人事デューデリジェンスとは、譲受側が譲渡側の人事制度およびマネジメントを詳細に調査することです。人事面への配慮が不足したことで、人材が流出し、M&Aが失敗に終わるケースも少なくありません。本記事では、成功するM&Aのポイントを人事面から解説します。
人事デューデリジェンスとは
人事デューデリジェンス(DD)とは、M&Aにより企業買収を行う際に、対象となる企業や事業の価値を収益性やリスク面から事前に調査するプロセスのうち、人事面に特化した買収監査(企業調査)です。
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人事DDの必要性
事業の高度化が進むなか、多くの企業において、優秀な人材の確保が課題として挙げられています。そのため、M&Aそのものが、人材の獲得を目的に行われるケース少なくありません。企業価値に占める人材の割合が高くなりやすい中小企業においては、特にその傾向が顕著です。
しかし、M&Aで人材を獲得しても、対象会社の人事面への無理解から人材が流出してしまう場合もあります。M&Aの成否は、人事面にかかっているといっても、過言ではありません。従業員ひとり一人に対する細やかな配慮と手続が、M&Aを成功に導きます。
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労務DDとの違い
M&Aにおける人事デューデリジェンスと労務デューデリジェンスは、どちらも人的資源に関する調査を行うプロセスですが、その調査範囲等に違いがあります。
人事DDのスコープ
人事DDは、主に以下の点にフォーカスします。
- 組織構造と人材配置
- 人事制度や評価システム
- 従業員のスキルや能力
- コア人材の特定と維持
- 企業文化の分析
- M&A後の統合作業計画の準備
人事DDの目的は、対象会社の人事面での潜在的なシナジー効果やリスクを評価し、買収後の経営統合(PMI)に向けた具体的な課題を把握することです。
労務DDのスコープ
労務DDは、より定量的かつ法的な側面に焦点を当てており、主に以下の項目を調査します。
- 労働条件や就業規則
- 賃金体系と未払残業代の有無
- 労働時間管理
- 社会保険の加入状況
- 労働関係法令の遵守状況
- 労働組合との関係
労務DDの目的は、法令違反や潜在的な労務リスクを特定し、具体的なリスク額を算定することです。これらの結果、検出された例えば未払残業代は、財務DDと連携することで企業価値算定上の減額要因となります。
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また、労務DDで把握し切れなかった潜在債務・偶発債務について、他には存在しないことを売主に表明保証して頂くよう最終契約において規定します。
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このように労働法への準拠性を確認する側面が強い労務DDは、それ単体で実施されることもありますが、中小企業を対象会社とするM&Aでは弁護士等による法務DDの一部として実施されることが多いです。
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労務DDとの主な違い(まとめ)
- 着眼点:人事DDは組織や人材の質的側面に注目し、労務DDは法令遵守や定量的な労務管理に注目します。
- 目的:人事DDはシナジー効果の最大化と統合計画の準備に重点を置き、労務DDはリスクの特定と定量化に重点を置きます。
- 調査範囲:人事DDは組織全体の人的資源を広く調査しますが、労務DDは主に法的・制度的側面に焦点を当てます。
- 専門性:人事DDは人事コンサルタントが、労務DDは弁護士や社会保険労務士が担当します。
両者は相互に補完し合う関係にあり、M&Aの成功には両方のDDを適切に実施することが重要です。これにより、人的資源に関する包括的な理解が得られ、M&A後の統合をスムーズに進めることができます。
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人事DDの調査項目の実務
M&Aにおける人事デューデリジェンスの主な調査項目は以下のとおりです。
シナジー効果の最大化のために
M&Aの最終契約前に問題点・課題を発見するために、対象会社の人事面での潜在的なシナジー効果やリスクを評価を行います。
主な調査項目は、以下のとおりです。
- 組織風土
- 組織構造
- 人件費
- 採用および育成制度
- 労働契約
- 労働組合
- 福利厚生
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統合作業の準備のために
買収後のPMI(統合プロセス)は、クロージング後に行う経営統合プロセスです。人事DDでは、買収後の具体的なマネジメント方法を決定し、統合後の経営を円滑に進めるために実施します。
これらは、人事PMIとも呼ばれ、PMIのうち人事面に関する工程を指します。人事PMIは、主に以下の項目に関して行われます。
- 関係各所に対する説明会
- 組織と人材材配置の最適化
- 人事システムや業務フローの統合
- 人事および労務関係法令への対処
- 内部規程の変更
譲渡側の従業員と譲受側の企業との信頼関係を構築する大切な機会です。従業員を集めた説明会や個別面談を積極的に実施し、理解を深めます。
人事PMIの注意点
人事PMIは、従業員の働き方や心理状態に直接影響を与えます。安心感と労働意欲の醸成のためには、十分な説明と丁寧なコミュニケーションが必要です。労働環境や制度の変更は、従業員が強い不安を感じるポイントです。勤務地や年金制度の変更、新システムの導入などは、綿密に人事PMIを進めましょう。
人事PMIの成功ポイント
人事PMIは、M&A成功の鍵を握るともいえます。
経営陣がリーダーシップを発揮する
M&Aが従業員の士気を低下させないよう、経営陣がリーダーシップを発揮して人事PMIを進めます。人事PMIの実行適任者は、譲渡側の経営陣です。譲渡側の企業内部を熟知しており、従業員からの信頼も厚いためです。譲受側にPMI経験者がいれば、人事PMIを担当させても良いでしょう。
信頼関係を構築する
人事PMIの成功には、譲渡側と譲受側の相互理解が大切です。対等な関係性で互いを深く理解できるよう、密なコミュニケーションを心がけましょう。人事PMIは、人事制度や業務システムなどのハード面だけに注力すると、失敗する可能性があります。従業員の気持ちをくみ、譲渡側の企業文化など、ソフト面にも十分な配慮が必要です。
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M&Aアドバイザーを起用するメリット
「M&Aは社内人材だけで進められる」「M&Aは自社で何とかできる」と思われがちですが、M&Aの成功には、M&Aアドバイザーの協力が不可欠です。ここでは、M&Aのアドバイザーに依頼するメリットについて解説します。
人事部の負担を軽減する
M&Aが行われる際には、人事部に大きな負担がかかります。作業内容が煩雑で工数が多く、当初の想定以上に人員と手間が必要になる場合もあります。アドバイザーが譲渡側と譲受側を仲介することで、M&Aも日常業務も滞りなく進められるでしょう。
コミュニケーションが円滑になる
M&Aアドバイザーは、譲渡側と譲受側、関係各部署の連携もサポートします。多忙なM&A局面でも、必要なコミュニケーションを円滑に進められます。人事PMI(統合プロセス)の煩雑な手続きも、アドバイザー主導で進められます。
不要なトラブルを回避できる
M&Aの専門家であるアドバイザーに依頼すると、不要なトラブルを回避できます。契約書の不備や内容の確認、契約内容と関係法令の照合なども確実に進められます。万が一のトラブル発生時にもアドバイザーが対応するため安心です。
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M&Aにおける人事デューデリジェンスのまとめ
M&Aでは、事業や資産の移転が注目されがちですが、M&Aの成功とシナジーの発揮には、人事面への配慮が欠かせません。人事デューデリジェンスや人事PMIは、M&A後の人材流出や士気低下を防ぐために、大きな役割を果たします。
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著者
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人
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