社会福祉法人のM&Aは、一般的な企業とは異なり、非営利性や所轄庁の関与から独自の手続が必要です。本記事では、社会福祉法人の定義からM&Aの特徴、メリット、注意点、具体的な合併・事業譲渡の流れ、国のガイドラインまで、わかりやすく解説します。
社会福祉法人とは
社会福祉法人とは、社会福祉法という法律に基づいて設立される法人のことです。具体的には、「社会福祉事業を行うことを目的として、この法律の定めるところにより設立された法人」と定義されています。
最大の特徴は、非常に公益性が高い、つまり社会全体の利益のために活動する法人であるということです。そして、利益を追求することを目的としない非営利法人である点も重要です。株式会社のように株主への利益配当を行うことはできません。地域の福祉ニーズに応える多様なサービスを提供しており、今後の福祉ニーズの高まりから、その役割はますます重要になっています。
社会福祉法人が行える事業 – 福祉・公益・収益事業
社会福祉法人は、その公益性の高さから、行える事業が法律で定められています。大きく分けて、「社会福祉事業」「公益事業」「収益事業」の3つがあります。
社会福祉事業
これが社会福祉法人のメインとなる事業です。社会福祉法第2条で定められており、さらに「第一種社会福祉事業」と「第二種社会福祉事業」に分けられます。
第一種社会福祉事業:
利用者の保護の必要性が特に高いとされる事業です。具体的には、特別養護老人ホーム、児童養護施設、障がい者支援施設、救護施設などがこれにあたります。原則として、国や地方公共団体、社会福祉法人のみが経営できます。
第二種社会福祉事業:
比較的に利用者がサービスを選択しやすく、在宅での生活を支援するサービスなどが中心です。保育所、訪問介護(ホームヘルプ)、デイサービス(通所介護)、ショートステイ(短期入所生活介護)などが含まれます。こちらは社会福祉法人だけでなく、NPO法人や株式会社など、様々な主体が参入しています。
公益事業
社会福祉事業のほかにも、地域の福祉ニーズに応えるための公益的な事業を行うことができます。例えば、以下のような事業が挙げられます。
- 子育て支援事業
- 入浴、排せつ、食事等の生活支援事業
- 介護予防事業
- 有料老人ホーム、老人保健施設の経営
- 福祉分野の人材育成事業
- 行政や他の事業者との連絡調整事業
これらの事業は、社会福祉法人が持つ専門性や資源を活かして、地域社会に貢献することを目的としています。
収益事業
社会福祉法人は、非営利法人ですが、その行う社会福祉事業や公益事業の財源に充てるために、一定の範囲で収益事業を行うことも認められています。ただし、どのような事業でも良いわけではなく、法人の社会的信用を傷つけないような、公共性の高い事業に限られます。
具体例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 法人が所有する土地や建物を活用した駐車場の経営
- 法人が所有するビルの一部を貸し出す貸ビル事業
- 公共的な施設内での売店の経営
これらの収益事業から得た利益は、必ず社会福祉事業や公益事業のために使われなければならず、配当などはできません。
税制面での優遇措置 – 非課税の原則
社会福祉法人は、その高い公益性から、税制面で大きな優遇措置を受けています。
- 最も大きな点は、法人税が原則として非課税であることです。株式会社などの営利企業であれば、利益に対して法人税が課されますが、社会福祉法人は社会福祉事業から得た収益には課税されません。(ただし、上述した収益事業から生じた所得には法人税が課税されます。)
- 事業税(収益事業を行っている場合は課税されることがあります)、固定資産税(収益事業用の固定資産を除く)、都道府県民税、市町村民税(法人住民税均等割を除く)についても、原則として非課税とされています。
これらの税制優遇は、社会福祉法人が安定的に事業を継続し、社会貢献活動に専念できるようにするための重要な措置です。
社会福祉法人の運営体制 – 理事会、評議員会など
社会福祉法人は、株式会社とは異なる運営体制を持っています。その公益性を担保し、適正な運営を確保するための仕組みが法律で定められています。
株主(オーナー)はいない
株式会社における「株主」のような、出資持分を持つ人はいません。社会福祉法人の財産は、特定の個人のものではなく、社会全体の共有財産という考え方に基づいています。基金制度も認められていません。そのため、万が一法人が解散する場合、残った財産は定款(法人のルールブックのようなもの)の定めに従って、他の社会福祉法人や国などに帰属することになり、特定の個人に分配されることはありません。
機関設計
法人の運営は、主に以下の機関によって行われます。
- 理事会: 法人の業務執行に関する意思決定を行います。株式会社でいう取締役会に近い役割です。
- 評議員会: 法人運営に関する重要事項(予算、決算、定款変更、役員の選任・解任など)を議決する機関です。理事や監事の選任・解任権限を持つなど、理事会を監督する役割も担っており、非常に重要な機関です.
- 監事: 理事の職務執行の状況を監査します。株式会社の監査役に近い役割です。
- 会計監査人: 一定規模以上の法人(※後述)において、計算書類等を監査する専門家(公認会計士または監査法人)です。
役員の構成と任期
役員の定数(最低限必要な人数)も定められています。
- 理事: 原則として6人以上が必要です。
- 監事: 原則として2人以上が必要です。
- 評議員: 理事の定数(6人以上)を超える数が必要です。つまり、理事が6人なら評議員は7人以上必要です。
役員の任期は、選任後2年以内に終了する会計年度のうち、最終のものに関する定時評議員会の終結の時までとされています。
役員等の兼務禁止と親族制限
運営の透明性や公平性を保つため、役員の兼務や親族関係者の選任には厳しい制限があります。
兼務禁止:
法人の理事、監事、評議員、会計監査人は、互いに兼務することができません。例えば、理事でありながら監事や評議員を兼ねることはできません。
親族等特殊関係者の制限:
親族等(配偶者および3親等内の親族)が役員等に多数就任することを防ぐための制限も設けられています。
- 理事: 各理事について、その理事と親族等特殊関係にある理事が合計で3人を超えてはいけません。また、親族等特殊関係にある理事が、理事総数の3分の1を超えてもいけません。
- 監事: 監事には、他の役員(理事・監事)や評議員、およびそれらの人々の親族等特殊関係者が含まれていてはいけません。つまり、監事は理事や評議員、他の監事と親族関係があってはならないということです。
- 評議員: 各評議員について、その評議員と親族等特殊関係にある他の評議員や役員(理事・監事)が含まれていてはいけません。
これらのルールは、特定の家系やグループによる法人の私物化を防ぎ、社会全体の財産である社会福祉法人が適切に運営されることを目的としています。
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社会福祉法人のM&Aとは
ここからは、本題である社会福祉法人のM&Aについて解説していきます。一般的な株式会社などのM&Aとは、いくつかの重要な違いがあります。
社会福祉法人のM&Aの特徴
一般企業のM&Aと比べた社会福祉法人のM&Aの特徴は以下のようなものです。
株式がない
一般的な企業のM&Aでは、譲渡企業の会社や事業を、譲受企業が「株式」を取得することによって経営権を移転させる方法が主流です。株式は会社の所有権を表すものであり、その売買によって会社の支配権が移ります。
しかし、社会福祉法人には株式がありません。前述の通り、社会福祉法人は非営利法人であり、出資持分という概念が存在しないためです。そのため、株式会社のように株式を売買して経営権を譲渡するという手法は使えません。これが社会福祉法人のM&Aにおける最も根本的な違いです。
M&Aで用いられる主な手法
株式譲渡が使えない代わりに、社会福祉法人のM&Aでは、主に「経営権の承継」と「合併」、「事業譲渡」という3つの方法が用いられます。これにより、譲受企業へ実質的な営業権が移転することになります。これらの手法については、後ほど詳しく解説します。
M&Aの目的 – 営利目的ではない
株式会社のM&Aは、事業規模の拡大、新規市場への参入、シナジー効果による収益増加など、営利的な目的で行われることが一般的です。
一方、社会福祉法人のM&Aは、もちろん事業の効率化や経営基盤の強化といった目的もありますが、それ以上に社会福祉の質の維持・向上や、変化する地域社会のニーズへの対応といった、公益的な目的が重視されます。例えば、単独では対応が難しい地域の課題に取り組むため、あるいは後継者不足などで事業継続が困難になった法人のサービスを利用者に継続して提供するため、といった目的が挙げられます。
手続の複雑さ – 所轄庁の関与
社会福祉法人は、設立時に厚生労働大臣または都道府県知事、指定都市・中核市の市長といった所轄庁の認可を受けています。そのため、M&A(合併や事業譲渡)を行う際にも、所轄庁の認可や届出といった厳格な行政手続が必要となります。
これは、社会福祉法人が税制優遇を受けていることや、その事業が地域住民の生活に密接に関わっていることから、M&Aによって公益性が損なわれないように行政が監督する必要があるためです。この所轄庁の関与が、一般企業のM&Aに比べて手続を複雑にしている要因の一つです。
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社会福祉法人がM&Aする背景(メリット)
近年、社会福祉法人のM&Aに関する関心が高まっています。その背景には、どのような社会的な変化や法人が抱える課題があるのでしょうか。
変化する地域社会のニーズへの対応
日本の少子高齢化により、地域の福祉ニーズは大きく変化しています。高齢者向け介護サービスの需要が増加する一方、担い手となる生産年齢人口は減少しています。また、核家族化や地域のつながりの希薄化で、必要とされる支援も多様化しています。こうした変化に対応するため、M&Aは、法人の経営基盤を強化し、多様なニーズに応えるための有効な手段です。
経営状況の改善と事業継続
社会福祉法人の中には小規模な法人も多く、報酬の改定や人件費上昇、施設の老朽化、後継者不足などにより経営が悪化しているケースがあります。経営状況の悪化はサービスの質低下や事業継続の危機につながり、利用者に直接影響します。M&Aは経営改善や事業再生の手段として活用できます。体力のある法人との合併や不採算事業の譲渡により経営を安定させ、利用者が安心してサービスを受け続けられる環境を守ることができます。
スケールメリット
M&Aを活用することで、譲受法人は相手の人材・ノウハウ・設備・利用者基盤を一括取得できます。これによりスケールメリットが生まれ、消耗品の一括仕入れによるコスト削減や管理部門の統合による間接コスト圧縮が可能になります。また、新規地域での事業展開も、ゼロからの構築より迅速かつ効率的に進められます。
福祉サービスの充実と質の向上
M&Aのもう一つの目的は、事業効率化で生まれた経営資源を新たなサービス開発や既存サービスの充実に活用することです。管理部門の統合によるコスト削減分を、現場の人員増強や専門職の配置、新しい設備導入などに振り向けることができます。また、単独では難しかった新しいサービス(地域交流スペースの開設や専門的リハビリプログラムの導入など)も、M&Aで経営基盤が強化されれば実現できる可能性が広がります。
後継者問題の解決
社会福祉法人の理事長の皆さんが直面する後継者不在の問題。法人同士の合併や事業譲渡は、この課題を解決する有効な手段です。法人規模が大きくなることで財務基盤が安定し、外部環境の変化にも強くなります。後継者が見つからず事業継続が難しい状況でも、M&Aによる統合で事業を存続させ、お客様へのサービス提供を続けることができます。強化された経営基盤をもとに、将来にわたって地域に貢献し続けることが可能になります。
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社会福祉法人のM&Aにおける注意点
社会福祉法人のM&Aにおいて、合併または事業譲渡を進めるにあたっては、一般企業のM&Aとは異なる、特有の注意点があります。特に以下の3点は強く意識しておく必要があります。
対価設定の難しさ
これが社会福祉法人のM&Aにおける最も重要かつデリケートな問題です。
合併における対価
吸収合併であれ新設合併であれ、消滅する法人に対して合併の対価が支払われることはありません。これは、社会福祉法人が非営利法人であり、持分が存在しないためです。財産はそのまま存続法人または新設法人に引き継がれます。
事業譲渡の対価
事業譲渡では、譲渡する事業(資産)に対する対価を設定すること自体は可能です。しかし、その対価の額は、適正な評価に基づいて決定される必要があります。
- 安すぎる対価: 譲渡する事業の客観的な価値(時価)よりも著しく低い価格で譲渡した場合、それは譲渡法人から譲受法人への実質的な寄付とみなされ、「法人外への対価性のない資金流出」に該当する可能性があります。これは社会福祉法人の公益性に反する行為として問題視されます。
- 高すぎる対価: 逆に、譲受法人が事業価値よりも著しく高い価格で譲り受けた場合、それは譲受法人から譲渡法人への不当な利益供与とみなされ、やはり「法人外への資金流出」として問題になる可能性があります。
したがって、事業譲渡を行う場合は、財務に明るいM&A支援会社の協力を得て、譲渡対象事業の客観的で適正な価値を算定した上で、それに基づいて対価を設定することが重要です。
許認可に関する手続
社会福祉法人の合併や事業譲渡には、所轄庁(国、都道府県、市など)の許認可や届出が不可欠な場面が多くあります(合併認可、基本財産処分承認、定款変更認可、施設設置許可など)。詳しくは後述します。
これらの行政手続を漏れなく、適切なタイミングで行うことが非常に重要です。手続を怠ったり、順番を間違えたりすると、M&Aそのものが無効になったり、後で大きな問題が発生したりする可能性があります。M&Aの検討段階から、早い段階で所轄庁の担当部署に相談し、必要な手続やスケジュール、留意点などを確認しながら進めることが、スムーズなM&A実現のためには欠かせません。自己判断で進めず、行政機関と緊密に連携していく姿勢が求められます。
譲渡側の職員や利用者への丁寧な説明
M&Aは、そこで働く職員やサービスを利用している利用者、そしてその家族にとって、非常に大きな変化をもたらす可能性があります。そのため、これらの関係者に対して、事前に十分な情報提供と丁寧な説明を行うことが極めて重要です。
利用者・家族への説明
なぜM&Aを行うのか、それによってサービス内容や利用料金、担当職員などがどう変わる可能性があるのか(あるいは変わらないのか)などを、分かりやすく誠実に説明する必要があります。特に事業譲渡の場合、譲受法人と利用者との間で新たに利用契約を結び直す必要が生じるケースもあります。不安を取り除き、安心してサービスを利用し続けられるように配慮することが大切です。
職員への説明
職員に対しては、M&Aの目的や背景、今後の運営体制、そして最も重要な雇用条件(給与、勤務地、役職、業務内容など)がどうなるのかを、具体的に説明する必要があります。
- 労働条件の維持: 合併や事業譲渡が行われる場合、原則として、譲渡・消滅法人の職員は、M&A前と変わらない労働条件で譲受・存続法人に引き継がれることになります。
- 労働条件の変更: もし、M&Aに伴って労働条件を変更したい場合は、一方的に変更することはできません。変更内容を具体的に記載した同意書などを作成し、該当する職員全員から個別に同意を得ることが必須となります。同意が得られない職員に対して、不利益な扱いをすることは許されません。
職員や利用者との円滑なコミュニケーションを図り、理解と協力を得ることが、M&Aを成功させ、その後の安定した法人運営や質の高いサービス提供に繋がります。
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社会福祉法人のM&Aに関するガイドライン
社会福祉法人のM&A(合併・事業譲渡)は、法人の経営基盤強化や地域福祉の充実にとって有効な手段となり得ますが、その公益性を損なうことなく適切に進める必要があります。そこで、国(厚生労働省)は、社会福祉法人が合併や事業譲渡等を行う際の考え方や手続、留意点などをまとめた指針を示しています。
国のガイドラインとマニュアルの存在
具体的には、以下の2つの資料が重要になります。
社会福祉法人の事業展開に係るガイドライン
社会福祉法人が、経営環境の変化に対応し、その役割を効果的に果たしていくための事業展開(合併、事業譲渡、連携・協働など)に関する基本的な考え方や方向性を示したものです。
合併・事業譲渡等マニュアル
上記ガイドラインを踏まえ、社会福祉法人が実際に合併や事業譲渡を行う際の具体的な手続や必要書類、留意点などを詳細に解説した実務的なマニュアルです。
社会福祉法人のM&Aを検討・実施する際には、必ずこれらのガイドラインとマニュアルを参照し、定められたルールに沿って進めることが求められます。これらの文書は厚生労働省のウェブサイトなどで公開されています。
社会福祉法人M&A手続の円滑化に向けた政府の動き(2024年5月答申)
社会福祉法人のM&Aは、地域福祉の維持・向上に有効な手段である一方、手続の複雑さなどが課題とされてきました。こうした状況を踏まえ、政府(厚生労働省)は、社会福祉法人のM&Aをより円滑に進められるようにするための取り組みを進めています。
手続明確化とガイドラインの改訂予定
特に、人手不足が深刻な介護分野などにおいて、M&Aによる生産性向上が期待されています。政府は、社会福祉法人同士がM&Aをしやすくするため、手続や指針を明確化し、成功事例などを盛り込んだガイドラインの改訂を2025年度までに行うことを予定しています。
これは、現状ではM&Aに関する行政手続について、地方公共団体(都道府県や市など)によって解釈や運用にばらつきが見られたり、必ずしも必要でない書類提出を求めるような不適切な「ローカルルール」が存在したりすることが指摘されているためです。ガイドラインを改訂することで、社会福祉法人にとっての手続の予見性を高め、事務負担を軽減することを目指しています。具体的には、2020年3月に策定された「合併・事業譲渡等マニュアル」が見直されることになります。
具体的な見直し内容(処理期間目安、退職金ルール、手続簡略化など)
ガイドラインやマニュアルの見直しにあたっては、以下のような点が検討されています。
- 処理期間の目安記載: 合併や事業譲渡の検討開始から、許認可申請、各種指定申請などが完了するまでの標準的な処理期間の目安を明記し、スケジュール感を立てやすくします。
- 役員の退職金ルールの明確化: M&Aに伴う役員の退職金の支払いに関するルールをより明確にし、適切な範囲での支払いを可能にします。
- 手続・提出書類の簡略化: 例えば、事業所の職員構成に実質的な変更がない場合など、事業が継続して運営されると認められるケースにおいては、関連する申請手続や提出書類を不要としたり、省略可能としたりすることを検討します。
第三者支援・仲介手数料の明記
社会福祉法人がM&Aを進める際に、M&A仲介会社やコンサルティングファーム、金融機関といった第三者からの支援や仲介を受けることがあります。その際に発生する手数料などの経費について、社会福祉法人が支払うことが問題ない旨をガイドラインに明記する方向で検討されています。これにより、専門家のサポートを受けやすくなることが期待されます。
資金面での支援策(補助金、融資優遇)
M&Aを資金面からも後押しするため、以下のような支援策が予定されています。
- 共同研修費用の補助: 合併などを検討している複数の社会福祉法人が、合同で職員研修などを実施する際の費用を、国が都道府県を通じて補助します。2024年度中には230億円以上の国費投入が予定されています。
- 経営資金融資の優遇: 合併等を行う際に必要となる経営資金について、独立行政法人福祉医療機構(WAM)などからの融資条件を優遇することも検討されています。
経営相談体制の強化
M&Aを検討する前提として、法人の経営状況を客観的に把握することも重要です。
- 経営状況の分析・公表: 都道府県が、管内の社会福祉法人の経営状況を分析し、その結果を公表することで、各法人が自らの経営状態を客観的に認識できるようにします。
- ワンストップ相談窓口の設置: 各都道府県に、社会福祉法人の経営に関する相談をワンストップで受け付ける窓口を設け、M&Aを含む経営改善に関する相談体制を強化します。
これらの政府の動きにより、今後は社会福祉法人のM&Aがより取り組みやすくなる環境が整備されていくと考えられます。
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社会福祉法人のM&Aで用いる3つの手法
社会福祉法人の経営権や事業を他の法人に移したいと考えた場合、具体的にどのような選択肢があり、どのような難しさがあるのでしょうか。
譲渡対価の設定は難しい
結論から言うと、株式会社のように「会社を売って対価を得る」という形でのM&Aは非常に難しいのが現状です。
経営権の移行(理事・評議員の交代)のみ可能
社会福祉法人には出資持分や基金が存在しないため、医療法人のように出資持分を売買して譲渡対価を得る、といったことはできません。
ただし、譲渡対価を設定せずに、理事と評議員を新しいメンバーに入れ替えることによって、実質的に法人の経営権を移行させることは可能です。これは、法人の「箱」はそのままに、運営するメンバーだけが変わるイメージです。しかし、これはあくまで経営体制の変更であり、旧経営陣が金銭的な対価を得ることはありません。
対価代わりの迂回策(業務委託・退職金)も困難
「それなら、経営権移行の対価として、旧理事長などに業務委託料や高額な退職金を支払う形にすれば良いのでは?」と考えるかもしれません。しかし、これも現実的には簡単ではありません。
社会福祉法人は、所轄庁への事業報告が義務付けられており、財務状況は厳しくチェックされます。また、役員の構成には地域住民や学識経験者なども加わり、適正な運営が求められます。そのため、実質的な譲渡対価の代わりとして不相当に高額な業務委託契約を結んだり、過大な退職金を支払ったりすることは、不適切な支出として所轄庁から指摘を受ける可能性が高いと言えます。
事業譲渡も簡単ではない
合併ではなく、特定の事業だけを譲渡する「事業譲渡」という方法もありますが、これもいくつかのハードルがあります。
- まず、譲受先の制限です。特に、第一種社会福祉事業(特別養護老人ホームなど)を行っている事業を譲渡する場合、原則として譲受先も社会福祉法人である必要があります。例えば、株式会社や医療法人は、老人福祉法などの規定により、特別養護老人ホームを新たに設立・運営することはできません。そのため、買い手を見つけるのが難しくなる可能性があります。(第二種社会福祉事業については、株式会社等への譲渡も可能です。)
- 次に、補助金の返還問題です。社会福祉法人の施設(特に特別養護老人ホームなど)の多くは、建設時などに国や地方公共団体から多額の補助金を受けています。事業譲渡によって、補助金の交付目的(当該法人がその施設で事業を行うこと)に反することになる場合、補助金の返還を求められる可能性があります。これは譲渡側にとって大きな負担となるため、事業譲渡を躊躇させる要因となります。
このように、社会福祉法人のM&Aは、株式会社のように単純に売買できるものではなく、多くの制約や困難が伴います。そんななかでも、実務上は、株式譲渡が使えない社会福祉法人のM&Aでは、「経営権の承継」、「合併」、「事業譲渡」の3つのスキームが用いられます。それぞれの特徴と期待できる効果を見ていきましょう。
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経営権の承継
社会福祉法人の業務執行を行う「理事長」や業務執行の決定を行う「理事」、理事の選任・解任を行う「評議員」を交代することで、社会福祉法人の経営を事実上、第三者に移管する方法です。
経営権の承継によって期待できる効果
社会福祉法人の経営権を承継する場合には、従前の法人格のまま社会福祉事業を継続することができます。新たに所轄庁の承認等の行政手続を経る必要がないため、手続面での負担が軽く、短期間で手続を終えられます。
経営権の承継の注意点
社会福祉法人の経営権を承継した後継者は、その社会福祉法人の簿外債務や偶発債務もそのまま承継することとなります。経営権を承継した後に、偶発債務が顕在化するリスクを遮断できないということです。そのため、「経営権の承継」を採用する場合には、実行に先立って、財務・法務を中心とするデュー・ディリジェンスの導入を検討すると良いでしょう。
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合併
合併とは、複数の社会福祉法人が一つに統合されることです。重要な点として、合併できるのは社会福祉法人同士に限られます。株式会社や医療法人などが社会福祉法人と合併することはできません。合併には、以下の2つの種類があります。
吸収合併
吸収合併は、一方の社会福祉法人(存続法人)が、もう一方の社会福祉法人(消滅法人)のすべての権利義務(資産、負債、契約関係など)を引き継ぎ、消滅法人は解散して法人格がなくなる方法です。A法人がB法人を吸収合併する場合、合併後はA法人だけが残り、B法人は消滅します。
新設合併
新設合併は、合併するすべての社会福祉法人が解散し、同時に新しい社会福祉法人を設立して、解散する法人すべての権利義務を新設法人に引き継がせる方法です。A法人とB法人が新設合併する場合、A法人もB法人も消滅し、新たにC法人(新設法人)が設立されます。
合併によって期待できる効果
社会福祉法人が合併を行うことで、以下のような効果が期待できます。
経営基盤の強化、事業の安定性・継続性の向上:
法人の規模が大きくなることで、財務的な体力が増し、経営が安定します。後継者問題を抱える法人の事業継続にも繋がります。
事業効率化やサービス品質の向上:
複数の法人の経営資源(施設、設備、資金など)や人材、ノウハウ(知識や経験)が集約されることで、重複する管理部門の統合などによるコスト削減や、より専門性の高いサービスの提供が可能になります。
組織の活性化と職員のスキル向上:
法人間での人事交流が促進され、職員が多様な経験を積む機会が増えることで、スキルアップやモチベーション向上に繋がり、組織全体の活性化が期待できます。
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事業譲渡
事業譲渡とは、社会福祉法人が行っている特定の事業部門を、他の法人に譲渡する手法です。法人のすべてではなく、一部の事業だけを切り離して譲渡する点が合併との違いです。譲渡されるのは、その事業を行うために必要な有形・無形の財産すべてです。例えば、介護事業を譲渡する場合、その事業所(建物や土地)、設備、備品、ノウハウ、利用者との契約関係、従業員なども含まれます。
事業譲渡で期待できる効果
事業譲渡には、以下のような効果が期待できます。
継続が難しい事業の存続:
採算が悪化している事業や、後継者が見つからない事業などを、その事業を継続する意思と能力のある他の法人に引き継いでもらうことで、利用者へのサービス提供を続けることができます。
譲受側の迅速な事業展開:
譲受法人にとっては、ゼロから事業を立ち上げるよりも、既に運営されている事業とそれに伴う経営資源(人材、ノウハウ、利用者基盤など)をまとめて獲得できるため、迅速に事業展開や事業エリアの拡充ができます。即戦力となる人材の獲得も大きなメリットです。
経営資源の集中:
譲渡法人にとっては、不採算事業や不得意な事業を切り離すことで、経営資源を得意分野や中核事業に集中させることができます。合併と同様に、経営基盤の強化やサービスの品質向上といった効果も期待できます。
事業譲渡の注意点
事業譲渡にも注意点があります。前述の通り、社会福祉法人が行っているすべての事業を譲渡することはできません。特に、第一種社会福祉事業(特別養護老人ホームなど)については、譲受先が社会福祉法人でない場合、原則として譲渡することができません。第二種社会福祉事業(保育所、デイサービスなど)であれば、株式会社やNPO法人などへの譲渡も可能です。
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社会福祉法人で「経営権の承継」をする流れ
社会福祉法人には、株式や持分といった概念が存在しないため、株式や持分といったものを譲渡することによって社会福祉法人の経営権を第三者に承継することはできません。しかし、社会福祉法人の機関設計を活用することで、事実上の経営権の承継が可能です。その方法と手続について説明します。
社会福祉法人の機関設計
社会福祉法人は、以下の機関によって運営されています。
- 評議員
- 評議員によって構成される評議員会
- 理事
- 理事によって構成される理事会
- 監事
- 会計監査人
この組織構造を踏まえて、社会福祉法人の業務執行を行う「理事長」や業務執行の決定を行う「理事」、理事の選任・解任を行う「評議員」を交代することにより、社会福祉法人の経営を事実上、第三者に承継することができます。
ステップ1:評議員の交代
評議員会は、評議員全員によって構成され、社会福祉法人の運営に係る重要事項を議決する機関です。社会福祉法に規定する事項及び定款で定めた事項を決議できるとされています。そのため、社会福祉法人の経営権を第三者に承継する前提として、評議員を交代して評議員会を支配できるようにする必要があります。
具体的には、社会福祉法人の評議員から辞任届の提出を受けるとともに、新たな評議員を選任しなければなりません。評議員の選任は、社会福祉法人の適正な運営に必要な識見を有する者のうちから、定款の定める方法に従って選任することとされています。実務上は、次のような手順で評議員を選任するのが一般的な運用となっています。
- 理事会が評議員選任委員を選任する
- 理事会が評議員選任委員会を招集する
- 評議員選任委員会において理事会が推薦した候補者のうちから評議員(理事の員数を超える数)を選任する
なお、理事又は理事会が評議員を選任する旨の定款の定めは無効とされているため(社会福祉法第31条第5項)、理事が評議員選任委員となることはできないと解されている点に留意する必要があります。
ステップ2:理事の交代
理事会は、業務執行の決定機関であり、「社会福祉法人の業務執行の決定」、「理事の職務の執行の監督」及び「理事長の選定及び解職」を行う権限を有しています。
そのため、社会福祉法人の経営権を第三者に承継する前提として、理事を交代して理事会を支配できるようにする必要があります。具体的には、社会福祉法人の理事から退任届の提出を受けるとともに、評議員会において新たな理事(6名以上)を選任します。
ステップ3:理事長の交代
理事長は、社会福祉法人を代表し、社会福祉法人の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を与えられています。そのため、社会福祉法人の経営権を第三者に承継する前提として、理事長を交代する必要があります。具体的には、社会福祉法人の理事長から退任届の提出を受けるとともに、理事会において新たな理事長を選定します。
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社会福祉法人が合併する流れ
経営基盤の強化や事業展開の効率化など、多くのメリットが期待できる合併ですが、実際に進めるとなると、どのような手続が必要になるのでしょうか。ここでは、社会福祉法人が合併する際の一般的な流れを、吸収合併を念頭に、ステップごとに解説します。なお、手続は複雑であり、必ず事前に所轄庁や専門家(公認会計士、弁護士など)に相談しながら進めましょう。
ステップ1:合意形成 – 秘密保持契約から基本合意まで
まず、合併相手となる社会福祉法人を見つけ、合併に向けた基本的な合意を形成する必要があります。
1.秘密保持契約の締結
合併の検討を進めるにあたり、お互いの法人の財務状況や運営状況など、内部情報を開示し合う必要が出てきます。情報漏洩を防ぐため、まず最初に秘密保持契約(NDA)を締結します。この契約締結については、通常、各法人の理事会で承認を得たり、報告を行ったりします。
2.擦り合わせ
契約締結後、具体的な協議に入ります。なぜ合併するのか(目的)、合併後の法人の名称や所在地、どのような事業を行っていくのか、役員(理事・監事・評議員)は誰が就任するのか、職員の処遇(雇用条件や役職など)はどうなるのか、といった点について、双方の認識を合わせるための話し合いを行います。
3.基本合意の締結
事前協議で大筋の方向性が固まったら、その内容をまとめた「基本合意書」を作成し、締結します。これは、合併に向けた基本的な条件について両法人が合意したことを確認するための文書です。ただし、通常、基本合意書には法的な拘束力まではありませんが、その後の交渉の基礎となる重要な書類です。
ステップ2:役員等の検討
基本合意ができたら、合併後の新しい法人の役員体制について具体的に検討します。
評議員・理事・監事の選定
合併後の法人の評議員、理事、監事の候補者を選びます。社会福祉法で定められた欠格事由(役員になれない条件)に該当しないか、親族等特殊関係者の制限に抵触しないかなどを確認し、適任者を選ぶ必要があります。候補者が決まったら、就任承諾書などを取り付けておきます。
定款の変更
合併によって役員の定数が変わる場合などは、定款(法人の基本ルール)を変更する必要があります。定款変更は評議員会の決議と所轄庁の認可が必要です。
会計監査人の設置検討
合併後の法人が一定規模以上になる場合は、会計監査人(公認会計士または監査法人)を設置する義務が生じます。具体的には、合併後の最初の決算において、以下のいずれかに該当する場合です。
- 事業活動計算書(損益計算書のようなもの)のサービス活動収益(売上高のようなもの)が30億円を超える場合
- 貸借対照表の負債の部の合計額が60億円を超える場合
h3:ステップ3:合併契約の承認
次に、合併の具体的な条件を定めた「合併契約書」を作成します。社会福祉法人の合併において、合併契約の締結は法律で義務付けられています。契約書には、主に以下の事項を記載します。
- 吸収合併後存続する社会福祉法人の名称及び住所
- 吸収合併により消滅する社会福祉法人の名称及び住所
- 合併の効力が発生する日(登記予定日)
- 合併後の職員の処遇に関する事項 など
作成した合併契約書案について、まず各法人の理事会で承認を得ます。理事会で承認されたら、その内容を議事録としてきちんと残しておくことが重要です。そして、最終的な合併契約の締結には、両法人の評議員会での承認が不可欠です。評議員会で合併契約が承認されたら、その旨も議事録に記録します。この評議員会の承認をもって、正式に合併契約が締結されたことになります。
ステップ4:事前開示および閲覧の請求
合併契約を締結したら、その内容などを利害関係者(評議員や債権者など)に開示する必要があります。これを「事前開示」といいます。合併契約書の内容やその他関連情報を記載した書類、または電磁的記録(データ)を、各法人の主たる事務所に備え置き、評議員や債権者からの閲覧請求に応じられるようにしておかなければなりません。
この事前開示書類を備え置く期間は、吸収合併する側(存続法人)とされる側(消滅法人)で異なりますので注意が必要です。
吸収合併する側(存続法人):
合併契約について承認決議を行う評議員会の2週間前の日から、合併の効力発生日(登記日)の後6ヶ月を経過する日まで。
吸収合併される側(消滅法人):
合併契約について承認決議を行う評議員会の2週間前の日から、合併の効力発生日(登記日)まで。
ステップ5:評議員会の承認
ステップ3で触れましたが、合併契約を正式に有効なものとするためには、両法人の評議員会で承認を得る必要があります。この承認決議は、通常の決議よりも要件が厳しい「特別決議」が必要とされています。具体的には、原則として、評議員総数の3分の2以上の多数による承認が必要です(定款でさらに厳しい要件を定めている場合もあります)。評議員会では、合併契約の内容を説明し、質疑応答などを行います。特に、合併によって消滅する法人の負債総額が、存続する法人の資産総額を超過する(いわゆる債務超過状態で吸収する)場合には、その旨及びその理由を評議員会で詳しく説明する必要があります。
決議の結果(承認されたこと)は、必ず議事録として正確に記録し、保管しなければなりません。この議事録は、後の所轄庁への認可申請や登記手続で必要となります。
ステップ6:所轄庁の認可
評議員会での承認が得られたら、次に所轄庁(厚生労働大臣または都道府県知事、市長)に対して合併の認可を申請します。社会福祉法人の合併は、この所轄庁の認可を受けなければ、その効力が生じません。認可申請には、「合併認可申請書」のほか、「合併理由書」、「合併契約書」、「各法人の定款」、「財産目録・貸借対照表」、「合併後の事業計画書・収支予算書」、「新役員の就任承諾書・履歴書」など、非常に多くの書類が必要となります。
必要書類の種類や様式は、所轄庁によって若干異なる場合もあるため、必ず事前に所轄庁の担当窓口に確認し、指示に従って準備を進めることが重要です。認可までには一定の審査期間を要します。
ステップ7:債権者保護手続
合併は、法人の債権者(借入先の金融機関など)にとっても影響があるため、法律で債権者を保護するための手続を行うことが義務付けられています。
主な手続は以下の通りです。
1.官報公告:
合併すること、および債権者が一定期間内(1ヶ月以上)に異議を述べることができる旨を、官報(国が発行する新聞のようなもの)に掲載して知らせます(公告)。
2.個別催告:
把握している個別の債権者に対しては、官報公告とは別に、書面などで同様の内容を個別に通知します(催告)。ただし、定款で日刊新聞紙への掲載や電子公告を公告方法として定めている場合は、個別催告を省略できる場合もあります。
3.貸借対照表の要旨の公告:
債権者が判断材料にできるよう、法人の財政状態を示す貸借対照表の要旨も公告する必要があります(官報公告と同時に行うことが多いです)。
4.異議を述べた債権者への対応:
期間内に債権者から合併に対する異議の申し立てがあった場合、その債権者に対して弁済(借金を返す)、相当の担保を提供する、または信託会社等に相当の財産を信託するなど、債権者を保護するための措置を講じなければなりません。(ただし、その異議が不当である場合などは除きます。)
これらの債権者保護手続を適切に行わなかった場合、合併が無効になる可能性もありますので、慎重に進める必要があります。
ステップ8:登記手続
所轄庁の認可が下り、債権者保護手続が完了し、合併契約で定めた効力発生日が到来したら、法務局で合併の登記手続を行います。登記を行うことで、合併の効力が正式に発生します。
吸収合併する側(存続法人):
法人の内容(役員、資産など)が変更になるため、「変更登記」を行います。
吸収合併される側(消滅法人):
法人格がなくなるため、「解散登記」を行います。
これらの登記は、原則として、合併の効力発生日から2週間以内に、各法人の主たる事務所の所在地を管轄する法務局に申請する必要があります。
ステップ9:事後開示
合併の登記が完了したら、最後に「事後開示」という手続が必要です。合併後存続する側の社会福祉法人は、合併の効力発生後遅滞なく、合併に関する一定の事項を記載した書面または電磁的記録を作成し、効力発生日から6ヶ月間、主たる事務所に備え置かなければなりません。
事後開示書類に記載すべき主な内容は以下の通りです。
- 合併の効力が発生した日(登記日)
- 債権者保護手続の経過
- 吸収合併により消滅した法人から承継した重要な権利義務に関する事項
- その他合併に関する重要な事項
この事後開示書類も、利害関係者からの閲覧請求に応じる必要があります。
以上が、社会福祉法人が合併(吸収合併)を行う際の主な流れです。多くのステップと複雑な手続が必要となるため、計画的に、かつ専門家の助言を得ながら進めることが成功の鍵となります。
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社会福祉法人が事業譲渡する流れ
次に、社会福祉法人が特定の事業を他の法人に譲渡する「事業譲渡」を行う際の、一般的な流れについて解説します。合併と同様に、こちらも所轄庁との連携や専門家への相談が不可欠です。
ステップ1:事前調査と合意形成
まず、譲渡を検討している事業が、そもそも事業譲渡をすることが法的に可能なのかを確認する必要があります。社会福祉法人が行う事業には、介護保険法や児童福祉法など、様々な法律に基づく許認可が必要なものが多くあります。関係する法令を確認したり、事前に所轄庁に相談したりして、譲渡の可否や必要な手続を調査します。
同時に、譲渡先の候補となる法人が、譲り受けた事業を適切に継続していけるかどうかも重要な確認事項です。社会福祉法人の事業譲渡では、利用者が引き続き安定してサービスを受けられることが大前提となります。譲受先に事業継続の能力や意思がないと判断されれば、譲渡が認められない可能性があります。譲受先の経営状況や事業運営能力なども調査・確認が必要です。
譲渡が可能であり、適切な譲渡先が見つかったら、合併の場合と同様に以下のステップで合意形成を進めます。
- 秘密保持契約(NDA)の締結: 事業に関する詳細な情報を交換するため、秘密保持契約を結びます。
- 事前協議: 譲渡する事業の範囲、譲渡価格(※後述の注意点を参照)、従業員の処遇、利用者への影響、譲渡のスケジュールなど、具体的な条件について協議し、認識をすり合わせます。
- 基本合意書の作成・締結: 協議内容に基づき、基本的な合意事項をまとめた基本合意書を作成・締結します。
これらのプロセスを円滑に進めるために、譲渡する側(譲渡法人)・譲り受ける側(譲受法人)それぞれに、担当部署や委員会などを設置し、責任者を明確にしておくことが望ましいでしょう。
ステップ2:事業譲渡契約の締結
事業譲渡の具体的な条件(譲渡対象事業、譲渡財産、譲渡価額、譲渡日、従業員の引継ぎなど)が確定したら、「事業譲渡契約書」を作成し、契約を締結します。
合併契約とは異なり、事業譲渡契約の締結は法律で義務付けられているものではありません。しかし、譲渡する資産や負債の範囲、従業員の処遇、譲渡後の責任分担などを明確にし、後々のトラブルを防ぐために、契約書を作成・締結することが強く推奨されます。
作成した契約書案については、双方の理事会などで決議・承認を得て、その内容を議事録に残しておくことが望ましいとされています。
ステップ3:事業にかかる各種申請
事業譲渡に伴い、様々な行政手続や申請が必要となります。特に重要なものを以下に挙げます。
譲渡法人が行う申請
- 基本財産の処分申請: 社会福祉法人の定款で「基本財産」と定められている財産(事業に必要な不動産など)を譲渡(処分)するには、原則として所轄庁の承認が必要です。
- 補助金等に係る財産処分の申請: 建設時などに国や都道府県から補助金を受けている施設や設備を譲渡(処分)する場合、事前に補助金を交付した行政機関(国や都道府県など)の承認が必要になる場合があります。承認を得ずに処分すると、補助金の返還を求められる可能性があります。
譲渡法人・譲受法人の双方、または譲受法人が行う申請
- 施設の廃止申請(譲渡法人)および設置申請(譲受法人): 事業所(施設)を譲渡する場合、譲渡法人はその施設を廃止するための手続を、譲受法人は新たに施設を設置(または運営主体を変更)するための手続(許認可申請など)を行う必要があります。
- 各種事業の指定申請等: 介護保険サービスなど、事業ごとに必要な指定申請や変更届などを、譲受法人が新たに行う必要があります。
- 付随機能に関する申請: 譲渡する事業に保育所や診療所などが併設されている場合、それらに関する許認可等の手続も別途必要になることがあります。
これらの申請手続は、関係する法律や自治体の条例によって異なります。どの申請がいつまでに必要なのかを正確に把握し、漏れなく行うことが重要です。
ステップ4:定款の変更
事業譲渡によって、法人が行う事業内容や保有する財産に変更が生じるため、譲渡法人・譲受法人の双方で定款の変更が必要となる場合があります。
譲渡法人:
譲渡する事業を定款の「事業」の項目から削除したり、基本財産を譲渡した場合は基本財産の目録を変更したりする必要があります。
譲受法人:
新たに行う事業を定款の「事業」の項目に追加したり、譲り受けた財産が基本財産となる場合は基本財産の目録に追加したりする必要があります。
定款の変更には、評議員会の決議(通常は特別決議)と所轄庁の認可が必要です。
ステップ5:資産や負債などの移転手続
事業譲渡契約に基づき、実際に資産や負債などを譲受法人に移転させる手続を行います。
不動産の移転
土地や建物を譲渡する場合、法務局で所有権移転登記を行う必要があります。
動産・債権等の移転
設備や備品、利用者との契約上の地位、預貯金などを引き継ぎます。債権譲渡などについては、対抗要件(第三者に対して権利を主張するための要件)を備えるための手続(内容証明郵便による通知など)が必要になる場合もあります。
負債の移転
事業に関する借入金などを譲受法人が引き継ぐ場合は、債権者(金融機関など)の個別の同意が必要となるのが一般的です。
従業員の転籍
従業員を譲受法人に移籍させる場合、原則として従業員本人の個別の同意が必要です。労働条件の変更を伴う場合は特に丁寧な説明と合意形成が求められます。
基本財産や負債の譲渡、不動産の登記移転などについては、事業譲渡契約とは別に、個別の契約書を作成したり、必要な手続を行ったりします。
以上が、社会福祉法人が事業譲渡を行う際の主な流れです。合併に比べて手続の種類は異なりますが、こちらも所轄庁や関係機関との調整、各種申請、契約関係の整理など、多くの作業が必要となります。
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社会福祉法人M&Aのまとめ
本記事では、社会福祉法人のM&Aについて特徴やメリット、注意点、流れについて解説しました。社会福祉法人のM&Aは非営利性が求められるという点で、株式会社といった一般企業のM&Aよりも多くの制約が設けられています。そのため、確認をしながら適切な手続きを進めていく必要があります。
みつきコンサルティングではお客様の事業継承、M&Aに対応しており、仲介業務ではなくお客様のご要望をしっかりとお聞きし、最適な提携候補先を検討・提案いたします。事業計画書の作成など手間のかかる作業もみつきコンサルティングが対応いたしますので、M&Aをお考えなら一度ご相談ください。
著者

- 事業法人第三部長
-
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人
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