地位承継とは|事業譲渡で契約を引き継ぐ手続と会社売却の判断軸

地位承継とは、契約上の権利と義務を一体で別の主体へ移す手続です。事業譲渡では契約を一本ずつ移すため、相手方の承諾が取れるかどうかが取引の成否を左右します。民法の考え方、株式譲渡との違い、許認可や賃貸借の実務、2023年の法改正まで、会社売却を検討するオーナー経営者に向けて解説します。

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地位承継とは何を引き継ぐ手続か

地位承継は、ある契約の当事者としての立場を、権利と義務をまとめて別の主体へ移すことをいいます。売掛金だけ、借入金だけ、といった切り分けではありません。契約という束を丸ごと渡すイメージです。

民法が定める契約上の地位の移転

根拠は民法第539条の2にあります。当事者の一方と第三者が地位を譲り渡す合意をし、契約の相手方がこれを承諾したときに、地位が移転すると定められています。

2017年の債権法改正で新設された条文で、それ以前は判例と実務の積み重ねで運用されてきました。条文の全文はe-Gov法令検索の民法で確認できます。

債権譲渡や債務引受との違い

「権利だけ渡せばよいのでは」という質問を受けることがあります。ここを取り違えると、解除権や更新拒絶の主張ができない契約を抱え込むことになりかねません。下表で整理します。

比較項目契約上の地位の承継債権譲渡債務引受
移転するもの契約から生じる権利と義務の一切特定の債権のみ特定の債務のみ
解除権・取消権地位とともに移る移らず譲渡人に残る移らず譲渡人に残る
相手方の関与承諾を得るのが原則通知または承諾免責的引受なら債権者の承諾
根拠条文民法第539条の2民法第466条民法第470条・第472条
M&Aでの典型場面事業譲渡での賃貸借契約・取引基本契約売掛債権の流動化借入金の引受

「継承」ではなく「承継」と書く理由

継承は、文化や役割を受け継ぐ広い意味の言葉です。法律上の権利義務が移ることを示すときは承継を使います。契約書や届出書の表記も承継で統一されており、事業承継と事業継承の使い分けと同じ整理です。

会社売却で地位承継がスキーム選定を左右する理由

地位承継は法律の話にとどまりません。どのM&A手法を選ぶかによって、承継の手間も、破談のリスクも大きく変わります。譲渡オーナーにとっては入口の判断材料です。

株式譲渡なら契約主体が変わらない

株式譲渡による会社売却では、動くのは発行済株式の持ち主だけ。会社そのものは契約当事者として残ります。取引先との基本契約も、事務所の賃貸借も、名義はそのままです。

中小企業のM&Aで株式譲渡が9割近くを占める背景には、この承継のしやすさがあります。

事業譲渡は契約を一本ずつ移す

一方、会社法上の事業譲渡は、譲る対象を選べる代わりに、契約ごとに相手方の承諾を取りにいく必要があります。取引先が20社あれば、20回の交渉です。

選択できる自由と、手続の重さ。この二つは表裏一体。株式譲渡と事業譲渡の違いを早い段階で押さえておくと、条件交渉の見通しが立ちます。

スキーム別の承継方式を比較

下表は、代表的なM&A手法について、権利義務がどう移るかをまとめたものです。許認可の扱いは業法ごとに異なるため、実際には所管官庁への事前確認が要ります。

M&A手法権利義務の移り方個別の地位承継許認可の扱い
株式譲渡会社の株主が替わるのみ原則として不要対象会社の許認可がそのまま残る
事業譲渡特定した資産・契約を個別に移転契約ごとに実施原則は取り直し。一部業種は届出で承継
会社分割分割契約で定めた範囲を包括承継原則として不要個別法により承継の可否が分かれる
吸収合併消滅会社の権利義務を包括承継不要多くの業種で承継が認められる

地位承継が発生する主な場面

M&Aに限った話ではありません。相続や組織再編、店舗の入れ替わりなど、地位承継は身近な場面で顔を出します。場面ごとに重さが違う点を押さえておきましょう。

事業譲渡・営業権の譲渡

事業の一部または全部を切り出して譲る取引です。有形資産だけでなく、負債、雇用契約、取引契約、ブランドまで対象になります。

売り手企業から買い手企業へ対象事業を移転し、対価として譲渡代金を支払う事業譲渡と地位承継の仕組み

無形の収益力を対価に織り込む点では、営業権の譲渡と重なる部分があります。

相続による地位承継

個人事業主が亡くなり、相続人が事業を引き継ぐ場面です。戸籍謄本や法定相続情報一覧図を添えて、所轄官庁へ届出を行います。

相続人が複数いる場合は、全員の同意書を求められることが多いところ。もめる前に整理しておきたい論点です。

合併・会社分割による包括承継

吸収合併では消滅会社の権利義務が存続会社へ、会社分割では定めた事業が承継会社へ、それぞれ包括的に移ります。

個別の承諾は原則不要。ただし許認可は業法ごとに書換申請が要る場合があり、包括承継だから安心とは限りません。用語の整理は特定承継人と一般承継人の違いが参考になります。

賃貸借契約の地位承継

店舗や工場を借りて営んでいる会社では、立地そのものが事業価値です。賃貸借の地位が移らなければ、譲受企業は営業を続けられません。

賃借人の地位を移すとき

借主側の交代には、賃貸人の承諾が要ります。敷金・保証金の精算方法、原状回復義務をどちらが負うか、更新料の負担。ここを詰めずにクロージング日を決めてしまう例は珍しくありません。

賃貸人の地位が移るとき

不動産の所有者が変わる場合は扱いが異なります。賃借人が不利益を受けないため、その承諾は不要とされています。貸す側と借りる側で結論が逆になる点に注意してください。

事業譲渡で地位承継が必要になる契約

承継漏れが一件あるだけで、譲受企業は事業を回せなくなります。何を移すのかを先に確定させることが、交渉の土台になります。

承継対象を洗い出すチェックリスト

支援現場では、次の順で棚卸しをかけます。決算書に載らない契約こそ抜けやすい、というのが実感です。

  • 不動産の賃貸借契約と保証金・敷金の残高
  • 取引先との基本契約、長期供給契約、業務委託契約
  • 金融機関からの借入と、それに紐づく個人保証・担保
  • 従業員の雇用契約、労働条件通知書、就業規則の適用範囲
  • リース契約、保守契約、システムやソフトウェアの利用許諾
  • 営業許可・登録・免許などの行政上の地位
  • 特許・商標・ドメイン・SNSアカウントなどの無形資産

個々の論点は、債権と債務の引受や従業員の転籍手続で詳しく扱っています。

承諾が取りにくい契約の見分け方

契約書に譲渡制限条項が入っているものは、要注意リストの筆頭です。加えて、相手方にとって取引条件を見直す好機になる契約も、交渉が長引きやすい傾向にあります。

大手取引先との基本契約、フランチャイズ契約、独占販売権。この3つが絡む案件では、承諾取得の期間を厚めに見積もっています。

事業譲渡における地位承継の手続

進め方に決まった型はあります。下表は、対象の特定から完了までを4段階に分けて整理したものです。

段階実施事項実務上の留意点
1 対象の特定承継する資産・負債・契約を網羅的にリスト化買収監査の段階で着手する。後から漏れが出ると再交渉や追加費用の原因になる
2 書類の準備地位承継届、譲渡契約書、登記事項証明書、許可証の写しなど求められる書類は許認可の種類ごとに異なる。所管窓口へ事前照会しておくと差し戻しを防げる
3 承諾の取得賃貸人、金融機関、主要取引先、従業員への説明と合意形成説明の順番を設計する。従業員への告知タイミングを誤ると情報が外部へ流れやすい
4 期間の管理クロージング日から逆算した工程表の作成と進捗共有許可の書換や金融機関の承認は1〜2か月かかることがある。余裕をもった日程設定が要る

条項の落とし込み方は事業譲渡契約書の作成方法で具体例を挙げています。

許認可の地位承継は2023年12月に変わった

「事業譲渡だと許可を取り直すしかない」という説明は、いまや正確ではありません。2023年12月13日施行の法改正により、食品衛生法、旅館業法、公衆浴場法、興行場法、クリーニング業法、理容師法、美容師法、食鳥処理法の8分野で、事業譲渡による営業者の地位承継が届出または承認で認められるようになりました。

以前は一度廃業してから新規許可を取り直すため、その間は営業できませんでした。現在は営業を続けながら手続を進められます。制度の概要は厚生労働省のリーフレットで公表されています。

一方、建設業、介護、人材紹介、産業廃棄物処理などは、この改正の対象外です。業種ごとの分岐は許認可・資格の承継可否にまとめました。

三者間で地位承継覚書を交わす

譲渡オーナー、譲受企業、契約の相手方。この3者が署名する覚書を作っておくと、後日の「聞いていない」を防げます。

盛り込むのは、承継の対象と効力発生日、未払金や保証金の精算、承継前に生じた債務の負担者。口頭の了解だけで進めた案件が後にこじれる例を、現場では何度も見てきました。

地位承継のメリットと注意点

手間はかかりますが、地位承継を前提とした事業譲渡には固有の利点があります。譲渡オーナー側と譲受企業側、それぞれの視点で見ていきます。

売り手が得られるメリット

会社の支配権を動かさずに、特定の事業だけを現金化できます。不採算部門を切り離し、得た資金を本業へ振り向ける。そういう使い方が可能です。

法人格が手元に残るため、譲渡後に残る会社をどう扱うかという論点も併せて検討することになります。

買い手が得られるメリット

引き継ぐ契約を選べるため、簿外債務や偶発債務を丸ごと抱えるリスクを抑えられます。承継した資産や資産調整勘定を償却して損金に算入できる点も、譲受企業が事業譲渡を選ぶ理由のひとつ。

税務の全体像は事業譲渡の税金で整理しています。

見落としやすい注意点

利点の裏側には、相応の負担があります。3つに分けて説明します。

手続が煩雑になりやすい

契約の数だけ届出と承諾が発生します。書類の種類も多岐にわたるため、担当者を決めて進捗表で管理しないと、どこかで止まります。

承諾が得られないリスク

相手方が「新しい経営者とは取引しない」と判断する可能性はゼロではありません。主要取引先1社の不同意で、譲渡価格の前提が崩れることもあります。

想定より時間がかかる

金融機関の与信審査、行政の書類確認、従業員説明会。それぞれに待ち時間があり、積み上げると数か月。事業売却の価格交渉と並行して走らせる設計が要ります。

地位承継でつまずいた事例と回避策

当社が関与した案件から、匿名化した2件を紹介します。どちらも特別な事情ではなく、準備の順番で防げたものです。

賃貸借の承諾が後回しになった食品製造業

年商8億円、従業員35名の食品製造会社。惣菜部門を同業へ事業譲渡する話が進み、条件面はまとまっていました。ところが工場の賃貸人が、名義変更に伴う保証金の積み増しと賃料改定を求めてきたのです。

原因は、承諾取得を最終契約の直前に回したこと。譲渡オーナー側に交渉の余地がない時期でした。回避策はひとつ、賃貸人への打診を買収監査と同時に始めることです。

基幹契約に譲渡制限条項があった建設業

年商15億円の専門工事会社。元請1社への依存度が高く、その基本契約に地位譲渡を禁じる条項が入っていました。事業譲渡では契約が移せず、株式譲渡へスキームを組み替えて成約しています。

契約書の読み込みは、価格交渉より先。この順序を守るだけで、無駄な往復が減ります。

地位承継を円滑に進める実務ポイント

失敗の型がある以上、対策も型にできます。当社が譲渡オーナーに必ずお伝えしている3点です。

承継対象を契約書に列挙する

「本事業に関する一切の契約」といった包括表現だけでは、後で解釈が割れます。別紙に契約名・相手方・締結日を並べ、番号を振っておきましょう。

承諾取得の順番を設計する

崩れると取引が止まる契約から着手します。賃貸人、主力金融機関、売上上位の取引先。この3つを先行させ、影響の小さい契約は後段でまとめて処理する形が効率的です。

専門家とM&A仲介を使い分ける

許認可は行政書士、税務は税理士、契約は弁護士。それぞれ役割が違います。全体の工程を束ねて交渉の順番まで設計するなら、M&A仲介会社を軸に据えるのが現実的でしょう。仲介会社の選び方は中小企業庁の中小M&Aガイドラインにも判断基準が示されています。

地位承継に関するFAQ

譲渡オーナーからよく寄せられる質問を4つ取り上げます。

Q:地位承継と債権譲渡はどう違うのですか?

移るものの範囲が違います。債権譲渡は売掛金などの権利だけ。地位承継は権利と義務、さらに解除権や更新の主張まで一体で移ります。相手方の承諾を要するかどうかも分かれるため、契約書上どちらの構成にするかは初期に決めておきたいところです。

Q:相手方が承諾してくれない場合はどうなりますか?

その契約は移せません。現場ではまず、承諾しない理由を確認します。条件面の不満であれば調整の余地がありますが、譲受企業の信用そのものへの懸念なら、面談の場を設けて解消を図ります。それでも難しければ、株式譲渡への組み替えを検討します。

Q:株式譲渡を選べば地位承継の手間はなくなりますか?

大半は不要になりますが、ゼロにはなりません。契約書にチェンジ・オブ・コントロール条項が入っていれば、株主が替わること自体が通知や承諾の対象です。買収監査の段階で全契約を洗い、該当条項の有無を確認します。

Q:買収から完了までどのくらいかかりますか?

承継する契約の数と種類次第です。10件程度なら1か月前後、許認可や金融機関が絡むと2〜3か月を見ておくのが安全でしょう。書類に不備があれば再申請となり、さらに延びます。逆算した工程表を早めに作ることをお勧めします。

税理士法人を母体とするM&A仲介会社|みつきコンサルティングが選ばれる理由

地位承継を踏まえたM&Aスキーム選定のまとめ

地位承継は、契約上の立場を権利と義務ごと移す手続です。事業譲渡では契約を一本ずつ承継させるため、相手方の承諾が取れるかどうかが取引の成否を決めます。株式譲渡なら原則として不要という違いを知っておくだけで、スキーム選定の視界は開けます。何から手をつけるべきか迷う場面が多いのも、この論点の特徴です。

みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業の会社売却・事業承継を支援してきました。契約の棚卸しから承諾取得の順番設計、税務・法務の論点整理までワンストップで対応しています。承継できる契約とできない契約の見極めからご一緒しますので、お気軽にご相談ください。

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著者

野口 慎矢
野口 慎矢事業法人第四部長/M&A担当ディレクター
国内証券会社(現SMBC日興証券)にてクライアントの資産運用を支援。みつきコンサルティングでは、消費財・小売業界の企業に対してアドバイザリーを提供。事業承継案件のみならず、Tech系スタートアップへの支援も行う。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士

みつきコンサルティングは、中小企業の会社売却・事業承継に特化した譲渡企業様に完全成功報酬制のM&A仲介会社です。売り手と買い手企業の最適なマッチングを、経験豊富なM&Aコンサルタントが初期相談から成約まで一貫してフルサポートします。

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