増加する「IT業界のM&A」で2025年の崖を解決できる?

昨今IT業界では活発にM&Aが行われています。一節によれば日本で行われているM&Aのうち、じつに3分の1がITやWeb業界の事例ともいわれているほどです。本記事では、IT業界の概要や抱える課題、解決策のひとつであるM&Aの動向や事例について解説します。

IT企業の業界情報

日本企業におけるIT人材の不足は深刻化の一途をたどっています。情報通信総合研究所の調査によれば、DX推進における最大の障壁として、過半数の企業が「人材不足」を挙げています。さらに、基幹システムの老朽化も大きな課題となっています。経済産業省は、これらの問題が解決されない場合、2025年以降に年間最大12兆円もの経済損失が生じる可能性があると試算し、「2025年の崖」と呼んで警鐘を鳴らしています。

業界定義

ITとは「Information Technology」の略で、IT業界とはすなわち「情報技術」に関わりを持つ業界といえます。ただし情報技術業といっても、じつのところ、多くの業種や職種が絡み合い、また様々な技術・サービスを提供しているので、それらを一括りで定義するのは困難です。

さらに近年はIT企業の業種的な棲み分けはボーダレス化しているので、以前のようなハードウェア・ソフトウェア・アプリケーションのような会社ごとの区分分けが難しくなっています。そこで現在では便宜上、以下のような区分分けをしているのが一般的です。

IT業種区分主たる業務内容
ソフトウェア業界・ITシステム等のソフトウェア開発、プログラミングなど
ハードウェア業界・PCやプリンター等、有形物の操作 ・家電や自動車等の制御プログラム制作など
情報処理業界・ITシステム設計、開発、運用サポート ・ITコンサルタント ・AIエンジニアリングなど
通信インフラ業界・固定電話回線、携帯通信の整備 ・通信施設の保守運営 ・ネット環境の整備、保守、運用など
インターネットサービス業界(含むクラウドサービス業)・Web関連サービスの開発 ・SNSやECサイトの管理及び運営 ・インターネット広告など

業界特性

IT業界が持つ特性は、その発注形態が多重下請型構造であることです。イメージとしては建設業界の下請システムを連想してもらえば理解しやすいと考えます。発注者から建築・土木一式工事を受けた総合建設業者が、各工事を各々の工事を専門とする2次、3次、4次下請へと工事発注していくシステムです。

IT業界の場合、システム構築を例にとると、まず顧客がシステム構築を得意とするシステムインテグレーターに発注します。システムインテグレーターとは、個々のサブシステムをまとめて目的の機能が働くようにシステムの統合を行う企業のことで、SIer(エスアイヤー)とも呼ばれています。大手SIerは発注を受けた仕事をさらに細分化して、中堅・中小規模のIT企業に再発注します。しかし通常、スタッフ・エンジニア不足等から、中小規模のIT企業では全ての業務をこなせないため、さらに孫請けの零細IT企業に再々発注します。そして仕事全体の工程管理を行うのが大手SIerとなります。この仕事の流れが、IT業界が多重下請型構造であるといわれるゆえんです。

業界課題

IT業界といえば、流行のAI及びビッグデータ、IoT(Internet of Things)、クラウドサービス等への需要で業界としては右肩上がりの状態ですが、一方で業界として解決を要する課題もあります。それが以下の4つです。

IT系人材の不足「2025年の崖」問題

1つめの課題はIT系人材の不足です。

(図1)は経済産業省が公表しているIT系人材の長期推移予想です。2018年の段階ですでにIT系人材が相当数不足している図となっていますが、今後の需給の伸びで必要な人数に差が出るため、予測も「低位」「中位」「高位」3段階のシミュレーションが行われています。そして中位の結果を見ても、2030年には約45万人のIT系人材が不足すると予想されています。このまま放置すればIT業界が深刻な影響を受けるのは必至です。IT系人材はIT企業にとってまさに重要な経営資源のひとつであり、拡大していく需要に応えていくためにも人材の確保は企業の最重要施策のひとつといえます。

IT系人材が不足している推移グラフ
図1

出典:経済産業省/IT人材需給に関する調査

経済産業省は、日本企業の多くがDXに適切に対応できていない現実と今後直面する課題やリスクを「2025年の崖」問題として警笛を鳴らしました。その具体的な課題の1つが、DX推進に適したIT人材の不足です。日本の人口減少に伴いIT人材の不足が進行すると予想され、特に中小企業においてはエンジニアの確保が難しくなっています。

経営者の高齢化

2つめの課題は経営者の高齢化です。

IT業界に限って述べれば、経営者の年齢層も他業態より幅広くばらつきがあります。中規模のソフトウェア関連企業などは多くが1980年~1990年代に設立されたため、当時の経営者が30歳~40歳代とすると、すでに彼らも70歳代を越えているので事業承継の問題を抱えているはずです。一方でIT業界は取り扱う製品やサービスのライフサイクルが短く、新陳代謝の激しい業界なので、参入障壁も低く若手経営者が次々と業界に入ってきています。高齢のIT企業経営者は、後継者問題の解決や、新しい技術に対応するため何らかの対策を取らねばなりません。一方で若手経営者は、企業をさらに発展させるため、確たる成長戦略のもとで諸対策が必要になってきます。

変化の激しい事業環境

3つめの課題は変化の激しい事業環境への対応です。

IT業界は現代の技術革新の中核を担っている業界で、毎年のように新しい技術が生み出されています。IT技術は、そのスピードの早さがドッグイヤーといわれるほど、日々めまぐるしく変化しており、昔なら1年はかかった技術革新がわずか数ヶ月で達成されるほどです。しかし中小規模のIT企業は単独で新しい技術を開発・導入するには人的及び資金面からも難しい点があり、何らかの対策が必要となります。

重層的請負型構造

4つめの課題はIT業界が重層的請負型構造になっていることです。

すなわち大手が請負した業務を数多くの下請企業に再委託する構造となっていることから、IT企業の多くが中小企業です。そのため下請、孫請企業になると、企業としての利益も少なくなり、従業員への待遇もそれ相応となっています。これでは優秀なIT人材が雇えないばかりか、資金不足から自力での成長が厳しい企業ばかりになります。資金面の解決や人材確保の点からも何らかの対策が必要です。

IT企業の外部環境

次に、IT企業を取り巻く外部環境をみていきましょう。

市場規模

IT業界を「業界定義」の項では大まかに5つに区分しましたが、経済産業省の業務区分でまとめると以下の3つになります。

  • ソフトウェア業
  • 情報処理・提供サービス業
  • インターネット附随サービス業

そして各業務の年間売上高が以下の表になります。

IT業務区分年間売上高(億円)企業数(社)従業員数(百人)
ソフトウェア業148,401(61.5%)21,9537,076
情報処理・提供サービス業72,888(30.2%)9,8553,107
インターネット付随サービス業19,792(8.3%)2,892595
合計241,081(100%)34,70010,778

出典:経済産業省/平成30年特定サービス産業実態調査より (経済産業省の調査をもとに当社作成)

2018年(平成30年)時点での、IT業界全体での売上高(市場規模)はおよそ24兆円、企業数が34,700社、そして従業員数が約107万人となっています。

業務種類別売上高の割合で見ると、「ソフトウェア業」(受注ソフトウェア開発、ソフトウェアプロダクトなど)が全体の61.5%、2番目の「情報処理・提供サービス業」が30.2%占めています。ちなみに情報処理・提供サービス業とは、ASP、SaaS、システム管理運営、データの加工蓄積、各種調査などの業務を行う業種です。

一般利用者にはなじみのある「インターネット附随サービス業」ですが、こちらは総売上高対比8.3%と売上ベースでは全体の1割以下であり、意外と業界への貢献度が少ないことが分かります。

競合業態

競合業態ですが、かつてはシステム開発会社が業界をリードしていました。しかし今は業界の垣根を越えボーダレスが進んでいるため、様々な業界からM&Aや資本・業務提携等の手法を通じて新規参入が加速しています。これからはWebメディア、EC、スマホアプリ等に加え、トレンドとなっているIoT、AI、VR、ARなどの新技術を通じて、業態はますます多様化していくものと考えます。一方でIT業界に所属する企業は、資本力が弱く若い社員が多数在籍する会社が多いです。

これらの会社は単独ではなかなか生き残れないので、様々な手段を講じて資金調達を行い、さらにM&Aで会社買収を繰り返し、競争力を強化する動きはますます強くなっていくことでしょう。併せて人材確保の面でも、会社によってそれぞれ強化したい分野は違うので、M&Aのターゲットとなる人材も多様化していくと考えます。

中小企業のM&A動向

近年、日本におけるM&A件数はますます増加傾向です。上記の(図2)で分かるように、2019年にはM&A件数は4,000件を突破して過去最高となりました。一方足下の2020年には成立件数は感染症流行の影響もあって前年比で減少しましたが、それでも3,730件と高水準を維持しています。さらにこれは公表分のみのデータなので、中小企業等の未公表分も入れると、全体としてのM&Aはより活発化していると推測されます。さて日本のM&Aを業界別に見ると、需要そのものが右肩上がりで伸びているIT業界はM&Aが最も盛んな業界のひとつであるといえます。一節では全件数のうち、およそ3分の1がIT業界の関係したものでないか、とさえいわれているほどです。

IT業界のM&A件数が増加しているグラフ
図2

出典:中小企業庁/日本におけるM&A件数推移(公表分のみ)

IT企業は総じて企業規模が小さい先が多く、それもM&A取引が活発に行える理由ではないかと考えます。IT業界は専門性が求められ、かつ変化スピードも早い業界です。それだけに各社とも生き残りをかけて、企業が成長期に入るタイミングを見定めつつ、成長戦略の一環としてM&Aを採用する企業が増えているととらえています。

また、近年は、大都市圏での採用が難しくなるなか、大手IT企業は、地方の有力なシステム開発会社とのM&Aに力を入れるようになっています。

2024年1~6月もM&Aは多い

IT業界のM&A活況が続いています。2024年8月28日付の日経記事によると、2024年上半期のIT業界におけるM&A件数は676件に達し、前年同期比で約10%増加しました。10年前の2014年上半期と比較すると、3倍以上に膨らんでいます。2021年以降、600件を超える高水準が継続しているのが特徴です。

この背景には、IT業界特有の課題があります。急速な技術革新やサービスの多様化に伴い、人材育成が追いつかないケースが少なくありません。M&Aを通じて優秀なエンジニアを確保することで、顧客企業へのサービス提供力を強化できるメリットがあります。昨今は、単なる人員増ではなく、顧客業務に精通し高度なスキルを持つエンジニアの獲得を目的としたM&Aが増加傾向にあり、この傾向は今後も続くと予想されます。

IT企業がM&Aを検討する理由

IT業界では、M&Aが重要な成長戦略として注目されています。特に、技術革新やデジタル化の加速に伴い、企業間の競争が激化する中で、M&Aの重要性がさらに高まっています。ここでは、IT企業がM&Aを検討する主な理由について解説します。

エンジニア不足の解消

M&Aの譲渡側、譲受側ともに、最も深刻な経営課題は人材の問題であることが多いです。

深刻化するIT人材不足

IT業界では、エンジニア不足が深刻な問題となっています。経済産業省の報告によると、2030年までに約79万人のIT人材が不足する可能性があるとされています。この人材不足は、企業の成長を妨げる大きな要因となっています。

M&Aによる即戦力の確保

M&Aは、即戦力となる優秀なエンジニアを短期間で確保する効果的な手段です。特に、システム開発の上流工程を担う「川上」人材の獲得が重要視されています。例えば、SCSKによるネットワンシステムズの買収は、プロジェクトマネジャーなどの高度な人材を確保する狙いがありました。

技術力とノウハウの獲得

テクノロジーの進化は日進月歩で、それらへの即応は重要な経営課題です。

先進技術への対応

AI(人工知能)、クラウド、5Gなどの先進技術分野への進出を目指す企業にとって、M&Aは技術獲得の有効な手段となります。これらの技術を持つ企業を買収することで、自社の技術力を飛躍的に向上させることができます。

メタデータやAI活用の促進

最近のIT業界では、メタデータやAIの活用が注目されています。これらの分野に強みを持つ企業を買収することで、新たな事業展開や既存サービスの高度化を図ることができます。

事業規模の拡大と競争力強化

IT業界に限りませんが、M&Aがもたらす根源的な価値は各種の拡大です。

市場シェアの拡大

M&Aを通じて事業規模を拡大することで、市場でのシェアを高め、競争力を強化することができます。例えば、NECによるNECネッツエスアイの完全子会社化は、グループ全体の競争力向上を目指す動きと言えます。

新規事業領域への進出

既存事業とは異なる領域の企業を買収することで、新規事業への参入障壁を低くすることができます。これにより、事業ポートフォリオの多角化と収益基盤の強化が可能となります。

その他の経営課題の解決

上記以外にも、M&Aで解決することが期待される課題があります。

事業承継問題への対応

IT業界においても、経営者の高齢化や後継者不足は深刻な問題です。M&Aは、こうした事業承継の課題を解決する有効な手段となります。

経営効率の改善

経営不振に陥った企業が、より体力のある企業にM&Aされることで、経営の立て直しや効率化を図ることができます。これは、業界全体の健全化にもつながります。以上のように、IT企業がM&Aを検討する理由は多岐にわたります。技術革新のスピードが速いIT業界において、M&Aは企業の成長と競争力強化に欠かせない戦略となっています。ただし、M&Aの実施に当たっては、長期的な視点での戦略立案と慎重な判断が求められます。

IT企業のM&A事例

近年のIT業界でのM&Aの成約事例を紹介します。

このM&Aにより、アクセンチュアは日本の地域経済の活性化に寄与し、クライムのエンジニアにグローバルな活躍の機会を提供します。アクセンチュアの代表取締役社長である江川昌史氏は、クライムのエンジニアが国際的な舞台で活躍することで、地域および日本全体の持続可能な発展に貢献することを目指します。

デジタルガレージとフィーリストのM&A

2024年7月、(株)デジタルガレージは、(株)フィーリストの株式を取得しました。デジタルガレージは様々な総合決済プラットフォームを提供する決済事業を展開し、フィーリストはシステム開発を専門としています。

デジタルガレージは、フィーリストの開発力とエンジニア育成環境をグループ戦略に組み込み、事業の拡大を目指します。

アクセンチュアとクライムのM&A

2024年4月、アクセンチュア(株)は、システム開発に35年の経験を持つ会社である(株)クライムを買収しました。クライムは金融業界や行政機関など、多岐にわたる分野でシステム開発とITインフラの保守・運用を行っており、約200名の先端技術に精通したエンジニアを擁しています。

テンダと三友テクノロジーのM&A

買い手の(株)テンダはAIやクラウドを活用した自動作成ソフト/ツールの開発を手がけるIT企業です。売り手の三友テクノロジー(株)はソフトウェア受託開発企業として専門性の高い特化技術を持っています。

2022年5月、テンダはM&Aを実施して三友テクノロジーを子会社化しました。M&Aの目的は「IT/DX人材の確保」「専門領域での顧客基盤の獲得」「単価と間接生産性の改善」などでシナジーが見込めると買い手が判断したからです。

クロスデバイスとT-imageのM&A

買い手の(株)クロスデバイスはVR事業、システム開発、WEB制作等を展開しているIT企業です。売り手の(株)T-imageは大阪でWEB制作及びコンサル、VR事業を手がけています。

2021年5月、クロスデバイスはM&Aを実施してT-imageを子会社化しました。M&Aの目的は、VR事業と関西圏での業務強化、WEB制作のデザイン性向上を狙ったものです。

IT業界のM&Aのまとめ

これまで見てきたように、IT業界は次々と新しい技術が開発されていく業界であり、その動きに沿って関係企業も短期間でその姿を機動的に変化させていかねばなりません。しかしIT企業の多くは資本力の乏しい中小企業であり、変化に対応していくのも容易ではありません。

その課題を解決する方法のひとつがM&Aです。新陳代謝が激しい業界であるため、IT業界ではM&Aが今後とも高い水準で推移することが予想されます。

著者

西尾崇
西尾崇事業法人第三部長
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人

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