繰越欠損金とM&Aの税務|買収後の引継ぎ制限と適格判定の実務

赤字続きの会社にも、過去の損失を将来の黒字と相殺できる価値が眠っています。スキームで扱いが変わる引継ぎの可否、株式譲渡後に使えなくなる場合、組織再編の適格判定、企業価値評価への反映まで、譲渡を考えるオーナー向けに実務目線でやさしく整理しました。判断に迷う論点も具体例で示します。

「うちの会社でも売却できるだろうか…」、「何から始めればいいんだろう…」。そのようなオーナー経営者の不安に、中小企業向けM&A仲介会社みつきコンサルティングは、20年間・500件以上の支援実績に基づき、お応えします。本格検討前の情報収集として、まずはお話をお聞かせください。

繰越欠損金はM&Aでどう扱われるか

赤字を抱えた会社にも、譲受企業にとって価値ある資産が眠っていることがあります。過去の赤字を将来の黒字と相殺できる繰越欠損金です。ただし扱いはM&Aのスキームで大きく変わります。会社全体を譲り受けるのか、事業だけを切り出すのかで、引き継げるかどうかが分かれます。

まず全体像を下表で押さえてください。スキーム別の取扱いを整理しています。なお企業価値の見方そのものはバリュエーションの基本もあわせて確認すると理解が早まります。

M&Aスキーム繰越欠損金の扱い主な条件
株式譲渡原則そのまま使える支配後5年内の特定事由に該当すると不可
適格合併条件付きで引継可5年超の支配関係、またはみなし共同事業要件
非適格合併引継不可適格要件を満たさず欠損金は消滅
事業譲渡引継不可欠損金は譲渡オーナー側の会社に残る

株式譲渡なら原則そのまま残る

株式譲渡による会社の譲受では、対象会社の法人格がそのまま続きます。だから繰越欠損金も会社の中に残り、買収後の黒字と相殺できるのが原則です。中小企業のM&Aは9割近くが株式譲渡で、この扱いが基本形になります。手間の少なさも、譲渡オーナーが株式譲渡を選ぶ理由の一つです。

合併は税制適格か非適格かで分かれる

譲渡オーナーの会社を譲受企業に吸収する合併では、欠損金を引き継げるかどうかが適格判定で決まります。適格なら条件付きで引継可、非適格だと欠損金は消滅。境目は後ほど詳しく扱います。

M&Aで繰越欠損金を利用した3つの節税方法(買収企業の黒字化、買収企業の清算、適格合併)の解説図解

事業譲渡では引き継げない

事業譲渡は資産や契約だけを切り取る取引です。会社そのものは譲渡オーナー側に残るため、欠損金も会社に残ります。譲受企業へは移りません。スキーム選定の判断材料は株式譲渡と事業譲渡の比較で整理しています。

そもそも繰越欠損金とは何か

用語の足場を固めておきます。意外と「赤字なら何でも繰り越せる」と誤解されがちな部分です。

繰越欠損金とは、ある年度の税務上の赤字を翌期以降へ繰り越し、将来の黒字と相殺できる仕組みです。青色申告の承認が前提になります。複数年度の赤字があるときは、古い年度のものから順に使っていきます。

会計上の累積赤字とは別物

ここで一つ落とし穴があります。無償減資によって会計上の累積赤字(繰越利益剰余金のマイナス)を消しても、税務上の繰越欠損金は残るという点です。決算書がきれいに見えても、税務の欠損金はそのまま使えることがあります。譲受企業との交渉では、この二つを混同しないことが手取りを守る一歩になります。

繰越期間は最大10年

繰り越せる期間には上限があります。2018年4月1日以後に開始した事業年度の欠損金は10年、それ以前は9年です。期限を過ぎた分は切り捨てとなり、使えません。残高は法人税申告書の別表で年度ごとに管理されます(出典 国税庁タックスアンサーNo.5762)。

控除限度額は会社の規模で変わる

1年でいくらまで相殺できるかは、会社の規模で差が出ます。読者の多くが該当する中小法人にとっては有利な扱いです。

中小法人等は所得の全額と相殺できる

資本金1億円以下の中小法人等は、その年の黒字(所得)の全額を欠損金と相殺できます。前年までに8,000万円の欠損金があり当期所得が5,000万円なら、5,000万円すべてを相殺し、残り3,000万円を翌期へ繰り越せます。

大法人は所得の50%までに制限される

資本金1億円超の大法人や、資本金5億円以上の法人の100%子会社に当たる場合は、相殺できるのが所得の50%までです(2018年4月1日以後開始事業年度。出典:国税庁タックスアンサーNo.5800)。譲受企業が大手グループの場合、この制限で節税メリットが目減りする点は、交渉前に押さえておきたいところです。一般的な中小企業(資本金1億円以下の会社)なら、まずは全額相殺が原則と考えて差し支えありません。

株式譲渡で譲受した後に欠損金が使えなくなる場合

株式譲渡なら原則使えると述べました。ただし例外があります。節税だけを狙った形だけの買収を防ぐため、法人税法57条の2が制限をかけています。現場でも見落とされやすい論点です。

特定株主等に支配された欠損等法人の制限

50%超の株式取得で支配した日から5年以内に、一定の事由に当てはまると、それ以前の繰越欠損金が使えなくなります。対象会社が「欠損等法人」と位置づけられる場面です。

使用制限がかかる主な事由

下表は法人税法57条の2が定める代表的な事由を整理したものです。実際の判定は条文と政令を細かく確認します。

事由の類型内容のイメージ
休眠会社の活用事業実態のない会社を支配し、新たな事業を始める
旧事業の廃止従来の事業をやめ、旧事業の5倍超の資金調達で新事業を行う
役員と従業員の入替役員が全員退任し従業員の20%以上が退職、旧事業の5倍超の事業を開始

通常のM&Aなら制限は受けない

逆にいえば、対象会社の既存事業をそのまま続け、シナジーで黒字へ持っていく真っ当な譲受であれば、制限はかかりません。事業の中身を入れ替えなければ、欠損金は素直に使えると考えてよいでしょう。支援現場でも、ここを過度に心配して交渉が止まるケースが見受られます。判定が微妙な案件では、譲受企業の税務顧問と早めにすり合わせておくと、後の手戻りを防げます。

合併で繰越欠損金を引き継ぐための要件

譲渡オーナーの会社を吸収し、譲受企業の黒字と相手の欠損金を直接ぶつけたい。そう考えるなら、適格合併のハードルを越える必要があります。法人税法57条3項が定める二つの道筋を押さえてください。

5年超の支配関係ルール

合併前に、譲受企業と相手会社の間で50%超の支配関係が5年を超えて続いていれば、欠損金を引き継げます。ただし株式譲渡で子会社化してから5年未満で合併する場合、このルールには乗れません。

みなし共同事業要件

支配関係が5年未満でも、事業の実体が示せれば引継が認められます。これがみなし共同事業要件です。判定の柱を下表にまとめます。

要件求められる内容
事業関連性双方の主要事業に相互の関連があること
事業規模売上や従業員数といった規模の差がおおむね5倍以内
規模の継続支配関係発生後も双方が事業規模を保つこと
特定役員の引継規模差が5倍超なら相手側役員が1人以上経営に残ること

組織再編の適格判定は、会社分割でも論点が重なる領域です。会社分割の税制適格要件とあわせて見ると判断の軸が掴めます。

適格合併そのものを満たす前提

欠損金の引継以前に、合併が適格と認められる土台が要ります。共同事業のための合併では、対価が株式のみであること、従業者のおおむね80%以上の引継、合併後も事業を続けることが柱になります。吸収合併の手続の全体像も確認しておくと安心です。

非適格になると欠損金は消える

適格要件を満たせない非適格合併では、相手会社の欠損金はすべて消滅します。価値ある資産が一瞬で失われる形です。スキーム設計の入口で適格性を見極めないと、節税を狙ったはずが逆効果になりかねません。

100%子会社の清算による引継ぎ

適格合併のほかに、株式譲渡で100%子会社にしたうえで清算(解散)し、欠損金を譲受企業へ引き継ぐ実務もあります。この場合も、100%支配になってから5年超が経過した後に清算することが全額引継の条件です。5年未満の清算には制限がかかります。起算点は支配関係が100%になった時点で、譲受の初日からではない点に注意が要ります。

繰越欠損金が企業価値評価に与える影響

繰越欠損金は将来の税金を減らす金券に近い性質を持ちます。だから理論上は譲渡価額を押し上げる要因です。ただ現場の値決めでは、額面どおりに反映されないことも多いのが実情です。

税効果分が価額に上乗せされる仕組み

繰越欠損金に法人実効税率を掛けた金額が、譲渡価額への上乗せ上限の目安になります。この価値は純資産との差であるのれんの考え方の一部としても整理できます。

価格交渉で評価されないケース

譲受企業が黒字を出し切れるか自信がない、あるいは安く譲り受けたい思惑がある。こうした場面では欠損金が1円も価額に乗らないことがあります。譲渡オーナー側が価値に気づいていない例も珍しくありません。提示額の根拠を一度は問い直す価値があります。

現場でよくある評価の食い違い

地方の製造業で約3億円の繰越欠損金を抱えるオーナーが、その価値をまったく加味しない提示を受けていた例があります。実効税率で割り戻すと数千万円規模の上乗せ余地があり、交渉で取り戻せました。欠損金は黙っていると評価されにくい資産です。営業権との関係は営業権の評価と税務も参考になります。

繰越欠損金の会計処理と税効果会計

税務の話に偏りがちですが、決算書への表れ方も知っておくと譲受企業との対話がスムーズになります。少し専門的ですが要点だけ示します。

繰延税金資産としての計上と仕訳

繰越欠損金は税務上の損金にはなっても、会計上の費用ではありません。このズレを調整するのが税効果会計です。将来の解消が見込めるとき、欠損金額に実効税率を掛けた額を繰延税金資産として計上します。

例として欠損金1億5,000万円、実効税率30%の発生時の仕訳を下表に示します。仕訳の勘定科目を確認してください。

借方貸方
繰延税金資産(資産) 4,500万円法人税等調整額(PL法人税等からマイナス) 4,500万円

翌期に黒字が出て欠損金が解消すると、逆の仕訳で繰延税金資産を取り崩します。将来も黒字が見込めず回収できないと判断したときも同様です。会計上の利益と税務上の所得が一致しない構造を理解しておくと、デューデリジェンスでの説明にも役立ちます。M&A全体の会計の流れはM&A会計の手法別処理で確認できます。

税務デューデリジェンスでの繰越欠損金の確認

欠損金の価値は、譲受企業が税務調査の段階でどう評価するかで決まります。当社の支援現場で実際に確認している視点を共有します。

譲受企業が見る確認ポイント

下表は税務デューデリジェンスで欠損金まわりを確認する独自のチェック項目です。譲渡オーナー側も事前に整理しておくと、価額交渉で守りが固くなります。

確認項目見るポイント
残高と期限欠損金の発生年度と残存期間、期限切れの有無
使用制限支配後5年内の特定事由に触れる予定がないか
回収可能性譲受企業の所得規模で使い切れる見込みか
申告の整合別表との突合や過年度の修正申告の有無

調査の進め方そのものは税務デューデリジェンスの実務で詳しく解説しています。

繰越欠損金とM&A税務に関するFAQ

売り手・買い手の双方から寄せられる質問にお応えします。

Q:株式譲渡で買収した会社の繰越欠損金はすぐ使えるか

原則は使えます。対象会社の法人格が残るので、買収後の黒字と相殺可能です。現場ではまず、支配から5年以内に事業の入替や大量退職といった特定事由が起きないかを確認します。既存事業をそのまま続けるなら、心配は要りません。

Q:子会社化してすぐ吸収合併すれば欠損金を引き継げるか

5年未満の合併では、5年超の支配関係ルールには乗れません。引き継ぐなら、みなし共同事業要件を満たす道を探ります。事業関連性や規模差が鍵になるため、案件の実態次第です。

Q:事業譲渡でも繰越欠損金は引き継げるか

引き継げません。事業譲渡は資産や契約だけを移す取引で、会社は売り手側に残ります。欠損金も会社に残るため、買い手の所得とは相殺できません。

Q:欠損金があると譲渡価額は必ず上がるか

必ずとは言えません。理論上は税効果分を上乗せできますが、買い手が使い切れる見込みや交渉力次第です。価額に反映されないことも珍しくないので、根拠の提示が交渉の分かれ目になります。

繰越欠損金とM&A税務のまとめ

繰越欠損金は過去の赤字を最長10年繰り越して黒字と相殺できる仕組みで、M&Aではスキームごとに扱いが分かれます。株式譲渡なら原則そのまま使え、合併は適格判定、事業譲渡では引き継げません。赤字続きでも会社には価値が残ると知るだけで、譲渡への不安は少し軽くなるはずです。

当社は税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業のM&Aに豊富な実績を持ちます。繰越欠損金の税務判断から企業価値評価まで、ワンストップで支援できます。会社の譲渡をお考えなら、一度ご相談ください。

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著者

田原 聖治
田原 聖治事業法人第一部長/M&A担当ディレクター
みずほ銀行にて大手企業から中小企業まで様々なファイナンスを支援。みつきコンサルティングでは、各種メーカーやアパレル企業等の事業計画立案・実行支援に従事。現在は、IT・テクノロジー・人材業界を中心に経営課題を解決。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士

みつきコンサルティングは、中小企業の会社売却・事業承継に特化した譲渡企業様に完全成功報酬制のM&A仲介会社です。売り手と買い手企業の最適なマッチングを、経験豊富なM&Aコンサルタントが初期相談から成約まで一貫してフルサポートします。

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