人手不足が深刻な「宿泊業・旅館のM&A」の課題・譲渡事例

宿泊業のうち旅館などは、現状、外国人旅行者数増加によるインバウンド需要を取り込む形で国内のホテル数が増加する一方、その業態の特徴から慢性的な人手不足の状態にもあります。 一方で旅館等の経営者の中には、後継者が決まらず、あるいは事業不振で施設の更新もできず、事業を継続するかどうか、悩みを抱えている会社も多くあります。 そのような宿泊業の業界情報や外部環境を解説するとともに、併せて実際に行われた宿泊業の中小企業M&A事例も紹介します。

宿泊(旅館)業界とは

最初に宿泊業について簡単に見ていきます。

業界定義 

旅館等の宿泊業は日本標準産業分類で言うと旅館業となります。 

参照:総務省/日本標準産業分類 

旅館業は「人を宿泊させる」ことを意味し、アパートや間借り部屋などは旅館業に含まれません。 また旅館業は分類別に「ホテル営業」「旅館営業」「簡易宿泊所営業」「下宿営業」の4種があります。 

このうちホテル営業は「洋式の構造及び設備を主とする施設を設けてする営業」と定義され、 旅館営業は「和式の構造及び設備を主とする施設を設けてする営業」と説明されています。 「簡易宿泊所営業」は細かい定義は省きますが、具体例として民宿やペンション、山小屋、カプセルホテルなどがあり、「下宿営業」は1ケ月以上の期間単位で宿泊させる業態です。 

参照:厚生労働省/旅館業法概要 

業界特性 

旅館等の宿泊業は、施設の利用者に対して、宿泊・飲食・挙式などの各種サービスを提供する事業を展開しています。 また施設ごとに利用ターゲットを選んで事業展開しているのが宿泊業の特徴で、例えば高級志向、ビジネス用、家族向けなど、明確にコンセプトが分かれています。 

一方で旅館等の宿泊業は24時間365日稼働の営業形態の施設が多く、その勤務形態が他業態に比較してやや過酷な面があり、労働者も厳しい就業を避けて他の業態に行ってしまうことから慢性的な人材不足の状態にあります。 

業界課題 

宿泊業が持つ課題は主に4つあります。 「稼働率の維持」「施設・設備の維持」「人材不足の解消」そして「後継者不足の解消」です。 

稼働率の維持 

旅館等の宿泊業の1つ目の課題は稼働率の維持です。 宿泊業には1年を通じて必ず「繁忙期」と「閑散期」があります。 いかに創意工夫して利用者の利用頻度を増やし、施設の稼働率を高めに維持していくかが課題です。 

施設・設備の維持 

2つ目の課題は施設・設備の維持です。 旅館等の宿泊業は多数の顧客を相手とするため、大規模な施設や設備を要します。 またシーズンや市場環境の動きに合わせて設備の入れ替えや定期的な施設の改修が必要です。 業態上、施設・設備の維持のため相当の資本力が必要とされます。

人材不足の解消 

3つ目の課題は人材不足の解消です。 宿泊業は24時間365日稼働の営業形態の施設が多いため、その勤務形態は過酷な面があります。 また長時間労働のわりに低賃金の施設もあり、高い離職率から、慢性的な人材不足の業態です。 一方でインバウンド効果もあってホテルを中心に施設の建設ラッシュは続いており、伸び続ける需要に対して人材の供給が追い付いていません。 人材不足に対して、外国人採用も含むグローバル対応も可能な人材の確保とともに、接客ロボット等のテクノロジーを活用して人材不足を補う工夫が求められています。 

後継者不足の解消 

4つ目の課題は後継者不足の解消です。 いくつかの他業態同様、宿泊業も後継者が不足している状態です。 旅館等の経営者の中には70歳代を越えて第一線で事業を続けている方が多数います。 たとえ経営者にご子息・ご息女等がいらっしゃっても、子供達がすでに別の仕事についてしまって継ぐ意思もないため後継者が決まっていない方も多々いらっしゃいます。 このままでは後継者の未決定と運営資金調達難等の理由から、廃業を余儀なくされる宿泊事業者が出てくることが想定されます。 

しかし宿泊業を廃業してしまうと取引先や従業員に迷惑が掛かってしまうので、いかにして後継者不足を解消して事業を継続していくかが大きな課題となっているのです。 

宿泊業(旅館)の外部環境

旅館を取り巻く外部環境を説明します。

市場規模 

旅館等を含めた宿泊業の市場規模は2016年にはおよそ5兆円ありました。(帝国データバンク調べ) 

しかし新型コロナウィルスの影響で日本も2020年以降約3年間、宿泊業も含む観光業全体が大幅な落ち込みを見ました。 しかし直近の帝国データバンクの動向調査によると、旅館等の4割超が増収見込みで、2022年度宿泊業の市場は再び3兆円台を回復する予想だそうです。 

参照:帝国データバンク「旅館・ホテル業界動向調査(2022年度業績見通し)」 

ここで宿泊業界の過去の動きを振り返ってみましょう。 国土交通省観光庁観光産業課のデータによると、この10年間( 2008年→2018年)の宿泊業全体の施設数は84,411軒→82,150軒(-2.7%)と減少傾向が続いています。 施設数全体の主な減少要因は、過去10年間( 2008年→2018年)、旅館の数が大幅に減少してきたことによります。(50,846軒→38,622軒(-24%)) 

一方、ホテルの数は10年間で9,603軒→10,402軒(+8.3%)と逆に増加しており、この5年間( 2013年→2018年)見ても+6%と増加基調です。(図1参照) 

ホテルの軒数と客室数の推移
図1

参照: 観光庁観光産業課「観光や宿泊業を取り巻く現状及び課題等について/宿泊施設数の現状と推移(2019年1月28日調べ)」

ホテル業界の活況の背景には、主として訪日外国人旅行者数の増加があります。(インバウンド効果) 

同じ国土交通省観光庁観光産業課のデータによると、訪日外国人旅行者数の推移は2018年に3,119万人と初めて3,000万人を突破、過去最高を記録しており、この10年間でも3.7倍になっています。 しかし最近数年間は、世界的レベルの新型コロナウィルスの影響で一時的に観光業全体が影響を受け、下記グラフのように訪日外国人旅行者数も大幅な減少を見ています。(図2参照) 

訪日外国人旅行者数の推移
図2

参照:観光省/令和3年度観光白書について/日本の観光動向(訪日外国人旅行者数)

しかし新型コロナウィルスの弱毒化、国民全体へのワクチン接種の効果も相まって、コロナウィルスの与える社会への影響は弱まっており、帝国データバンクの資料が示しているように、今後国内外へ旅行して宿泊したり、観光地を散策したりする人が増えていることから、再び観光業が活況を呈する動きが出てきています。 そういう意味では宿泊業、とりわけホテル業の未来は明るいのではないかと考えられます。

競合業態 

宿泊業、とりわけ旅館にとって最も重要な課題は、国内外の旅行者をいかに取り込み、売り上げを確保するかです。 

しかし競合者も多く目標達成は容易ではありません。 旅館にとって1番の競合者はもちろん他社が経営する施設です。 また衰退している旅館群の中で1泊の宿泊費が5万円以上する高級業態の旅館や、逆に新業態として増加中の低価格を売りにしている簡易宿泊所なども競合者と言えるでしょう。 

さらに宿泊業は異業種からの参入も活発で、異業種なりの新しい視点で宿泊業に進出してくるので、従来からの宿泊業者にとってはある意味脅威と言えます。 一方で古くから経営している旅館の中には、設備施設の老朽化や経営環境の変化にサービスがうまく対応できず、利用客も減少し資金不足に陥っている事業者先もあります。 

そのような旅館は、資本力やノウハウを持った大手企業等からの買収や資金援助を受けて打開策を図る必要があります。 

宿泊業(旅館)の中小企業M&A動向

旅館等の宿泊業において、経営は順調なものの後継者が見つからない、あるいは資金難・人材不足等の理由から経営の打開策が見つからず、そのままでは廃業を考えざるを得ない経営者にとって、M&Aはひとつの大きな解決策と言えるでしょう。 旅館等の経営主体は大半が中小企業ですから、大手同業者のみならず、資本力や経営ノウハウを持った異業種、例えば不動産業、飲食業、建設業、あるいは投資ファンドなども買い手になり得ます.

 買い手にとっては、M&Aを通じて好立地物件を手に入れたり、事業基盤の拡充が図ることができたりします。 さらに設備施設だけでなく、熟練スタッフ、ノウハウ、ブランド等も一緒に手に入るため、初期コストの抑制、成長のための時間コストの節約も可能です。 

売り手にとってもM&Aはメリットが大きく、例えば後継者問題の解決や、譲渡対価によって創業者の老後資金や別の事業資金に充てることもできます。 さらに事業を大手に引き受けてもらうことで、取引先との契約も継続でき、従業員の雇用も守ることができます。 

またM&Aにおいて、スタッフ・取引先・ノウハウ等のいわゆる無形資産(のれん)にも高い価値が付くことが通例であり、売却益の最大化が可能です。 このように宿泊業に関して、M&Aは買い手・売り手とも得られるメリットが多いので、検討する意義は多いにあるでしょう。 

宿泊業のM&A 事例 

宿泊業の M&A による買収・譲渡等の事例を 3 件紹介します。また本コラムでは譲渡対象がホテルのみですが、熱海市など有名温泉地の高級旅館がM&Aの対象となる事例も多くあります。

霞が関キャピタルとメゾンドツーリズム京都のM&A 

このM&A事例は買い手が不動産業、売り手がホテルのケースです。 

売り手のメゾンドツーリズム京都は、ホテルや旅館の経営、飲食店経営等の事業を多角的に展開している企業です。 買い手の霞が関キャピタルは、本業は不動産業ですが、経営多角化のため、2021年4月、売り手が保有する「ホテル京都木屋町」の取得を目的として、メゾンドツーリズム京都の全株式を取得、子会社化しました。

ブリーズベイホテルとホテル小田急静岡のM&A 

このM&A事例は、ホテルという同業者間における取引ケースです。 

売り手のホテル小田急静岡は、小田急電鉄の子会社で「ホテルセンチュリー静岡」の運営を行っていました。 買い手のブリーズベイホテルは、ホテル運営や企業再生を行う会社です。 売り手の小田急電鉄は子会社のホテル小田急静岡が経営難に陥っていることから売却を決断し、買い手のブリーズベイホテルは自社の資本やノウハウがホテル小田急静岡に注入されることで再生は可能と判断し購入を決定しました。 2020年3月、株式譲渡にてM&Aを成立させました。 

ハウステンボスとウォーターマークホテル長崎 

このM&A事例は、買い手がテーマパーク、売り手がホテルのケースです。 

本件はHISグループ内での再編になります。 売り手のウォーターマークホテル長崎は、ハウステンボスを運営しているHISグループの傘下企業として、ハウステンボス内でホテルを運営してきた会社です。 買い手のハウステンボスは長崎県佐世保市にある人気のテーマパークです。 

ハウステンボスは、テーマパーク内にあるホテルを買収すれば、人気ブランドの強化や利用者に対する新たな商品展開ができると判断して、2021年5月、株式譲渡の手法でM&Aを実施、ウォーターマークホテル長崎を手に入れました。 (なお、ハウステンボスはその後、親会社HISの判断により、香港の投資会社に譲渡されています) 

宿泊業(旅館)のM&Aのまとめ 

ホテル・旅館等、宿泊業のM&A件数については、後継者問題の解消、あるいは競合者の台頭等の厳しい外部環境の変化を受けて、今後も生き残りをかけて増加が見込まれます。 

業界自体、依然として厳しい状態は続いていますが、新型コロナウィルスの収束も見越しており、観光業に対する需要は再拡大の見込みですから、2023年以降、再び宿泊業のM&Aは活発化していくと考えられます。 

著者

西尾崇
西尾崇事業法人第三部長
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人

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