株式譲渡を検討しているものの、株式の評価方法に迷う方も多いのではないでしょうか。本記事では、自社株を譲渡する際の価格の算定方法、注意点などについて解説します。株式譲渡を検討している人は、参考にしてください。
株式譲渡とは
株式譲渡とは、対象会社(売り手)の株主が、保有する株式を譲受企業(買い手)に売却し、経営権を移動させる取引手法です。売主は譲渡の対価として現金を受け取り、譲受企業は対象会社の株式を取得します。株式譲渡は、M&Aの方法の1つで、最もポピュラーな手法です。
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株式譲渡価格の基本的な考え方
上場株式を市場で売買するのなら、その時の市場価格が明確なので、価格について迷うことはありません。一物一価ということです。
しかし、非上場株式を売買する際の譲渡価格は、相場が公表されているわけではないですし、以下で説明するように何に着目して評価するかによって算定結果が異なります。一物一価ではない、ということです。
以下では、非上場の自社株を譲渡する際の株価の考え方を説明します。
同族内で株式譲渡する際の株価
親子等の親族内やグループ会社間など、近しい間柄で行われる非上場株式の譲渡では、税務上の株価が採用されることが多いです。具体的には、少々専門的になりますが、売り手・買い手の属性に応じて法人税法上の株価、所得税法上の株価、相続税法上の株価が使い分けられます。これらの株価が本当の意味で適時時価かどうかはさておき、これら税務上の株価で取引を行っておけば、税務当局から問題にされないため、実務上は税務ルールに縛られるきらいがあります。(これを逆手にとった合法的な株価引下げ対策等が存在します。)
税法ルール(国税庁方式とも呼ばれます)は、課税の公平性を重視して設計されており、誰が計算しても概ね同じ結果が得られるよう、統一された計算方法が採用されています。このようなルールが必要とされる背景には、非上場株式の特性があります。非上場株式は、市場で取引されないため、客観的な時価が存在しません。また、売買が行われたとしても、それは同族株主間などの特定の関係者間での取引や、特殊な事情による売買であることが多いです。そのため、関係者間で都合の良い株価を設定することが可能となり、その株価をそのまま税務上の時価として受け入れることは税務当局としては困難なわけです。
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第三者間で株式譲渡する際の株価
取引先に自社株を持ってもらったり、M&Aで大手企業のグループに参画したりする際の株価は、同族内取引のような税務ルールの制約は基本的にありません※。つまり、取引相手(第三者)との協議によって決まった価格が適正時価であり、それについて税務当局から指摘を受けることは原則としてない、ということです。
※あらゆるケースで税務リスクが無いとは言い切れませんので、実際の株式譲渡に際しては税務専門家の助言を受けることをお奨めします。この点については後述します。
実務上は、第三者と協議をする上で、一定の株式評価理論に照らして妥当な株価を算定し、それを叩き台とすることで、交渉が迷走することを防ぎます(取引コストの引き下げ効果)。売り手は高く譲渡したい、買い手は安く譲り受けたい、と利害が相反するなか、理論的に妥当な株価を土台に交渉することで、安く売り過ぎたり、高く買い過ぎる不利益を予防する効果もあります。
以下では、理論的に妥当な株価を算定する手法を解説していきます。
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株式価値の算定手法(3つの評価アプローチ)
株式譲渡における価値算定で用いられる幾つかの評価方法は、3つのアプローチに大別されます。
コストアプローチ
コストアプローチは、対象となる会社の純資産額を基準にして、株式譲渡価格を算出する方法です。ネットアセット・アプローチとも呼ばれ、貸借対照表に記載されている資産と負債をもとに純資産を計算し、その額をもとに株価を算定します。比較的シンプルでわかりやすい反面、会社の将来の成長や収益性を考慮していない点が課題です。
具体的には、以下のような評価方式が用いられます。
時価純資産法・修正簿価純資産法
時価純資産法は、帳簿上の全資産と負債を時価で再評価し、純資産額を算出する方法です。これにより、企業の現在の市場価値に基づいて株価を算定できます。修正簿価純資産法は、時価を価格算出しやすい項目かつ含み損益が大きい項目を時価修正して純資産額算出する方法です。時価純資産法における時価変動の影響を抑えつつ、より正確な価値を反映させられます。
年買法
年買法(純資産+のれん法)は、時価純資産とのれん代(営業権)の総和により株価を算出する方法です。のれん代は、譲渡価格から時価純資産額を引いた金額であり、企業が市場で獲得している独自の価値を示します。この方法では、企業の財務状況だけではなく、市場でのブランド価値や顧客基盤なども考慮されます。
簿価純資産法
簿価純資産法は、会社の財務諸表に記載されている帳簿価値(簿価)をもとに、純資産額を算出する方法です。価格算出が比較的容易な項目については、時価での評価を行います。簿価純資産法は、計算が容易で客観性がある点がメリットです。ただし、含み益・含み損を反映させていないため、帳簿価値が実際の市場価値と異なる場合がある点に注意しましょう。
マーケットアプローチ
マーケットアプローチは、対象となる会社の同業他社の株式の価値と比較して、株式譲渡価格を決める方法です。同業他社の株価や取引事例を参考にして、類似する会社の株式価格を基準に、自社の株価を算定します。市場の動向や競争状況を反映した価格で、株式の譲渡を行える点が特徴です。
代表的な評価方式は以下のようなものです。
類似会社比較法(マルチプル法)
マルチプル法は、類似上場企業の財務指標を基に対象企業の価値を算出する方法です。具体的には、類似企業の企業価値や株主価値を売上高や利益、EBITDAなどのKPIで割って得られる倍率(マルチプル)を、評価対象企業の同じKPIに掛けて企業価値を推定します。この手法は客観性が高く、計算が比較的簡単であるため、第三者とのM&Aの実務でよく使用されます。ただし、個別の事情を反映しにくいというデメリットもあります。
類似業種比準法
類似業種比準法は、対象となる株式会社と同一業種・同一規模の会社を比較し、対象となる会社の株価や財務情報をもとに、評価額を算出する方法です。この方法では、市場における同業他社の動向や評価を参考にすることで、公正な価格を算定できます。類似業種比準法は、「類似業種比準価額計算上の業種目及び業種目別株価等」にしたがって算出されるため、一定の客観性を持っている点が特徴です。税務上の評価方式の1つで、同族内での株式譲渡で利用されます。
インカムアプローチ
インカムアプローチは、対象となる会社の将来の利益予想やお金の流れの予想を参考にして、株価譲渡価格を算定する方法です。将来のキャッシュフローや利益を予測し、その額を割引率で割り引くことで現在の価値を算出し、その額を基に株価を決定します。将来のビジネス展望を考慮できるため、成長が期待される企業の株式評価に最適です。
例えば、以下のような評価方式があります。
DCF法
DCF法(Discounted Cash Flow)は、対象企業が将来において生み出すキャッシュフローを予測し、その合計額を現在価値に割り引いて、企業価値を算定する方法です。この方法においては、未来のキャッシュフローの予測が重要で、適切な割引率の選定が求められます。そのため、精度の高い予測や適切な割引率の設定が重要なポイントです。株式譲渡によるシナジー(相乗効果)効果も企業価値に反映できる点は、大きなメリットといえるでしょう。
配当割引モデル
配当割引モデルは、「株価の理論値は、その株を保有し続けた場合において、将来支払われる配当の現在価値の合計値である」という考え方に基づいて、株式の価値を評価する方法です。この方法では、過去の客観的指標によって評価額を算出します。そのため、比較的容易に評価額を算出可能です。ただし、配当金額と資本金のみで算出するため、客観性に欠ける一面もあります。
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譲渡価格を決定する際の注意点
自社株を譲渡しようとする際の価格に関する注意点について解説します。
時価で株式譲渡するとき
時価で株式を譲渡する場合も課税の対象です。ただし、個人または法人が株式譲渡しても、課税されるのは、譲渡側のみです。個人から個人への場合は所得税、個人から法人への場合は法人税が課税されます。
また、株式譲渡の際には、適切な価格設定のために、事前に税法や会計基準をよく調べましょう。株式譲渡に関する契約や条件も十分に検討し、合意が得られるように価格を決定することが重要です。
低額譲渡で株式譲渡するとき
低額譲渡とは、株式を適正な時価よりも低い価格で譲渡することです。低額譲渡において、時価よりも低い価格で株式を譲受した側は、差額分が利益とみなされます。そのため、利益に対して所得税が課税されます。
高額譲渡で株式譲渡するとき
高額譲渡とは、株式をその時価よりも高い価格で譲渡することを指します。この方法が用いられる背景には、特定の事業戦略や将来の展望が影響している場合があります。高額譲渡が行われる背景や理由を十分に説明し、関係者とのコミュニケーションを密にしましょう。
また、個人または法人の譲渡側には、時価で株式譲渡した分と、時価を超える価格で株式譲渡した分が課税される点にも注意が必要です。
M&A前に親族内で株式譲渡するとき
相続対策など何らかの理由で、自社株を同族内で移動(譲渡、贈与)したものの、その直後に第三者に株式譲渡(M&A)する、ということはあり得ます。そのような場合の株式価値は、M&A前の移動時は税務上の株価を、M&Aの際は年買法等のM&A株価を、採用することが一般的ですが、後者(M&A株価)の方が高いことが殆どです。
そうすると、例えば、現オーナー経営者による第三者承継(M&A)が予定されている場合に、そのM&Aの実行前に税務上の安い株価で子供に自社株を譲渡しておいて、その後にM&Aを実行すれば、現経営者から子供への財産(現金)の移転がトータルで見て低税率で実現できます。そのような意図をもって行ったかは兎も角として、これら一連の行為が租税回避ではないか、としてM&A後に税務当局から問題視されるリスクは旧来より指摘されてきたところです。
M&A前後の株価差を巡る判例
この税務上の論点について、2024年8月に重要な判決が下されました。国税当局にとって「伝家の宝刀」とも呼ばれる財産評価基本通達の「総則6項」※を適用した相続税課税で、初めて国税側の敗訴が確定しました。
※総則6項は、相続税等の財産評価において、通常の評価方法が著しく不適当と認められる場合に適用される規定です。国税庁長官の指示により、通達の定めによらない評価方法を用いることができ、相続税の悪質な節税対策を防ぐ目的で運用されています。
税務訴訟の概略
争点となったのは、東北地方の非上場企業の株式評価額でした。本件では、被相続人(前経営者)が生前にM&Aを検討し、1株10万円での株式譲渡が予定されていました。相続人(前経営者の子供ら)は被相続人の死後、この価格で相続により取得した自社株を譲渡しましたが、相続税の申告時には通常の税法ルールで評価し、実際の譲渡額の12分の1以下となりました。
相続人は通常の算定ルールに基づき1株8千円と評価し申告しましたが、国税当局はこれを低過ぎると判断。総則6項を適用し、専門会社のDCF法による算定結果に基づき1株8万円と評価し直しました。これにより相続人側に約4億円の追加納税が求められ、2021年に提訴に至りました。
「伝家の宝刀」とは
財産評価基本通達は自社株の評価方法を詳細に定めています。非上場株式の場合、企業の利益や配当、類似企業の株価などを基に評価します。一方、総則6項は通常の算定ルールでの評価が「著しく不適当」な場合、国税当局が再評価できる例外規定で、俗に「伝家の宝刀」と呼ばれ、これが抜かれるケースは極めて稀です。
裁判では、現経営者やその子供らの一連の行為が「税負担の回避を目的としていたか」等が争われました。判決では、「評価額を下げるような行為はなく、相続人らが税負担を免れさせる行為がない以上、不公平であると判断する余地はない」などと判示されました。
実務対応
一般に、税務訴訟で納税者が勝訴することは珍しいですが、本件では納税者が勝訴しました。
しかしながら、M&Aの前に自社株を移動させる場合の税務は、極めて個別性の高い論点であるため、あらゆるケースで納税者の取引が税務上も是認されると考えることは早計です。M&A前に同族内で株式の移動を検討する場合には、その事情やタイミング、株価をどう設定するか等、税務に詳しいM&Aコンサルティング会社等のアドバイスを受けることが賢明です。
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株式譲渡での価格を高める方法
ここでは、株式譲渡における価格を高めるための方法について解説します。
自社の価値を理解してくれる相手先を探す
株式譲渡における価格を高めるためには、自社の価値を正確に理解している相手先を探すことが大切です。譲受側が自社の価値を理解していれば、高くても譲受したい」と思うでしょう。
また、譲受側の ニーズ(需要)に合わせて、自社の価値をアピールするのも効果的です。自社の将来性や市場のポテンシャルを示すことで、相手側の期待感を強め、結果的に価格を高められるでしょう。
具体的な情報を提供する
価格を高めるためには、自社の方針や現在の経営状況、将来の成長見込みなど、株式譲渡に関わる重要な情報を、具体的に開示することが大切です。透明性が上がることで、信頼を得られる可能性もあります。情報提供にあたっては、正確で信頼できるデータや資料をもとに、明確でわかりやすい説明を心がけることが重要です。
候補先同士で価格競争させる
株式の譲受側は、できるだけ安く譲受したいと考えるのが一般的です。そのため、1対1で交渉をすると、価格を下げる方向で話が進みがちです。対策としては、複数の譲受側候補を見つけて、価格競争をさせるといった方法が挙げられます。高い交渉スキルや情報収集能力が求められますが、結果的に有利な条件を引き出せる可能性があるでしょう。
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株式譲渡価格のまとめ
株式譲渡を検討する際には、価格の算出方法について十分に理解しておきましょう。どの算出方法が適しているのかわからない場合には、専門家への相談がおすすめです。
株式譲渡に関する相談は、みつきコンサルティングへお任せください。みつきコンサルティングは、豊富な実績を活かしてさまざまなご提案をいたします。また、税理士グループの強みを活かし、M&Aに伴う相続対策にもワンストップで対応します。
著者
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人
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