近年、IT業界全体で人材不足が深刻化する中、SES(システムエンジニアリングサービス)業界においてもM&Aが活発化しています。本記事では、SES業界の現状やM&Aのメリット、高値売却のポイントなどを解説します。
SES(システムエンジニアリングサービス)とは
SESとは、「System Engineering Service」の略称です。具体的には、システム開発や保守、運用などの業務に対して、システムエンジニアを派遣する契約形態を指しています。SESの特徴として、以下の点が挙げられます。
- クライアント企業の現場に常駐して業務を行う
- エンジニアはSES企業の指示に従って業務を遂行する
- クライアントからの直接指示は受けない
この独特な業務形態により、SES企業はクライアントのニーズに柔軟に対応しつつ、エンジニアの育成や管理を自社で行うことができます。
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SES業界の現状と今後
SES業界は、一時は新型コロナウイルス感染症の影響を受けましたが、成長を続けています。今後の成長要因として、以下のポイントが挙げられます。
- 5Gの本格普及
- DX(デジタルトランスフォーメーション)の浸透
- 企業のIT投資の活発化
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SES業界の課題
SES業界の課題としては、人材不足が挙げられます。IT業界は慢性的な人手不足であり、今後もその傾向は加速する見込みです。また、クライアントから元請け企業へ委託された業務が、2次請け企業、3次請け企業など多層的に再委託されている点も抱えている問題の1つです。多重下請け構造が業界で常態化しているため、プロジェクト全体で共通認識が持てなくなる可能性がある、下流にさまざまなしわ寄せがくるといった点が課題となっています。
- 慢性的な人材不足
- 多重下請け構造の常態化
- プロジェクト全体での共通認識の欠如
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SES業界のM&A動向
SES業界でのM&Aには、主に以下の2つの傾向が見られます。
- 人材確保を目的としたM&A
- 同業者間でのM&A
人材確保を目的としたM&A
IT業界全体で人材不足が深刻化する中、M&Aによって優秀な人材を効率的に確保するケースが増えています。SES企業においても、優秀なエンジニアを多く抱える企業ほど、M&Aでの交渉が有利になる傾向があります。
同業者間でのM&A
SES業界では、同業者同士のM&Aも増加しています。その理由として、以下の点が挙げられます。
- 人材不足の解消
- 多重下請け構造の改善
- ノウハウや技術の共有
- サービス体制の強化
同業者間でM&Aを行うことで、双方の強みを活かしつつ、業界全体の課題解決にも貢献できる可能性があります。
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M&Aのメリット
M&Aには、譲渡側と譲受側それぞれにメリットがあります。
譲渡側のメリット
ここでは、M&Aによる譲渡側の主なメリットを解説します。
事業承継の実現
- 後継者不足問題の解決
- 培ってきた技術の継承
M&Aによる譲渡側のメリットは、事業承継を実現できる点です。近年、SES企業においても後継者不足問題が顕著になっています。抱えているエンジニアを守るために、事業承継は今後ますます有効な選択肢となるでしょう。また、これまでの取り組みによって培ってきた技術も、M&Aをすれば失われずに次世代に残せます。
譲渡利益の獲得
- まとまった資金の確保
- 負債返済や新規事業への投資
譲渡利益を獲得できる点も、M&Aによる譲渡側のメリットの1つです。企業を譲渡すれば、譲渡資金としてまとまった資金を手に入れられます。手に入れた資金は負債返済や新規事業にあてられるため、廃業に比べて金銭的メリットが大きいといえるでしょう。
譲受側のメリット
次に、M&Aによる譲受側の主なメリットについて解説します。
優秀な人材の確保
- 人材育成にかかる時間と費用の削減
- 対応可能案件数の増加
M&Aによる譲受側のメリットは、M&Aを行うことで優秀なシステムエンジニアを雇用できる点です。自社で人材を育成する手間や費用を削減できるため、この点は大きなメリットといえるでしょう。また、システムエンジニアが増えることで、対応できる案件数も増加します。ひいては、売上増加も見込めるでしょう。
事業拡大の実現
- 譲渡側のブランド力の活用
- 新規顧客の獲得
M&Aを行うことで事業拡大を図れる点も、M&Aによる譲受側のメリットの1つです。譲渡側のブランド力を有効活用することで、新規顧客が増えるケースがあります。そのため、M&Aはスピーディーに業績向上を狙う手段として有効です。
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SES企業のM&Aにおける注意点
M&Aを成功させるためには、以下の点に注意が必要です。
譲渡側の注意点
- 慎重な譲渡先の選定
- 従業員や取引先への配慮
- 十分な準備期間の確保
譲渡側の注意点としては、第一に慎重な譲渡先の選定が挙げられます。従業員や取引先をないがしろにする譲受側を選定してしまうと、さまざまな悪影響が出てきます。信頼できる譲受先を見つけるためにも、M&Aに関する準備期間は十分に設け、入念に譲渡準備を整えることが重要です。
譲受側の注意点
- デューデリジェンス(買収監査・企業調査)の徹底
- 譲渡側の技術やノウハウの適切な評価
- コンプライアンスの確認
M&Aを実施する際、譲受側は譲渡側が持っている技術やノウハウを、デューデリジェンス(買収監査・企業調査)によって評価します。失敗を防ぐためにも、このデューデリジェンス(買収監査・企業調査)を丁寧に行うよう心がけましょう。
譲渡側に優れた技術を持っているエンジニアが少ない場合、M&Aのメリットはその分少なくなります。また、デューデリジェンス(買収監査・企業調査)実施時には、譲渡側のコンプライアンス確認の徹底も大切です。仮に譲渡側が法令に則って事業を進めていなかった点が後から見つかれば、問題の火種となりかねません。
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SES企業の譲渡価格(相場)
SES会社のM&A譲渡における価格相場について、説明します。SES会社の譲渡価格は、主に以下の要素に基づいて算出されます。
- 純資産(時価ベース)
- 利益(営業利益、EBITDAなど)
- エンジニアの人数と単価
具体的な数値を用いて、それぞれの算出方法を説明します。
代表的な価値算定方法
SES業界で用いられることの多い、株式価値または事業価値の計算法は以下のようなものです。
年買法
純資産価値に基づく算出方法では、以下の計算式が一般的です。
譲渡価格 = 純資産価値 + (年間営業利益 × 3〜5年分)
例えば、純資産価値が1億円で、年間営業利益が5000万円の場合、以下の算定結果になります。
最低価格: 1億円 + (5000万円 × 3年) = 2億5000万円
最高価格: 1億円 + (5000万円 × 5年) = 3億5000万円
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マルチプル法
類似会社比較方式とも呼ばれる方式で、EBITDA(償却前営業利益)の倍率を用いることが多いです。
譲渡価格 = EBITDA × 4〜8倍+ネットキャッシュ
例えば、EBITDAが1億円の場合で、ネットキャッシュがゼロ(現金と有利子負債が同額)だとすると、以下の算定結果になります。
最低価格: 1億円 × 4倍 = 4億円
最高価格: 1億円 × 8倍 = 8億円
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エンジニア数×単価方式
この方法は特にSES業界に特有な算定法です。
譲渡価格 = エンジニアの人数 × 1人あたりの単価
例えば、エンジニアが100人で、1人あたりの単価が800万円〜1200万円の場合、以下の算定結果になります。
最低価格: 100人 × 800万円 = 8億円
最高価格: 100人 × 1200万円 = 12億円
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売却価格の相場
実際の相場としては、以上の方法を組み合わせて算出されることが多く、相場感を示すならば以下のようなイメージになります。
- 小規模SES会社(従業員50人未満): 1億円〜5億円
- 中規模SES会社(従業員50〜200人): 5億円〜20億円
- 大規模SES会社(従業員200人以上): 20億円〜100億円以上
ただし、以下の要因により価格が上下する可能性があります。
- 顧客基盤の質と安定性
- 技術特化度や専門性
- 成長率や将来性
- 業界内での評判やブランド力
大手企業との長期契約があるか、業界の成長性が高いかなど、顧客基盤の安定性も価格に影響します。安定した取引先があるSES会社の価値は、より高く評価される傾向にあります。
最終的な譲渡価格は、譲受側の買収ニーズや相乗効果の見込み、市場環境などによっても大きく変動します。そのため、専門家によるデューデリジェンスと適切な価値評価プロセスを経ることが重要です。
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高値譲渡のポイント
SES企業を高値で売却するためには、以下のポイントに注意が必要です。
デューデリジェンスの準備を徹底する
譲受企業が行うデューデリジェンスおいて初めて大きな問題点が検出される事態は避ける必要があります。
問題となりそうな項目への事前対処
高値でSES企業を譲渡するポイントは、デューデリジェンス(買収監査・企業調査)の準備を徹底することです。M&Aが成功するか否かは、デューデリジェンス(買収監査・企業調査)にかかっているといっても大げさな表現ではないでしょう。
M&Aの専門家への相談
M&Aの実施にあたって問題となりそうな項目については、事前に適正な対処を施しておくことが重要です。また、あらかじめM&Aの専門家に相談しておくのも有効な手法だといえるでしょう。
優秀なエンジニアを確保しておく
人材が商品の業界のため、エンジニアの確保と定着が最重要です。
エンジニアの在籍
優秀なエンジニアを確保しておくことも、高値でSES企業を譲渡するポイントの1つです。エンジニアの育成には多くの費用や時間がかかります。そのため、優秀なエンジニアを確保しておけば、その分だけM&Aを有利に進められるでしょう。
人材の質の高さをアピール
専門知識を有しているエンジニアが在籍してれば、デューデリジェンス時にさらに高く評価されます。
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近年のM&A譲渡事例
以下はSESの中小企業を、M&Aで売却した近年の成約事例を紹介します。
プライムシステムデザインのアクモスへの譲渡
2024年、株式会社プライムシステムデザインが株式会社アクモスに譲渡されました。具体的な譲渡の理由や金額は公開されていませんが、アクモスはプライムシステムデザインの技術力や顧客基盤を活用し、事業拡大を図ると考えられます。この譲渡により、両社の強みを生かしたシナジー効果が期待されています。
リーサコンサルティングのテンダへの譲渡
2023年、株式会社リーサコンサルティングが株式会社テンダに譲渡されました。テンダはリーサコンサルティングの持つSES事業のノウハウや人材を獲得し、自社の事業基盤を強化することを目的としていると推測されます。この譲渡により、テンダのSES事業における競争力向上が期待されています。
ソフィアのテクバンへの譲渡
2024年、株式会社ソフィアが株式会社テクバンに譲渡されました。テクバンはソフィアの持つ技術力や顧客ネットワークを活用し、自社のSES事業を拡大することを目指していると考えられます。この譲渡により、両社の経営資源を統合し、より効率的な事業運営が可能になると期待されています。
アダムアップのSYSホールディングスへの譲渡
2024年、株式会社アダムアップが株式会社SYSホールディングスに譲渡されました。SYSホールディングスはアダムアップの持つSES事業のノウハウや人材を獲得し、グループ全体の事業基盤を強化することを目的としていると推測されます。この譲渡により、SYSホールディングスグループのIT人材サービス事業の拡大が期待されています。
HICサービスのカイテクノロジーへの譲渡
2024年、株式会社HICサービスが株式会社カイテクノロジーに譲渡されました。カイテクノロジーはHICサービスの持つSES事業の経験や顧客基盤を活用し、自社のサービス領域を拡大することを目指していると考えられます。この譲渡により、両社の強みを生かした新たなサービス展開が期待されています。
アピリッツの譲渡
2024年、株式会社アピリッツが譲渡されました。具体的な譲受側の企業名は公開されていませんが、アピリッツの持つSES事業のノウハウや技術力が評価され、譲渡が決定したと推測されます。この譲渡により、アピリッツの事業継続と発展が期待されています。
ミップのフィットワークスへの譲渡
2024年、株式会社ミップが株式会社フィットワークスに譲渡されました。フィットワークスはミップの持つSES事業の経験や人材を活用し、自社のサービス領域を拡大することを目指していると考えられます。この譲渡により、両社の経営資源を統合し、より競争力のある事業展開が期待されています。
ピー・アイ・シーのコプロテクノロジーへの事業譲渡
2023年、株式会社ピー・アイ・シーが株式会社コプロテクノロジーに事業譲渡を行いました。コプロテクノロジーはピー・アイ・シーのSES事業を取得することで、自社の事業基盤を強化し、サービス領域を拡大することを目指していると推測されます。この事業譲渡により、コプロテクノロジーのIT人材サービス事業の成長が期待されています。
アイピーエスの交換できるくんへの譲渡
2023年、株式会社アイピーエスが株式会社交換できるくんに譲渡されました。交換できるくんはアイピーエスの持つSES事業のノウハウや顧客基盤を活用し、自社のサービス領域を拡大することを目指していると考えられます。この譲渡により、両社の強みを生かした新たなビジネス展開が期待されています。
ジャパンコンピューターサービスの日本コンピュータ・ダイナミクスへの譲渡
2023年、株式会社ジャパンコンピューターサービスが株式会社日本コンピュータ・ダイナミクスに譲渡されました。日本コンピュータ・ダイナミクスはジャパンコンピューターサービスの持つSES事業の経験や技術力を活用し、自社の事業基盤を強化することを目的としていると推測されます。この譲渡により、両社のシナジー効果による事業拡大が期待されています。
ジャパンテクニカルソフトウェアのアウトソーシングへの譲渡
2022年、株式会社ジャパンテクニカルソフトウェアが株式会社アウトソーシングに譲渡されました。譲渡価格は約40億円で、アウトソーシングはジャパンテクニカルソフトウェアの持つSES事業の顧客基盤や人材を活用し、自社のIT分野での事業拡大を図ると考えられます。この譲渡により、アウトソーシングのIT人材サービス事業の強化が期待されています。
ウィルウェイのキャリアインデックスへの譲渡
2022年、株式会社ウィルウェイが株式会社キャリアインデックスに譲渡されました。譲渡価格は約10億円で、キャリアインデックスはウィルウェイの持つSES事業のノウハウや顧客基盤を活用し、自社の人材サービス事業を拡大することを目指していると推測されます。この譲渡により、キャリアインデックスのIT人材領域での競争力強化が期待されています。
エスケイコンサルティングのアクセスグループホールディングスへの譲渡
2022年、株式会社エスケイコンサルティングが株式会社アクセスグループホールディングスに譲渡されました。譲渡価格は約3億円で、アクセスグループホールディングスはエスケイコンサルティングの持つSES事業の経験や人材を活用し、グループ全体のIT人材サービス事業を強化することを目的としていると考えられます。この譲渡により、アクセスグループホールディングスのIT分野での事業拡大が期待されています。
テクノスの日本システムディベロップメントへの譲渡
2021年、株式会社テクノスが株式会社日本システムディベロップメントに譲渡されました。日本システムディベロップメントはテクノスの持つSES事業のノウハウや技術力を活用し、自社のIT人材サービス事業を拡大することを目指していると推測されます。この譲渡により、両社の強みを生かした新たなサービス展開が期待されています。
ビーアイテックのワールドインテックへの譲渡
2021年、株式会社ビーアイテックが株式会社ワールドインテックに譲渡されました。ワールドインテックはビーアイテックの持つSES事業の顧客基盤や人材を活用し、自社のIT分野での事業拡大を図ると考えられます。この譲渡により、ワールドインテックのIT人材サービス事業の強化と新たな成長機会の創出が期待されています。
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SES企業のM&Aにおける専門家の重要性
SES企業のM&Aを成功させるためには、専門家への相談が不可欠です。以下の理由から、M&A専門家の助言を受けることをおすすめします。
- SES業界に関する深い知見とノウハウの必要性
- 正確な企業価値算出の重要性
- 交渉やデューデリジェンスの円滑な進行
▷関連:M&Aの相談先はどこが良い?税理士・銀行・仲介会社の違い
M&Aの相談先としては、以下の選択肢があります:
- M&A仲介会社
- M&Aに強い会計事務所
- 金融機関
このうち特にM&A仲介会社は、スキームの提案や適正価格の提示、交渉や手続きのサポートなど、M&Aのプロセス全体をスムーズに進めるサポートを提供してくれます。
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SES業界のM&Aのまとめ
この記事では、SES業界の現状やM&Aのメリット、譲渡相場などを解説しました。SES企業をM&Aする際には、あらかじめ情報をしっかり集めておき、損をしないよう動きましょう。
M&Aに関するご相談は、みつきコンサルティングにお任せください。みつきコンサルティングは税理士法人グループであることから、M&A(第三者への承継)ありきの提案ではなく、事業所内承継、親族内承継など複数の選択肢からメリット・デメリットを把握・比較することが可能です。M&Aに関して悩みや不明な点をお持ちの人は、お気軽にご相談ください。
著者
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人
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