会社売却では、株式譲渡の対価の一部を役員退職金として受け取ることで、譲渡オーナーの手取りを大きく伸ばせます。退職所得課税の優遇、譲受企業側の節税、功績倍率による適正額の考え方、そして税務調査で否認されないための手続まで、役員退職金とM&Aの実務を一気に整理しました。
「うちの会社でも売却できるだろうか…」、「何から始めればいいんだろう…」。そのようなオーナー経営者の不安に、中小企業向けM&A仲介会社みつきコンサルティングは、20年間・500件以上の支援実績に基づき、お応えします。本格検討前の情報収集として、まずはお話をお聞かせください。
> みつきコンサルティングに無料相談する|税理士法人グループ
役員退職金とM&Aの基本
会社を売るとき、対価をすべて株式の代金で受け取る必要はありません。一部を役員退職金に振り替えるだけで、譲渡オーナーの手取りが変わります。意外と知られていない、けれど効果の大きい論点です。まずは全体像を、価格の考え方とあわせて売却相場の実例や会社売却全体の流れで確認しておくと、話が早くなります。
役員退職金とは
役員退職金は、取締役や監査役などの役員が退任する際、その労をねぎらって会社が支給する退職金です。役員退職慰労金とも呼びます。従業員の退職金と違い、支給には会社法上の決議が欠かせません。
M&Aで役員退職金が使われる理由
中小企業では、代表取締役がそのまま主要株主というケースが大半です。会社売却でオーナーが退任するなら、株式の対価と役員退職金を組み合わせて受け取るのが自然な流れになります。
ポイントは、対価の「振り分け方」です。同じ買収額でも、株式代金と退職金の配分を変えるだけで税負担が動きます。下の表中のとおり、買収額5億円の会社を例にすると、配分の違いがはっきりします。
| 受け取り方 | 株式譲渡対価 | 役員退職金 |
|---|---|---|
| 株式譲渡のみ | 5億円 | 0円 |
| 退職金スキーム | 4億円 | 1億円 |
退職金の原資は対象会社が元々持つ現預金です。そのため譲受企業は、株式の取得に用意するキャッシュを抑えられます。売り手・買い手の双方に効くのが、このスキームの妙味です。
「株式譲渡+役員退職金」スキームの仕組みと節税効果
なぜ配分を変えるだけで得をするのか。答えは、株式譲渡益への課税と退職所得への課税で、税率の作りがまったく違うからです。順に見ていきます。

譲渡オーナーの手取りが増える理由
株式譲渡益にかかる税金は、金額の大小にかかわらず20.315%で一定です。一方の退職所得は、控除と2分の1計算という二重の優遇を受けられます。ここに差が生まれます。
役員退職金にかかる税金の計算
退職所得課税は、次の①②の順に計算します。まず所得を圧縮し、そのうえで税率を掛ける流れです。
①(退職金総額 - 退職所得控除)× 1/2 = 退職所得
勤続年数に応じて退職所得控除を差し引き、さらに残りを半分にできます。通常の所得より税額をぐっと抑えられる仕組みです。ただし役員としての勤続年数が5年以下だと、この2分の1計算は使えません。

退職所得控除額は、勤続年数で下表のように決まります。
| 勤続年数(A) | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × A (80万円に満たない場合は80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(A - 20年) |
この控除の考え方は、国税庁のタックスアンサー退職金を受け取ったとき(退職所得)で確認できます。
②退職所得 × 税率 - 控除額 = 税額
①で出した退職所得に、下表の累進税率を掛け、控除額を引いて税額を求めます。退職所得は総合課税ではなく分離課税です。ほかの所得がいくらあっても、退職所得の税額は影響を受けません。ここも見逃せない利点です。
| 課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 1,000円〜194万9,000円 | 5% | 0円 |
| 195万円〜329万9,000円 | 10% | 9万7,500円 |
| 330万円〜694万9,000円 | 20% | 42万7,500円 |
| 695万円〜899万9,000円 | 23% | 63万6,000円 |
| 900万円〜1,799万9,000円 | 33% | 153万6,000円 |
| 1,800万円〜3,999万9,000円 | 40% | 279万6,000円 |
| 4,000万円以上 | 45% | 479万6,000円 |
税率は国税庁の所得税の税率に基づきます。なお、上記は所得税分で、別に住民税が課税所得の10%かかります。
株式譲渡課税との比較
退職所得は、節税メリットを織り込むと実質の最高税率でもおおむね25%程度にとどまります。株式譲渡益の20.315%と組み合わせれば、一定額までは株式譲渡だけで売るより手取りが増えるわけです。退職金の手取りを最大化する具体的な試算は、退職金の税金の計算方法や会社売却の手取り額とあわせて詰めると精度が上がります。
譲受企業(対象会社)の節税メリット
買い手側の妙味は、法人税の圧縮にあります。株式を取得しても、いくら保有しようと損金にはできません。しかし対象会社が役員退職金を支払えば、適正額は全額損金に算入されます。売り手個人と対象会社を合算すると、この節税効果が最大のメリットになることも多いです。役員退職金は社会保険料の対象外なので、対象会社に追加負担も生じません。
損金算入の時期
役員退職金の損金算入は、原則として株主総会の決議などで金額が具体的に確定した日の属する事業年度です。ただし実際に支払った事業年度に損金経理した場合は、その支払事業年度での算入も認められます。詳しくは国税庁の役員の退職金の損金算入時期が根拠になります。
税効果を譲渡価額に反映する交渉
対象会社側の節税は、オーナーが退任した後の話です。一見、退任した本人は恩恵を受けられないように思えます。ところが実務では、この税効果を見込んだうえで株式譲渡金額を協議し、効果の一部を売り手に取り込む交渉が成立することも珍しくありません。ここは腕の見せどころで、当社が関わった案件でも、譲受企業とテーブルを挟んで配分を詰める場面が多く出てきます。M&A全体の税務は売り手・買い手の税金対策も参考になります。
役員退職金の適正額と計算方法
ここで多い誤解を一つ。退職金は好きなだけ出せるわけではありません。相場から外れると税務署に否認されます。適正額を押さえるのが先決です。
功績倍率法による計算
実務でポピュラーなのが功績倍率法です。計算式はシンプルです。
役員退職金 = 退職時直近の月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
功績倍率の相場は、退任時が代表取締役でおよそ3倍、取締役で1〜2倍が目安です。たとえば月額報酬100万円、勤続25年、功績倍率3.0倍なら、100万円 × 25年 × 3.0 = 7,500万円が一つの基準になります。
功労加算
創業者への退任では、功労加算を上乗せする例も見られます。式でいえば「役員退職金 × 30%」といった加算です。乗率は20〜30%が多い印象ですが、会社法や税法に明確な縛りはなく、50%とする会社もあります。ここは案件ごとの判断です。
高額すぎる退職金のリスク
いちばん怖い落とし穴が、出しすぎです。適正額を超えた部分は、二段構えの不利益を招きます。
一つは、超過分が損金不算入となり、対象会社の法人税が増えること。もう一つが見落とされがちで、超過分がオーナー個人側で役員賞与とみなされ、総合課税で最大約55%の税率がかかる点です。節税のつもりが、逆に大増税を呼ぶ。この構図を知らずに突っ込む経営者は、実際に少なくありません。
役員退職金の支給に必要な手続
金額が適正でも、手続を踏まないと否認されます。中小企業でつまずきやすいのが、この段取りです。
株主総会決議と議事録
役員退職金は、定款に支給の定めを置くか、株主総会で決議する必要があります。多くの中小企業は後者で、株主総会で支給を決議し、具体的な金額や時期は取締役会に一任する形をとります。決議した事実は議事録に残しておく。これが後日の防波堤になります。
役員退職慰労金規程の事前整備
功績倍率の根拠を示すため、役員退職慰労金規程を備えておくのが定石です。ここで一つ、現場の注意点を。M&A交渉が本格化してから慌てて規程を作ると、税務調査で「取ってつけた」と見られ、否認リスクが跳ね上がります。規程は交渉が動く前に整えておく。順番が大事です。
役員退職金がもらえない・認められないケース
退任したのに退職金を受け取れない。そんな事態も起こり得ます。代表的な三つのパターンを押さえておきましょう。
事業譲渡・会社分割のケース
事業譲渡では、経営者や役員が譲渡企業に残るケースが多く、その場合は退職金が発生しません。会社分割を挟むスキームでは、どの会社の株式を譲渡するかで結論が変わります。承継会社(新会社)の株式を譲渡する型は、新会社での在任がほぼないため支給に至りにくい。分割会社(既存会社)の株式を譲渡する型なら、在任期間が相応にあり、支給できるケースが多いです。ここは株式譲渡と事業譲渡の違いや事業譲渡と会社分割の使い分けを踏まえた設計が要ります。
譲渡企業の資金繰り悪化で将来支給できないケース
M&A後もしばらく役員として続投する場合、退職金は同時には受け取れません。将来の退任時に支給を受けます。ところが数年後には、譲渡企業や譲受企業の業績・資金繰りが読めない。いざ退任というときに払ってもらえない、という事態もゼロではありません。財務に強いM&A会社の協力を得て、譲受企業の財務内容を先に確認しておくのが安全です。退任後の役員の扱いはM&A後の役員の処遇も参考になります。
税務上否認されるケース
支給はしたものの、後から否認されて損金にできない。避けたい結末です。典型を三つ挙げます。
退任する経営者が単独で金額を決定した
経営者イコール主要株主の同族会社で起きやすいパターンです。株主総会を開かず、社長が独断で金額を決めた場合、たとえ金額が妥当でも、手続を欠くとして否認されるおそれが高まります。
退任後も経営の実権を握り続ける
登記上は役員を退いても、実質的に会社の最終意思決定を握っていれば、退職金は認められません。退職とは、委任関係が形式・実質の両面で終わっている事実を指すからです。逆に、分掌変更で地位が激変し、実質的に退職と同視できる場合は認められることもあります。代表取締役から非常勤取締役への転換や、報酬がおおむね50%以上減少したケースなどです。この線引きは国税庁の分掌変更時の退職金の取扱いが目安になります。
支給額が高額すぎる
業務従事期間、退職の事情、同業種同規模法人の支給状況などを総合し、相当と認められる金額だけが損金になります。不当に高額と判断されれば、超過部分は損金不算入です。ここでも「出しすぎ」が命取りになります。
みつきコンサルティングが支援した役員退職金の事例
当社がこれまで支援した500件超のM&Aから、譲渡オーナーに役員退職慰労金が支払われた成約事例を2つ紹介します。いずれも公認会計士・税理士が入り、税務まで含めて設計した案件です。
体調悪化と後継者不在でIoT企業と協業
譲渡企業は内装クリーニング業(売上約3億円)、譲受企業は不動産業(売上約145億円)、スキームは株式譲渡でした。創業20年の会社が、経営者の体調悪化と後継者不在を契機に第三者承継を選択。コロナ禍での相手探しを経て、IoT・AIを活用する企業への譲渡を実現しました。
老舗和菓子店が伝統を守るため同業大手と協業
譲渡企業は和菓子企画(売上約3億円)、譲受企業は菓子製造(売上約70億円)、スキームは株式譲渡です。1950年代創業の老舗が高齢化と後継者不在から承継を決断。空港販路と商品企画力が評価され、製造技術を持つ同業老舗へ譲渡しました。
ほかの業界・規模の事例は、M&A成約実績の一覧でご覧いただけます。退職金を含む手取りの前提となる株価は、企業価値評価で決まります。
体調悪化と後継者不在でIoT企業と協業しシナジー発揮

譲渡企業:内装クリーニング(売上約3億円)
譲受企業:不動産業(売上約145億円)
スキーム:株式譲渡
創業20年の内装工事・クリーニングが、経営者の体調悪化と後継者不在を契機に、コロナ禍での買い手探しを経てIoT・AI活用企業への譲渡を実現。
老舗和菓子店が伝統守るため同業大手と協業

譲渡企業:和菓子企画(売上約3億円)
譲受企業:菓子製造(売上約70億円)
スキーム:株式譲渡
1950年代創業の老舗和菓子店が経営者の高齢化と後継者不在から第三者承継を決断。空港販路と商品企画力を評価され、製造技術を持つ同業老舗に譲渡。
上記は当社のM&A仲介実績のほんの一部です。様々な業界・規模の成約事例を下記のページでご紹介しておりますので、ぜひご覧ください。
役員退職金とM&Aに関するFAQ
会社売却で役員退職金を検討する売り手から、特に多い質問をまとめました。
まず功績倍率法で目安を出します。月額報酬×勤続年数×功績倍率で、社長なら倍率3倍前後が相場です。ただし出せる額と、税務上得になる額は別物です。退職金部分が大きすぎると税率が上がり、かえって手取りが減る帯があります。実額は個々の報酬水準と勤続年数次第なので、事前の試算をおすすめします。
大きく2つです。対象会社が支払う退職金は適正額なら全額損金になり、法人税を圧縮できます。加えて、退職金は対象会社の現預金から出るため、買い手が用意する株式取得資金を抑えられます。買収後のキャッシュ負担を軽くしたい買い手には、使い勝手のよい手法です。
原則もらえません。事業譲渡では経営者が譲渡企業に残ることが多く、退任が生じないためです。退職金を活用したいなら株式譲渡が向きます。会社分割を挟む場合は、どの会社の株式を売るかで結論が変わるので、スキーム設計の段階で確認します。
その場合はM&Aと同時には支給されず、将来の退任時に受け取ります。注意したいのは、退任時点で会社に資金がないと払ってもらえないリスクです。契約条項と譲受企業の財務内容を先に確認し、支給の確実性を担保しておくのが実務の定石です。
役員退職金とM&Aのまとめ
会社売却で退職金を使う「株式譲渡+役員退職金」は、譲渡オーナーの手取りを増やし、譲受企業の法人税も圧縮できる実務的なスキームです。ただし適正額を外せば否認や増税を招きます。自社でどこまで出せるのか、判断に迷う経営者は少なくありません。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社です。中小企業の会社売却・事業承継の支援経験が豊富で、公認会計士・税理士が退職金スキームの設計から企業価値評価まで一貫して伴走します。役員退職金の使い方に迷ったら、まずは当社にご相談ください。
完全成功報酬のM&A仲介会社なら、みつきコンサルティングへ >
著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
-
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
最近書いた記事
2026年7月28日M&Aで弁護士は必要か|役割・依頼のタイミング・費用相場と選び方
2026年7月28日事業売却の相場は?年買法での価格計算と高く売る交渉ポイント
2026年7月28日事業売却とは|M&A・株式譲渡・事業譲渡と違う?流れ・相場・税金
2026年7月27日テイクアウト・デリバリーの売却|中食再編と買い手評価のM&A事例











