役員退職(慰労)金とは、会社が取締役等に対して支給する退職金です。本記事では、役員退職金のの計算方法、トラブル事例、中小企業がM&Aをする際の役員退職金スキーム等について解説します。
役員退職慰労金とは
「役員退職慰労金」いわゆる役員退職金とは、会社において取締役や監査役等の役員が退職した際、会社がその労をねぎらい対価として支給するお金のことです。
さらに中小企業では、代表取締役=株主であることが多く、会社売却で経営者自身が役員を退任する際、株式売却の対価と併せて役員退職金を受け取って辞めることもできます。 ただし役員退職金は、支給手続きや計算方法などを理解しておかないと、後に税務調査で否認されるリスクもあるので注意が必要です。
会社において一般従業員が退職する場合、就業規則(退職金規程)に基づき退職金が支払われます。 一方、役員退職金は支給手続きに関してこのような規程は必要ありません。 その代わり会社が役員退職金を支払うには、事前に定款に役員退職金を支給する旨や支払時期について記載するか、株主総会で決議しておく必要があります。
ただし多くの中小企業においては、定款にその規程を定めておらず、一般的には株主総会で役員退職金の支給を決議します。(実際の場では株主総会で取締役会に一任の旨の決議が行われることが多いです)
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役員退職金の計算方法
一般的な役員退職金の計算方法について説明します。
役員退職金を計算する際、ポピュラーな方法が功績倍率法です。 計算式は以下の通りです。
役員退職金=退職時直近の月額報酬×勤務年数×功績倍率
ここで功績倍率は、会社役員の退任時の職責に応じてその倍率が決められますが、一般的には同業種同規模の他企業の役員退職金支給時の事例や相場を利用します。 功績倍率の相場としては、退職時が代表取締役であれば約3倍、取締役でおよそ1~2倍です。
さらに役員退職金の計算には功労加算が加わることがあります。 特に代表取締役が創業者だったときには、功労加算金として上乗せの退職金を支給する事例は多いです。 計算式としては、功労加算金=役員退職金額●%となります。 一般的に乗率の上限は30%程度といわれているものの明確な上限はありません。
役員退職金を支給できない場合
法人が役員退職金として支給できないケースがいくつかあります。 いったん役員退職金として支給したものの、後に税務署に否認されてしまい、損金算入できなくなるケースです。 ここは法人としてもきちんと押さえて支給しないと、後に法人が法人税等の追徴課税のペナルティを受けるリスクがあります。 さらに退職金を受け取った役員も後になって、より多くの所得税・住民税を納める可能性が出てきます。
厳密には、以下で取り上げるようなケースであっても、役員退職金を「支給できる」のですが、税務上問題となる(損金に算入されない等の)ため、一般的には「敢えて支給しない」のが実務です。
退任する経営者が単独で役員退職金の額を決定したケース
これは経営者=主要株主である中小企業や同族会社で多いケースです。 そもそも役員退職金は株主総会で支給を決議し、議事録に残しておく必要があります。 しかし株主総会を開かず、経営者が独断でその退職金額を決めた場合、その金額が適切でも合法的な手続きを経ていないと判断され、税務署に否認されるリスクが高まります。
退任した後もその人物が経営の重要なポジションに残ることが予想されるケース
表面上、法人の役員を退き役員退職金を受け取っていても、その人物が引き続き会社経営の重要な地位に就いている場合、役員退職金は認められないので注意が必要です。 例えば登記上、代表権を返上したうえで役員自体も退任したとしても、法人の最終意思決定を実質的に行っているとみなされた場合、役員退職金は認めらない可能性があります。 役員退職金は退職、つまり役員としての委任関係が形式的にも実質的にも終了しているという事実を持って初めて支給が可能だからです。
一方で役員退任の後も、引き続き会社に在籍していて役員退職金が認められる場合もあります。 例えば分掌変更で役員としての地位が大きく激変して実質的に退職したと同様な状況が認められたケース(代表取締役から非常勤取締役、取締役から監査役)などです。(変更登記も必要)
支給した役員退職金の額が高額過ぎるケース
役員退職金は「役員業務の従事期間」「退職事由」「同業種同規模法人の役員へ支給する退職金額」などを総合的に考慮して、相当であると認められた金額のみが損金として算入可能です。 税務署が不当に高額であると判断した場合、適切な金額を超えた高額部分については損金算入できなくなります。
M&Aにおける役員退職金の活用方法
M&Aに伴い退任する役員には退職金を支給することがあります。オーナー経営者が引退を決めて育てた会社をM&Aで他社に譲渡する際、役員退職金をもらって退任することは、その典型です。
実際、中小企業のM&A手法で一般的な株式譲渡では、株式譲渡と役員退職金を組み合わせることで、売主(オーナー経営者)のトータルの手取額の最大化を図るスキームが採用されることも珍しくありません。そのスキームや譲渡企業側のメリットについて、以下で説明します。
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勇退するオーナー経営者の手取の最大化
中小企業のM&Aでポピュラーな節税策として「株式譲渡代金の一部を売り手経営者の役員退職金に充てる」というものがあります。 言い換えると「株式の対価の一部を役員退職金としてM&A対象会社から支出する」ということです。
役員退職金にかかる税金
役員退職金にかかる税金(退職所得課税)はどのように計算されるか見ていきます。 課税に係る計算式の流れは以下の①から②の通りです。
①(退職金総額-退職所得控除※1)×1/2=退職所得
②退職所得×税率-控除額※2=税額
勤続年数(=A) | 退職所得控除額 |
---|---|
20年以下 | 40万円 × A (80万円に満たない場合には、80万円) |
20年超 | 800万円 + 70万円 ×(A - 20年) |
平成27年分以後
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000円から1,949,000円まで | 5% | 0円 |
1,950,000円から3,299,000円まで | 10% | 97,500円 |
3,300,000円から6,949,000円まで | 20% | 427,500円 |
6,950,000円から8,999,000円まで | 23% | 636,000円 |
9,000,000円から17,999,000円まで | 33% | 1,536,000円 |
18,000,000円から39,999,000円まで | 40% | 2,796,000円 |
40,000,000円以上 | 45% | 4,796,000円 |
出典:国税庁/所得税の税率
この計算式を見る上でのポイントは以下の通りです。
①については、退職金は勤続年数に応じて所得額を圧縮できる(退職所得控除)、さらに加えて(退職金総額-退職所得控除)の金額を半分(1/2)にできるという点です。 つまり退職金は通常の所得に比べて税額を半分にできるというメリットがあります。 (ただし税法上、役員の勤続年数が5年以下の方については、この2分の1計算の適用は受けられません)
②においては、①で計算された退職所得額に対して、速算表に沿って各々累進税率を掛け、さらに控除額を引いて納める税金の額を計算します。 また退職所得は累進税率ですが、他の所得のような総合課税でなく、他の取得とは区別して計算します。 つまり退任する役員に他の所得がいくらあっても、それらの額に影響されず、退職所得課税の金額は変わらないということになります。 これも税金計算上のメリットです。
このように役員退職金の税金(退職所得課税)に関しては、当初から色々な優遇措置を与えられています。 M&Aの場面では、この退職所得課税の優遇面を最大限活かすことで、売り手経営者の退職金の手取額をより増やせるのです。
なお、上記は所得税率であり、これとは別に住民税が課税所得に対して10%かかることに留意が必要です。
役員退職金の支給により売主が節税できる理由
ではこれを、中小企業の売り手株主(=代表取締役)が、退職金スキームを使うことなく、保有する未上場株式を買い手に株式譲渡のみの方法で譲ったとしましょう。 その際の株式譲渡課税は、金額(株式譲渡益)の大小にかかわらず、20.315%で一定(固定)です。
一方、上記計算式で見てきたように、退職所得は累進課税で、金額が小さいうちは低い税率ですが、金額が大きくなるにつれて高い税率になる特徴があります。 同時に退職所得は、勤続年数による控除や1/2計算などで節税メリットも大きいです。
その結果、節税メリットを利用した退職所得の税率に関しては、大雑把にいって最高税率でも25%程度なので、株式譲渡と役員退職金を組み合わせることで、一定の金額までは単純な株式譲渡のみで会社を売却するケースより税務メリットを享受できるようになります。 言い換えれば、退職所得の一定水準までなら、退職所得への課税は20.315%を下回り、節税が可能ということです。
ただしいくら退職所得課税にメリットがあるといっても、青天井で役員退職金額を決めて良いわけではありません。 退職所得課税は累進税率なので、M&A譲渡総額のうち、退職金額部分が高くなりすぎると、それにかかる税率も高率になって、税額も増えて逆に手取額が減ってしまうケースもあります。 さらに税務署から支給を否認されて損金算入できなくなるリスクもあります。
要するに「株式譲渡+役員退職金」スキームを使う場合、退任役員が受けられる退職金の手取額には、税金面や諸経費等に応じて、増えたり減ったりするケースがあるので、どうしても会社内部だけで決められない要素が多いのです。
M&Aでこのスキームを使う場合、税制上非常に有利な方法ですが、様々なケースが考えられます。役員退職金を支給する際には、公認会計士・税理士等の専門家に事前に相談してその助言に従うことが適切です。
譲渡企業での節税
役員退職金を支給する譲渡企業(対象会社といいます)では、その役員退職金が(原則として)損金に算入されます。そのため、法人税の大きな節税に繋がります。売主個人と対象会社を合わせて考えた場合、この部分の節税効果が最も大きなメリットになることが多いです。
ところで、この税務メリットは、オーナー経営者が自社株を譲渡し、役員を勇退した後の、対象会社側での節税であるため、経営者はその恩恵を受けられないようにも思えます。しかし、この税務メリットを考慮に入れた上での株式譲渡金額を譲受企業と協議して決めることがあり、税効果の少なくとも一部分は売主に帰属することが少なくありません。
なお、役員退職金は、社会保険料の賦課対象外のため、対象会社において負担は生じません。
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役員退職金が(税務上)損金に算入される時期
次に法人の役員退職金の理解に欠かせない損金算入について説明します。
法人が役員に支給する退職金で「適正な額」については損金として算入が可能です。
また退職金の損金算入時期については、原則株主総会の決議等で退職金金額が具体的に確定した日の属する事業年度になります。 ただし法人が退職金を実際に支払った事業年度において損金処理した場合は、その支払した事業年度で損金算入することも認められています。
役員退職金とM&Aのまとめ
本コラムでは、M&Aに係る役員退職金の支給について、主に売り手側からそのメリットを述べてきました。 またこのスキームでは、退任する役員だけでなく法人にもメリットがあります。役員退職金を支給した分だけ会社資産が減るため表面上の譲渡価額を低くすることが可能です。結果としてM&Aの成功確率を上げることができます。
さらにこのスキームは買い手側にもメリットがあります。 買い手は役員退職金支給後の法人を買収するので、その金額分損金が発生します。 この損金は、退職金発生年度、もしくは翌事業年度以降に繰越欠損金として課税所得との相殺が可能であり、節税メリットがあります。
このように「株式譲渡+役員退職金」スキームはM&A に係る売り手買い手の双方にメリットがある手法ということになります。 今回は紙面の関係で全てに詳しく触れることはできませんでしたが、M&A専門仲介会社や公認会計士・税理士等の専門家に指導を仰ぎ、この役員退職金スキームをM&Aで十分利活用してもらいたいと考えています。
著者
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人
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