M&Aと起業、どちらが経営者への近道か。後継者不足とマッチングサイトの拡大で注目されるM&A起業の現状、メリット・デメリット、初期費用を分かりやすく解説します。
M&Aによる起業の現状
M&Aによる起業は、既に運営されている会社を譲受して経営のバトンを受け取る方法です。新たに法人を設立してゼロから事業を構築する一般的な起業と異なり、「時間」と「実績」をまとめて得られる点が注目されています。
日本には約350万社の中小企業がありますが、その半分の企業で後継者不在とも言われます。経営者の高齢化に伴い、親族内承継が難しくなった企業がM&A市場に流出することで、起業希望者と譲渡企業をマッチングする環境が急速に整備されました。こうした背景から、M&Aは中小企業オーナーや副業を検討する会社員にとって、現実的な選択肢となっています。
後継者がいない中小企業が増加
かつては「子どもが家業を継ぐ」ことが当たり前でしたが、少子化・都市部への人口流出により親族内承継は難度が上昇しました。後継者難を理由に廃業リスクを抱える企業は年々増加しています。譲渡企業にとってM&Aは会社と雇用を守る最後の手段となり、起業希望者にとっては軌道に乗った事業を入手する貴重な機会です。
M&Aマッチングサイトの急成長
インターネット上のプラットフォームは案件情報の非対称性を解消し、個人でも手軽にスモールM&A案件へアクセスできるようにしました。登録無料・匿名で条件検索できるサイトも多く、小売店の事業譲受やECサイトの株式譲受など、数百万円規模の案件が日々更新されています。
独立を求める会社員の増加
副業解禁を機に「雇われる側」から「経営する側」へキャリアチェンジを図る会社員が増えています。退職前に小規模な事業を譲受してサイドビジネスとして運営し、経営を学ぶ事例も珍しくありません。
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M&Aで起業をするメリットvsデメリット
起業をM&Aで実現する場合のメリットとデメリットには以下のようなものがああります。
M&Aによる起業のメリット
ここでは、M&Aで起業する具体的なメリットを4つに整理します。
短い準備期間で事業を始められる
店舗であれば立地・内装・什器、オンラインビジネスであればサイトと顧客データベースが整っており、譲受直後から収益を生み出せます。起業で必要な助走期間を大幅に短縮できます。
資金調達がしやすい
譲渡企業の決算書を提示できるため、金融機関の融資審査で評価されやすい点が強みです。自己資金と借入金で1,000万円前後を用意できれば、スモールM&Aから挑戦可能です。
許認可を引き継げる場合が多い
建設業許可や産廃収集運搬業など取得に数か月かかる許認可も、株式譲渡なら自動的に承継できます。営業空白期間を回避できるのは大きな利点です。
知識や人材を確保できる
人材不足の時代に即戦力を確保できるのは大きな魅力です。前経営者が数か月伴走するケースも多く、経営ノウハウを直接学べます。
M&Aによる起業のデメリット
次に、デメリットです。
初期費用がかかる
譲受価格に加え、仲介報酬・デューデリジェンス費用などが発生します。譲受価格500万円でも総額700万〜1,000万円となる場合があります。
簿外債務を引き継ぐ可能性がある
貸借対照表に現れないリース債務や未払残業代、訴訟リスクが後から判明すると事業計画が崩れます。専門家による調査が不可欠です。
個人連帯保証や既存借入の承継
金融機関の借入金には前経営者の個人保証が付いていることが多く、新経営者が保証人となるのが一般的です。債務リスクが二重になる点に注意が必要です。
従業員や取引先となじむまで時間がかかる
経営者交代によって顧客離れや従業員の退職が起こるリスクがあります。PMI計画と丁寧な対話が不可欠です。
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M&Aと起業の違いを押さえる
M&Aとゼロからの起業は「時間・自由度・リスク」のどこに重点を置くかで選択が分かれます。ここでは、より具体的に向き不向きを整理します。
M&Aに向く人・向かない人
M&Aでは「すでにあるものを引き継ぎ磨く」姿勢が不可欠です。買収後の早期黒字化を狙える半面、既存のしがらみや債務を背負う覚悟も求められます。
M&Aに向く人
- 業界で10年以上の実務経験を積み、既存の顧客ネットワークを活かして早期にキャッシュフローを得たい人
- 自己資金300万〜400万円と金融機関借入を組み合わせ、総額1,000万円前後を準備できる人
- 譲渡企業の組織や文化を尊重しながら段階的に改善を図れる柔軟性を持つ人
M&Aに向かない人
- 独自ブランドの構築に強いこだわりがあり、既存ビジネスモデルの制約を嫌う人
- 簿外債務や連帯保証などの潜在リスクに心理的抵抗が大きい人
- 交渉やPMIに時間を割く余裕がない人
ゼロ起業に向く人・向かない人
M&Aを利用しないゼロスタート起業は、自由度が高い一方、顧客ゼロ・実績ゼロの状態から信用を積み上げる必要があります。「時間」をコストとして投資できるかが分岐点です。
ゼロ起業に向く人
- 他社が手を付けていないアイデアや技術を事業化したい人
- プロダクトマーケットフィットを検証しながら、組織設計・ブランディング・資本政策を一から構築する過程を楽しめる人
- 比較的許認可が不要、または少額で始められる業種を選び、ピボットを前提に走りながら学べる人
ゼロ起業に向かない人
- 短期間で安定した売上を求める人
- 人材採用や資金調達を自力で推進する経験が乏しく、計画段階で不確実性に不安を感じやすい人
- 創業期のキャッシュアウトに耐える余裕資金が十分でない人
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M&Aで起業する方法
M&Aを活用して起業するルートは大きく2つに整理できます。いずれの方法も、案件規模やサポート体制の違いを理解しておくことが重要です。
M&Aマッチングサイトを活用する
近年、インターネット上にはスモールM&Aの案件を多数掲載するマッチングサイトが乱立しています。会員登録をすれば、匿名のまま業種・地域・希望価格帯で検索でき、気になる案件に直接打診することも可能です。
小規模案件が中心で、買収価格500万~1,000万円未満の事例が多いのが特徴です。手数料体系は掲載料無料・成約時のみ課金などサイトごとに異なるため、利用前に料金表とサポート範囲を確認しましょう。サイト経由であっても最終的には売り手と直接交渉するため、契約書面やデューデリジェンスは専門家へ別途依頼する必要があります。
M&A仲介会社を利用する
仲介会社は買い手と売り手双方の情報を管理し、条件交渉からクロージングまで一貫して支援します。従来は大型案件が中心でしたが、昨今は中小規模や個人向けの部門を立ち上げる会社が増加しました。
仲介手数料は着手金・中間報酬・成功報酬に分かれるケースが多く、完全成功報酬型を選べば着手金ゼロで進められる一方、成約時の負担は高めになる傾向があります。実績や報酬水準を照らし合わせ、専門性が高いかどうかも比較ポイントです。
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M&Aでの起業を成功に導くポイント
成功事例に共通する留意点は4つあります。具体的なアクションを紹介します。
専門家に相談する
簿外債務の見落としや株式価値算定ミスは、多額の追加コストや訴訟リスクにつながります。公認会計士・税理士・弁護士など専門家のサポートを早期段階で確保し、役割分担を明確にしたうえで交渉を進めることが重要です。
連帯保証の解除もサポートしてくれる
前経営者の保証解除には金融機関の同意が不可欠です。財務改善計画や担保差し入れ案を提示し、段階的に保証を切り替える交渉を行うことで、将来的な個人リスクを軽減できます。
経験や知識を活かせる会社を選ぶ
未知の業種を買収すると、ノウハウ不足が原因で想定外のコストが発生します。自分の職歴やネットワークを活かせる近接業種の案件を選び、既存の強みをテコに成長戦略を描く方がリスクは小さく、PMIも円滑です。
PMI計画の策定も大事
経営者交代後6か月はオンボーディング期間です。従業員面談のスケジュール、キーパーソンの報酬体系、取引先への説明資料などを事前に準備し、心理的安全性を確保することで離職率と顧客離脱率を抑制できます。
調査を怠らない
デューデリジェンスは財務だけでなく、人事・税務・法務・顧客取引の実態を網羅します。チェックリストを作成し、重要書類へのアクセス権を確保したうえで逐条的に確認する姿勢が不可欠です。
デューデリジェンスは充分に実施しておきたい
簿外債務、訴訟リスク、許認可の更新状況、人事・労務問題を網羅的に調査します。必要に応じて買収価格の調整条項を盛り込み、リスクが顕在化した際に補償請求できる仕組みを契約に反映させましょう。
高額すぎる買収は避ける
買収価格が自己資金・借入返済能力を超える場合、債務負担で経営判断が硬直化します。初めてのスモールM&Aでは、自身で把握・管理できる売上規模・財務内容の会社を選びましょう。
起業コストを抑える具体策
M&Aによる起業では、「買収費用」と「仲介手数料」が大きな出費になります。
買収費用を抑える
株式価値は将来キャッシュフロー・純資産など複数の要素で決まります。交渉では過去の業績変動や将来投資計画を細かく検証し、必要に応じて「利益連動型」の出来高払いを提案することで初期払い込み額を抑えることが可能です。また、譲受直後の運転資金に余裕がある場合は支払時期の分割や繰延べを申し出るなど、キャッシュアウトのタイミングを調整する方法も有効です。
複数の仲介会社を比較・検討する
仲介手数料はM&A会社ごとに幅があり、完全成功報酬型か着手金・中間金ありか等でコスト構造が大きく異なります。複数社から見積を取得し、報酬率だけでなくデューデリジェンス支援や契約書チェックの範囲を含めた総コストで比較しましょう。成功報酬が安い会社でも専門家紹介が有償オプションの場合、結果として高くつくケースがあるため、注意が必要です。
M&Aの初期費用の内訳
スモールM&Aのコスト構造は、株式譲渡対価+仲介報酬+諸費用に整理しています。各費用の性質と注意点を見ていきましょう。
株式の買収対価
譲渡企業の評価は将来キャッシュフロー・純資産・類似案件相場で決まります。500万〜1,000万円が中心ですが、安価な案件ほど財務状態や顧客離れのリスクが高い傾向があります。1円譲受案件は簿外債務の可能性が高いため、デューデリジェンスで裏付けを取らなければ危険です。
M&A報酬(仲介手数料)
報酬体系は着手金0〜50万円、中間報酬0〜購入金額の5%、成功報酬5%程度が一般的です。完全成功報酬型でも、最終段階で成約に至らなければ調査コストが無駄になる点には留意しましょう。
デューデリジェンス費用
財務・法務・税務・労務のフルスコープで100万円、財務・税務のみなら50万円前後が目安です。費用を抑える目的で範囲を絞りすぎると、結果的に簿外債務を見逃す可能性が高まります。
契約書作成・リーガルチェック費用
最終譲渡契約書には譲渡範囲、表明保証、競業避止義務を明記します。弁護士費用5万〜10万円は小規模案件でも削れないコストと理解しましょう。
役員変更登記費用
登録免許税1万〜3万円に加え、司法書士報酬3万円程度が目安です。登記遅延は罰金が科されるため、クロージング後すぐ準備することが重要です。
これらを合算すると、譲受価格500万円でも総額は700万〜1,000万円に達します。自己資金30%以上を確保しつつ、それ以外を金融機関借入で手当てするのがスモールM&Aの基本モデルです。
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M&Aによる起業のまとめ
M&Aでの起業は、短期で事業基盤とキャッシュフローを獲得できる一方、初期費用・簿外債務・連帯保証といった固有リスクを伴います。マッチングサイトと仲介会社という2つのルートを理解し、デューデリジェンスとPMIを徹底することで、成功確率を高められます。買収規模を適切に抑え、専門家を活用しながら自分の経験が活かせる案件を選ぶことが、スモールM&A成功の近道です。
M&Aを計画する際は、みつきコンサルティングにご相談ください。みつきコンサルティングには、経営コンサルティング経験者が多数在籍しているため、買収対象となる企業の詳細な事業分析を実施し、シナジーの創出を見込める候補先を紹介できます。まずはお気軽に、お問い合わせください。
著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、経験年数10年以上
監修:みつき税理士法人
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