本コラムでは、食料品卸売の業界情報や外部環境、M&A動向などを解説します。また、実際に行われた食品卸企業のM&A事例も併せて解説します。
食品卸の概況
最初に、食品卸業界を概観します。
食品卸の業界とは
食料品卸売は、食料品を製造するメーカーと、スーパーやレストランなどの小売りを仲介します。メーカーの流通コストを削減し、小売りの保管や仕入れの手間を削減するという役割があります。
業界の特性
食料品卸売業界は、他の卸売業界同様に、仲介業者という特性があります。そして、メーカーや小売りは、可能であれば仲介は省きたいと考えています。仲介が増えると、その分仲介コストがかかるからです。
従来は仲介を省く手段が少なかったですが、今は物流やオンラインが進歩し、仲介を省くことが可能になっています。実際にメーカーと小売りが直接契約するケースや、さらにはメーカーから消費者にオンラインで直接販売するケースも目立っています。
商流の変化に合わせて、流通経路の確保や在庫を保存するための施設を確保しているメーカーや小売りも多いでしょう。
業界の課題
食品卸の業界では、以下のような課題を抱えています。
小売主導による「中抜き」
近年、大規模小売チェーンの動向に注目すべき変化が見られます。具体的には、大手スーパーマーケットやコンビニエンスストアが自社ブランド商品の開発に力を入れ始めています。これらの企業は、従来の流通経路を見直し、食品卸売業者を介さずに直接食品メーカーから商品を調達するケースが増加しています。この潮流は、大手企業だけでなく、中規模の小売店にも波及する可能性があります。
少子化による国内市場の縮小化
今後少子化が進めば、食料品全般への需要が減っていくと予測されます。結果的に、食料品卸売業界への需要も縮小します。
消費者ニーズの多様化
消費者ニーズが多様化し、食料品も人それぞれ好みのばらつきが大きくなっています。結果的に、大量生産大量消費が合わなくなっています。食品卸売業者は流通経路や在庫管理に強みがあるので、ニーズが多様化すると効率的に利益を上げるのが難しくなります。メーカーが直接消費者に販売する機会が増えるでしょう。
在庫のアナログ管理
食品卸売業者は在庫管理に強みを持ちますが、これはメーカーや小売りと比較した話です。製造業や、もちろんIT業界などと比較すると在庫のデジタル管理が普及していません。業務効率化が進んだ食品卸売業者の立場が優位になるでしょう。
後継者不在
他業界同様に、食料品卸も後継者難の会社が増えています。業界の歴史が古く、社歴が長い会社が多いため、その傾向はより顕著です。
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食品卸の外部環境
市場規模
食料品卸売業界の市場規模は、緩やかな上昇傾向にあります。2019年は前年に比べて緩やかに減少に転じましたが、2020年には再び増加に転じています。新型コロナウイルスの影響を受けた業界も多いですが、食料品卸売業界では一長一短です。 飲食店の業務用需要は落ち込みましたが、その分家庭向けの商品の需要は伸びたからです。新型コロナウイルスが流行しても食料品への需要自体は変わらず、食事の形態が変わるだけです。 食料品卸売業界の中でも、企業によって扱っている商品は様々です。そのため、飲食店向けの商品を扱っている企業は業績が落ち込み、逆に家庭向けの商品を扱っている企業は業績が伸びたといったことはあります。
しかし、食料品卸売業界全体で見ればプラマイゼロで新型コロナウイルスの影響は少なく、順調に緩やかな上昇傾向ということです。以下は食料品卸売業者の市場規模の推移です。
出典:経済産業省/業界動向サーチ
競合業態
食料品卸売業の競合になるのは、メーカーや小売業です。食料品卸売業の役割は仲介なので、メーカーや小売業が流通経路を独自に作ると食料品卸売業の存在意義がなくなります。 そして実際にメーカーや小売業が独自のルートを作り、食料品卸売業者が不要になっているケースもあります。また、小売店がプライベートブランドの商品を作って販売していることもあります。
一方で、食料品卸売業者がプライベートブランドを販売する事例も増えています。競合が強くなれば食料品卸売業者にとって厳しい状況になりますが、食料品卸売業者にとっても独自の路線を開拓しやすい環境です。
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食品卸の M&A 動向
食料品の卸企業は、川上・川下業界との長年の付き合いが業況に安定をもたらしますが、M&Aを検討する上では、それがしがらみとなりネックとなることがあります。とはいえ食品卸業界も再編は待ったなしであり、徐々に増えています。
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食品卸売同士のM&Aが中心
食料品卸売業界では、同業種同士のM&Aが活発です。食品卸売業界は規模の経済が働きやすく、規模が大きくなればその分商品1つあたりにかかるコストを抑えられます。メーカーや小売業からすれば仲介料が減り、少ない仲介料でも食品卸売業者の利益につながるということです。
隣接する業種からの買収も多い
食料品卸売業界と隣接する業界とは、食料品メーカーや小売業です。これらの業界が食料品卸売業の企業を買収し、販売力を強化する、もしくは仕入ルートを強化するといったことがあります。いわゆるシナジー効果が期待できるということです。また、Web業界、IT業界が食料品卸売業界の企業を買収し、ITツールを駆使して売り上げを伸ばすケースもあります。
海外企業の買収も積極的
中小企業よりは大手企業に多い傾向ですが、食料品卸売業界の企業が海外企業を買収する動きがあります。海外企業を買収する理由は、海外市場に進出することや、日本の労働者不足を解消することです。
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食品卸のM&A 事例
近年に行われた食料品の卸業界のM&A事例の幾つかを紹介します。
オーウイルによる海鮮の買収
2024年4月、オーウイル株式会社は、株式会社海鮮を完全子会社化しました。オーウイルは食品・飲料原料の取引やアイスクリームの製造販売を手がけ、海鮮は魚介類や魚卵の輸入販売を行っています。
オーウイルグループは、食品関連を中心とした商社事業を展開し、近年は環境分野にも進出しています。一方、海鮮は水産物の卸売りや加工販売に特化しています。今回の買収は、オーウイルグループが新たな成長の柱として水産分野への進出を図るものです。
ヤマエグループHDによるトップ卵の買収
2024年2月、ヤマエグループホールディングス株式会社は、トップ卵株式会社の全株式を取得し子会社化しました。トップ卵は、1963年に創業された馬場飼料株式会社を中心に、採卵鶏の養鶏や卵加工品の販売を行う複数の企業を傘下に持つ持株会社です。一方、ヤマエグループは食品や住宅・不動産関連の卸売業、製造業などを手がける企業グループです。
この買収は、ヤマエグループの中期経営計画の一環として行われます。同計画では、M&A戦略を通じた事業多角化が基本戦略の一つとして掲げられています。このM&Aにより、ヤマエグループは商品仕入れの強化が可能となり、同時にトップ卵にとっても新たな販売チャネルを通じた事業成長が期待されます。
なお、ヤマエグループは、他にも近年だけでも以下の会社をグループ化しています。
2023年12月:菓子食品総合卸売業のコンフェックスホールディングス株式会社
2022年8月:日本におけるピザハットのフランチャイザーとして国内で約500店舗を展開する日本ピザハット・コーポレーション株式会社
2022年5月:九州エリアを中心に精米卸売業を展開する福岡農産株式会社
マルハニチロによる大都魚類の買収
2020年3月に、マルハニチロは大都魚類に対してTOBを行い、完全子会社化をしました。マルハニチロは水産卸売業で有名な企業です。主に漁獲物や水産商品の販売を受託しています。
マルハニチロは大都魚類の株を50%保有していましたが、TOBにより完全子会社になったという経緯です。マルハニチロがM&Aに踏み切った理由としては、国内の漁獲量減少や、魚介類の消費量低下などがあります。マルハニチロは経営に逼迫していましたが、大都魚類のM&Aで事業基盤の再構築、収益基盤の強化を狙っています。
伊藤忠食品によるエブリーとの第三者割当、業務契約
伊藤忠食品は、2019年7月にエブリーと第三者割当増資、業務提携契約を結びました。伊藤忠食品は、酒類、食品の卸売を主要事業とする商社です。エブリーは動画レシピを提供している企業です。伊藤忠食品はエブリーを手中に入れることで、デジタルコンテンツ力の強化を狙っています。伊藤忠食品の販売力とエブリーの技術をミックスさせることで、企業力を強化していきます。
加藤産業によるSong Ma Retail Joint Stock Companyの買収
2021年4月に、加藤産業はSong Ma Retail Joint Stock Companyを子会社化しました。加藤産業は、加工食品、菓子類、低温食品、酒類などの卸売り、プライベートブランド商品の製造、販売を行っている企業です。
Song Ma Retail Joint Stock Companyはベトナム南部のホーチミンで加工食品の卸売り、輸入販売を行っている企業です。加藤産業はSong Ma Retail Joint Stock Companyを子会社化することで、ベトナムで事業を展開しています。
トーカンによる三給の買収
2021年4月、トーカンは三給の株式をすべて取得し、子会社化しました。トーカンは名古屋市に拠点を置く食料品卸売企業です。三給は岡崎市に拠点を置く、給食市場向けの食料品卸売企業です。
トーカンは三給を子会社化することで、給食市場への進出、中食総菜部門の売り上げ拡大を狙っています。
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食品卸のM&Aのまとめ
食料品卸売業界のM&Aは、今後も活発化すると予測されます。その理由として、以下のようなものが挙げられます。
- 少子高齢化による後継者不足
- 少子化による食料品への需要減少
- 消費者ニーズの多様化
- 海外への事業展開
- 隣接業界の企業の多角化戦略
食料品卸売業界は現状安定的に利益が出ていますが、卸売業全般今後は厳しい局面も出てくるでしょう。その結果、M&Aによって事態を好転させる企業が増加すると考えられます。
著者
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人
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