成約・クロージングの前後に、M&A後の処遇を役員へ伝えます。
M&A後の処遇を知ると役員のモチベーションが低下する恐れがあるため、早い段階での告知は避けたほうが無難です。処遇について伝えるタイミングは、M&Aを実行する可能性が高まった基本合意以降がベストだといえるでしょう。
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M&A後の役員のまとめ
M&Aを実施すれば、役員の地位や待遇が大きく変化する可能性もあります。ただし、状況によって変化の度合いや内容は異なるため、丁寧かつ慎重な交渉が重要になります。
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著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修:みつき税理士法人
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