M&Aで従業員はどうなる?雇用・待遇の変化と守るための実務

長年支えてくれた社員の顔が浮かび、決断できない。そんな相談は少なくありません。株式譲渡なら雇用契約はそのまま引き継がれ、事業譲渡では個別の同意が要ります。手法ごとの違い、給与や退職金・福利厚生の実際、開示のタイミング、契約に雇用維持条項を入れる交渉まで、譲渡オーナーが押さえるべき実務を整理しました。廃業との比較や持株会の処理にも触れています。

M&A仲介手数料・料金体系を見る|完全成功報酬制・着手金・中間金0円
企業価値を1分で簡易試算|登録不要・無料の企業価値評価

M&Aで従業員はどうなるのか|先に結論を押さえる

「会社は売れるかもしれない。でも社員はどうなるのか」。ここで手が止まるオーナー経営者は少なくありません。結論からいえば、M&Aは従業員の雇用が続くことを前提に進みます。ただし手法ごとに法律上の扱いはまるで違う。会社売却の全体像を頭に置いたうえで、雇用の論点を切り分けていきます。

雇用は原則として継続する

譲受企業が対価を払って会社を引き受けるのは、その会社が利益を生んでいるからです。利益を生んでいるのは人。人がいなくなれば、譲り受けた意味そのものが消えます。だからこそ雇用の維持は、譲受企業にとっても利害の一致する話になります。買収後の末路を心配する声はよく聞きますが、実態は想像とかなり違います。

廃業や会社解散を選んだ場合との差

比較の相手を変えると、見え方が変わります。後継者がいないまま廃業すれば、従業員は全員が職を失う。廃業時の解雇通知を準備する段になって、初めてその重さに気づくオーナーもいます。会社解散と会社売却の比較で見たとき、雇用が残るかどうかは決定的な分かれ目になります。

譲受企業が従業員の維持を望む理由

中小企業庁の2025年版中小企業白書は、譲受側がM&Aに求めるものとして「人材の獲得」を挙げた企業が、規模を伸ばした企業ほど多いと報告しています。人が欲しくて会社を引き受けたのに、その人を辞めさせる。経済合理性に反する行動です。人手不足の解消そのものが譲受の動機になっている案件も、現場では珍しくありません。

手法で決まるM&Aの従業員の扱い

従業員の契約がどう動くかは、当事者の気持ちではなく法律の構造で決まります。下表のとおり、株式譲渡・事業譲渡・会社分割の3つで、承継の仕組みも実務の負荷もまったく異なります。

比較項目株式譲渡事業譲渡会社分割
雇用契約の承継会社が存続するため自動的に維持
従業員の同意は不要
個別の同意が必要
譲受企業と新たに契約
労働契約承継法により承継
異議申出の手続あり
労働条件原則としてそのまま再契約のため変更の余地が生じる原則としてそのまま
退職金と勤続年数そのまま引き継がれるいったん精算する例が多い制度ごと移管するのが通例
実務の負荷低い高い。全員分の同意書が要る中程度。通知と協議が法定
中小M&Aでの用途会社ごと譲渡する主流の手法特定の事業や店舗の切り出しグループ内再編や事業分離

株式譲渡なら雇用契約は動かない

株式譲渡は、発行済株式を譲渡オーナーが譲受企業へ渡す手法です。変わるのは株主だけ。雇用主である会社は法人格も社名もそのまま残ります。雇用契約に手を触れる必要がないため、従業員の同意も要りません。中小企業のM&Aで株式譲渡が選ばれる理由の一つが、この身軽さにあります。

M&Aの株式譲渡における経営権の移転と、役員・従業員の雇用契約が維持される仕組みの図解

事業譲渡は一人ひとりの同意が要る

事業譲渡では資産や契約を一つずつ移します。雇用契約も例外ではありません。民法第625条により、労働者本人の承諾がなければ使用者の地位を第三者へ移せないためです。対象者全員から同意書を集める作業が発生し、負荷は跳ね上がります。事業譲渡で社員はどうなるかは、スキームを決める前に確認しておきたい論点です。

事業譲渡における経営権の移転と従業員が譲受企業へ転籍する仕組みの図解

同意が得られなかった従業員の行き先

転籍を断る人が出た場合、その従業員は譲渡側の会社に残ります。受け皿となる事業が残っていれば配置転換で対応できますが、全事業を譲渡していれば行き先がありません。厚生労働省の事業譲渡等指針(2026年1月改正)は、事業を譲渡したことのみを理由とする解雇を認めず、雇用関係を維持するための措置を求めています。

会社分割は労働契約承継法が働く

承継される事業に主として従事する従業員の労働契約は、分割契約の定めに従って移ります(労働契約承継法)。同意書は不要ですが、そのかわり事前の通知と協議が法律で義務づけられています。会社分割の手続を選ぶなら、スケジュールに余裕を持たせてください。

M&A後に従業員の待遇はどこまで変わるのか

給与は下がるのか。退職金は消えるのか。従業員が本当に気にしているのは、雇用の有無そのものより、その先の生活です。項目ごとに、現実的な変化の幅を見ていきます。

M&Aによる従業員の処遇の変化(雇用契約、給与・勤務地、福利厚生、退職金の株式譲渡と事業譲渡における違い)

給与と賞与

株式譲渡であれば、給与はそのまま引き継がれます。譲渡直後に一律で引き下げるような動きは、法的にも実務的にも起こりにくい。譲受企業が大手であれば、グループの賃金テーブルに合わせる過程で水準が上がる例さえあります。注意したいのは賞与のほうです。業績連動へ設計が切り替わり、支給月数の考え方が変わるケースは実際に起きています。

勤務地と職務内容

組織再編に伴う配置転換や転勤の可能性は、ゼロではありません。ただ、譲受企業が欲しいのは、その会社が現場で回している事業そのもの。人を引き剥がして遠くへ動かす合理性は薄いのが実情です。それでも不安が残るなら、勤務地の変更について契約段階で条件を握っておく手が使えます。

福利厚生

法定外の福利厚生は、各社の裁量で決まる領域です。住宅手当や社員旅行が消える一方、譲受企業の健康保険組合や研修制度、持株制度を新たに使えるようになることもあります。差し引きでどう転ぶのか。譲受企業の制度一覧を早めに取り寄せて突き合わせておくと、説明会での説得力がまるで変わります。

退職金と勤続年数

株式譲渡なら、退職金規程も勤続年数もそのまま。ここは動きません。問題は事業譲渡です。転籍のタイミングで退職金をいったん精算し、譲受企業では勤続年数をゼロから数え直す設計が採られることがあります。退職金の税金の計算にも直結するため、精算か通算かは条件交渉の早い段階で詰めるべき項目です。

退職金の精算で起きがちな行き違い

「精算されるなら得ではないか」と受け止める従業員がいる一方、勤続20年を超えると退職所得控除の伸びが大きくなるため、通算されないほうが生涯の手取りで不利になる人もいます。同じ制度変更でも、年齢と勤続年数によって損得が逆転します。ここを整理しないまま説明会に臨むと、質疑で必ず詰まります。

M&A手法(株式譲渡・事業譲渡)による従業員の処遇・待遇のメリット・デメリット比較表

従業員が株主になっている場合

見落とされがちなのが、従業員持株会や幹部個人が株式を持っているケース。株式譲渡では発行済株式のすべて、あるいは大半を譲受企業に集約する必要があるため、持株会は解散し、保有株を買い取る段取りになります。買取価格の置き方しだいで社内に不満が残ることもあり、従業員持株会の株式譲渡は早めに手を付けたい論点です。

従業員を守る法律の枠組み

感情論ではなく、制度として何が担保されているのか。ここを知っておくと、説明会で使う言葉に芯が通ります。

労働条件の不利益変更は自由にできない

労働契約法第9条は、労働者の合意なく就業規則を変更して労働条件を不利益に変えることを認めていません。第10条で例外は置かれているものの、不利益の程度、変更の必要性、労働組合等との交渉状況を踏まえた合理性が求められます。給与や退職金の引き下げは、そう簡単に通る話ではありません。

解雇には高いハードルがある

同法第16条により、客観的に合理的な理由を欠く解雇は権利の濫用として無効になります。人員削減を伴う整理解雇なら、判例が積み上げてきた4つの要素、すなわち人員削減の必要性、解雇回避の努力、人選の合理性、手続の妥当性が問われます。M&A後のリストラが現実に起きにくいのは、この壁があるためです。

ガイドラインが求める説明責任

中小企業庁の中小M&Aガイドラインは、最終契約で生じ得るリスクを事前に整理し、当事者へ丁寧に説明することを支援機関に求めています。雇用や処遇の約束も、口頭の確認で終わらせない。書面に落として初めて、守れる約束になります。

譲渡オーナーが交渉と契約で仕込む従業員保護

従業員を守れるかどうかは、クロージング後の運任せではありません。勝負は交渉のテーブルの上で、ほぼ決まります。

最終契約に雇用維持の条項を入れる

最終契約書(DA)には、譲渡後の一定期間について従業員の雇用を維持する旨や、給与などの経済的条件を引き下げない旨を明記できます。努力目標ではなく、法的拘束力のある条項として書き込むこと。ここを受け入れるかどうかで、譲受企業の本気度も見えてきます。

労務デューデリジェンスで足元を固める

未払残業や社会保険の未加入といった労務リスクが後から出れば、価格の減額や補償の問題に直結します。人事・労務デューデリジェンスで先に洗い出し、必要なら是正してから交渉に臨む。従業員を守る話は、そのまま譲渡価額を守る話でもあります。労務を整理したうえで企業価値評価を受けておくと、交渉の主導権を握りやすくなります。

候補先選びに人の視点を組み込む

最も高い価格を出した相手が、従業員にとって最良の相手とは限りません。既存拠点との重複はないか。賃金水準は近いか。統合の経験はあるか。買い手の選び方にこの視点を加えるだけで、譲渡後の景色は変わります。規模区分ごとの買い手の傾向を知っておくと、絞り込みも早くなります。

雇用維持条項を書き込んだ金属加工業の例

首都圏で金属加工を営む年商12億円・従業員45名の会社。オーナーは70歳、後継者は不在でした。譲受企業は同業の中堅メーカー。交渉では、クロージング後3年間は経済的条件を引き下げないこと、事業所を統廃合する場合は事前に協議することを最終契約に明記しました。譲渡から2年が経ち、退職したのは定年を迎えた1名だけ。条項が存在すること自体が、現場の安心材料として効いた案件です。

従業員への伝え方|開示の順序と説明の設計

制度を整えても、伝え方を誤れば人は動揺します。順序と言葉。この2つが説明会の成否を分けます。

開示は段階的に、全体はクロージング後

基本合意の段階で社内に漏れると、交渉が壊れるだけでなく、不安から先に辞める人が出ます。原則は、最終契約までは経営層とごく一部のキーマンに限定し、全従業員への開示はクロージング当日か直後。社員説明のタイミングは、案件の規模と社内の情報感度によって微調整します。

説明会で必ず伝える3点

従業員が知りたいことは、突き詰めれば3つです。なぜ売ったのか。自分の雇用と給料はどうなるのか。これから誰の指示で働くのか。この3点にオーナー自身の言葉で答えられれば、動揺の大半は収まります。用意した書面を読み上げるだけの説明会は、かえって不信を招きます。

説明会の前に譲受企業と握っておく7項目

下表は、当社が説明会の準備段階で必ず確認している項目です。ここを詰めずに当日を迎えると、質疑で答えに詰まり、その一瞬で信頼を失います。

確認項目譲受企業と握っておく内容
雇用の維持維持する期間と、その根拠となる契約条項
給与と賞与当面の水準と、改定を検討する時期
退職金制度の存続と、勤続年数を通算するかどうか
勤務地と配置転勤や配置転換の有無と、想定される時期
就業規則と評価制度統合の時期と、移行までの経過措置
社名商号を変えるかどうかと、対外的な発表の仕方
役員と幹部処遇の方針と、譲渡オーナーの残留期間

社名を残すか変えるかは、従業員の帰属意識に直結します。商号変更を避けたいなら、その意向も交渉材料として早めに出しておくべきです。役員の待遇は従業員とは別建てで議論される点にも、注意が要ります。

反対する従業員が出たときの対応

M&Aに反対しているという理由だけで、解雇はできません。対話を重ね、何に反対しているのかを分解します。処遇への不安なのか、譲受企業への不信なのか、相談されなかったことへの憤りなのか。原因が違えば打ち手も変わる。社員の雇用契約の引継ぎの条件を丁寧に示しただけで、態度が和らぐ人も少なくありません。

説明の順序を設計した食品製造業の例

地方で食品製造を手掛ける年商8億円・従業員30名の会社では、工場長を含む3名にだけ最終契約前に事情を伝え、全体説明会はクロージング当日に設定しました。社長は「なぜこの決断をしたのか」を10分かけて自分の言葉で語り、そのうえで雇用と給与の維持を明言。質疑で最も多かったのは賞与の扱いでしたが、事前に譲受企業と水準の維持を握っていたため即答でき、その期の退職者はゼロで着地しました。

クロージング後の定着はPMIで決まる

2025年版中小企業白書によると、譲受側がPMIで重点を置いたのは、相手先従業員との対話による相互理解と、雇用継続の保証を表明することでした。想定以上の効果が得られたと答えた企業ほど、この2つに力を注いでいます。

対話を尽くした譲受企業の実例

同白書が紹介する静岡県の設備工事業(従業員127名)では、譲受企業の社長が譲り受けた会社の全従業員と個別面談を実施しました。結果は退職者ゼロ、営業利益は前期比およそ200%。PMIの進め方M&A後の離職防止は、譲り渡した後の会社の姿を左右する話です。

M&Aと従業員に関するFAQ

面談の場で繰り返し出てくる質問を、5つに絞って整理しました。

Q:買い手は従業員を解雇できますか?

できないと言い切るのは正確ではありませんが、実際にはかなり困難です。解雇には客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が要り、人員削減を伴うなら整理解雇の4要素も問われます。株式譲渡なら雇用契約はそのまま残るため、譲渡を理由とした解雇は成り立ちません。最終契約に雇用維持条項があるかを、まず確認してください。

 Q:事業譲渡で転籍を拒否されたらどうなりますか?

その従業員は売り手側の会社に残ります。譲渡後も会社に事業が残っていれば配置転換で対応できますが、全事業を譲渡した場合は受け皿がありません。事業を譲渡したことだけを理由とする解雇は認められないため、退職勧奨や割増退職金の設計まで含め、事前に落としどころを決めておく必要があります。

 Q:従業員に伝えるのはいつが正解ですか?  

原則はクロージング当日か、その直後です。基本合意の段階で広く伝えると、情報が外に漏れて取引先や金融機関が動揺し、交渉そのものが壊れかねません。ただし引継ぎの要になる幹部には、最終契約の前に伝えて協力を仰ぐ場合もあります。社内の情報感度と、キーマンの人数しだいです。

Q:退職金は引き継がれますか?

株式譲渡なら、規程も勤続年数もそのまま引き継がれます。事業譲渡では、転籍時にいったん精算し、譲受企業で勤続年数を数え直す設計が多く見られます。通算する取決めも可能です。勤続年数が長い社員ほど手取りへの影響が大きいので、精算か通算かは交渉の早い段階で決めてください。

Q:従業員持株会がある場合はどうしますか?

買い手は原則として全株の取得を求めるため、持株会は解散し、保有株を買い取って集約します。論点は買取価格です。取得時の価格で戻すのか、譲渡価格と同水準にするのかで、社内の受け止めがまったく変わります。規約の定めを確認し、説明できる根拠を用意してから動くのが安全です。

税理士法人を母体とするM&A仲介会社|みつきコンサルティングが選ばれる理由

M&Aにおける従業員の処遇のまとめ

M&Aで従業員の雇用は原則として継続し、株式譲渡なら契約も労働条件もそのまま残ります。変わり得るのは福利厚生や賞与の設計、事業譲渡での退職金の扱い。守り方は、最終契約への雇用維持条項、労務リスクの事前整理、開示の順序設計に尽きます。社員の顔が浮かんで迷うのは、経営者として当然のことです。

みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社です。中小企業のM&Aを長く手掛けてきた経験から、雇用の維持を条件に織り込む交渉や、説明会の設計まで踏み込んで支援しています。従業員のことが気がかりで踏み出せないのなら、その不安ごとお聞かせください。

ご譲渡を検討される方
今すぐ無料相談する
M&Aの重要ポイント資料
無料でダウンロードする

著者

西尾 崇
西尾 崇事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士

みつきコンサルティングは、中小企業の会社売却・事業承継に特化した譲渡企業様に完全成功報酬制のM&A仲介会社です。売り手と買い手企業の最適なマッチングを、経験豊富なM&Aコンサルタントが初期相談から成約まで一貫してフルサポートします。

【無料】資料をダウンロードする

M&Aを成功させるための重要ポイント

M&Aを成功させるための
重要ポイント

M&Aの事例20選

M&Aの事例20選

事業承継の方法とは

事業承継の方法とは

【無料】会社売却のご相談 
簡単30秒!即日対応も可能です

貴社名*
お名前*
電話番号*
メールアドレス*
所在地*
ご相談内容(任意)

個人情報の取扱規程に同意のうえ送信ください。営業目的はご遠慮ください。

買収ニーズのご登録はこちら >

その他のお問い合わせはこちら >