M&Aにおけるデューデリジェンスは、譲受企業の取締役が負う善管注意義務を果たす上で不可欠なプロセスです。この記事では、善管注意義務とデューデリジェンスの関係性、M&Aにおける取締役の責任、そしてリスクを回避するための具体的な進め方について詳しく解説します。
「うちの会社でも売却できるだろうか…」、「何から始めればいいんだろう…」
そのような漠然とした疑問をお持ちではありませんか? みつきコンサルティングでは、本格的なご検討の前でも、情報収集を目的とした無料相談を随時お受けしています。まずはお話をお聞かせください。
デューデリジェンスと取締役の善管注意義務
M&A(合併・買収)などの企業取引において、デューデリジェンス(企業調査、DD)と譲受企業の取締役の善管注意義務は密接に関連しています。DDはM&Aを成功させるために必要な情報収集やリスク評価のプロセスであり、取締役はDDの実施とその結果を踏まえた意思決定において善管注意義務を負います。
善管注意義務とは
善管注意義務とは、委任契約に基づいて業務を行う者が、善良な管理者として要求される程度の注意を払う義務のことです。会社と取締役の関係は委任契約に準じるため、取締役は会社に対して善管注意義務を負っています。
M&Aにおけるデューデリジェンスとは
DDは、M&Aや組織再編などの取引において、対象となる企業や事業の実態を把握し、リスクや価値を評価するために行われる調査です。財務、法務、ビジネス、ITなど、様々な分野にわたる専門家が関与し、詳細な調査を進めます。この調査は、譲受側が対象企業の状況を深く理解し、適切な意思決定を行う上で非常に重要です。
▷関連:デューデリジェンスとは?M&Aの重要調査で、成功の鍵!
M&Aにおけるデューデリジェンスと善管注意義務の関係
M&AにおけるDDは、取締役の善管注意義務を果たす上で重要な役割を果たします。取締役は、DDの結果を踏まえ、M&Aの実行可否、条件、価格などを決定します。適切なDDを実施し、その結果を慎重に検討した上でM&Aに関する意思決定を行うプロセスそのものが、会社と株主の利益を守るために求められます。
▷関連:デューデリジェンスで発見されたリスクへの対応策と交渉戦略
取締役がM&Aで負う責任の範囲
M&Aの意思決定は、会社の将来を左右する重要な判断であり、譲受企業の取締役には重い責任が伴います。特にDDの過程で、その責任の範囲と限界を理解しておくことが不可欠です。
会社法における取締役の基本的な義務
取締役は会社法に基づき、会社に対して特定の義務を負います。その中でも、特にM&Aに関連するのは善管注意義務と忠実義務です。
善管注意義務と忠実義務
善管注意義務は、会社と取締役との委任関係に基づき、善良な管理者としての注意を払って職務を行う義務です。これに対し、忠実義務は、取締役が会社の利益を最優先し、自己または第三者の利益のために会社の利益を犠牲にしてはならないという義務です。
任務懈怠責任とその影響
取締役が善管注意義務または忠実義務に違反し、会社に損害を与えた場合、任務懈怠責任を問われる可能性があります。DDの実施を怠ったり、その結果を無視して不適切な意思決定を行ったりした場合、善管注意義務違反として責任を問われる可能性があります。この違反が認められた場合、取締役は会社に対して損害賠償責任を負うことになります。
M&Aの意思決定プロセスにおけるデューデリジェンスの重要性
M&Aの意思決定プロセスにおいて、DDは非常に重要な位置を占めています。取締役は、DDを通じて必要な情報を収集し、リスクを評価する義務を負います。
情報収集・調査義務の履行
取締役は、M&Aの対象となる企業の財務状況、法務リスク、事業内容などを詳細に調査するため、適切なDDを実施する必要があります。DDを通して情報を適切に収集し、分析することが、取締役の情報収集・調査義務の履行にあたります。
デューデリジェンスの不備が招くリスク
DDが不十分な場合、M&A後に予期せぬ問題が発生し、会社に大きな損害を与える可能性があります。例えば、簿外債務の発覚や、隠蔽された訴訟リスク、過大評価された事業価値などが挙げられます。このような事態は、取締役の善管注意義務違反とみなされ、M&A失敗の責任を問われることにつながります。
▷関連:M&Aデューデリジェンスの進め方|準備から報告まで専門家が図解
デューデリジェンスの範囲と取締役の裁量
DDの範囲や深度、方法の決定には、取締役の判断と裁量が求められます。この判断が、善管注意義務を果たす上で重要になります。
デューデリジェンスの範囲・深度・方法
DDは、M&Aの目的や対象企業の特性に応じて、その範囲や深度が異なります。例えば財務DDの目的は、譲受企業が対象企業の財務状況を理解し、取引価格の決定や契約条件の交渉、M&A後の統合プロセスにおけるリスクを把握することです。この調査は、短期間かつ限られた情報で行われるため、譲受側はリスクを考慮して、どこまで深く調査するかを決める必要があります。
経営判断の原則とデューデリジェンス
取締役がDDの範囲や深度、方法を決定する際には、「経営判断の原則」が適用される場合があります。この原則は、取締役が十分な情報に基づき、適切なプロセスを経て合理的な判断を行った場合には、結果的に会社に損害が生じたとしても責任を問われないとするものです。しかし、この原則が適用されるのは、取締役がM&Aのリスクを十分に考慮し、適切なDDを実施している場合に限られます。DDを怠ったり、結果を無視した不適切な判断は、善管注意義務違反とみなされる可能性があります。
▷関連:DDの「スコープ」設定|M&Aの目的と予算に応じた調査範囲とは
外部専門家への委託と取締役の責任
M&AにおけるDDは専門性が高く、多岐にわたる分野に及ぶため、外部の専門家へ委託することが一般的です。しかし、専門家に委託した場合でも、取締役の責任がなくなるわけではありません。
デューデリジェンスを専門家に委託する理由
DDは、財務、法務、ビジネス、ITなど、広範囲にわたる専門知識と経験を必要とします。譲受企業内部に十分な専門性を持つ人材がいない場合や、より客観的な視点からの評価が必要な場合に、外部の公認会計士や弁護士、M&Aアドバイザーなどの専門家へ委託することが一般的です。これにより、効率的かつ質の高い調査が期待できます。
委託における取締役の選任・監督責任
外部専門家へDDを委託した場合でも、取締役は専門家の選任と監督において善管注意義務を負います。適切な専門家を選び、その業務が適切に遂行されているかを確認する責任があります。
丸投げの危険性
専門家への丸投げは避けるべきです。取締役は、専門家からの報告内容を理解し、M&Aの意思決定に際してそれを適切に考慮する義務があります。専門家からの報告をただ受け入れるだけでなく、その内容の信頼性や妥当性を検討し、疑問点があれば積極的に質問して確認することが求められます。万が一、専門家のDDに不備があった場合でも、取締役が適切な監督を怠っていたと判断されれば、責任を問われる可能性があります。
▷関連:デューデリジェンスを依頼する専門家の選び方・役割・費用・注意点
取締役の責任問題となったM&A事例と教訓
M&Aが失敗に終わるケースでは、DDの不備が争点となることが少なくありません。過去の事例から、取締役がどのような責任を問われる可能性があるか、そしてそこから何を学ぶべきかを理解することが重要です。
デューデリジェンスの不備が争点となった事例
DDの不備や、その結果を無視した意思決定により、M&Aが失敗に終わるケースは複数存在します。代表的な失敗例には、以下のようなケースが挙げられます。
簿外債務の発覚による損害
DDを怠った結果、M&A後に多額の簿外債務が発覚し、譲受企業に大きな損害が発生するケースがあります。これは、対象企業の負債を適切に把握できなかったために発生する問題です。この場合、取締役は、適切なDDの実施を怠ったとして善管注意義務違反を問われる可能性があります。
訴訟リスクの隠蔽
DDで発見された訴訟リスクを隠蔽したままM&Aを実行し、結果として多額の賠償金が発生するケースも存在します。売主側の隠蔽があったとしても、譲受企業の取締役がDDを適切に行い、リスクを把握していれば回避できた可能性があります。このような場合、取締役のDDの不履行が問われることになります。
事業価値の過大評価
DDを怠り、対象企業の事業価値を過大評価した結果、M&A後に期待した収益が得られないケースも発生します。これは、将来の収益予測や事業計画の評価が甘かったり、市場環境や競合状況の分析が不十分であったりすることが原因となることがあります。適切なDDを通じて、事業価値を客観的に評価する責任が取締役にはあります。
事例から学ぶ教訓
これらのM&A失敗事例から得られる教訓は、取締役がM&AプロセスにおいてDDの重要性を深く認識し、主体的に関与することの必要性です。単に形式的な調査を行うだけでなく、その結果を深く理解し、会社の利益のために最善の意思決定を行うことが求められます。特に、専門家へDDを委託した場合でも、その内容を吟味し、最終的な判断責任は取締役自身にあることを自覚すべきです。
▷関連:デューデリジェンスで重大な問題が発覚!取引中止か条件変更か?
善管注意義務を果たすためのデューデリジェンス実践
取締役が善管注意義務を果たすためには、DDを効果的に進め、適切な記録を残すことが重要です。具体的な進め方と、記録の重要性について解説します。
適切なデューデリジェンスの進め方
適切なDDの実施は、取締役が善管注意義務を果たすための基盤となります。例えば財務DDでは、主に会計情報に基づいて対象企業の実態を把握し、M&Aの意思決定に資する情報を提供することを目的とします。
M&Aプロセスの理解とデューデリジェンス
M&AにおけるDDのプロセスは、DDの準備段階から始まり、DDの実施、結果の検討、そして最終的な意思決定へと進みます。適切なDDは、潜在的なリスクの特定だけでなく、M&A後のシナジー効果の評価にもつながります。
財務デューデリジェンスの主要な視点
財務DDでは、対象企業の財務状況を詳細に調査します。具体的には、貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書などの財務諸表を分析し、簿外債務、偶発債務、収益性、将来のキャッシュフロー、運転資本などを評価します。また、関連当事者との取引や偶発的な事象など、将来のリスクとなり得る要因も詳細に調査します。
財務デューデリジェンス実施に必要なスキル
財務DDを実施するためには、知識、技術、心構えの三つの要素が重要です。
- 知識: 会計基準、税務、M&Aプロセス、市場評価、PMI(Post Merger Integration、M&A後の経営統合)に関する幅広い知識が必要です。
- 技術: 調査対象企業から入手した財務情報を分類、集計、分析し、異常点を発見する分析スキルや、経営者などから情報を引き出すヒアリングスキル、そして調査結果を分かりやすくまとめるレポーティングスキルとプレゼンテーションスキルが求められます。
- 心構え: 限られた時間で膨大な資料を調査し、効率的かつ効果的に進めるための集中力と、対象企業や関係者との良好な関係を築くための配慮も必要です。
▷関連:財務デューデリジェンスの目的とは?手順・分析項目・費用相場を解説
記録の重要性
M&AにおけるDDのプロセスにおいて、議事録等の記録を適切に残すことは、取締役が善管注意義務を果たす上で極めて重要です。具体的な法的要件がなくても、意思決定の過程や情報収集の状況、検討内容などを明確に記録することで、後日、責任追及された際に、適切な判断を行った証拠として機能します。
例えば、DDの対象範囲、調査結果、リスク評価、そしてそれらを踏まえた意思決定の経緯を詳細に記録することが挙げられます。外部専門家からの報告書だけでなく、それに対する取締役会での議論や決定事項も議事録として残すことで、DDの過程が適切であったことを示す重要な証拠となります。
税理士法人グループによる財務デューデリジェンス
M&Aに潜む財務リスク、見逃していませんか?
よくある質問|デューデリジェンスと善管注意義務(FAQ)
M&Aにおけるデューデリジェンスと善管注意義務に関して、中小企業のオーナー経営者や譲受企業のM&A担当者の方々からよく寄せられる疑問とその回答をご紹介します。
Q:M&AでDDをちゃんとやらないと社長が責任を問われる?
M&Aにおいてデューデリジェンス(企業調査)を適切に実施しない場合、社長を含む取締役は善管注意義務違反として会社から損害賠償責任を問われる可能性があります。DDが不十分だったために、簿外債務の発見や事業価値の過大評価など、M&A後に譲受企業に予期せぬ損害が生じた場合、取締役は責任を負う可能性があるため、適切なDDの実施が重要です。
Q:善管注意義務とは具体的に何をすれば果たせるの?
善管注意義務を果たすためには、M&Aにおいて以下の点に注意する必要があります。
- 適切な情報収集: 対象企業の財務、法務、事業などの実態を詳細に調査し、リスクを洗い出すことです。
- 専門家の活用と監督: 必要に応じてM&A仲介会社、公認会計士、弁護士などの専門家を選任し、その業務を適切に監督することです。
- 慎重な意思決定: デューデリジェンスの結果を十分に理解し、会社の利益を最大化する観点からM&Aの実行可否や条件を決定することです。
- 記録の保持: 意思決定の過程や情報収集の内容を議事録などに残し、透明性を確保することです。
Q:DDで判断を間違えたらどうなるの?
デューデリジェンスの結果を踏まえて判断を間違えた場合でも、その判断が、取締役が善良な管理者として期待される注意を払って行われたものであれば、直ちに責任を問われるわけではありません。しかし、DDを怠ったり、その結果を意図的に無視して不適切な意思決定を行ったりした場合は、善管注意義務違反とみなされ、会社に生じた損害に対して損害賠償責任を負う可能性があります。具体的には、簿外債務や隠蔽されたリスクの露見、事業価値の過大評価などが失敗の典型例です。
Q:経営判断原則はDDとどう関係するの?
経営判断の原則は、取締役が事業上の判断を行う際に、合理的な情報収集に基づき、適切なプロセスを経て行われたものであれば、結果的に損害が生じたとしても責任を問われないという法理です。
デューデリジェンスは、この原則が適用されるための「合理的な情報収集」のプロセスにあたります。つまり、適切なDDを実施することで、取締役はM&Aに関する判断が経営判断の原則によって保護される可能性を高めることができます。しかし、DD自体を怠るなど、情報収集が不十分であった場合には、この原則の適用外となり、責任を問われるリスクが高まります。
デューデリジェンスと善管注意義務のまとめ
M&AにおけるDDは、取締役が善管注意義務を果たす上で不可欠です。適切なDDと意思決定、そして記録を通じて、取締役はM&Aの成功と会社の利益保護に貢献することができます。
みつきコンサルティングは、M&A仲介の専門家として、中小企業のオーナー経営者様や譲受企業様のM&Aを強力に支援しております。財務デューデリジェンスをはじめ、M&A全般にわたる専門的なサポートも提供しています。
著者

- 国内大手証券会社にて顧客のお金や人生に関わる財産運用を助言。相続・事業承継専門の会計事務所を経て、当社では法人顧客の税務対策・申告、M&Aに係る財務・税務のアドバイザリーに従事。税理士
最近書いた記事
2025年8月26日製造業M&Aのデューデリジェンス|工場・設備・サプライチェーン
2025年8月26日M&A後のPMIを成功させるデューデリジェンス|統合リスクの対応
2025年8月21日M&Aデューデリジェンスの失敗事例から学ぶ!回避策と成功への教訓
2025年8月21日善管注意義務とデューデリジェンス|M&Aで取締役が負う責任とは?