少子化が進む「塾・予備校のM&A」の動向・戦略と成約事例

本コラムでは、学習塾や予備校等の業界情報や外部環境、M&A動向などを解説します。また、実際に行われた学習塾のM&A事例も併せて解説します。 

塾・予備校等の業界情報 

塾や予備校等の業界を概観します。

業界定義 

学習塾・各種学校の業界とは、塾、予備校、幼稚園、小学校、高等学校、語学スクール、資格スクールなどが含まれます。広義には、社員研修を行う機関なども含まれます。デジタル化やコロナ禍の影響で、学習塾・各種学校業界のオンライン化が加速しています。 

その結果サービス提供の幅が広がり、いろいろな業界が学習塾・各種学校に参入しています。既存の学習塾・各種学校だけでなく、たとえば別業界が何らかの教育カリキュラムを提供した場合、学習塾・各種学校業界の一端に含まれるとも言えます。 

業界特性 

学習塾・各種学校業界は、公共の機関と民間企業が混ざっているという特徴があります。その点が他の業界と異なります。業界全体の流れとしては、民間との競争が強まり、結果的に民間寄りになっています。 

学校に関しては校舎の数は安定していますが、近年減少傾向にあります。たとえば以下は高校の数の推移です。 

高校の数の推移

高校の数はやや右肩下がりになっていることがわかります。これは少子化による影響と考えられます。今後より少子化が進めば、学校の数はより減少していくでしょう。またオンライン化が進めば、学校に集まっての授業が減り、また教員の数も必要なくなります。少子化とオンライン化両方の影響により、学校の数は減っていくと考えられます。 

業界課題 

学習塾・各種学校業界には複数の課題があります。 

少子化 

学習塾・各種学校業界は少子化の影響を受けやすい業界です。大人向けのサービスもありますが、多くのサービスは未成年を対象にしたものだからです。労働者が不足するだけでなく、消費者も不足するということです。 

特に民間は厳しい状況ですが、学校などの公共の教育機関に関しては教員数の削減などで対応できています。学校よりも、学習塾などは今後状況が厳しくなるでしょう。例外として、私立の学校は税金で運営されているわけではないので収支が厳しくなっています。 

オンライン化 

学習塾・各種学校業界はオンライン化が進んでいます。学校でも一人一台タブレットを配布しているところもあり、学習塾や大人向けのスクールでは完全オンライン化しているものも多いです。今後はよりオンライン化が進んでいくでしょう。 

逆に言えば、オンライン化がうまく進まないと苦境に立たされる可能性が高いということです。またオンライン配信できるということは、サービスの数は少なくて良いということです。 

たとえば動画コンテンツを配信すれば、物理的な場所の制約や時間の制約を受けません。優良なサービスが市場を独占しやすくなるため、たとえば地域密着でサービス提供していたような学習塾・各種学校の立場が厳しくなります。 

塾・予備校等の外部環境 

塾や予備校の外部環境を見ていきます。

市場規模   

学習塾・各種学校業界全体で見れば、世間が想像しているよりは安定的に推移しています。上でご紹介したように少子化の影響によって子供向けの教育機関は減少しているのですが、その分大人向けの新たなサービスも出てきています。結果的に学習塾・各種学校業界全体として見れば、市場規模は安定しています。 

学習塾・各種学校業界の市場規模推移
教育産業市場の市場規模推移

コロナ禍で一時的に市場規模が落ち込んだものの、回復してきています。特にオンライン市場が活性化していて、いろいろな企業がサービス提供しています。そして物理的、時間的制約のないオンラインサービスは競争が激化する傾向があります。 

また、現状の少子化社会による競争激化に勝ち抜くため、多様なニーズに応え授業内容を充実させ、保護者や生徒から高い評価を受けている事業者が増えています。そのため、学習塾における市場規模は、少子高齢化社会の中で直近では大きな縮小傾向にはなく、今後30年間では緩やかに減少していくと見られています。

「学習塾・予備校市場規模推移」出典:矢野経済研究所「教育産業市場に関する調査」

参考:  https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/2783

競合業態 

学習塾、予備校、未成年向けの学校などは競合が少ない業界です。一方で、大人向けの学習サービスなどは競争が激しいです。オンラインが主流になってから多くの企業が自由に学習サービスを配信できるようになっているからです。 

具体的にイメージしやすいサービスとしては、プログラミングスクールなどが挙げられるでしょう。開発をメインにしているIT企業が、プログラミングノウハウを活かしてプログラミングスクールサービスを始める事例もあります。 

今後他の業界でも教育サービスに力を入れていく可能性が高く、そこから派生して既存の教育業界も競争に巻き込まれる可能性があるでしょう。

学習塾業界のM&A動向 

M&Aとは、企業の合併と買収(Merger(合併)and Acquisitions(買収))の略で、譲受企業が成長や経営効率化を目的に、他の企業と経営統合したり、株式を取得し子会社化したりすることです。

学習塾業界におけるM&Aの目的とは?

学習塾業界では、M&A(企業の合併や買収)が活発に行われており、参加プレーヤーが注目を集めています。学習塾M&Aは、譲受企業の事業を拡大し、教室展開を促進する有効な手段であり、多くの学習塾運営企業がM&Aを利用しています。

学習塾間での競争が激しくなる中で、大手予備校や個別指導塾が積極的に小規模塾のM&Aを進めることで、譲受企業は、質の高いサービス提供、優秀な講師の採用や生徒獲得が可能になり規模の拡大を図っています。

好調な学習塾M&A市場の背後にある要因

学習塾M&A市場が活況である背景には、いくつかの要因があります。

ひとつめとして、少子化による生徒数の減少が将来にわたって進む中、体力のない企業が大手企業グループの傘下に入ることで生き残りを図っています。

ふたつめとして、参入障壁の低い業界であり新規参入も多く、競争が激化しているため、優秀な講師の採用、生徒獲得や事業拡大目的に、大手企業積極的にM&Aを活用し、地域密着型の個別指導塾をグループに迎え入れる事例が増えています。

また、グループ全体の教育の質・効果を向上させるために、大手教育会社が独自の教材やプログラムを開発し、それらをグループに迎え入れた塾に提供することも活発に行われています。

大手予備校と個別指導塾のM&A戦略

本項では、大手予備校と個別指導塾を運営する企業におけるM&A戦略を解説します。

大手予備校と個別指導塾では、の異なったM&A戦略を持っています。一方で、地域や学校のニーズに合わせた教育サービスを展開し、受験生や保護者からの信頼を獲得することが重要な点であることは共通です。また、譲渡企業の教育ビジョンや教育方針を理解し、双方の強みを活かすことが求められることも共通です。

買収によって事業規模を拡大し、生徒数を増やすだけでなく、教育内容の充実や指導力の向上を図ることが大切であり、オンライン教育やICTを活用した教育環境の整備にも力を入れることで、より多くの生徒が質の高い教育サービスを受けられるようになると考えられます。

大手予備校のM&A戦略とは

大手予備校がM&Aの対象としているのは、地域で高い教育実績を誇る塾や、独自の指導方法で生徒の学力向上に寄与している教室が中心となります。また、中学生や高校生を対象にした進学塾や、小学生を対象にした算数・英語を中心とした専門塾など、幅広い教育分野で活躍している学習塾が対象です。これらの塾は、指導力の獲得や社会的な信頼性が重要視されるため、大手予備校が積極的にM&Aを進める要因となっています。

個別指導塾のM&A戦略とは

個別指導塾のM&A戦略は、地域密着型事業の拡大にあります。地域密着型事業を拡大することで、地域特有の教育ニーズに応じた柔軟な対応や地域の教育事情に合わせたサービス提供が可能となります。その結果、大手予備校のブランド力に負けない競争力を獲得することを目的としています。個別指導塾のM&Aは、既存の教室や講師陣を活用することで、効率的かつスピーディーに事業を拡大することが期待されます。

学習塾M&Aを成功させるポイント

学習塾M&Aを成功させるポイントは、以下の通りです。

譲渡企業のポイント

まず、譲渡対象の塾の経営状況や強みをしっかり把握してください。これが一番重要なポイントであり、譲受側に高く評価されるためには必須の条件です。

また、隠したいことや課題があったとして正直に譲受側に伝えるのも必要なポイントです。どんなに隠したとしても、M&Aが進行してくといずれ露見してしまいます。M&Aは信頼関係で成り立っており、隠ぺい行為はその信頼関係を一気に崩してしまいます。

譲受企業のポイント

M&A後のPMI(事業の統合プロセス)や事業の継続性担保するための計画を事前にしっかりプランニングすることが大切です。

また、譲渡企業の従業員に対し不安感を払しょくするためにサポート体制を整えることも重要です。

教育の質を維持・向上させることができるのか?

教育の質を維持・向上させられるかどうかは学習塾M&Aにおいて極めて重要なポイントです。M&A後に、譲渡企業の講師陣のスキルアップや資質の向上をサポートすることで、生徒の学力向上や進学実績の充実を図ることができます。また、教材やシステムの共有や整備により、効率的な指導が可能となります。さらに、オンライン教育の活用やICT技術の導入により、より多くの生徒に質の高い教育サービスを提供することが期待されます。

PMI(統合プロセス)

M&A後に行われる事業の統合作業において、まずグループ間で重複している機能がないかを確認し、その整理を行うことで事業の効率化を目指すことは多く行われます。それにより、今後の事業展開やグループ全体で見た場合の業務効率の向上が見込まれます。

また、譲渡企業の従業員の育成やマネジメントスキルの向上も重要なポイントであり、PMI実施の際の重要な論点となります。

買収後の収益力向上の取り組みとして、PMIに則り事業シナジーを創出させコスト削減を実現することで、グループ全体の収益力向上が期待できます。

M&Aにおけるリスクと対策

M&Aにも当然リスクは存在します。最も重要なものは、M&Aの実施が目的となってしまい、肝心の事業の統合が失敗してしまうことです。これを防ぐためには、適切なデューデリジェンス(買収監査・企業調査)が必要となります。また、事前に買収後の経営戦略の策定や、適切な組織変革のプランを準備しておくこと重要です。これらの対策を行うことで、M&Aによるリスクを最小限に抑えることが可能となります。

譲渡価格の適正化

どんなにシナジーがある事業であっても、譲渡価格が相場に比べて高すぎれば譲受企業の今後の経営にダメージを与えてしまいます。

そういったリスクを回避するためには適切な企業価値評価が重要となります。企業価値評価には、様々な手法がありますが相場や業界動向にも留意しながら、適正な価格でのM&Aが行われることが求められます。当然、専門家のアドバイスが重要なのは言うまでもありません。

法務・税務デューデリジェンス

法務・税務などのリスク対策は、しっかりデューデリジェンス(買収監査・企業調査)を行うことは重要です。デューデリジェンスは法務、税務、会計、ビジネス、ITなど各分野で行うことがあり、譲渡側と譲受側が協議のうえ、範囲を決定します。

以下に、法務、税務デューデリジェンスのポイントを記載します。

法務デューデリジェンス

・適正な契約書類が作成されているか

譲渡企業が事業を行う中で締結している契約書の有効性のチェック

・法令等に対する違反はないか

事業において様々な法令上の規制がある場合があります。気づかずそういった規制を破ってしまっている企業は少なくないため、適法に事業を行っているチェックします

・残業代の支払いなど、雇用関係において違法性はないか

未払残業が発生している中小企業は多くあります。また、法律で定められた書類を完備できていない企業も多くあります。そういった不備をチェックして、M&A後に直すべき点を事前に洗い出す必要があります。

税務デューデリジェンス

・適切に納税されているか

事業においても、M&A後においても納税が発生します。適切な納税を行わないと、M&A後に過大な追徴課税のリスクがあるため、不備の有無をチェックします。

・会計処理に間違いがないか

中小企業において、中々人員が確保できず、経理業務が疎かになっている企業が多く存在します。会計処理に誤りがあると、M&A後に思わぬ負担が発生するリスクがありますので、しっかりチェックすることは必要です。

学習塾M&Aの今後の展望

学習塾業界は競争が激しく、M&Aが盛んに行われています。今後の展望として、大手企業がさらなる事業拡大を図る一方で、中小企業も、教育の質を高めるだけではなく、受験対策や進学後のサポートにも力を入れることが求められ、独自の強みを活かして生き残り図っていくことになるでしょう。

オンライン教育市場の拡大

オンライン教育市場の拡大に伴い、学習塾業界も変化を余儀なくされています。遠隔地の生徒や時間が限られた中学生・高校生に対しても、質の高い授業を提供できるようになったことで、教室を持たないオンライン専門の塾も増えています。大手学習塾とのM&Aを通じて、オンライン教育サービスの拡充や質の向上が図られることから、通っている生徒の選択肢が広がります。

地域密着型学習塾の展開

地域密着型の学習塾の強みは地域の教育ニーズに寄り添ったサービスを展開できる点にあります。きめ細やかな教育の質や生徒一人ひとりへの対応力が強みである中小の学習塾は、自身が不得意とするオンラインサービスや独自カリキュラム作成などにおいて、大手企業との協業が求められる場面が増加することは想定されます。M&Aを通じて、小学生から高校生まで幅広い層に対応したカリキュラムの提供や、地域に根ざした進学サポートができる体制が整備されるようになる可能性が高いでしょう。

学習塾業界のM&A事例

。学習塾業界におけるM&Aは、大手教育会社が生徒に対する教育サービスの質の向上や効果的なサポートを充実させることを目的に、地域密着型の個別指導塾を譲り受ける事例がよくあります。

また、譲渡企業が運営する塾は、経営や運営面でのサポートを受けることができる、生徒数の増加や運営効率の改善につながります。さらに、M&Aを通じて新しい教材や教室環境が整備されることが多くあるため、地域における更なる教育水準の向上が期待できます。  

増進会ホールディングスが栄光HDをTOBによって買収 

増進会ホールディングスはZ会を手掛けていることで有名な企業です。栄光HDは学習塾の栄光ゼミナールを手掛けていることで有名な企業です。このM&Aの目的は、生徒の囲い込みによる収益アップです。また別のノウハウを持っているため、ノウハウのシナジー効果を狙ったという面もあります。 

増進会ホールディングスは大学受験に強みを持っていますが、栄光HDは小中学生の指導に強みを持っています。M&Aによって、対象とする年齢層の幅が広がりました。 

早稲田アカデミーは米SHINKENSHA U.S.A. INCORPORATEDを買収 

早稲田アカデミーは進学塾を展開している企業です。特に首都圏を中心に、難関中学・高校・大学への高い合格率を誇っています。SHINKENSHA U.S.A. INCORPORATEDは、ニューヨーク在住の日本人に向けて進学指導を行う学習塾を経営しています。難関校への合格実績が豊富です。 

このM&Aの目的は、事業の海外進出です。海外直営で人材採用や運営ができるので、利益獲得の機会が増えます。 

河合塾がキョーイクHDをグループ化 

河合塾は予備校での大学受験対策を中心に、いろいろな教育サービスを展開している企業です。キョーイクHDは、愛知県名古屋市の医療専門予備校メディカルラボを展開している企業です。愛知県名古屋市だけでなく、全国に27か所拠点があります。 

M&Aの目的は、教育サービスの強化です。河合塾の大学受験のノウハウと、キョーイクHDの医療専門の教育ノウハウを組み合わせることで、特に医学部受験のノウハウ獲得を狙っています。M&Aが実施されたのは2020年12月25日です。 

明光義塾がケイ・エム・ジーコーポレーションを買収 

明光義塾は個別指導塾や、子供向けのサッカースクール、日本語学校などを運営している企業です。ケイ・エム・ジーコーポレーションは、明光義塾チェーンを運営するフランチャイズの一つです。 

M&Aの目的は、明光義塾の競争力強化、企業価値向上です。M&Aが実施されたのは、2018年12月11日です。 

塾・予備校のM&Aのまとめ

学習塾業界において、オンライン教育市場の拡大を背景に、M&Aを実行することで多様なサービスを提供し、生徒の利便性が向上します。また、地域密着型の学習塾がM&Aを通じて教育の質を高め、多様なニーズに応えられる体制を整えることもM&Aの大きなメリットとなります。これらを通じて、中小学習塾は競争から生き残り、大手学習塾もサービスの幅を広げることで、成績向上や進学サポートに貢献していくことが期待されます。

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著者

西尾崇
西尾崇事業法人第三部長
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人

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