近年、保険代理店において、M&Aを実施する事例が増えています。保険代理店のM&Aにおけるメリットや特徴を把握しておくことは、M&Aを計画するうえで重要です。本記事では、保険代理店のM&Aの動向や特徴、メリットなどについて解説します。具体例も紹介するため、M&Aを検討する際に役立ててください。
保険代理店とは
保険代理店とは、保険会社が作った商品を顧客に販売する役割を担う会社です。保険会社から見れば、保険代理店は製品を売る小売店のような存在です。顧客が支払う保険料の一部が、保険代理店の収入になるという仕組みになっています。取り扱う保険は主に3つのカテゴリーに分かれます。「生命保険」「損害保険」「少額短期保険」です。
保険代理店の形態はさまざまです。1つのカテゴリーに特化した専門店のような代理店もあれば、複数のカテゴリーを扱う総合店のような代理店もあります。15社以上の保険会社と提携している代理店は「大型代理店」と呼ばれます。
業界の現状
保険代理店におけるM&Aへの理解を深めるうえで、業界そのものの現状を把握することは不可欠です。以下では、保険代理店業界の現状について解説します。
金融機関での保険の取り扱いの解禁
2007年、金融機関において保険の取り扱いが解禁されました。その結果、金融機関が保険代理店業界に幅広く展開し、振るい落とされる保険代理店が増えました。金融機関の新規参入によって、業界内の競争が激しくなった経緯があります。
改正保険業法の施行
2016年には、改正保険業法が施行されました。複雑多岐にわたる保険商品が、適切に顧客に提供されるよう定められました。「意向把握義務」「情報提供義務」を二軸にしている点が、改正保険業法の特徴です。「意向把握義務」とは、顧客が自分で保険のリスク(不安要素)やニーズ(需要)を理解して、契約できる環境をつくることを目的としています。
「情報提供義務」とは、顧客に販売する保険商品に関する、具体的な説明を実施する義務について定めたものです。このような法改正に対応しきれず、廃業した保険代理店も多いのが現状です。
契約方法の多様化
保険は保険代理店、金融機関をはじめ、インターネットやコンビニ、郵便局でも契約できます。契約方法が多様化したことで、代理店以外で契約するケースも増えています。結果的に保険商品のみを取り扱う保険代理店の需要は低下し、店舗数の減少や業績低迷につながっています。
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保険代理店のM&A動向
保険業界では、個人経営の保険代理店に対する見方が変化しています。保険会社は、コンプライアンス遵守の難しさや顧客管理の限界から、少人数で運営する代理店が時代に適応できないと考え始めています。一部のメーカーでは、新規契約獲得に消極的な小規模代理店に対し、契約買取りや他代理店との合併を促す動きさえ見られます。
業界全体としては縮小傾向にあり、代理店の店舗数は過剰状態から減少に転じています。また、事業主の高齢化が進み、事業承継が課題となっていますが、業界の景況感が芳しくないため後継者確保が困難です。
こうした状況を背景に、保険代理店業界ではM&Aが活発化しており、業界再編が進んでいます。近年は、大型代理店による中小代理店の買収の動きが目立っています。
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保険代理店の譲渡価格の相場
保険代理店M&Aの売却価格は、結果的に数千万円程度の事例が多いですが、1億円を超えるケースもあり、ケースバイケースです。将来性が見込める場合には、高額での譲渡も可能となっています。
保険代理店の場合、保有契約から将来得られるコミッションの予想金額の約60%が売却相場の目安と言われています。なぜ100%でないかというと、引き継ぐ保有契約には解約リスクがあり、また保険会社側のコミッション率が引き下がるリスクもあるからです。
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保険代理店のM&A方法
保険代理店のM&Aでは、多くの場合、株式譲渡が選ばれます。事業譲渡、つまり商権の譲渡は一般的ではありません。
保険会社は通常、保険代理店と契約を結ぶ際、従業員数やコンプライアンスなどについて厳密な審査を行います。もし保険業務の経験がない企業に事業が譲渡されると、その企業は一からこの審査を受ける必要があり、大変な労力を要します。一方で、株式譲渡を通じて保険代理店全体を買収すれば、このような審査は不要となります。そのため、異業種の企業が保険代理店を買収する際は、会社ごと買い取り、社名や従業員をそのまま維持して子会社化するケースが多く見られます。
なお、一般に、ライフプランナーの将来的なコミッションは、事業譲渡の場合は失われる可能性がありますが、株式譲渡であれば継続されます。この点も、株式譲渡が選好される理由です。
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保険代理店M&A のメリット・デメリット
保険代理店のM&Aには、以下のようなメリットとデメリットがあります。
メリット
まずは、保険代理店のM&Aにおけるメリットについて解説します。
コミッション収入の予測が立て易い
保険の仕組みにおいて、契約者が保険を継続する間、保険会社は代理店にコミッション(手数料)を支払います。このコミッションの特徴として、初年度が最も高額で、契約者の支払う保険料のおよそ半分が代理店の収入となります。2年目から7年目にかけては、およそ10%程度のコミッションが入ってきます。通常、8年目以降はコミッションが発生しませんが、例外的に契約が続く限りコミッションが継続するケースもあります。
保険代理店のM&Aにおいて、買収側が得られる利点は、代理店を取得するだけで一定のコミッション収入が見込めることです。つまり、契約が解約されない限り、特別な努力をせずとも安定した収入を確保できるのです。この仕組みは、保険業界特有のビジネスモデルとして注目されています。買収側にとっては、既存の顧客基盤を活用した収益の安定化と、新たな成長機会の獲得につながる可能性があります。
譲渡収入が得られる
上記の裏返しで、保険代理店は、将来の収入金額を見積もり易いこともあり、比較的売却しやすい業種だと言われています。まが、在庫を持たないビジネスのため、スムーズに事業移管を完了させることができます。譲渡側からすると、将来得られるはずだったコミッションの一部を、面倒な手続きを経ることなく、まとまった金額として前倒しで受け取れると捉えることができます。
経営を立て直せる可能性が高まる
M&Aで大手企業に事業を譲渡することで、経営を立て直せる可能性が高まる点がメリットです。資本力を頼りに体制を整えれば、現代に通用する形への適応も見込めるでしょう。今後も保険代理店の事業を継続したい場合にも、M&Aは1つの手段となります。
従業員の雇用を確保できる
保険代理店で働いた実績のある従業員には、譲受側にとって高い価値があります。従業員はM&Aで事業とともに譲渡できるケースも多いため、付加価値として換算できます。譲渡側にとっても、従業員の雇用を確保できる点がメリットです。
後継者がいないことによる廃業を防げる
個人の保険代理店は、後継者がいないことによる廃業を防げる点がM&Aのメリットです。M&Aで譲渡することで、会社を存続させられます。M&Aに興味を持つ企業・個人は増えているため、積極的な交渉がポイントになります。保険代理店の需要を理解し、適切に企業価値を把握してくれる相手と交渉することで、高額での譲渡も可能です。
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デメリット
保険代理店のM&Aにはメリットだけでなく、デメリットもあります。
希望条件が叶うとは限らない
M&Aにおいては、希望条件がすべて叶うとは限らない点がデメリットです。交渉が難航すると、最終的な契約に至らないケースも考えられます。理想的な契約だけを目指していると、いつまでもM&Aが実行できない可能性があります。ある程度の妥協案を用意したうえで、M&Aを実施することが重要です。
交渉相手がみつからないケースもある
保険代理店の魅力・将来性をアピールできなければ、交渉相手がみつからないケースもあります。特に事業が上手くいっていない場合、M&Aで価値を見出してもらうことは容易ではありません。M&Aを成功させるために、あらためて事業を磨き上げ、自社の価値を向上させる工程が重要です。
顧客に不利益を与える可能性もある
M&Aによって経営者が変わり、経営方針などが変更になると、顧客に不利益を与える可能性もあります。顧客の利益を守るためにも、既存顧客との関係性の維持を、M&Aの条件に取り入れることが重要です。従業員に関しても同様で、これまでと待遇が変わらないように取り計らう必要があります。
「保全」業務の煩わしさ
保険業界では、「保全」と呼ばれる重要な業務が日々発生します。これは、契約者の方が加入されている保険の保障対象となる事態が生じた際に、適切な給付を行うための一連の手続きを指します。顧客基盤がある程度の規模に達すると、この保全業務は日常的に発生することになります。
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保険代理店M&A の注意点
保険代理店のM&Aを実施する際には、幾つかの注意点があります。以下では、それぞれの注意点についての詳細を解説します。
保険会社への事前確認は必須
保険代理店のM&Aを検討する際は、まず契約先の保険会社に事前相談することが重要です。これは、保険会社が当該代理店の契約を買い上げる意向を持っている可能性があるためです。もし事前相談なしに買収を進めてしまうと、買収後に保有契約がないということになりかねません。
また、保険会社が代理店に課しているノルマ達成状況の確認も欠かせません。ノルマ未達が継続している代理店を買収してしまうと、短期間でノルマ未達成が続き、保険会社から販売権を剥奪されるリスクがあります。
顧客の属性を明確にする
顧客の属性を明確にして、どのような顧客と契約しているのか把握し直す必要があります。
例えば地元の顧客が多い場合、今後も継続した関係を見込める可能性が高いです。一方で、飛び込み営業による契約が多い場合、現在の収益を確保できないケースも想定されます。
また、顧客に高齢者が多いと、将来のコミッションは減少します。若い契約者が多い保険代理店は、高く評価できます。
保険に関するルールの変更
2024年からの新NISA制度や2022年4月からのiDeCoの制度改正を筆頭に、保険に関するルールは変更されることが少なくありません。そのため、保険代理店は臨機応変にそれらの変化に対応する必要があります。M&A中においても、保険に関する動向は常に確認しておきましょう。
M&Aに関する不明点は専門家に任せる
M&Aに関する不明点がある場合、専門家に任せることがおすすめです。M&A仲介会社などに依頼して、サポートを受けることで成約につながる可能性が高まります。無料相談が可能なM&A仲介会社もあるため、まずは問い合わせてみるとよいでしょう。
従業員に紐づいている顧客の取り扱いを明確にする
保険を販売するためには、資格が必要です。従業員に紐づいている顧客も多く、離職してしまうと想定していた事業が行えなくなる可能性があります。これらの顧客を確認し、今後の取り扱いについての方向性を明確にすることも必要です。
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保険代理店のM&A事例
保険代理店のM&Aには、多数の事例があります。以下では、保険代理店のM&Aの事例を5つ紹介します。
メットライフ生命保険の事例
メットライフ生命保険株式会社は、2019年に保険代理店「株式会社フォルテシモ」を子会社化しました。複数社の損害保険や生命保険を販売していたフォルテシモは、今後の自社の成長を目指して、M&Aを決断しています。
朝日生命の事例
朝日生命保険相互会社は2021年、保険代理店事業を営む「NHSインシュアランスグループ」を譲受しました。同社は、ウィズコロナおよびアフターコロナの時代を考慮して、非対面での営業ノウハウを持つ企業のM&Aに踏み切っています。
トータル保険サービスの事例
株式会社トータル保険サービスは2021年に、白洋舎のグループ会社である「信和実業」を譲受しました。信和実業は不振の保険代理店事業を売却し、不動産事業に注力することを目指すためにM&Aを実行しています。
SBI新生銀行の事例
「株式会社SBI新生銀行」は2019年に、「ファイナンシャル・ジャパン」を譲受しました。同社は、これによって個人向け保険事業を強化し、販売チャネルの拡大および構築を進めるとしています。
ヒューリック保険サービスの事例
ヒューリック保険サービス株式会社は、2018年に「幸楽苑ホールディングス」から保険代理店事業を譲受しました。幸楽苑ホールディングスはM&Aをきっかけに、「グループ事業の選択」と「経営資源の集中」を目指すとしています。
保険代理店のM&Aのまとめ
保険代理店のM&Aは、増加傾向にあります。保険代理店を譲受したいと考える企業は多いため、価値の高い事業として譲渡できる可能性があります。この機会に保険代理店のM&Aにおける現状と、M&Aによるメリット・デメリットを確認し、具体的な計画を考案してみてはいかがでしょうか。保険代理店のM&Aを検討する際には、「みつきコンサルティング」にご相談ください。
M&Aの成約率は80%以上と、高い実績を誇っています。在籍している経営コンサルティング経験者の支援によって、対象企業の詳細な事業分析を実施した上で、シナジー(相乗効果)の創出を見込める候補先を紹介可能です。完全成功報酬型であるため、契約途中にかかる費用は0円です。まずはお気軽に、「みつきコンサルティング」にM&Aについてお問い合わせください。
著者
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人
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