税理士・会計事務所のM&Aの手法は?売却価格相場・注意点・流れ

多くの業界と同じく、会計事務所においても後継者不足に関する問題が増えてきています。本記事では、会計事務所の現状やM&Aを行うメリット、売却相場などについて解説します。会計事務所を運営している先生は参考にしてください。

会計事務所M&Aの背景と現状

多くの会計事務所では代表税理士の高齢化が進み、後継者不足が深刻化しています。日本税理士会連合会のデータでは60歳以上の税理士が全体の半数超を占めると言われ、70代でも現役というケースも珍しくありません。定年制がなく「体力が続く限り働ける」ことが平均年齢を押し上げる一方、若手税理士の不足により事業承継が滞る事務所が増えています。

加えて、中小企業数の減少やクラウド会計ソフトの普及により報酬単価が下がり、事務所の収益力が低下しやすい構造になりました。競争が激しさを増す中で、「この先も同じ形で経営を続けられるのか」という不安が高まり、M&Aに注目が集まっています。M&Aは「譲渡企業が築いた歴史を残しつつ、譲受企業の資本力や人材を取り込むことで双方が発展できる」仕組みです。従来はご子息・ご令嬢への親族内承継が主流でしたが、今では規模を問わず第三者への承継が一般的な選択肢になりつつあります。

税理士の高齢化が進む理由

・定年がなく体力次第で働き続けられる
・税理士試験の難易度が高く若手が育ちにくい
・個人経営が多く後継候補を雇う余裕がない
・「あと数年だけ」と先延ばしにしやすい文化がある

後継者不足がもたらす課題

・代表引退後に顧問先が行き場を失う
・従業員の雇用継続が難しくなる
・事務所の伝統やノウハウが途絶える
・顧客満足度の低下がブランド価値を棄損する

会計事務所M&Aの代表的な4つの手法

譲渡する事務所の先生の希望や事務所の文化、職員の意向を踏まえ、最適な手法を選択することが重要です。

手法所長の去就事務所の扱い特徴
支店展開承継型継続勤務事務所を残す環境変化が最小、離職リスクが低い
合併型継続勤務譲受企業へ統合業務を譲受企業に依頼しやすく負担軽減
支店展開引退型引退事務所を残す雰囲気を保ったまま事業を承継可能
事業譲渡型引退譲受企業へ統合経費圧縮により創業者利益を確保しやすい

また、手法ごとに必要なデューデリジェンスの範囲やクロージングに要する期間が異なるため、早めの準備が欠かせません。

会計事務所の売却価格相場と評価方法

会計事務所M&A市場では、以下の2つの価格算出方法が主流となっています。

継続売上に基づく算出法

会計事務所の譲渡価格を「固定報酬の1年分」とする方法です。例えば、年間の顧問報酬が1億円の会計事務所の場合、譲渡金額も1億円程度とします。スポット報酬(相続税申告などの一時的な収入)を除いた継続的な収入を基準に価格を決めますが、スポット報酬が多い事務所の場合は、上記金額に幾ばくかを加算します。

営業利益に基づく算出法

もう1つは、「営業利益の3年~5年分」とする方法です。例えば、営業利益が2,000万円の会計事務所であれば、譲渡金額は6,000万円~1億円となります。ここでいう営業利益は、所長先生の私的経費や過大報酬分、一過性の経費を除いた、譲渡後も継続的に発生すると見込まれる営業利益に補正した「正常収益力」になります。

買い手視点で見る案件評価のポイント

譲り受ける事務所が候補案件を見極める際には、価格だけでなく以下の非財務指標を重視します。

顧問報酬の安定性

・10年以上継続しているクライアントの割合
・単価と記帳・申告以外のコンサルティング比率
・決算期の偏り

キーパーソンへの依存度

所長税理士が退任すると売上が急減する事務所はリスクが高いため、キーパーソン不在の売上構成比や担当者交代の実績をチェックします。

人材定着率

職員の平均勤続年数や離職率が低い事務所は、引継ぎコストが下がりポストM&Aの早期立ち上げが見込めます。

売り手視点で見る価値向上の着眼点

譲渡価格を高めたい場合は、クロージング前の準備で下記を整備することをお奨めします。

  1. 記帳・申告フローの標準化
    属人的な処理をマニュアル化し、誰が担当しても同品質で業務を回せる仕組みを整えます。
  2. 中長期顧問契約の更新
    重要顧問先との契約を3年以上に延長しておくと、将来キャッシュフローの確度が高まり、割引率を抑えられます。
  3. サービスラインの多角化
    経営コンサルティングや資金調達支援など高付加価値サービスを組み合わせることで、平均顧客単価を向上させられます。

M&Aで得られるメリット

事務所を譲り渡す先生、譲り受ける先生、それぞれにメリットがあります。

譲渡する税理士のメリット

後継者不在のまま廃業してしまうと、長年支えてくれた職員や顧問先に大きな影響を与えます。M&Aであれば、譲渡する先生は次のような恩恵を受けられます。

廃業せずに後継者問題を解決

引退を予定する所長が職場環境を変えずにバトンを渡し、顧問先や従業員との関係性を維持できます。別事業に専念したい場合でも、事務所を安心して託せる点が魅力です。たとえば支店展開承継型であれば、事務所名やオフィスを残したまま譲受企業のネットワークに加わるだけなので、顧問先離れや職員の不安を抑えやすいでしょう。

クライアント・従業員の安心を確保

事務所ブランドと職員の雇用を守ることは、所長自身の人生計画にも大きく関わります。信頼関係を築いてきた顧問先を新事務所に引き継げることで、サービス品質の低下を防げます。また、引継ぎ後も所長が一定期間関与することで、離反リスクを最小化できます。

創業者利益の実現

完全譲渡型であれば、設備や顧問契約、ブランドすべてを譲受企業に統合できます。経費圧縮効果が見込めるため、創業者利益を最大化しやすい手法といえます。まとまった資金を確保することで、引退後の生活や新規事業への投資に充当しやすくなります。

譲り受ける税理士のメリット

一方、譲り受ける先生には短期間で事務所規模を拡大できるという利点があります。

新規エリアへ速やかに進出

ゼロから支店を構えるより低リスクで地域網を広げられます。譲渡する事務所が積み上げてきた顧問先や地元金融機関との関係を活用し、短期間で売上を上積みできます。

人材・ノウハウの確保

税理士資格保有者や経験豊富なスタッフをそのまま受け入れられる点は、慢性的な人材不足に悩む会計事務所にとって大きな魅力です。専門性が高い人材を中途採用でそろえるより、M&Aの方がコスト効率に優れます。また、譲渡する事務所に特有の強み(経営分析やコンサルティングノウハウなど)があれば、それを取り込むことでサービスラインが拡大します。

事業ポートフォリオの拡充

M&Aで得た新サービスを既存クライアントへ展開すれば、クロスセル機会が広がり売上高を押し上げられます。複数拠点を有することで人材の配置転換が柔軟にでき、繁忙期の負荷分散も実現できます。

M&Aを成功させるポイント・注意点

以下のポイントを押さえることで、職員や顧問先に与える変化を最小限に抑え、スムーズな承継を実現できます。

特に重要な4つのポイント

譲渡企業・譲受企業の双方が満足するM&Aを実現するには、以下の4点を事前に整理しておくことが欠かせません。特に顧問先への告知は信頼継続の要です。

  1. 所長の待遇をどうするか – 今後の役職や報酬、水面下での経営参加の可否を具体化します。
  2. 事務所環境をどうするか – 既存オフィスを残すか統合するか、店舗名を変更するかなどの方針を固めます。
  3. 職員の待遇をどうするか – 雇用契約や給与体系、就業規則の統一時期を定め、説明機会を設けます。
  4. 顧問先への対応をどうするか – 通知書の送付タイミング、料金改定の有無、サービスライン変更の可否を整理します。文書だけでなく対面やオンライン面談を組み合わせ、譲受企業の担当者を早期に紹介することで、契約巻き直し時の解約リスクを下げられます。

その他のポイント

上記の4つのポイントに加え、次の3項目を満たすことで成約に近づけられます。

  • 売上高を1,000万円以上に維持する:会計事務所M&A市場では、売上高1,000万〜1億円の案件が成立しやすいと言われています。安定した売上があることで譲受企業は投下資本の回収シミュレーションを描きやすく、交渉が前向きに進みます。
  • 従業員と顧客への丁寧な説明:従業員と顧客がM&A後のビジョンを共有できれば、離職や契約解消を最小限に抑えられます。説明資料を用意し、質疑応答の場を複数回設けることが信頼構築の近道です。
  • 専門家への相談で条件を最適化:仲介会社やアドバイザーは過去の豊富な成約データと交渉ノウハウを持っています。完全成功報酬型サービスを活用すれば、初期費用をかけずに最適な相手探しと条件交渉を委託できます。

会計事務所がM&Aを進める際の注意点

M&Aは後継者問題を解決する有効な手段ですが、会計事務所特有の規制や顧問契約の性質を踏まえて慎重に進める必要があります。

株式譲渡はできず、事業譲渡が主流

個人税理士が営む会計事務所は法人格ではないため、株式譲渡によるM&Aは制度上不可能です。多くのケースでは「事業譲渡」または「合併」によって承継します。譲渡対象に含める資産・権利の範囲を明確にし、契約書に落とし込むことが必須です。

準備期間を十分に確保する

顧問先への通知、デューデリジェンス資料の整理、従業員説明会など、やるべきタスクは多岐にわたります。特にクロージング直前になって顧問先から解約通知が届くと評価額が変動しかねないため、早期にリストアップして対策を講じましょう。

クライアント契約の巻き直しリスク

M&Aにより契約主体が変わる場合、顧問契約は一旦解除して譲受企業と再契約する流れになります。このタイミングで料金改定や担当者変更が生じると顧客満足度が低下しやすいため、事前にメリットを丁寧に説明し、書面と面談の両方でフォローすることが不可欠です。

会計事務所M&Aの一般的な流れ

会計事務所がM&Aを具体的に進める際は、以下の5つのステップを踏むのが一般的です。

1.希望条件の整理

最初に行うのは事務所側の現状把握とゴール設定です。譲渡を検討する先生は、「引退時期」「譲渡後の関与度合い」「希望価格」などを整理します。譲り受けを検討する事務所側は、「エリア」「顧問報酬規模」「得意業種」など譲受後のシナジーを意識した条件を揃えます。

2.マッチングと秘密保持契約の締結

希望条件を満たす相手候補が見つかったら、まず秘密保持契約(NDA)を交わします。NDAを締結することで、顧問先リストや財務データなど機密情報を安全に開示できます。

3.基本合意と詳細交渉

事務所見学やトップ面談を経て、双方が大筋合意に至れば基本合意書(LOI)を交わします。ここでは価格レンジやクロージング時期、所長の待遇など主要条件を盛り込み、書面化しておくことで後の交渉をスムーズに進められます。

4.デューデリジェンス(買収監査)

税務・法務・労務・ITの4分野を中心に詳細調査を行い、簿外債務の有無や顧問契約の継続性を確認します。会計事務所M&Aでは税務顧問契約の安定性が評価の根幹を占めるため、顧問契約の解約率や単価推移のデータ提示が重要です。

5.最終契約・クロージング

全ての懸念点を解消したら最終契約を締結し、対価の支払いと譲渡や合併を同時に実行します。クロージング後は顧問先へのサービス継続と従業員のフォローアップを徹底し、早期に新体制へ移行することが大事です。

6.クロージング後に行うべきフォローアップ

クロージング完了はゴールではなくスタートです。ポストM&Aの90日間で以下のタスクを完了させると、新体制が早期に定着します。

ガバナンス体制の再構築

合併型や事業譲渡型では、内部規程や役職体系を統一する必要があります。それまでの文化を尊重しつつ、譲受側のガバナンスフレームワークへ段階的に移行すると混乱を避けられます。

システム・ツールの統合作業

会計ソフトやファイルサーバー、コミュニケーションツールが重複すると生産性が低下します。まずは従業員の業務動線を洗い出し、優先度の高いツールから統合を進め、重複コストを削減しましょう。

顧問先へのアフターフォロー

顧問先からの問い合わせ件数はクロージング直後に増える傾向があります。FAQリストや専用ホットラインを設置し、顧問先が感じる不安を即時に解消することで、長期的な継続率向上につながります。

会計事務所M&Aのまとめ

会計事務所M&Aは、後継者問題の解決や事務所拡大、創業者利益の実現など多面的なメリットをもたらします。正しい流れと注意点を押さえ、M&Aの専門家と連携して準備を進めれば、顧問先と従業員の安心を守りながら理想的な承継が可能です。この記事で紹介したポイントを活用し、適切な相手とタイムラインを設定することが成功への近道です。

みつきコンサルティングは、母体が税理士法人であるため、譲渡を検討する先生方のお気持ちや事情を汲んだ柔軟な対応が可能です。M&Aによる事業承継を検討される先生は、お気軽にお問合せください。

著者

西尾崇
西尾崇事業法人第三部長
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人

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