M&Aで会社を譲渡した経営者がすべきこと・譲渡後の選択肢を解説

M&Aは後継者がおらず、第三者に事業承継するための手段として多く用いられています。後継者に悩んでおり、M&Aを検討している経営者も多いでしょう。この記事では、M&Aを検討したい経営者に向けて、M&Aに向けてすべきことや譲渡後の選択肢について解説します。M&Aを検討する際の参考として、ぜひ役立ててください。

1.全国の中小企業のうち後継者不在率は57.2%

帝国データバンクが全国・全業種約27万社に実施した「後継者不在率」の調査によると、全国の後継者不在率は 57.2%と、半数以上の企業で後継者がいないという結果が出ています。

また、M&Aなど(買収や出向、分社化など)による事業承継は20.3%と、調査を開始してから初めて2割を超えました。このことから、事業承継の手段としてM&Aを選択する経営者が増加していることがわかるでしょう。後継者がいない経営者にとって、M&Aは身近な選択肢となっています。

参考:全国企業「後継者不在率」動向調査(2022)|帝国データバンク

2.経営者がM&Aで事業承継するメリット・デメリット

M&Aでの事業承継には、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。ここでは、M&Aによる事業承継のメリット・デメリットを解説します。

経営者がM&Aで事業承継するメリット

経営者がM&Aで事業承継するメリットとしては、後継者がいない場合でも事業を続けられることです。後継者が不在のまま経営者が退いた場合、会社が廃業せざるを得ません。しかし、M&Aで事業承継することで廃業を回避することができるため、従業員と従業員の家族を守れます。

また、企業規模の拡大によって、労働条件が向上する可能性もあります。M&Aにおいては、買収側の企業規模は自社よりも大きいケースがほとんどです。そのため、財政面での余裕が生まれて労働条件や業績の向上などが期待できます。

経営者がM&Aで事業承継するデメリット

M&Aで会社を譲ることにより、喪失感に襲われる可能性があるでしょう。人生をかけて打ち込んできた仕事がなくなることで、喪失感を覚えて生きがいを失ったような感覚になる経営者も少なくありません。

会社を譲った後、会社に残るケースもあります。しかし、その場合には権限は小さくなり買収先の企業方針に従わなければいけません。会社を離れる場合には継続的に得ていた収入がなくなってしまうこともデメリットでしょう。譲渡したことで得た利益や貯蓄などで生活できるかしっかり検討することが重要です。

3.事業承継までの5ステップ

事業承継の際には、中小企業が作成した「事業承継ガイドライン」を参考にしましょう。中小企業・小規模事業者が円滑に事業承継するための指針です。このなかから、事業承継に向けての5ステップを紹介します。

参考:事業承継ガイドライン(第3版)令和4年3月改訂|中小企業庁

ステップ1:何をいつから準備すればよいか把握する

M&Aによる事業承継は、経営者が60歳になる頃を目安に準備を始めましょう。事業承継はすぐにできるものではありません。準備には数年程度かかるため、早めに準備を始めることがポイントです。

ステップ2:経営状況・経営課題などを可視化する

自社の経営状況や経営課題を洗い出して、可視化しましょう。スムーズに事業承継を進めるためには、現状を正確に把握することが大切です。

ステップ3:事業承継を見据えてブラッシュアップする

事業承継は、事業を飛躍させる機会でもあります。次世代に承継するまでに、事業の維持や発展に努めましょう。経営状態の改善や自社の強み、魅力をアップさせることで、事業承継を有利に進めやすくなります。

ステップ4:事業承継計画を策定する

自社だけでなく、自社を取り巻く環境を整理しながら具体的な事業承継計画を策定しましょう。自社の現状、会社の理念などを確認し、計画を立案します。計画を立案した後は、譲受側の会社を探す「マッチング」を実施しましょう。

ステップ5:M&Aを実行する

事業承継計画に沿って、M&Aの手続きを進めていきましょう。M&Aを進めていくうえで、社会状況や経営環境が変化するケースもあります。状況を見ながら、事業承継計画を柔軟に修正・ブラッシュアップしておくこともポイントです。

4.M&Aのために経営者が準備すること

M&Aの際には、経営者が準備しなければいけないことも多くあります。ここでは、M&Aのために必要な準備を解説します。

事業承継の適切な方法を検討する

事業承継の方法はM&Aだけではありません。親族に譲る、従業員などに譲るといった方法もあります。そのため、自社にとって適切な事業承継についてしっかりと検討しましょう。M&Aと他の方法を比較し、どちらが最適かを検討するのも重要です。この際、早めに専門家に相談するとスムーズに進みます。

M&Aの条件を検討する

M&Aで事業承継することを決めた場合は、条件を検討しましょう。たとえば、会社や事業の売却価格や従業員の待遇など、譲受側に求めることについて検討します。M&Aの目的や優先する項目などを明確にしたうえで希望する条件を洗い出し、専門家に相談するなどして詳しい条件を詰めていくとよいでしょう。

M&Aの契約を締結する

デューデリジェンス(買収監査・企業調査)を行い、財務内容が正しいか、法的リスクなどの確認を行います。デューデリジェンスの結果を確認した後は、価格を含めた条件の調整を行いましょう。問題がなければ最終契約に進みます。契約時は専門的な知識が必要になるため、専門家に依頼してサポートを受けることがおすすめです。

5.M&Aで中小企業の経営者をサポートする専門家

M&Aでは、専門家のサポートが必須です。ここでは、M&Aで経営者をサポートする専門家について解説します。

M&A仲介会社

M&A仲介会社は、譲渡側と譲受側の間に立って、双方をフォローします。M&Aを成約に導くためにさまざまなサポートをする専門家で、M&Aのマッチングからクロージング(成約)までフルサポートするケースが多いようです。M&A仲介業者は中立的かつ客観的な立場で、M&Aのすべてをサポートします。

会計士・税理士

M&Aの各種手続きにおいて、会計や税務の専門知識が必要になる場面は多いです。たとえば、財務諸表の確認や企業価値の算出などが必要になるため、会計や税理の専門家のサポートは欠かせません。また、税金の計算なども必要となるため、会計・税務の専門家である会計士や税理士にサポートしてもらうとよいでしょう。

6.経営者が知っておくべきM&Aの費用

M&Aには費用がかかります。ここでは、M&Aを検討するうえで把握しておきたいM&Aの費用について解説します。

M&A仲介会社などへの依頼料

M&Aをする場合、M&A仲介会社など専門家への依頼は必須です。M&A仲介会社などを利用する際には、依頼料がかかります。依頼料に含まれる項目は以下のとおりです。

・相談料・着手金:M&A仲介会社と契約した際に発生する費用。着手金無料の会社も多い

・月額報酬:M&Aの成立までに毎月支払う費用。月額報酬のかからない会社もある

・中間報酬:譲受先が見つかり、M&Aの基本合意を結んだ際に支払う費用

・成功報酬:M&Aが成約し、最終契約まで進んだ際に発生する費用。譲渡金額が高額になるほど、報酬料率も上がる

基本的には、M&Aが成約した場合にのみ費用がかかる、完全成功報酬の形式をとっているM&A仲介会社が多いようです。

税金

M&Aの手法として株式譲渡が一般的です。株式を売却した際に発生する譲渡所得には、「譲渡所得税」がかかります。株式譲渡所得にかかる税率は、20.315%となっており他の税金と比較しても低税率です。

事業譲渡の場合には、消費税と法人税が課税されます。譲渡益が法人の利益として認識されるため、譲渡する事業資産と負債を差し引いた売却金額に法人税が課され、課税資産に消費税が課されます。

7.経営者が会社・従業員に対してすべきこと

経営者は、会社や従業員に対して責任があります。ここでは、経営者として、会社や従業員に対してすべきことを解説します。

M&Aの時期を見極める

M&Aによる事業承継は、タイミングが重要です。たとえば、会社の業績が好調で大きなトラブルがないときなどがベストタイミングです。会社が好調であれば、好条件で譲渡できる可能性が高いため、できるだけよい条件で譲渡できるタイミングを見極めて準備しましょう。時期を逃してしまうと、譲受先が見つからず廃業のリスクが高まります。

従業員の雇用・待遇を守る

M&Aで事業承継をすることで、企業規模が大きくなり従業員の待遇が向上する可能性があります。通常、譲渡側の経営者が従業員の継続雇用をM&Aの条件として、リストラを防ぐケースが多いでしょう。

ただし、退職金の扱いには注意が必要です。株式譲渡でのM&Aの場合は勤続年数が維持されますが、事業譲渡によるM&Aでは勤続年数がリセットされてしまいます。退職金に影響するため、事業譲渡でも勤続年数を引き継いでもらえるように交渉することが重要です。

PMI(統合プロセス)がスムーズに進むよう尽力する

PMIとは、「Post Merger Integration」を略した言葉で日本語では統合プロセスとなります。M&Aが終了した後、経営統合する際のプロセスがPMIです。

譲受側の企業にスムーズに引継ぎできるようにしましょう。M&Aで事業承継したから終わりではなく、大切な従業員が働きやすい環境となるように力を尽くします。一般的には引継ぎが終わるまで会社に残って尽力するケースが多いでしょう。しっかり引継ぐことで、従業員の安心につながります。

8.M&Aで譲渡した後の経営者の選択肢

M&Aで譲渡した後、経営者には2つの選択肢があります。ここでは、譲渡した後の選択肢を詳しく解説します。

会社に残って働く

経営者の年齢が若い、まだまだ気力があるなど、自身が希望する場合には「子会社の社長」などの立場で会社に残り、引き続き働くことも可能です。経営者が技術者という場合には、専門家として在籍し活躍することもできるでしょう。ただし、いずれにしても経営者だった頃より収入は下がるのが一般的です。

会社に残らずゆっくり過ごす

会社に残らずゆっくり過ごすのも選択肢の1つです。年齢的に働くのが難しい場合には、引退して妻と二人で旅行したり、家族の時間を増やしたりする経営者もいます。今まで支えてくれた家族に対する恩返しをする人も多いようです。また、新たなチャレンジをしたり趣味を見つけたりするなど、自分の時間を大切にするのもよいでしょう。

9.まとめ

後継者がいない場合には、M&Aによる事業承継をするのも選択肢の1つです。M&Aで事業承継する際には、早めに準備を始めましょう。タイミングを見極めることで、好条件で譲渡できる可能性が高まり、従業員の雇用の維持や待遇向上などを実現しやすくなります。

みつきコンサルティングは、税理士法人グループです。M&Aありきの提案ではなく、複数の選択肢のメリット・デメリットを比較して、適切な事業承継方法をご提案できます。また、経営コンサルティング経験者が緻密な計画を策定できるため、候補先から事業計画書の提出を求められた際も安心です。M&Aによる事業承継をお考えなら、お気軽にご相談ください。

著者

西尾崇
西尾崇事業法人第三部長
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人