会社売却で手元に残る金額は、譲渡価格から仲介手数料と税金を差し引いた額です。個人株主なら税率20.315%が基本ですが、役員退職金や会社分割で手取りは大きく変わります。2025年以降の高所得者課税も踏まえ、譲渡オーナーが手取りを最大化する考え方を実務目線で整理しました。
会社売却における手取り額の基本構造
「3億円で売れた」と聞けば3億円が通帳に入ると思いがちですが、現場ではそう単純にいきません。譲渡価格から差し引かれるものを知らないまま話を進め、着金額を見て驚くオーナーは意外と多いものです。まずは全体像から押さえましょう。
手取り額の計算式は、次のとおりシンプルに整理できます。
手取り額 = 譲渡価格 - 諸費用(仲介手数料など) - 税金
つまり手取りを増やす打ち手は、譲渡価格を上げる、諸費用を抑える、税金を最適化する。この3方向に集約されます。順に見ていきます。
譲渡価格(M&A対価)の決まり方
譲渡価格は、決算書上の純資産に将来の稼ぐ力を上乗せした企業価値評価を土台に、譲受企業との交渉で決まります。純資産の額そのものよりも、目に見えない「のれん(営業権)」がどこまで乗るか。ここが価格の大きな分かれ目です。相場観をつかむには会社売却の相場の考え方も併せて確認しておくと、交渉の起点を見誤りません。
諸費用に含まれる項目の内訳
諸費用の大部分は、M&A仲介会社へ支払う成功報酬です。加えて、契約書を精査する弁護士や税務を担う税理士への報酬もかかります。これらは単なる出費ではなく、取引の安全と有利な条件を引き出すための投資と捉えるのが実務の感覚です。
手取りを左右する最大の要因は税金
手取りを最も大きく動かすのは税金です。株式譲渡か事業譲渡か、売り手が個人か法人か。この組み合わせ次第で、税率も課税のタイミングも劇的に変わります。手法ひとつで手元資金が数千万円、時に数億円ずれることも珍しくありません。会社売却の全体像は会社売却の流れで俯瞰できます。
売却時に発生する諸費用の目安とレーマン方式
専門家のサポートは会社売却の成否を左右しますが、その対価がいくらかを正しく理解しておかないと、手取りの計算がずれてしまいます。費用の柱を分解します。
M&A仲介手数料の計算ルール
多くの仲介会社やフィナンシャルアドバイザー(FA)は「レーマン方式」を採用しています。取引金額が大きくなるほど、一定額を超えた部分の料率が段階的に下がる仕組みです。下表の料率が一般的な水準となります。
| 取引金額の区分 | 手数料率 |
|---|---|
| 5億円以下の部分 | 5% |
| 5億円超〜10億円以下の部分 | 4% |
| 10億円超〜50億円以下の部分 | 3% |
| 50億円超〜100億円以下の部分 | 2% |
| 100億円超の部分 | 1% |
最低報酬設定への注意
多くの仲介会社は1,000万円〜2,500万円程度の「最低報酬」を設けています。譲渡価格が小さい案件では、料率で計算した額より最低報酬のほうが高くつくことも。契約前に、どちらが適用されるのかを必ず確かめておきましょう。
専門家費用の考え方
仲介手数料のほかに、契約書チェックの弁護士費用や税務申告の税理士費用も発生します。これらは「譲渡費用」として、後述する譲渡所得の計算で経費に算入できます。手取りを圧迫するコストではあるものの、課税所得を減らす役割も担っている点は覚えておきたいところです。
会社売却の手取り算定上の税金
ここからが本題です。会社売却の税金を、個人オーナーと法人オーナーに分けて整理します。中小企業のM&Aでは、この選択が手取りを最も大きく動かします。
個人株主による株式譲渡の税金と計算例
中小企業のM&Aで9割近くを占めるのが、譲渡オーナー個人が持つ株式を譲受企業へ売る「株式譲渡」です。手続がシンプルなうえ、税制面のメリットも大きい手法といえます。詳細な課税の仕組みは株式譲渡の税金で個別に扱っています。
申告分離課税による一律の税率
個人が株式を売って得た利益(譲渡所得)には、給与などと合算しない「申告分離課税」が適用されます。累進課税と違い、利益が大きくても税率は原則一定。国税庁のタックスアンサーNo.1463にも、この申告分離課税の扱いが示されています。
税率20.315%の内訳
2026年時点で、個人の株式譲渡にかかる税率は合計20.315%です。内訳は次のとおり。
- 所得税:15%
- 復興特別所得税:0.315%(2037年まで課税)
- 住民税:5%
3億円で譲渡した場合のシミュレーション
下表の条件で株式を譲渡した場合、手取りがどう出るかを計算します。前提は、譲渡価格3億円、取得費(設立時の出資額)1,000万円、仲介手数料1,500万円(レーマン方式5%を譲渡費用として控除)です。
- 譲渡所得 = 3億円 -(1,000万円 + 1,500万円)= 2億7,500万円
- 税額 = 2億7,500万円 × 20.315% ≒ 5,587万円
- 手取り額 = 3億円 - 1,500万円 - 5,587万円 = 2億2,913万円
売却価格別に手取りの目安を並べると、下表のとおりです(取得費1,000万円、手数料はレーマン方式で試算)。
| 譲渡価格 | 仲介手数料 | 譲渡税(20.315%) | 手取りの目安 |
|---|---|---|---|
| 1億円 | 500万円 | 約1,727万円 | 約7,773万円 |
| 3億円 | 1,500万円 | 約5,587万円 | 約2億2,913万円 |
| 5億円 | 2,500万円 | 約9,446万円 | 約3億8,054万円 |
5億円規模になると譲渡所得が3.3億円を超えるため、後述する高所得者向けの追加課税で税額が上振れします。上表はあくまで通常課税での概算と捉えてください。
取得費が不明なときの概算取得費
設立から長い年月が経ち、当時の出資額を証明する書類が見当たらないケースは少なくありません。その場合、譲渡価格の5%を取得費として概算計上できます。ただし実際の出資額がこれを上回るなら、5%で計算すると課税所得が膨らみ、余計に税金を払うことに。取得費の考え方を早めに押さえ、証憑を掘り起こす価値は大きいといえます。
当社が支援した匿名事例を一つ。年商8億円の製造業オーナーが3億円で株式を譲渡した際、取得費の資料が見つからず概算取得費5%になりかけました。そこで設立当時の株主名簿と出資払込の通帳を掘り起こし、取得費1,200万円を証明。概算5%(1,500万円)との差はわずかに見えて、証明できなかった場合と比べ課税所得を圧縮でき、税額を数十万円単位で抑えられました。資料探しは地味ですが、手取りに直結する作業です。
超高額譲渡に対する増税の留意点
長らく「一律20.315%」とされてきた株式譲渡ですが、極めて高い所得のある個人には事実上の追加課税(いわゆるミニマムタックス)が入っています。大規模なEXITを描くなら避けて通れない論点です。
2025年分から適用されている現行措置
令和5年度税制改正で導入された「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」は、2025年分(令和7年分)の所得から適用されています。基準所得金額が3.3億円を超える場合、その超過部分に22.5%を乗じた額から通常の所得税額を差し引いた分が、追加で課税される仕組みです。詳しくは国税庁の負担適正化措置の解説で確認できます。
2027年分からの一段の強化
さらに令和8年度税制改正で、この措置は強化されました。基準所得金額から控除する特別控除額が3.3億円から1.65億円へ引き下げられ、税率も22.5%から30%へ引き上げられます。適用は2027年分(令和9年分)の所得から。対象ラインが下がるため、これまで無縁だった規模の譲渡でも影響が及びかねません。高額譲渡を見込むなら、着手のタイミングが手取りを数千万円単位で左右します。
法人株主による株式譲渡と事業譲渡の仕組み
株式をオーナー個人ではなく別会社(持株会社など)が持っている場合や、会社の一部事業だけを売る「事業譲渡」では、課税の景色がまるで変わります。売り手・買い手それぞれの税負担はM&Aの税務で個人・法人別に整理しています。
法人の実効税率と総合課税
法人が株式や事業を売って得た利益は、その会社の他の損益と合算して計算されます。適用される実効税率は、規模や所在地にもよりますが、おおむね30%〜34%程度が目安です。個人の20.315%と比べると、税率だけを見ても差は小さくありません。
事業譲渡における消費税の発生
事業譲渡ならではの負担が消費税です。土地などを除く有形固定資産と営業権(のれん)の譲渡価格に、10%の消費税がかかります。負担するのは譲受企業ですが、譲渡側は預かった消費税を国へ納める手続が必要に。株式譲渡と事業譲渡で税負担がどう違うかは消費税の扱いで詳しく比較しています。
二段階課税のリスク
法人に売却代金が入ったあと、その資金を個人へ移すには追加の課税が生じます。役員報酬や配当で受け取れば、個人の所得税・住民税として最大約55%の累進課税が乗る可能性も。結果として、法人が売り手となる形は、個人が直接売る場合より最終的な手取りが目減りしやすい傾向にあります。
手取りを最大化するための節税対策
会社売却後に残る額を増やすには、事前の準備で税負担を合法的に抑えるのが王道です。現場で頻繁に使う代表的な3つの手法を紹介します。
役員退職金の活用
最も効果が大きく、かつ一般的なのが、譲渡対価の一部を「役員退職慰労金」として受け取る方法です。譲受企業から支払われる対価のうち一部を、会社からオーナーへの退職金という形に組み替えます。具体的な設計手順は役員退職金の活用にまとめました。
退職所得には、次の2つの優遇があるため有利です。
- 退職所得控除:勤続年数に応じた控除が引ける(勤続30年なら1,500万円)
- 2分の1課税:控除後の金額をさらに半分にしてから税率を計算する
この結果、株式譲渡所得として20.315%を払うより、全体の税負担を軽くできるケースが多くあります。手取りへの実額の効き方は退職金の税額計算で試算すると具体的につかめます。
なぜ役員退職金は慎重な設計が必要なのか
「退職金を増やせば増やすほど得」と考えるオーナーは多いのですが、実務はそう甘くありません。税務上「不相当に高額」と判断されると、損金算入が否認されるリスクを負います。金額は功績倍率や同業・同規模の相場をにらみつつ、株式譲渡代金とのバランスを綿密に組む必要が。手取りを増やすつもりが価格交渉で不利になった、という本末転倒を避けるためにも、財務と税務の両面から最適解を探ります。
繰越欠損金の活用
過去の赤字(繰越欠損金)が残っていれば、事業譲渡などで生じた売却益と相殺し、法人税等の負担を大きく減らせます。売却する事業年度に設備投資などの経費を計上して利益を圧縮する手も。使える条件や期限には制約があるため、繰越欠損金の活用で前提を確認しておきましょう。
会社分割による資産の切り出し
本業に関係のない不動産や余剰資金が会社に残っていると、そのまま売れば企業価値が上がりすぎ、税負担も重くなります。そこで「会社分割」で不要な資産を別会社へ切り出し、身軽にした本業部分の株式を譲渡すれば、譲渡所得税を最適化できます。手法の中身は会社分割の活用で整理しています。譲渡益そのものを抑える発想は譲渡益の節税も参考になります。
手取りを目減りさせない事前確認チェックリスト
節税策は、売却が決まってから慌てても間に合わないものが大半です。当社が初期相談で必ず確認する項目を、チェックリストにしました。
- 設立時の出資額を示す株主名簿・払込証憑がそろっているか
- 株式が個人・法人どちらの名義か、持株会社が挟まっていないか
- 役員退職金の原資と功績倍率の妥当性を検討したか
- 本業と無関係な不動産・遊休資産が貸借対照表に残っていないか
- 過去の繰越欠損金の残高と使用期限を把握しているか
- 3.3億円超の高所得者課税に触れる規模か、着手時期の前倒し余地はあるか
譲渡価格そのものを高めるための戦略
節税と並んで効くのが、分母となる譲渡価格の底上げです。1,000万円の節税を練るより、価格を5,000万円上げるほうが手取りへの効果は大きい。ここは見落とされがちな急所です。
業績の磨き上げとタイミング
売上や利益が右肩上がりの局面で売るのが鉄則です。加えて、業界が再編期にあり大手が積極的に買い進めている「売り手市場」を逃さないこと。適正な希望価格の立て方は希望価格の決め方で具体化しています。
シナジー効果の提示
自社を「単独の会社」として値付けさせるのではなく、「譲受企業の事業と組んだときの相乗効果」を数字で示します。特殊な技術、ニッチな市場シェア、優秀な人材。譲受企業の課題を解ける強みがあれば、相場を超える価格も見えてきます。とはいえ売り手と買い手の評価が食い違う場面も多く、その溝の埋め方は価格の乖離で扱っています。
マイナス査定要素の事前解消
デューデリジェンス(買収監査)で指摘されやすいリスク、たとえば未払残業代などの簿外債務や法務上の不備は、早めに片づけておきます。ここが残っていると、提示価格から大幅な減額を求められるだけでなく、破談の火種にも。手取りの話は、実は交渉の入り口から始まっているのです。
会社売却の手取りに関するFAQ
会社売却を検討中のオーナーから、手取りについて寄せられる質問にお答えします。
個人株主の株式譲渡なら、取得費や手数料次第ですが、おおよそ7,000万円台が手元に残る目安です。現場ではまず取得費の証憑がそろうかを確認します。役員退職金を組み合わせれば、ここからさらに手取りを積み増せる余地もあります。
個人が株式譲渡をした場合、譲渡した年の翌年2月16日〜3月15日の申告期間に手続し、所得税と復興特別所得税を納めます。住民税はその後6月以降の納付です。法人なら決算後2か月以内。詳しい流れは譲渡所得の確定申告で確認できます。
料率の高低だけで選ぶのは危険です。買い手候補の数、交渉の質、税務・法務の支援体制まで含めて比べてください。高く売る力のあるアドバイザーなら、手数料の差額を上回る手取りをもたらします。安さより、残る額で判断するのが実務の勘所です。
手取りは、諸費用と税金を引いたあとにオーナーの手元へ残る現金そのものを指します。一方で創業者が最終的に得る利益という広い意味での整理は創業者利益で扱っています。呼び方は近くても、税務上の論点は分けて考えます。
まとめ|会社売却の手取りを最大化する考え方
会社売却の手取りは、譲渡価格から諸費用と税金を引いた結果です。個人の株式譲渡なら20.315%を基本に、役員退職金や会社分割を重ねれば手元資金は大きく変わります。2025年以降の高所得者課税も見据え、着手時期まで含めて設計したい論点。売った後の生活を左右するだけに、判断を急ぎたくない気持ちはよく分かります。
当社はみつき税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業の会社売却を数多く支援してきました。公認会計士・税理士が在籍し、税務シミュレーションからスキーム設計まで一貫して伴走します。手取りの試算を具体的に知りたい段階でしたら、まずは当社へご相談ください。
完全成功報酬のM&A仲介会社なら、みつきコンサルティングへ >
著者

- 事業法人第二部長/M&A担当ディレクター
-
ヘルスケア分野に関わる経営支援会社を経て、みつきコンサルティングでは事業計画の策定、モニタリング支援事業に従事。運営するファンドでは、投資先の経営戦略の策定、組織改革等をハンズオンにて担当。東南アジアなど海外での業務経験から、クロスボーダー案件に関しても知見を有する。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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