デューデリジェンスで判明したリスクへの対応は、M&Aの成功に不可欠です。この記事では、リスクを適切に評価し、取引の中止から契約条件の調整まで、譲受企業が取るべき具体的なデューデリジェンスのリスク対応戦略と実務上の留意点を解説します。
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デューデリジェンス(DD)の基礎とリスク評価の重要性
M&Aのプロセスにおいて、デューデリジェンス(DD)は、対象企業の企業価値や事業に関するリスクを多角的に分析し、譲受企業が適切な意思決定を行うための重要な情報を提供する不可欠な手続きです。
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デューデリジェンスの流れ
デューデリジェンスは、主に三つの段階で構成されます。
- まず、「計画・準備」段階では、デューデリジェンスの目的、範囲、スケジュール、予算を明確にし、調査対象企業に関する情報を収集します。
- 次に、「実施」段階では、財務、法務、税務、人事、環境、ITなど、多岐にわたる分野で詳細な調査を行い、必要に応じて対象企業へのインタビューや現場視察も実施します。
- 最後に、「報告・評価」段階では、調査結果をまとめた報告書を作成し、対象企業の価値やリスクを評価します。この評価に基づいて、取引条件の交渉や契約内容の調整が行われます。
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M&Aにおけるリスク評価の視点
デューデリジェンスにおけるリスク評価は、問題の解決策を検討する上で極めて重要です。財務デューデリジェンスでは、企業の財務状況、収益性、キャッシュフローを分析し、潜在的な簿外債務や過大評価された資産などを特定します。法務デューデリジェンスでは、契約、許認可、訴訟リスクを確認し、税務デューデリジェンスでは、税務リスクや過去の税務調査結果を検証します。これらの多岐にわたる分野で特定されたリスクは、その発生可能性やM&A取引の成否、対象企業の価値に与える影響度を評価し、優先順位を付けます。
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リスク評価マトリクスと優先順位付け
デューデリジェンスで特定されたリスクは、すべてが同等の影響を持つわけではありません。リスクの性質を理解し、その優先順位を適切に設定することが、効果的な対応戦略を策定する上で不可欠です。
リスクの識別と評価
デューデリジェンスを通じて、様々な分野でリスクが識別されます。例えば、財務デューデリジェンスでは、過去の収益性やキャッシュフローの実態、貸借対照表の正確性、潜在的な簿外債務、過大評価された資産などが調査対象となります。これら特定されたリスクについて、その発生可能性とM&Aへの影響度を評価し、優先順位を付けます。リスク評価は、取引の成否や対象企業の価値に与える影響を分析するものであり、発生確率、影響の大きさ、発生時期などを考慮に入れます。
ディールブレーカーとなりうる致命的リスクの判断基準
ディールブレーカーとは、M&A取引を中止する判断をさせるほど、譲受企業にとって許容できない重大なリスクを指します。DDの結果、取引中止の判断基準となる具体的なリスクには、以下のような類型があります。
重大な簿外債務や偶発債務
財務デューデリジェンスで、事業価値を著しく毀損する未開示の債務が判明した場合。
重大な法務・コンプライアンス違反
対象企業が過去に重大な法律違反を犯しており、将来的に巨額の賠償責任や事業停止のリスクがある場合。
重要な許認可の取得不可または失効リスク
事業継続に不可欠な許認可の取得が困難であるか、取得済みの許認可が将来失効する可能性が高い場合。
事業継続の不可能性
対象企業が特定の顧客や仕入れ先に過度に依存しており、それらを失うと事業継続が困難になる場合や、経営陣や主要従業員の流出が避けられない場合など。
これらのリスクは、譲受企業が負うリスクが大きすぎると判断され、デューデリジェンスが中止や価格調整に繋がる場合があります。
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デューデリジェンスにおけるリスク対応の戦略的選択肢
デューデリジェンスで発見されたリスクへの対応策として、様々な対応戦略が存在します。リスクの性質と重要性に応じて、最適な選択肢を検討することが重要です。
取引中止(ディールブレイク)
デューデリジェンスの結果、譲受企業にとって許容できない致命的なリスクが発見された場合、取引の中止は有効な選択肢となります。
メリット
- 将来的なすべてのリスクを完全に回避できる。
- M&A後の想定外の損失や追加コストの発生を防ぐことができる。
デメリット
- デューデリジェンスに投じた時間、費用、労力が無駄になる。
- 将来的な成長機会を失う可能性がある。
実務上の留意点
- 取引中止の判断は、ディールブレーカーとなるリスクが明確であり、他の対応策ではリスクを軽減できない場合に限るべきです。
- 感情的な判断ではなく、客観的なリスク評価と専門家の意見に基づいて決定することが重要です。
価格調整
価格調整は、デューデリジェンスによって発見されたリスクを、買収価格に反映させる対応です。財務デューデリジェンスの結果、簿外債務や過剰な不良債権、過大評価された資産などが判明した場合に検討されます。
メリット
- 譲受企業が負うリスクを金銭的な形で補填できる。
- 対象企業の真の企業価値に基づいた適正な価格で取引を成立させることが可能。
デメリット
- 売主との価格交渉が難航する可能性がある。
- 適正な価格算定の根拠を明確に提示する必要がある。
交渉ポイント
- デューデリジェンスで判明した金額的な影響を具体的に示し、その算定根拠を詳細に説明します。
- 財務専門家(公認会計士、税理士など)の意見書を基に交渉を進めることが有効です。
表明保証・補償の強化
表明保証・補償は、譲受企業が将来発生しうるリスクに対して売主に責任を負わせるための契約上の手続です。売主がM&A契約締結日時点の事実について保証し、その保証内容に違反があった場合に譲受企業が被る損害を売主が補償するよう求めるものです。
メリット
- デューデリジェンスで完全に把握しきれなかった潜在的なリスクに対し、契約上でヘッジをかけることができる。
- 将来的な損害発生時に、売主から金銭的な補償を受けられる。
デメリット
- 補償の範囲、期間、上限額などの交渉が複雑になる。
- 売主の補償能力(資力)に依存するため、売主の信用力も確認する必要がある。
交渉ポイント
- リスクの内容に応じて、表明保証の項目を具体的に追加・強化します。
- 補償のトリガー(どのような事象が発生した場合に補償されるか)、補償の期間、上限金額、免責金額などを詳細に交渉し、契約書に明記します。
アーンアウト条項の導入
アーンアウト条項は、M&A後の対象企業の将来の業績が特定の目標を達成した場合に、売主に対して追加の対価を支払うことを約束する契約条項です。これは、デューデリジェンスで特定されたリスク、特に将来の業績の不確実性への対応戦略として用いられることがあります。
メリット
- 譲受企業が初期段階で過大なリスクを負うことなく、M&Aを実行できる。
- 売主はM&A後も対象企業の業績向上にインセンティブを持ち続けることができる。
デメリット
- 将来の業績目標の設定や測定方法、支払い条件について売主との合意形成が難しい場合がある。
- アーンアウトの期間中の売主の経営への関与の程度や、業績評価の客観性に関する問題が生じる可能性がある。
交渉ポイント
- 達成すべき目標(売上高、利益、特定のプロジェクトの成功など)を明確に設定します。
- 目標達成の測定期間、追加対価の算定方法、支払い時期、上限金額などを詳細に定めます。
特定リスクのカーブアウト
カーブアウトとは、譲受企業がM&A対象企業の一部事業や特定の資産・負債など、リスクの高い要素を取引対象から切り離す手続です。これにより、譲受企業は、望まないリスクを抱えずにM&Aを実行することができます。
メリット
- 特定の高リスクな事業や資産・負債を取引対象から除外することで、譲受企業のリスクを大幅に軽減できる。
- 取引構造を簡素化し、交渉を円滑に進めることが可能になる場合がある。
デメリット
- 取引構造が複雑になる可能性があり、事業分離に関する追加的な手続や費用が発生することがある。
- カーブアウトされた部分と残りの事業との間で、事業運営上の連携や相乗効果に影響が出る可能性がある。
交渉ポイント
- カーブアウトの範囲(どの事業や資産・負債を切り離すか)を明確にします。
- 切り離された部分の会計処理、税務上の影響、M&A後の事業運営体制などを詳細に検討し、合意形成を図ります。
クロージング前後の是正措置要求
クロージング前後の是正措置交渉により、譲受企業は、M&A実行前にリスクが除去された状態で対象企業を譲受できる可能性が高まります。
メリット
- 譲受企業が自らリスクを解消する手間や費用を削減できる。
- 譲受後の事業運営への悪影響を未然に防ぐことができる。
デメリット
- 是正措置の実行可能性や完了までの期間について、売主との交渉が長期化する可能性がある。
- 是正措置が不完全に終わるリスクも考慮する必要がある。
交渉ポイント
- 具体的な是正措置の内容(例:簿外債務の解消、許認可の取得、資産の修繕、従業員の処遇改善など)を明確に提示します。
- 是正措置の完了期限、費用負担、完了しなかった場合の対応(価格調整や取引中止など)をM&A契約書に詳細に定めます。
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実務上の留意点とM&A契約書への落とし込み
デューデリジェンスのリスク対応戦略を成功させるためには、実務上の留意点を理解し、M&A契約書に適切に落とし込むことが重要です。
交渉のポイント
デューデリジェンスの結果に基づく交渉は、客観的なデータに基づいて論理的に進めることが成功の鍵です。発見されたリスクの評価を明確にし、譲受企業にとってのリスクを具体的に説明することが重要です。また、交渉においては、複数の戦略(取引中止、価格調整、表明保証・補償の強化など)を柔軟に組み合わせることで、より良い合意形成を目指すことができます。弁護士、公認会計士、税理士といった専門家と密に連携し、法的な側面や財務的な影響を正確に把握した上で交渉に臨むことが不可欠です。
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M&A契約書への落とし込み
M&A契約書は、デューデリジェンスで特定されたリスクに対する譲受企業の保護を具現化する重要なツールです。
表明保証・補償条項
- 売主が保証する事実の範囲を広げ、特にリスクが発見された項目については、具体的な内容を詳細に記載します。
- 表明保証違反時の補償範囲、補償の期間、上限金額、免責金額などを明確に規定し、譲受企業が被る損害を適切にカバーできるようにします。
価格調整条項
デューデリジェンスの結果に基づいて価格を調整する場合の、具体的な算定方法、調整の基準日、調整後の支払方法などを明記します。
クロージング条件
売主が特定の是正措置を完了することをクロージングの前提条件とすることで、譲受前にリスクが解消されることを確実にします。期限や未完了時の措置も定めます。
アーンアウト条項
導入する場合には、業績目標の具体的な内容、測定期間、算定方法、支払い時期、上限金額などを細かく規定し、将来の紛争を防ぎます。これは、譲受企業と売主双方の期待値を調整する重要な契約内容となります。
特定リスクのカーブアウト
対象事業や資産の範囲、カーブアウトされた部分の法務・税務上の影響、譲受企業と売主間の権利義務の分担などを明確に記載します。
これらの条項をM&A契約書に適切に落とし込むことで、デューデリジェンスで特定されたリスクに対する譲受企業の保護を最大限に高めることができます。
税理士法人グループによる財務デューデリジェンス
M&Aに潜む財務リスク、見逃していませんか?
よくある質問|DDでのリスク対応戦略(FAQ)
デューデリジェンスで把握されたリスクについて、中小企業のオーナー経営者やM&A担当者が抱きやすい疑問とその回答をまとめました。
Q:DDでリスクが見つかったら、どう対応するのがベスト?
デューデリジェンスでリスクが発見された場合、そのリスクの性質と重要性に応じて最適なリスク対応戦略を選択することが重要です。取引中止、買収価格の調整、M&A契約における表明保証・補償の強化、アーンアウト条項の導入、特定リスクのカーブアウト、クロージング前後の是正措置要求など、複数の選択肢があります。専門家と連携し、発見されたリスクの評価とマネジメントを正確に行うことが、最適な対応策を見つける鍵となります。
Q:M&Aをやめるべきか続けるべきか、どう判断する?
M&Aを中止するか否かの判断は、デューデリジェンスで特定されたリスクが「ディールブレーカー」となりうるかどうかに基づきます。事業継続が困難なほどの重大な財務リスク、解決が不可能な法務・税務上の重大なリスク、あるいは事業に不可欠な許認可の取得が不可能であるなど、譲受企業にとって許容できない致命的なリスクが判明した場合は、取引中止を検討すべきです。リスクの発生可能性と影響度を客観的に評価し、譲受企業のリスク許容範囲を超えるかどうかを慎重に判断します。
Q:見つかったリスクを契約条件でカバーする方法は?
発見されたリスクをM&A契約条件でカバーする方法として、表明保証によるリスクヘッジが有効です。M&A契約書において、売主の表明保証の範囲を拡大し、特定の期間や特定の事象について売主に補償責任を負わせる条項を盛り込みます。これにより、万一、将来的に損害が発生した場合に、売主から金銭的な補償を受けることができます。また、価格調整や、アーンアウト条項を導入してリスクを売主と共有することも検討できます。
Q:売り手にリスクを是正してもらうことは可能?
デューデリジェンスの結果、譲受企業が特定したリスクについて、クロージング前後の是正措置交渉を通じて、売主にその是正を求めることができます。例えば、簿外債務の解消、必要な許認可の取得、対象資産の修繕などが是正措置として挙げられます。ただし、是正措置の内容、完了期限、費用負担、そして是正が完了しなかった場合の対応(例えば、価格調整)について、売主との間で明確な合意形成が必要です。
まとめ
デューデリジェンスで発見されるリスクへの対応は、M&A成功の鍵を握る重要なプロセスです。リスクの適切な評価と、取引中止、価格調整、表明保証、アーンアウト、カーブアウト、是正措置といった多角的な対応戦略を理解し、実務に活かすことが譲受企業にとって重要です。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A専門会社として15年以上の業歴があり、中小企業の財務デューデリジェンスに特化した経験実績が豊富な公認会計士・税理士が在籍しています。みつき税理士法人と連携することにより、税務DDを含めた財務調査をワンストップで対応可能ですので、財務DDをご検討の際は、お気軽にお問い合わせください。
著者

- 国内大手証券会社にて顧客のお金や人生に関わる財産運用を助言。相続・事業承継専門の会計事務所を経て、当社では法人顧客の税務対策・申告、M&Aに係る財務・税務のアドバイザリーに従事。税理士
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