クロスボーダーM&Aは、国境を越えて海外企業と連携する事業戦略です。国内市場の成熟が進む現代において、新たな成長機会を探る多くの企業にとって、その重要性は増すばかりです。本記事では、クロスボーダーM&Aの基本的な知識から、具体的な手続、そして成功に導くためのポイントまでを分かりやすく解説します。海外事業展開や企業の成長戦略に関心をお持ちなら、ぜひ最後までお読みください。
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クロスボーダーM&Aとは
クロスボーダーM&Aとは、国境を越えて行われる企業の買収や合併のことです。買い手か対象会社のどちらかが海外企業の場合に、この「クロスボーダーM&A」に該当します。これは「海外M&A」と呼ばれることもあります。
日本企業にとっては、国内市場の成熟や人口減少による需要の低迷が顕著であるため、海外への進出が避けられない状況です。このような背景から、クロスボーダーM&Aを活用する企業が年々増えています。海外に目を向けることで、企業は新たな成長の機会を掴み、国際的な競争力を強化できると期待されているのです。
国内M&Aとの違い
国内企業同士で行うM&Aと異なり、クロスボーダーM&Aでは法制度、税制、会計基準が国ごとに違うため、手続が複雑になることが多いです。また、文化や言語の違いが、M&A後の企業統合(PMI)を難しくすることもあります。さらに、為替レートの変動が買収コストや利益に影響を与える「為替リスク」も考慮しなければなりません。これらの違いを理解することが、クロスボーダーM&Aを成功させる上で欠かせません。
2024年-2025年の海外M&Aの件数動向
近年、日本企業によるクロスボーダーM&A、特に国内企業が海外企業を買収するIN-OUT型の件数は増加傾向にあります。レコフデータによると、2024年に日本企業が海外企業を買収した件数は665件で、前年より0.6%増加しました。欧州やASEANを対象とした取引が多く見られます。また、2025年1~6月期では、件数が334件と前年同期比で微減ですが、堅調な推移を示しています。これらの動向は、多くの企業が海外での成長機会を強く求めている証拠と言えるでしょう。
クロスボーダーM&Aの主な類型
クロスボーダーM&Aは、関わる企業が国内か海外かによって、大きく二つの類型に分けられます。これに加えて、海外企業同士のM&Aも存在し、それぞれ目的や特徴が異なります。
IN-OUT型クロスボーダーM&A
IN-OUT型とは、日本国内の企業が海外企業を買収するM&Aです。これは、新しい海外市場へ短期間で進出したい場合に選ばれることが多く、クロスボーダーM&Aの中で最も事例数が多い類型と言えるでしょう。近年では、スタートアップやベンチャー企業によるIN-OUT型の事例が増えており、アジアだけでなく欧州などの巨大市場に参入する動きも目立ちます。海外企業を買収することで、国内ではまだ普及していない新しい技術やノウハウを自社に取り入れられる可能性もあります。
IN-OUT型の特徴と具体例
IN-OUT型は、自社の強みを活かしつつ、買収した海外企業の持つ既存の基盤や顧客ネットワークをすぐに活用できるのが特徴です。例えば、パナソニックHDが米国のソフトウェア企業を買収した事例や、日本電産が米国の発電機事業を取得した事例などが知られています。成長著しいアジア市場においては、現地企業をパートナーとすることで、ゼロからの進出では得られないスピード感を実現できるという点で、このIN-OUT型が非常に有効な手段となります。
OUT-IN型クロスボーダーM&A
OUT-IN型とは、海外企業が日本の企業を買収するM&Aです。海外企業が日本市場に参入するきっかけとして、この方法が取られることがあります。しかし、日本はM&Aに関する規制が多く、また経営文化的に企業の譲渡に抵抗を持つ企業が多いため、欧米諸国に比べるとこのOUT-IN型の事例は少ないのが現状です。
OUT-IN型の特徴と具体例
OUT-IN型は、日本の企業にとっては、海外からの資本や先端技術を取り入れられる大きなチャンスとなります。例えば、台湾の鴻海精密工業によるシャープの買収や、スイスのロシュによる中外製薬の買収などが代表的な事例です。ただし、文化、言語、働き方の違いが、M&A後の企業統合における障害となることも少なくありません。そのため、買い手と対象会社がお互いの文化を尊重しながら、経営体制を調整していくことが成功の鍵を握ります。
OUT-OUT型クロスボーダーM&A
OUT-OUT型は、海外企業同士で行われるM&Aを指します。この場合、日本企業の海外子会社が現地で関与する事例も多くあります。この方法の利点は、現地の法規制への適応が容易になり、取引の手続をスムーズに進めやすい点にあります。
OUT-OUT型の特徴と具体例
OUT-OUT型では、例えばセブン&アイHDが米国子会社を通じて、米国のコンビニエンスストアを買収した事例が挙げられます。海外子会社を間に挟むことで、複雑な現地の法律や規制への対応がしやすくなり、クロスボーダー取引全体のスピードを速める効果が期待できます。グローバルに事業を展開する企業にとっては、柔軟な戦略展開を可能にする選択肢の一つと言えるでしょう。
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クロスボーダーM&Aで活用される手法
クロスボーダーM&Aで利用される手法は、基本的に国内M&Aと共通しています。しかし、国境を越えることで、それぞれの方法に特有の注意点が存在します。IN-OUT(日本企業による海外企業の買収)案件で、現地企業が中小企業の場合は、株式譲渡か事業譲渡が一般的です。
株式譲渡
株式譲渡は、海外企業を買収する手法として、国内企業と同様に広く活用されています。この方法では、現地の譲渡オーナーが持つ株式を現金と引き換えに取得することで、買い手が経営権を握ります。企業全体を引き継ぐため、ブランド、人材、取引関係をそのまま維持しやすいという大きな利点があります。また、契約や許認可も引き継ぎやすいため、手続も比較的スムーズに進められることが多いです。
しかし、国や業種によっては「外資規制」が存在することがあるため、株式取得を検討する際にはこの点に十分な注意が必要です。例えばタイ企業の買収では、広範な業種で外資比率は原則49%が上限(製造業などは例外)とされています。また、対象会社のすべてを受け継ぐことになるため、買収する側は財務、法務、事業などの詳細な調査、つまりデューデリジェンスを徹底し、買収対象としての適格性を慎重に見極めることが極めて重要になります。
LBOの活用
クロスボーダーM&Aは、比較的規模の大きな契約となるケースが多いです。そのため、LBO(Leveraged Buyout)と呼ばれる手法が活用されることがあります。LBOとは、買い手が金融機関から資金を調達する際に、譲渡会社の資産や将来の利益、キャッシュフローを担保とする方法です。買い手自身の資産を返済に充てる必要が少ないため、自己資金が限られている場合でも、大型の海外M&Aを実現できる可能性を秘めています。
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事業譲渡
事業譲渡は、買い手が対象会社の特定の事業部門を選んで取得する手法です。株式譲渡とは異なり、買い手側が必要な部分だけを選択的に買収できるという利点があります。これにより、譲渡オーナー側は不要な部門を売却し、企業の「選択と集中」を進めることも可能です。また、簿外債務や過去の経営リスクを引き継ぐ必要がありません。
一方で、個々の権利義務を個別に移転する手続が必要となるため、株式譲渡に比べて手続が複雑になるという課題も存在します。クロスボーダーM&Aで事業譲渡を実施する際には、受入先の法人を慎重に選定することが求められます。既存の現地法人を活用するのか、あるいは新会社を設立して譲渡を受けるのかなど、状況に応じた最適なアプローチを検討しなければなりません。
三角合併
海外企業が日本企業を合併により買収しようとする場合に、直接の合併は日本法で制限されているため、「三角合併」という手法の利用が検討されることがあります。三角合併とは、海外企業が日本に100%子会社を設立し、その子会社に親会社株を移転。合併時に日本企業株主と子会社が保有する親会社株を交換することでM&Aが成立します。この手法により、海外企業は現金を用意せずに自社株式のみで日本企業を100%子会社として買収できるため、資金調達の負担を軽減できる点が大きなメリットとなっています。
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海外M&Aのメリット・デメリット
日本企業による海外企業の買収(IN-OUT型)を前提に、メリットとデメリットを説明します。

クロスボーダーM&Aの主なメリット
クロスボーダーM&Aは、企業が成長を追求し、国際的な競争力を高める上で非常に強力な手段です。国内市場だけでは得られない多くのメリットを享受できるため、海外に目を向ける企業が増えています。
新規市場への迅速な進出
クロスボーダーM&Aは、新しい海外市場へ素早く参入できるという大きなメリットがあります。ゼロから海外で事業を立ち上げる場合、市場調査、販路開拓、人材確保など、膨大な時間と労力、そしてコストがかかります。しかし、現地企業を買収すれば、すでに確立された事業リソースや現地市場での事業ノウハウをすぐに引き継げるため、事業立ち上げにかかる手間を大幅に削減できるのです。
市場シェアの即時拡大
買収対象となる海外企業がすでに市場シェアを持っている場合、M&Aを実行した時点でそのシェアを自社に取り込むことができます。これにより、海外市場への参入と市場シェアの獲得を同時に実現できるのです。国内市場が成熟している日本企業にとって、これは持続的な成長のための重要な手段となります。特に、競合他社が少ない「ブルーオーシャン」と呼ばれる未開拓の海外市場でビジネスを展開できれば、短期的にさらなるシェア拡大の可能性を秘めています。
技術力と製品開発の向上
海外には、日本にはまだない高度な技術や独自のノウハウを持つ企業が数多く存在します。そのような海外企業を買収することで、これまで自社だけでは到達できなかったような技術やノウハウを手に入れることができるのは、とても魅力的なメリットです。例えば、日本の製造業が海外のIT企業を買収して、デジタル技術を活用した製品開発を強化するケースもあります。これにより、高い技術力を持つ新商品の開発が可能となり、複雑な工程が必要な希少価値の高い技術を獲得できます。
優秀な人材とネットワークの獲得
買収先の海外企業が持つ優秀な人材や、長年培ってきた豊富な販売ネットワークを自社グループに取り込める点も、クロスボーダーM&Aの大きな魅力です。昨今、日本では人手不足や人件費の高騰が深刻な問題となっており、企業の将来的な活動に大きな影響を与えています。海外M&Aを通じて、専門性の高い人材を即時に確保できるだけでなく、現地の政府、銀行、顧客からの信頼を得ている地場企業を買収することで、その信頼関係やネットワークをそのまま活用できるのは、時間を買うことにも繋がり、非常に効率的です。
グローバルプレゼンスとブランドイメージの向上
積極的に海外進出を行うことは、企業のグローバルなイメージを大きく高めます。クロスボーダーM&Aは、海外で大々的に報じられることもあり、国内外の顧客や投資家から「グローバル企業」としての認知度向上や評価に繋がります。グローバル企業としての地位やブランド力は、広告、マーケティング、そして人材採用など、さまざまな場面で有効に作用します。就職希望者からも人気が高まる傾向があり、優秀な人材獲得の面でもプラスに働くでしょう。
再売却による利益獲得の機会
買収した海外企業を将来的に別の企業に売却することで、売却利益を得られる可能性があるのも、クロスボーダーM&Aの一つのメリットです。これは、プライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)が採用する投資手法の一つとしても知られています。買収した企業の価値を高めてから再売却することで、大きな利益を生み出すチャンスがあります。
リスク分散と収益の安定化
クロスボーダーM&Aによって、事業展開を複数の地域に分散させることが可能です。これにより、特定の市場での経済変動や政治リスクの影響を軽減できます。異なる市場での収益を組み合わせることで、企業全体のリスクを分散し、収益の安定化を図ることができます。
外資規制や関税の回避
国によっては、外国企業による進出に対して様々な規制(外資規制)や、輸入関税が課されることがあります。しかし、現地企業を買収することで、このような外資規制の影響を受けにくくしたり、現地で生産を行うことで輸入関税の負担を回避したりできる場合があります。例えば、欧州市場での関税を避けるため、日本企業が現地の生産拠点を持つ企業を買収し、EU圏内での事業展開を有利に進めるケースも存在します。
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クロスボーダーM&Aに潜むデメリットとリスク
クロスボーダーM&Aには国内M&Aにはない特有の課題やリスクも存在します。
予測困難なリスクの発生
クロスボーダーM&Aでは、非常に多くの要因が絡み合うため、事前のリスク評価が難しいという側面があります。例えば、買収する海外企業の文化と自社の労働環境の不適合、あるいは海外の法律や商慣習の違いによる契約や取引の非効率性など、多岐にわたるリスクが考えられます。さらに、現地政府の政策変更、経済変動、地政学的リスクといった、予測が難しい外部環境の変化も、事業に大きな影響を及ぼす可能性があります。
情報収集の長期化
国内M&Aと比較して、クロスボーダーM&Aでは情報収集に非常に多くの時間がかかる傾向があります。その背景には、文化や言語の違いによるニュアンスの取りこぼしや、財務報告基準、慣習の違いによる情報の見落としなどが挙げられます。また、相手先の国の宗教や文化的理由によって、自社の商品やサービスが現地で受け入れられにくいという問題に直面することもあります。これらの要因が重なり、十分な情報が得られずに意思決定の遅れや誤りを招くリスクがあるのです。
言語・文化の障壁
海外企業との交渉や統合において、言語や文化の違いは時に大きな障害となります。ローカル言語での交渉や、法的な文書の作成が必要となる場面が多く、専門家を介しても誤解が生じる可能性はゼロではありません。また、交渉スタイルの違いから、相手企業に不満を与えてしまうこともあり、組織統合の段階では、異なる企業文化がぶつかり合い、従業員のモチベーション低下や離職を招くリスクも考えられます。
法的制限の可能性
クロスボーダーM&Aを実施する際には、相手先の国の法律による制限に細心の注意が必要です。特定の業種では外国企業による買収が禁止されていたり、規制当局への事前申請や認可が必要であったりすることがあります。特に外資規制が厳しい国では、株式の過半数保有が制限されるケースも存在します。公開買付(TOB)の規制も国によって異なるため、法務デューデリジェンスを徹底することが不可欠です。
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カントリーリスク
カントリーリスクとは、相手先の国の経済や政治情勢が不安定であることによって、M&Aの収益が変動したり、損害を受けたりする可能性を指します。政権交代によって対象会社を取り巻く状況が変化したり、地政学的な緊張が高まったりすると、M&Aの成立自体が阻まれたり、成立後の事業運営に大きな損害を及ぼしたりする恐れがあります。また、気候変動や自然災害によるリスクも考慮に入れる必要があります。これらのリスクを軽減するためには、現地の情勢に詳しい外部専門家のアドバイザリーサービスを受けることが推奨されます。
PMI(経営統合)の難易度が高い
M&A後の統合プロセスであるPMI(ポストマージャーインテグレーション)は、クロスボーダーM&Aにおいて最も難易度が高い課題の一つです。言語、法律、文化、そして商慣習といったさまざまな環境の違いから、国内M&Aと比べて統合作業に多くの時間とコストがかかるリスクがあります。異なる企業風土を持つ組織を一つにまとめ、シナジー効果を最大限に引き出すためには、非常に丁寧で戦略的な計画と実行が求められます。
会計基準・税制・法規制の相違
クロスボーダーM&Aでは、相手先の国の異なる会計基準、税制、法制度に従う必要があります。これらの要件を適切に把握し、遵守することは、取引の成功に欠かせません。例えば、買収対象国が厳格な環境規制を有する場合、土壌汚染などが発生すると巨額の罰金や賠償金が科されることもあります。また、国によっては二重帳簿といったコンプライアンス上の問題が潜在しているケースもあり、M&Aの際には対象会社のあらゆるリスクを網羅的に調査することが重要です。
為替リスク
クロスボーダーM&A後に対象会社を含めた連結財務諸表を作成する際、対象会社の財務諸表は為替レートの変動によって影響を受けるため、為替リスクの管理は不可欠です。為替ヘッジなどの手段を講じることでリスクを低減できますが、想定外の通貨安によって買収した企業の価値が下がる可能性も考慮しなければなりません。急激な円高や円安が買収コストや損益に与える影響は小さくありません。
自然災害リスク
M&Aの対象となる海外の国によっては、台風、洪水、地震などの自然災害リスクも考慮に入れる必要があります。日本は災害大国として知られていますが、海外にも同様のリスクが存在します。海外拠点を増やすほど、BCP(事業継続計画)の策定も複雑になり、災害発生時の事業停止リスクへの備えが不可欠となります。
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クロスボーダーM&Aの具体的な流れ
クロスボーダーM&Aは、国内M&Aと比較して複雑な要素が多いですが、まずは一般的な流れを把握しておきましょう。ここでは、日本企業が海外企業を買収する際の典型的なプロセスを紹介します。
ステップ | 詳細 |
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1. M&A戦略の立案 | 自社の成長戦略においてクロスボーダーM&Aが必要かを検討し、具体的な戦略を立てる段階。海外進出の目的、ターゲット国・地域、業種、企業規模、予算を明確化する。目的が曖昧だとシナジー効果が得られず、失敗リスクが高まる。 |
2. 候補先へのアプローチ・提案 | M&Aアドバイザーや現地ネットワークを活用して買収候補企業を探し、リストアップして概要情報を収集する。初期アプローチ後、関心があれば「関心表明書(IOI)」を提出することもある。丁寧なリサーチが後の交渉を円滑にする。 |
3. 現地視察・初期面談 | 候補企業の経営陣と面談し、相互理解を深める。事業内容や財務状況の概要を把握し、両社の文化的な適合性も確認する。相手企業の経営スタイルや風土を直接感じることは、後のPMI計画に役立つ。 |
4. MOUまたはLOIの調印 | 基本的な買収条件で合意に至った場合、基本合意書(MOU)または意向表明書(LOI)を締結する。これにより、買い手は一定期間の独占交渉権を得ることが一般的。デューデリジェンスの実施や秘密保持契約(NDA)の締結もこの段階で行う。 |
5. デューデリジェンスの徹底 | 買収対象企業のリスクや価値を詳細に評価するための極めて重要な調査。財務、法務、事業、人事など多角的に調査し、現地の会計・法制度の違い、簿外債務、未納税リスクといった潜在的な問題点を発見する。 |
6. 最終契約の締結 | デューデリジェンスの結果を踏まえて最終的な契約条件を交渉し、合意後に株式譲渡契約書(SPA)などの最終契約を締結する。買収価格もこの段階で最終決定される。当事者双方の合意形成が最も重要となる。 |
7. 規制当局の承認 | 買収先の国の規制当局による承認を取得する。特に外資規制が厳しい国では審査が厳格で、数ヶ月を要することも珍しくない。この期間を有効活用し、買収後の統合計画(PMI)を並行して進めることが求められる。 |
8. クロージング | 契約で定められた全ての条件が満たされたことを確認し、株式の取得と買収対価の支払いを行う(決済、実行)。許認可の取得確認、株式譲渡手続きなどを経て、M&Aが正式に完了する。専門家の協力が不可欠。 |
9. PMIの実行 | M&A完了後の統合作業(ポストマージャーインテグレーション)。買い手と売り手企業が一体となり、シナジー効果の実現を目指す。企業文化の融合、経営体制の構築、事業計画の策定・実行、人事・組織・システムの統合など、活動は多岐にわたる。PMIの成否がM&A全体の成否を左右する。 |
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クロスボーダーM&Aの成功戦略
クロスボーダーM&Aは、企業に大きな成長機会をもたらしますが、その複雑性ゆえに失敗に終わるリスクも潜んでいます。
海外M&Aを成功させる7つのポイント
クロスボーダーM&Aを成功に導くためには、いくつかの重要なポイントをしっかりと押さえることが大切です。
明確なM&A戦略を立てる
クロスボーダーM&Aを成功させるには、「なぜこのM&Aを行うのか」という目的を明確にすることが最も重要です。新しい海外市場への参入、競争力の強化、コスト削減、技術獲得など、具体的な目的を定めることで、適切なターゲットを選定し、M&A後の事業シナジーを最大限に引き出すことができます。目的が曖昧なまま進めてしまうと、M&A後に方向性を見失い、統合が失敗するリスクが高まります。
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徹底したデューデリジェンスの実施
海外M&Aでは、国内案件以上に徹底したデューデリジェンスが成功の鍵を握ります。財務、法務、事業、人事など多角的な調査を通じて、現地の会計基準や法制度の違い、簿外債務、未納税リスクといった隠れた問題を発見することが不可欠です。情報の非対称性が大きい海外企業との取引では、「慎重すぎるくらいでちょうど良い」と心得てください。経験豊富な専門家を起用し、時間をかけた詳細な事前調査を行うことで、買収後の不測の事態を防ぎ、適正な買収価格の算定が可能になります。
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PMI(経営統合)の計画を事前に立てる
PMIの計画をM&A実行前から具体的に立てておくことが、成功の重要なポイントです。言語、法律、文化といった環境の違いから、クロスボーダーM&AにおけるPMIは国内案件よりも難易度が高くなりがちです。KPI(重要業績評価指標)を設定したり、決算報告やレポートラインの構築をしたりといった具体的な対策を、時間をかけて計画する必要があります。買収後の経営陣のモチベーション維持や、後任となる人材の確保もPMIの重要な要素です。
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法規制・税制のリスクを事前に把握する
各国の会社法、外資規制、競争法(独占禁止法)、税制は大きく異なるため、事前にこれらを徹底的に調査し、買収後に想定外の法的リスクが発生しないように備えることが必要です。例えば、米国のCFIUS(外国投資委員会)や豪州のFIRB(外国投資審査委員会)のような外資規制当局の審査がある場合、手続が長期化するリスクもあります。現地の法律に精通した弁護士や税理士と連携し、事前の法務・税務デューデリジェンスを徹底することで、リスクを最小限に抑えることが重要です。
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為替リスクや資金調達の計画を立てる
クロスボーダーM&Aでは、為替レートの変動が買収コストや収益に直接影響を与えるため、適切なリスク対策と資金調達計画が不可欠です。為替ヘッジ(フォワード契約やオプションなど)を活用することで、急激な円高や円安による影響を最小限に抑えることが可能です。また、外貨建てでの資金調達、例えば現地の金融機関からの借入を検討することも有効な手段となります。こうした計画を事前に立てることで、M&Aの安定運営が可能になるでしょう。
買収後の現地経営体制を整える
買収後の成功は、現地での経営陣や人材の確保が鍵を握ります。買収対象会社のキーマン、つまり経営陣や管理職を確保し、彼らのモチベーションを維持することが非常に重要です。また、買い手企業と親会社の間での役割分担を明確にし、ガバナンス体制(コンプライアンスや内部監査など)を強化することも欠かせません。現地企業の強みを最大限に活かしつつ、適切なマネジメントを導入することが、PMIを成功させるための重要なポイントとなります。
ターゲット企業の現地事情に詳しいアドバイザリー会社の起用
クロスボーダーM&Aでは、買収先の海外企業やその国の特徴に詳しい人材のサポートが不可欠です。国によって考え方や企業風土の捉え方は異なるため、相手の意思を尊重し、円滑な交渉を進めるためには、相手先の国に関する深い知識を持つ人材が極めて重要視されます。自社に該当する人材がいない場合は、M&Aアドバイザリー会社など、現地事情に精通した専門家を外部に依頼することを強く検討すべきです。彼らは各国の商慣習、法制度、税制、文化、市場動向に精通しており、戦略策定から交渉、デューデリジェンス、資金調達まで幅広くサポートしてくれます。
ASEANでのクロスボーダーM&A事例
日本企業が東南アジア企業を買収するIN-OUT型のクロスボーダーM&Aは、特に成長市場への進出や技術獲得を目的として数多く行われています。
- 2023年には、耐熱塗料で国内シェア50%を超えるオキツモが、タイの産業用塗料製造会社を買収しました。この事例は、東南アジア地域への事業進出を加速させることを明確な目的としていました。海外での販路拡大を目指す企業にとって、現地企業との連携は非常に有効な手段と言えるでしょう。
- 2022年には、東京都の機械・電気機器製造販売会社であるレカムが、マレーシアの照明器具卸売・小売会社を買収しています。これは、ASEANを中心とした拠点拡大戦略の一環として行われたクロスボーダーM&Aの事例です。
- 2021年には、大阪府のSTGが、マレーシアにあるアルミダイカスト製品製造会社を買収しました。この買収により、STGの売上が76%も増加し、海外M&Aによる成長のモデルケースとして注目されています。
注目されるタイのクロスボーダーM&Aの特徴
タイは東南アジアの中心に位置し、ASEAN諸国へのゲートウェイとして機能するため、クロスボーダーM&Aの対象として非常に注目されています。M&Aを通じてタイ市場に参入することで、ASEAN全体の成長市場へのアクセスが可能となり、地域的な事業拡大が容易になるという大きなメリットがあります。
タイでは、ITやデジタルサービス、再生可能エネルギー、製造業といった新興企業や成長分野への海外投資が増加しており、特にIT業界は、コロナ禍を経て急成長を遂げています。タイ政府は特定のクロスボーダーM&A取引に対して、法人所得税、付加価値税、特定事業税、印紙税の免除などの税制上の優遇措置を提供している点も、魅力の一つです。
クロスボーダーM&Aのまとめ
クロスボーダーM&Aは、国境を越えて海外企業と連携する、企業の成長戦略において非常に重要な選択肢です。国内市場の成熟が進む中で、新しい海外市場への進出や技術獲得、人材確保といった多くのメリットを享受できます。しかし、文化、言語、法制度の違いから生じるリスクやPMIの難しさといったデメリットも理解し、事前に対策を講じることが成功の鍵です。
当社は、グループにバンコク現地法人(みつきタイ)を有していいます。タイへの進出・撤退、タイ現地企業のM&Aをお考えの際は、ぜひご相談ください。日泰のコンサルタントが連携して、貴社のASEAN事業をサポートします。
著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修:みつき税理士法人
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