事業承継時には株式取得や相続税の納付など多額の資金が必要になります。本記事では、公的・民間の「事業承継融資」を活用して資金繰を円滑化し、円滑な引継を実現するためのポイントを分かりやすく解説します。
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事業承継融資・ローンとは
事業承継融資とは、譲渡オーナーからバトンを受け取る後継者が、自社株式や事業用資産を取得し、相続税・贈与税を納め、旧債務を整理するために活用する長期借入です。自己資金だけでは賄い切れない巨額費用を分割払いにし、事業の火を絶やさないという役割を担います。
中小企業では経営者の高齢化が進み、事業価値を守るための承継資金需要が膨らんでいます。資金不足が原因でM&Aを断念したり、納税のために収益不動産を手放したりすれば、地域経済にも痛手です。こうした危機感が金融支援策を後押ししています。
資金使途の全体像
・自社株式・事業用資産の取得
・相続税・贈与税の納税
・旧債務の借換
・廃業に伴う整理資金
・承継後の運転資本・設備投資
資金使途別の融資利用のポイント
事業承継融資の主な資金使途別に、その留意点を見ていきましょう。
株式購入資金
役員承継や社員承継の場合、親族以外への株式譲渡となるため評価額が交渉の焦点になります。株価が上がり過ぎると返済負担が過大となり、逆に低過ぎると譲渡オーナーの老後資金が不足します。融資額と株価のバランスを検討しましょう。
納税資金
相続や贈与で承継する場合、相続人が多数いると後継者が受け取る資産が分散し、現預金が不足しやすくなります。納税のために不動産を売却すれば借主と同時にテナントも離れ、収益源を失う怖さがあります。融資で納税資金を先に確保すると安心です。
株式集約資金
後継者が過半数を保持できなければ経営方針がブレやすく金融機関審査にも不利です。分散株式の早期買付は譲受企業の使命と言えます。承継ローンは株式集約の原資としても設計されており、返済期間を15年程度に設定すればキャッシュフローへの影響を抑えられます。
廃業整理資金
後継者不在で止むを得ず廃業を選択する場合でも、従業員の退職金や取引先への違約金、在庫処分費用など想定外の支出が生じます。事業承継融資を利用して廃業資金を手当てしておけば、最終局面でも誠実な対応を貫けます。
旧債務借換
譲渡オーナー時代に負った高金利の短期借入を、承継ローンで長期固定へ借換えれば、金利差と返済期間の延伸で年間キャッシュフローを改善できます。後継者は経営の足かせを軽くし、再投資余力を確保しやすくなります。
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事業承継融資・ローンの種類
事業承継融資は大きく公的融資と民間融資の二本柱に分かれます。前者は日本政策金融公庫が扱う「事業承継・集約・活性化支援資金」で、国の政策的支援を背景に低利かつ長期。後者は都市銀行や地方銀行、信用金庫が独自に商品化したローンで、柔軟な商品設計が特徴です。
公的融資(日本政策金融公庫)
日本政策金融公庫の中小企業事業では最大14億4千万円まで借入可能で、基準利率上限は年2.5%。一定の雇用維持や設備投資を行えば優遇利率が適用されるケースもあります。国民生活事業は個人事業主向けで、上限7,200万円とやや小ぶりながら、無担保・無保証の枠も設けられています。
公庫融資を申し込む際には、事業承継計画の提出が必須です。計画書には承継のスケジュール、後継者の経営方針、資金使途の内訳などを盛り込みます。この作業は書類負担こそ生じますが、後継者自身が将来像を言語化する良い機会にもなります。
民間金融機関の融資
民間金融機関の承継ローンは、保証・担保の要否や金利水準、対象資金範囲が商品によって大きく異なります。株式取得費用だけを対象とするシンプルなタイプもあれば、株式取得と同時に行う新規設備投資までも組み込めるパッケージ型まで幅広いです。融資期間は10〜15年と長めに設計されていることが多く、月次返済額を抑えやすい点は大きな魅力です。また、譲受企業のキャッシュフローで返済を評価する「フロー型審査」を採用する銀行も増えており、従来よりも柔軟な与信判断が期待できます。
ハイブリッド資金調達も検討しよう
公庫融資は金額が大きくても上限金利が低いため、固定金利で長期借入を確定させ、変動金利の民間ローンは必要額に応じて追加する形がリスク分散になります。
【民間ローンの一例】
・融資金額上限:3億円
・返済期間:15年以内(据置2年可)
・金利:年2.0〜3.5%変動
・保証人:後継者個人
・担保:株式・不動産いずれかまたは不要
各金融機関の条件は日々改訂されるため、最新のパンフレットやウェブ情報を取得して比較ください。
信用保証の特例
融資そのものではありませんが、経営承継円滑化法に基づく信用保証の特例を利用すれば、通常枠とは別枠で保証が付されるため、他に借入があって総保証枠がいっぱいの場合でも追加借入がしやすくなります。保証料は発生しますが、レバレッジを高められる点は心強い支援策です。
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事業承継融資・ローンのメリット・デメリット
事業承継に関する融資のメリットとデメリットを紹介します。
事業承継融資のメリット
承継ローンは単なる資金調達にとどまらず、事業の成長に向けた土台を築く役割も果たします。
費用の一括調達
株式や資産を買い取る際に数千万円単位の資金が必要でも、融資であれば分割返済が可能です。資金不足で承継を諦めるリスクを減らし、譲受企業のキャッシュを温存できます。
納税資金の確保
非上場株式は市場で即時換金できず、納税期限を守るには現金確保が難題です。融資を先行して受けておけば、納税による資金ショートを回避し、不要な資産売却を防げます。
新規事業への挑戦
承継と同時に工場の自動化やオンライン販売の立ち上げなど、未来への投資を行うことで、後継者のビジョンを形にしやすくなります。金融機関からの資金注入は取引先への信頼感向上にもつながります。
経営権の早期集約
複数株主に分散した株式を速やかに買い集めることで、後継者が意思決定を一本化しやすくなります。結果として迅速な経営判断が可能となり、組織の推進力が高まります。
信用保証別枠の活用
保証協会の特例枠を利用すれば、既存借入に影響されずに新たな資金を確保でき、資金調達の選択肢が広がります。
融資のデメリット
事業承継融資は便利な一方で、借入である以上リスクも伴います。ここでは三つの代表的なデメリットを整理します。
審査の必要性
融資を受けるには金融機関の審査を経なければなりません。決算書や事業承継計画、後継者の経営能力など多岐にわたる情報の提出が求められ、早くても1か月、長ければ2か月以上かかることも珍しくありません。株式譲受や納税の期限が迫ってから申し込んだ場合、間に合わない可能性が高まります。タイムリミットから逆算し、余裕を持って着手することが欠かせません。
金利負担
借入金には金利が発生し、信用保証協会を利用する場合は保証料も加わります。返済期間が長期にわたるほど利息負担は膨らみ、キャッシュフローにじわじわ影響します。さらに、金利上昇局面では変動金利の借入コストが増大し、設備投資や緊急資金需要に充てる原資が削られる恐れがあります。
元金返済義務
融資は返済義務を伴うため、想定外の売上減少や費用増加が発生すると返済が滞るリスクがあります。後継者個人が連帯保証人となる場合、返済遅延は個人信用情報に直接影響し、将来の資金調達が難しくなる可能性も否定できません。
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事業承継融資の手続の流れとポイント
事業承継融資の基本的な流れを5段階に分けて確認しましょう。
1 専門家への相談
まずは公認会計士や税理士など、事業承継に精通した専門家に相談します。株価評価や納税額試算、承継スケジュールなど初期段階で整理すべき情報が明確になります。
専門家との連携と金融機関連携
承継融資を活用する際は、税理士や公認会計士、金融機関の担当者と早期に連携してください。特に株式価値の算定と納税額の試算は密接に関係するため、専門家を交えて総額をすり合わせることで、過大借入を防げます。
また、複数の金融機関に同時打診し、金利や返済期間、求められる保証内容を一覧表にして比較すると、コスト構造が可視化できます。公庫の低利と地銀の長期枠を組み合わせるハイブリッド調達も有効です。
資金調達と同時に社内へ「なぜ借入が必要か」を丁寧に説明し、従業員の不安を払拭することも忘れないでください。後継者が描く成長シナリオと融資の使い道を共有することで、チームの結束が強まります。
専門家活用のメリット
専門家に依頼できる支援には次のようなものがあります。
・株価評価書の作成
・事業承継計画書のドラフト
・金融機関向け事業説明資料
・納税資金シミュレーション
・返済計画の感度分析
専門家を巻き込むことで、金融機関との情報格差を埋め、交渉力を高められます。費用はかかりますが、金利交渉でわずかに下がるだけでも総返済額は大きく変わるため、投資対効果は十分期待できます。
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2 事業承継計画の策定
専門家と連携し、承継方法や時期、必要資金、返済原資を盛り込んだ計画書を作成します。金融機関は計画の具体性を重視するため、工程表や売上予測に数値根拠を示すことが重要です。
事業承継計画の作成ステップ
事業承継計画作成の流れは、例えば以下のようなものです。
- 現状分析(株主構成と財務状況)
- 後継者の決定
- 承継スケジュール策定
- 必要資金試算
- 融資機関打診
- 税務対策立案
- 社内外ステークホルダー説明
計画段階で承継時期を「〇年〇月決済」と明示すると、融資審査のタイムラインを逆算しやすくなります。金融機関は計画の具体性を重視するため、日付を入れた工程表は説得力を生みます。
3 融資申込
計画書が固まったら複数の金融機関へ同時打診します。金融機関ごとに金利・返済期間・担保要件が異なるため、比較表を作り優位性を整理しましょう。
金利負担と返済計画の注意点
金利負担を軽視すると、将来の設備投資や緊急資金需要に対応できなくなる恐れがあります。固定か変動かだけでなく、元金据置期間や返済方法(元金均等・元利均等)も比較し、総支払額を把握することが重要です。
審査から融資実行まで1〜2か月かかるという注意点を踏まえ、株式譲受や納税期限から逆算してスケジュールを組むと安心です。特に決算期や繁忙期は双方の書類準備が遅れやすいので注意してください。
返済義務は後継者個人が負うケースもあります。返済が滞れば個人の信用情報に傷が付くため、売上予測の甘さや過大投資は禁物です。シビアなシミュレーションを行い、返済遅延リスクを最小化しましょう。
返済計画を組むポイント
返済計画が甘いと、借入金が重荷になり事業運営を圧迫します。次の視点でシミュレーションしましょう。
キャッシュフロー管理
営業キャッシュフローの8割以内に年間返済額を抑えると、突発的な資金需要にも対応しやすくなります。過去3期平均だけでなく、承継後の投資計画や外部環境の変化を織り込んで感度分析を行うと安心です。
金利の影響
固定金利と変動金利をどう組み合わせるかは重要な意思決定です。固定は将来の金利上昇リスクを遮断できますが、変動より金利が高めに設定される傾向があります。一方、変動は低金利を享受できる一方で上昇リスクを抱えます。複数パターンで総支払額を比較し、最適解を探してください。
保証料と担保
信用保証料は融資額に比例し、長期借入ほど累計額が増加します。担保提供で保証料率を引き下げられる場合もあるため、不動産や株式を担保に差し入れるコストと比較して検討すると合理的です。
4 審査・融資実行
提出書類に基づく書面審査に加え、現地調査や後継者ヒアリングが行われます。審査を通過すると融資契約を締結し、資金が実行されます。
融資審査のタイムライン
融資相談は少なくとも決済予定日の6か月前には開始しましょう。書類不備や追加資料の要請が重なると、1〜2か月は容易に遅延します。時間的余裕が承継成功の鍵です。
【主な提出書類】
・直近3期分の決算書
・試算表
・法人税申告書
・株主名簿
・納税予定額の試算表
・事業承継計画
・後継者の履歴書
公庫では書類受付後に担当者が現地訪問し、後継者へのヒアリングや工場見学を行うケースが多いです。ビジネスモデルや技術力、地域への貢献度を丁寧に説明すると、審査はスムーズに進みます。
審査で評価される3つの視点
事業承継融資に関する審査で特に重点的にチェックされる項目は以下のようなものです。
キャッシュフローの安定性
金融機関は過去3期分の営業キャッシュフローと返済予定額を比較し、返済に無理がないかを確認します。赤字期がある場合でも黒字転換の根拠を説明できれば審査通過は可能です。
後継者の経営能力
役員経験や業界知識、外部ネットワークなどを具体的に示し、金融機関に安心感を与えることが大切です。経営塾や資格よりも実際のプロジェクト成果を語る方が説得力があります。
担保・保証の設定
無担保で借入可能な商品でも、自己資金を示すことはプラス評価につながります。自己資金比率が高いほど金融機関はリスクを低く見積もるため、少額でも自己資金を投入する姿勢を見せましょう。
これらの視点を押さえたうえで事前準備を進めれば、審査期間の短縮も期待できます。
5 返済
融資契約に定められた期日と金額で返済します。返済開始前に元金据置期間を設けられる商品もあるため、キャッシュフローに応じて検討してください。
融資を成功させるコツ
融資を有利な条件で実行するためのコツを3つ挙げます。
複数金融機関の比較
金利や条件は金融機関によって大きく異なります。比較表を作成し、提示条件を可視化すれば交渉材料になり、金利引下げや融資枠拡大につながる可能性があります。
早期準備
審査期間を短縮するには、決算書や事業計画を早期に整備し、追加資料の要請に迅速に対応することが必須です。承継の検討を開始した段階で金融機関に相談すると、スケジュールの余裕が生まれます。
専門家活用
公認会計士や税理士は金融機関との橋渡し役となり、書類作成や条件交渉を代行してくれます。専門家報酬は発生しますが、金利削減や審査通過確率の向上で十分ペイできるケースが多いです。
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事業承継の融資のまとめ
事業承継融資を活用すれば、株式取得や納税、設備投資に必要な多額資金を一括で調達でき、返済を分散させながら事業を滑らかに引き継げます。一方で金利負担や審査期間などのデメリットも存在するため、早期準備と専門家連携が不可欠です。承継スケジュールから逆算した資金計画と複数金融機関の比較を徹底し、最適な借入条件を実現しましょう。
当社は、みつき税理士法人グループのM&A仲介会社として15年以上の業歴があり、中小企業M&Aに特化した実績経験が豊富なM&Aアドバイザー・公認会計士・税理士が多く在籍しております。M&Aをご検討の際は、みつきコンサルティングにご相談ください。
著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修:みつき税理士法人
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