近年、医療業界でも経営者の高齢化により、事業承継のタイミングが来ており、後継者不足や専門人材の不足と言った事業承継問題が発生しています。クリニックや病院などの医療業界においてもM&Aを行うことで後継者問題を解消し、経営を安定化させる流れが増えており、この記事では、各病院の種類の違いや病院業界でのM&A事例、譲渡側・譲受側のM&Aメリットなどを解説します。
病院・クリニック業界の概要
クリニック(診療所)とは、病床数20床未満の医療を提供する場所のことを言います。また、病床数20床以上の医療を提供する場所を病院と言います。高齢化社会に対応する為、クリニックや病院が中心となり地域の医療関係者が協力し医療体制を整える地域医療構想が推進されています。クリニック・病院業界の特徴について解説します。
業界の特徴
病院は公的組織を除き、医療法人、社会福祉法人、学校法人、など非営利団体組織での設立しか認められておらず、株式会社などの営利団体には医療施設の開設は認められていません。医療施設の運営形態としては、国が運営する国立病院、大学が運営する大学病院、医療法人や公益法人が運営する一般病院やクリニック(診療上)があります。
病院とクリニック(診療所)の違い
クリニック(診療所)と病院の違いは、病床の数と人員配置基準にあります。病床数19床以下の医療施設をクリニック(診療所)、病床数20床以下の医療施設を病院として分類しています。クリニックでは医師を1名配置することのみで、その他の人員配置要件はありません。一方、病院では医師3人、薬剤師1人、患者3人に対して看護師1人という人員配置基準があります。
病院の種類
病院は医療法で、公的組織以外には医療法人・学校法人・社会福祉法人などの非営利組織にしか設立が認められておりません。病院の種類は、運営主体によって大きく4つに分類されます。4つの病院種類について解説します。
国立病院
国立病院とは、厚生労働省が管轄する「独立行政法人 国立病院機構」が運営している全国141の医療施設を言います。
一般診療だけでなく、先進医療や医療研究も行っており、特に5疾病(脳卒中・がん・精神疾患・糖尿病・急性心筋梗塞)と5事業(緊急医療・周産期医療・へき地医療災害医療・小児医療・小児救急)の取り組みに力を入れていることが特徴です。また、医療の提供のみならず調査・研究、医療従事者の育成を担う機関としても運営されております。
公的・公立・社会保険関係法人の病院
公的医療機関とは、都道府県や市区町村、地方独立行政法人、日本赤十字社など が運営している医療機関を言います。全国に875の公立病院があり、一般診療だけでなく救急や災害医療、高度先進医療などの提供を行っています。
公的な医療機関となる為、採算性が合わない治療や特殊な治療が必要など民間医療機関では対応が困難である医療の提供も行っており、地域に根差した病院が多くあります。
大学病院
大学病院の特徴としては、「診療」「教育」「研究」と3つの役割を担っており、一般的な診療、医学生の教育、次世代を担う新治療の開発なども行なっています。
大学病院には最新の医療設備と医療技術が揃っていることから、一般診療では受けられない治療を受けることも可能です。医学生の育成機関としての機能を有し、医師の配置が豊富な為、手厚い医療体制が整っているというメリットもあります。
一般病院
一般病院とは、医療法人や社会福祉法人、公益法人が運営する病院で、地域密着型の病院が多いです。一般病院の定義としては、病床数が20床以上との要件があるのみでその他の要件はありません。
一般病院は、整形外科・内科・外科・皮膚科・耳鼻科等専門分野をメインにしている病院が多くあります。
病院・クリニック業界のM&A動向
病院やクリニックのM&Aは、他の業界に比べるとややスローな状況です。もちろん経営者の高齢化や後継者不足といった課題はあります。また診療報酬の改定や2025年を目途に進めている地域包括ケアシステム構築への対応など業界変化もあることから今後、病院・クリニックのM&Aも加速すると予想されます。
高齢化と人材不足
現在、日本全体で高齢化が進んでおり、クリニック(診療所)や病院などで働く医師の高齢化も進んでおります。また、医師の人材不足も手伝って後継者不足の課題は他の業界と同じように抱えております。
病床を有するクリニック(診療所)や病院では、看護師など有資格者の配置基準があり、各医療機関で人材確保が難しくなっています。
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病院・クリニックのM&Aは増加している
現在、財務状況が健全なクリニック(診療所)・病院でも、医師の高齢化や後継者不足を理由に休廃業する医療機関が増えています。
参考:帝国データバンクの調査
こうした流れの中で、今後は小規模なクリニックや病院を主に、クリニック(診療所)・病院のM&Aも増えると言われています。
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病院・クリニックが行うM&Aの目的
病院やクリニック業界で行われるM&Aの主な目的(メリット)は以下のようなものです。
譲渡側の目的
譲渡側の目的として、コスト・後継者問題の解決方法・人材不足の解消など代表的なメリット3点につき解説します。
コスト(費用)面の課題が解決
医療行為には、多くの高額な医療機器が必要となり、設備投資資金の捻出が重要になります。経営状況によって見送られていた設備投資などは、資金力のある譲受候補先とのM&Aにより、設備の老朽化問題の解消に期待ができます。
後継者問題の解決
医師の高齢化が進み、多くのクリニック(診療所)で後継者不足の問題が増えています。クリニック(診療所)は、地域公益性(地域医療を担う)が高い為、廃業を選択しにくい側面があります。M&Aによる後継者問題の解消で地域医療へも貢献を継続できます。
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人材不足の解消
資本力のある医療法人やグループの医療機関を多く保有する譲受先とM&Aを行えれば、グループ間で医療人材(医師・看護師など)をお互いに融通できる体制が整えることが可能です。また、大手医療法人等が譲受側となった場合、経営が安定し、人材採用力の強化や従業員の処遇改善が期待でき慢性的な人材不足を解消することが可能です。
譲受側の目的
ここでは、譲受側の3つの代表的な目的について解説します。クリニック(診療所)・病院においても、他業界と同じ経営課題を抱えており、その解決方法としてM&Aが活発になることが予想されます。
専門人材の確保
クリニック(診療所)・病院の運営には、医師や看護師などの有資格者の配置基準が定められており、慢性的な人材不足課題があります。M&Aにより譲渡対象クリニック(診療所)や病院が雇用している医師や看護師も引き継ぐことになりますので、専門人材の確保という面で大きなメリットがあります。
コスト(費用)の削減
クリニック(診療所)・病院では、取り扱い物品や医療機器など運営上必要となる備品や設備が多くあり、M&Aによるグループ参画により、スケールメリットが働き仕入れコストの削減などの効果が期待できます。
専門性の向上
クリニック(診療所)・病院の中には、診療領域を特化したクリニック(診療所)や病院があります。専門性を向上させることで受診者を増やす効果もあり、専門人材の確保と合わせて得意分野を強化する策としてM&Aが活用されるケースが多くあります。
病院・クリニックの譲渡価格
M&Aでの売却価格について、個人医院(診療所)と医療法人に分けて説明します。
個人医院の譲渡価格
個人医院の譲渡価格は、譲渡対象の時価ベースの「資産」と「のれん」を合わせた金額になります。譲渡対象資産には通常、土地を除いた有形固定資産が含まれます。個人医院のM&Aでは、資産のみが承継され、負債や、従業員との契約、カルテなどは基本的に引き継がれません。そのため、譲渡価格の算定のベースは譲渡対象資産の時価となります。
一方で、貸借対照表には現れないソフト資産も考慮します。例えば、クリニックの将来性や立地の利便性、患者を集める力、評判、診療科目、最新の医療設備などがこれにあたります。これらは目に見えませんが、将来のクリニック経営に大きな影響を与えます。これらを他のクリニックと比較し、超過収益をもたらす能力として価値評価したものを「のれん」と呼びます。ただ、このような超過収益力を金銭評価するのは困難であるため、実務的には「院長の年間所得」をベースにした簡易計算が多く用いられています。
医療法人の譲渡価格
法人形態の医院の譲渡価格は、時価ベースの「純資産額」に「のれん」を足した金額で算出されます。純資産とは、資産から負債を引いた差額のことです。個人医院と違い、既存の資産と負債をすべて引き継ぐため、純資産を譲渡価格のベースにします。譲渡対象法人のすべてを引き継ぐため、財務・労務・法務に関するリスクも考慮しなければなりません。これらは多くの場合、貸借対照表に表れません。
また、個人医院と同様に、他の医療法人と比較した超過収益力は「のれん」として別途評価し、純資産額に加算します。
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病院・クリニックのM&Aの方法
病院やクリニックや病院の場合は、医療法に則った手続きが必要となります。
医療事業の承継方法には、主に2つの方式があります。これら2つの方式では、開設者変更に関する諸手続と、対価の支払方法や受領者の点で大きく異なります。
- 事業譲渡方式
- 法人譲渡方式(社員・理事の交代)
事業譲渡方式
事業譲渡とは、病院が運営している事業全体またはその一部を、他の法人や個人に譲り渡すことを指します。開設者が変わるため、該当地区の保健所・厚生局・都道府県への届出、賃貸借契約、雇用契約、リース契約など、全ての契約を新たに結び直すか、名義変更を行う必要があります。また、譲渡対価は事業譲渡を行った法人が受け取ることになるため、事業譲渡益として他の事業利益と合算され、法人税が課されます。このため、役員の退職慰労金も同じ年度に支給され、課税所得を減らすことが多いです。
法人譲渡方式(社員・理事の交代)
法人譲渡では、医療法人と事業をそのまま引き継ぐ形式となります。事業譲渡とは異なり、社員・理事を変更するだけで承継が完了するスキームです。多くの場合、理事長と理事を変更するケースが多いため、行政への届出や契約書上の代表者変更は必要ですが、新規での開設許可や保険指定等とは手続が異なり、比較的簡便です。譲渡対価の支払は、出資持分の買取や退職慰労金など、複数の支払手段を組み合わせることが多いです。
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病院・クリニックにおけるM&Aの流れ
クリニック(診療所)・病院におけるM&Aの手順は、他業界とほとんど変わりません。しかし、運営主体(法人格)により決裁方法が異なるので専門家の知見やノウハウを活用することをお勧めします。
譲渡側の手順
クリニック(診療所)・病院におけるM&Aの譲渡側手順としては、下記のような流れが一般的です。
- 売却方針の決定
- M&Aアドバイザーの選定
- M&Aアドバイザーから候補先企業の紹介
- デューデリジェンス(買収監査・企業調査)及び交渉
- 最終契約締結
- クロージング(成約)
譲渡側の手順としても、譲受側とほとんど変わりません。しかし、クリニック(診療所)・病院は、法人の種類により設立根拠法が異なる為、それぞれの設立根拠法を踏まえたM&A準備を進めることが重要です。また、クリニック(診療所)・病院のM&Aは、M&A実行に伴い行政とのやり取りも必要になりますので、経験豊富なM&Aアドバイザリー会社への依頼をすることで、スムーズにM&Aを進めることができます。
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譲受側の手順
クリニック(診療所)・病院におけるM&Aの譲受側手順としては、下記のような流れが一般的です。
- 買収戦略の立案
- M&Aアドバイザーの選定
- 買収候補先への交渉
- デューデリジェンス(買収監査・企業調査)及び交渉
- 最終契約締結
- クロージング(成約)
買収戦略の立案はM&Aの目的を明確にし、その目的達成の為にどのようなクリニック(診療所)や病院をM&Aの対象先とすべきかを検討します。
買収戦略が固まれば、M&A対象先をリストアップ、アプローチ、交渉を進めるためのM&Aアドバイザーの選定を行い具体的なアプローチを開始します。M&A対象企業との交渉が進むと専門家への依頼の元、デューデリジェンス(買収監査・企業調査)を実施し買収リスクの洗い出し、M&A取引価額や最終条件検討の材料を把握します。
デューデリジェンス(買収監査・企業調査)実施後、最終条件交渉を経て最終契約書締結、クロージング(成約)という流れになります。
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病院のM&A事例
病院の運営は、株式会社などの営利団体ではできないものの、グループの医療法人や学校法人などを譲受側としてM&Aを進めるケースが多くなっています。また人材確保の観点から医学部を併設した病院とのM&Aも実施されております。一部、事例を紹介します。
東日本電信電話株式会社(NTT東日本)
2016年、東日本電信電話株式会社(以下、NTT東日本)は東北医科薬科大学へNTT東日本東北病院の事業譲渡を実施。現在の場所で新病院として運営することになりました。
事業譲渡の目的としては、東北地方の医師不足や医療過疎、地域包括医療などの充実を図ることを目的としており、医学部を新設する東北医科薬科大学への事業譲渡(M&A)が、実現しました。
JA埼玉厚生連(埼玉県厚生農業協同組合連合会)
2016年、JA埼玉厚生連(正式名称・埼玉県厚生農業協同組合連合会)は、北海道帯広市にある社会医療法人北斗へ熊谷総合病院のM&Aを実施しました。社会医療法人北斗は埼玉県内で新な医療法人を立ち上げ運営する方針とのこと。
熊谷総合病院は、消化器内科や整形外科、脳神経外科やリハビリ診療などを行う熊谷市の総合病院で、同病院の医師不足や過去の設備投資による経営悪化が譲渡の理由と言われています。
セコム株式会社
2014年に警備総合会社のセコム株式会社が、千葉県の倉本記念病院のM&Aを実施。同病院は経営難による破産手続き中でした。
医療業界への進出を目指していたセコム株式会社が、不動産(土地・建物)を譲受する形(事業譲渡)でM&Aを行いました。このように譲受側が異業種というケースも増えており、病院運営の形態も多様化が進んでおります。このように異業種の譲受候補企業も増えております。
日本郵政株式会社
2017年に社会福祉法人恩賜財団済生会が、日本郵政株式会社が運営する横浜逓信病院を譲受しました。社会福祉法人恩賜財団済生会は、横浜逓信病院近くに同地域の中核病院を所有しており、回復期のリハビリテーションに注力していました。
横浜逓信病院のグループ化で運営効率の向上を目指すとのこと。日本郵政株式会社としては、病院事業の赤字解消を目的としてM&Aを実行されました。
佐賀県杵島郡大町町
2017年に一般社団法人巨樹の会が、佐賀県杵島郡大町町が運営する杵島郡大町町立病院譲受しました。一般社団法人巨樹の会は、関東を中心にリハビリを主軸とした病院展開を行っている法人です。
杵島郡大町町立病院は、地域の高度医療機器を保有する地域唯一の公立病院でしたが、施設の老朽化が深刻な問題として抱えており解決策としてM&Aを実施。M&A後は、巨樹の会のリハビリノウハウの共有で経営効率の向上を図る方針です。
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病院・クリニックのM&Aのまとめ
クリニック(診療所)・病院業界は、日本の少子高齢化も手伝って人材不足・後継者不在など運営に必要な人材確保が難しい業界です。また、診療報酬の改定など国の方針に経営を左右されやすい特性も持っています。業界の特性や今後の事業環境を鑑みるとクリニック(診療所)・病院業界のM&Aは加速すると予想されます。
M&Aは、医療業界の知識だけではなく、経営的視点・ビジネス的視点など検討範囲が広いことからM&Aの専門家へのご相談を進めします。
当社みつきコンサルティングは、経営コンサルティング経験者も多く在籍しており、対象医療機関様の詳細な事業分析を実施した上でシナジー創出を見込める候補先のご紹介が可能です。M&Aご検討の際は是非、ご相談ください。
著者
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人材支援会社にて、海外人材の採用・紹介事業のチームを率いて新規開拓・人材開発に従事。みつきコンサルティングでは、強みを生かし人材会社・日本語学校等の案件を中心に工事業・広告・IT業など多種に渡る案件支援を行う。
監修:みつき税理士法人
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