M&Aには様々な種類・手法があり、それぞれに異なる会計処理が存在します。それらの詳細は専門書に譲りますが、本記事では、M&Aを検討している中小企業の経営者に向けて、M&Aに関係する会計の種類や手法別の会計処理の概要、「のれん」の扱いなどについて解説します。
M&Aにおける会計
譲渡企業(対象会社)の企業価値評価や財務分析の際には、会計の知識が必要となります。会計処理が正しくなければ、M&A後の経営方針や業績見通しにも影響しますので、M&Aにおける会計は重要です。
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会計の種類
会計の種類3つについて解説します。M&A交渉の際に出てくるワードなので、理解しておくと良いでしょう。
個別会計
企業単体の会計を指します。個別財務諸表とも呼ばれます。この単体決算には以下のような傾向があります。
- 非上場会社の経営者が日常的に触れる
- 取引銀行に提出する
- 税務申告とも連動する
他方で、M&Aのお相手企業(譲受企業)は、単体決算のみならず、子会社などのグループ企業がある場合は、それら全体を確認します。そのため、グループ企業すべての決算資料を提出していくことになります。
連結会計
企業グループ全体を1つの企業とみなし、そのグループの財務・業績・資金収支などを把握する会計を指します。連結財務諸表とも呼ばれ、上場企業であれば作成・開示が必須となります。他方で、非上場企業の場合は、作成義務がなく、取引銀行からも作成を要請されることが殆どないため、作成されることは少ないです。
ただし、グループ会社がある場合には、M&Aのお相手企業(譲受企業)からすると、個々の単体決算だけを見ても業績(PL)や財政状態(BS)の全容が分からない(分かり難い)ため、企業譲渡に向けた協議を進める上では、連結決算の提供を依頼されることが少なくありません。そのため、会計に強いM&A仲介会社等のサポートを受けながら、簡易的な連結決算を作成し、譲受企業に提出していきます。
税務会計
単体決算、連結決算ともに、非上場の中小企業が、上場企業に適用される会計ルールに準拠して毎期の決算書を作成することは大変です。そのため、俗に税務会計と呼ばれる、税務ルールとの差異の少ない会計処理にて決算書を作成することが慣習化しています。
ただし、お相手企業(譲受企業)は、上場企業であったり、上場企業でなくても上場企業に準じた会計を適用している場合は多いです。そのような場合には、上記の税務会計ベースの決算書を、上場企業並みの決算書に修正し、それを提出していくことが必要になります。よく見られる修正項目としては、以下のようなものがあります。
- 貸倒引当金、退職給付引当金などの各種引当金
- 減損会計
- 資産除去債務
- リース会計
- 保険積立金などの金融商品の時価会計
会計基準の種類
日本企業に関係する主な会計基準は、日本会計基準、国際財務報告基準(IFRS、いわゆる国際会計基準)の2つです。非上場会社も、上場企業も、多くの会社は日本の会計基準を採用しています。
日本会計基準
日本の会計基準は、企業会計原則を出発点としつつも、その他の多くの基準等により補完され、重層的に構築されています。これらの基準は、会社法や金融商品取引法などの法体系の一部にもなっています。
日本の会計基準は以下のように構成されています。
企業会計原則など
旧大蔵省の企業会計審議会により1949年に制定され、1982年に最終改正された企業会計原則は、日本の会計基準の中心となる文書です。また、企業会計原則を補完する形で、以下のような個別の会計基準が設定されています。
企業会計基準
2001年以降に、企業会計基準委員会(ASBJ)により設定された様々な基準です。それまでに日本公認会計協会が制定した「適用指針」や「実務指針」等を引き継ぎ、その後は新しい基準等を策定し、現在に至っています。基準を補完する以下のようなルールも管掌しています。
海外の会計基準
上場企業の一部では、以下のような日本基準以外の会計基準を採用しています。
国際財務報告基準(IFRS)
国際会計基準審議会により作成された会計基準のこと言います。「世界共通の会計基準」を目指して世界中の会計士や会計学者、そして企業の経理責任者等が集まり作成されている会計基準です。EU内の上場会社は国際財務報告基準(IFRS)の導入が義務付けられています。日本企業でも海外企業とのM&Aを実施し、海外にグループ会社がある会社などでは、国際財務報告基準(IFRS)の採用が徐々に増えています。
米国会計基準
アメリカで採用されている会計基準のことを言います。日本企業でもアメリカで上場している場合は、米国会計基準での財務諸表を作成しなければなりません。具体的には米国財務会計基準審議会(FASB)が発行する財務会計基準書(SFAS)やFASB解釈指針(FIN)などを基に会計処理を行います。
M&A会計における「のれん」
譲受企業では、M&A後に「のれんの減損」が発生すると、その買収は失敗だったと言われることがあります。ここでいう「のれん」とは何なのか、その会計処理について、概要を把握しておくと良いでしょう。
「のれん」とは
「のれん」は、実態はブランド・技術力・ノウハウなど企業が保有する個別には評価できない価値の集合体です。貸借対照表上では、「のれん」とし無形固定資産に区分されます。M&Aの実行スキームや個別会計か連結会計によって扱いが異なりますので注意が必要です。
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「のれん」の償却
のれんの償却ルールを簡単に説明します。
日本会計基準の場合
企業または企業グループが採用する会計基準により扱いが異なります。日本会計基準では、20年以内に定額法で償却することになります。償却する場合もM&Aスキームにより計上する勘定科目や財務諸表が異なります。合併や事業譲渡スキームの場合は、単体財務諸表で償却します。株式譲渡や株式交換スキームの場合は、連結財務諸表で償却することになります。
【のれん償却の仕訳】
借方 | 金額(円) | 貸方 | 金額(円) |
のれん償却 | ●●● | のれん | ●●● |
なお、「のれん」の収益力が著しく下落した場合、減損処理を行う必要があります。
国際会計基準の場合
一方で、国際財務会計基準や米国会計基準では償却しません。しかし毎年、減損テスト(のれんの時価評価)を行い、「のれん」の帳簿価額と収益力の比較で減損処理の判断を行う必要があります。減損処理を行うことになった場合は、国際会計基準では「のれん」の償却を行っていない為、日本会計基準よりも減損額が大きくなる傾向にあります。。
「負ののれん」の計上方法
純資産よりも安いM&A取引金額で譲受した場合の純資産との差額を「負ののれん」と言います。譲受企業において「負ののれん」は、発生時に一括して特別利益として損益計算書(P/L)に計上することになります。純資産より安く譲受した分の金額は、利益にするということになります。税務上の「負ののれん」と処理が異なるので留意が必要です。
【負ののれんの仕訳】
借方 | 金額(円) | 貸方 | 金額(円) |
子会社株式 | ●●● | 現金 | ●●● |
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M&A手法別の会計処理
譲受側が実行したM&Aスキームにより、会計処理も変わります。日本会計基準を前提とし、国内M&Aにおける代表的な4つのスキームの「のれん」の会計処理について解説します。参考にしてください。
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株式譲渡
株式譲渡とは、譲渡対象企業が発行する発行済み株式を譲受側へ譲渡することで「経営権」を移動することを言います。手続きがシンプルであることから中小企業のM&Aで最も多く採用されるスキームです。
「のれん」の会計処理が必要なのは譲受側のみとなります。譲受企業の貸借対照表では、「子会社株式」として固定資産に資産計上されますので、個別財務諸表では、「のれん」は計上されません。一方、連結財務諸表では子会社に対する投資額と子会社の資本のうち、親会社持ち分額との差額を「のれん」として計上することになります。
【連結財務諸表上の仕訳】
借方 | 金額(円) | 貸方 | 金額(円) |
資産 | ●●● | 負債 | ●●● |
のれん | ●●● | 子会社株式 | ●●● |
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事業譲渡(一部譲渡・全部譲渡)
事業譲渡とは、譲渡対象企業の事業の全て、または一部を譲受側に譲渡することを言います。事業の選択と集中の為、主要事業以外の事業のみを切り出す・不採算店舗のみを切り離す際などに活用されます。
譲渡側、譲受側のいずれも会計処理が必要で個別会計においては、事業を対象とした取引として会計処理を行います。譲渡側としては、譲渡対象事業の簿価純資産と事業譲渡金額の差額を事業譲渡益とし処理します。譲受側としては、事業譲渡により譲受る資産と負債の時価(事業譲渡対象の時価純資産)と事業の譲渡対価との差額を「のれん」として計上します。
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株式交換
株式交換とは、譲受側が新株を発行し、M&Aの対価として譲渡側の株式と交換する手法を言います。譲受側が上場企業の場合に多く採用されます。譲渡側の会計処理はなく、譲受側の会計処理のみになります。譲受側は、「子会社株式」を資産計上し、資本金・資本剰余金を増額させる会計処理を行います。
このように、譲受企業の貸借対照表では子会社株式として固定資産に資産計上されますので、個別財務諸表では、「のれん」が計上されません。一方、連結財務諸表では子会社に対する投資額と子会社の資本のうち、親会社持ち分額の結果生じた差額を「のれん」として計上しなければなりません。
【連結財務諸表上の仕訳】
借方 | 金額(円) | 貸方 | 金額(円) |
資産 | ●●● | 負債 | ●●● |
のれん | ●●● | 子会社株式 | ●●● |
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吸収合併
合併とは、複数の企業が1つの企業になることを言います。既存の会社が別の会社を引き継ぐことを吸収合併と言い、新会社を設立し新会社が企業を引き継ぐことを新設合併と言います。
吸収合併の場合、譲渡側は消滅することになりますので合併の前日を最終日として決算処理を行います。その際、貸借対照表上の資産・負債は簿価で評価を行う点に注意が必要です。譲受側は、譲渡対象企業の資産・負債を時価評価し合併した企業の純資産と譲渡対価の差額を「のれん」として会計処理します。
【吸収合併の仕訳】
借方 | 金額(円) | 貸方 | 金額(円) |
資産 | ●●● | 負債 | ●●● |
のれん | ●●● | 純資産 | ●●● |
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M&A会計に関するおすすめ書籍4選
M&Aにおける会計処理を把握する上で、お勧めの書籍を4冊ご紹介します。会計処理方法は都度改定がある為、最新情報を顧問税理士や公認会計士に確認する必要はありますがM&Aを検討されている経営者様や財務・経理担当様は、M&Aにおける会計処理の全体像やポイントを把握する為にも是非、一度参考にしてみてください。
M&A会計の実務
著者 竹村純也(財務報告の専門家。ダイアローグ・ディスクロージャーの探究者。)
出版社 税務経理協会
M&Aの会計処理に不慣れな人にもわかるよう、丁寧に解説されています。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784419065010
図解+ケースでわかる M&A・組織再編の会計と税務〈第3版〉
著者 小林正和
出版社 中央経済社
M&A・組織再編の会計と税務について132のケースで解説しており、株式交付などの税制改正や企業結合適用指針の修正等にも対応しています。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784502392917
連結財務諸表の会計実務〈第2版〉
新日本有限責任監査法人編
出版社 中央経済社
図解を多く取り入れてわかりやすく解説しており、平成25年に改正された会計基準の考え方にも対応しています。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784502099205
そこが知りたい!「のれん」の会計実務
EY新日本有限責任監査法人編
出版社 中央経済社
「のれん」の会計上の論点について解説しており、税務上「のれん」の取り扱いなどについても解説しています。
https://www.ey.com/ja_jp/library/publications/2018/goodwill-ac-practice-2018-07
M&A会計の概要まとめ
この記事で解説した通り、M&Aにおける会計処理は主に譲受側企業の処理がほとんどです。譲受側企業が、上場会社であるか否か、会計基準は何を採用しているのか、M&Aの実行スキームは何か、譲受側企業が個別企業かグループ企業かなど様々な要素で会計処理が異なります。また、M&Aにおける会計処理方法により「のれん」の扱いも異なります。譲受側企業の経営者や財務・経理担当者の方は、M&Aの検討を進めながら検討中のM&Aは、どの会計処理が必要となるかも把握しながら検討することをお勧めします。会計処理方法を把握しないまま進めると想定外の問題が起こり、実行したM&Aが失敗する可能性もあります。
弊社みつきコンサルティングは、税理士法人を母体とした会計系M&A仲介会社です。社内に公認会計士や税理士が在籍し、会計処理に纏わる論点を抑えながらM&A検討のご支援が可能でございます。これからM&A検討を始められる経営者様や検討中ではあるが、ご不安を抱えていらっしゃる財務・経理担当者がいらっしゃいましあたら是非、一度ご相談くださいませ。
著者
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人材支援会社にて、海外人材の採用・紹介事業のチームを率いて新規開拓・人材開発に従事。みつきコンサルティングでは、強みを生かし人材会社・日本語学校等の案件を中心に工事業・広告・IT業など多種に渡る案件支援を行う。
監修:みつき税理士法人
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