会社をたたんだら手元に何が残るのか。この数字を知らないまま交渉に入ると、提示された金額が妥当かどうか判断できません。資産の処分価格から負債と費用を差し引く手順、廃業と会社売却で手取りが変わる税務の違い、経営者個人の債務整理での使われ方まで、中小企業の実務に沿って整理します。

清算価値とは何か
会社をたたんだとき、手元にいくら残るのか。清算価値は、その問いに数字で答えるための指標です。会社売却を考え始めた段階で、一度は押さえておきたい数字でもあります。
事業を止めて資産を処分した後に残る金額
清算価値とは、事業活動を停止して保有資産をすべて換価し、負債を返済し、清算に伴う費用を支払ったうえで最終的に残る金額を指します。会社を続ける前提の価値ではなく、たたむ前提の価値。最も悲観的なシナリオでの回収額と考えると、輪郭がつかみやすいはずです。
継続企業価値との違い
会社を続ける前提で測った価値は、継続企業価値と呼ばれます。将来の利益が価値に上乗せされる分、通常は継続企業価値のほうが大きくなるもの。M&Aの企業価値評価では、この上積み部分をどう測るかが価格の中心論点になります。
帳簿上の純資産とは一致しない
貸借対照表の純資産と同じではないか、という質問は毎回のように出ます。清算価値は簿価ではなく、いま処分したらいくらかという実勢価格で資産を洗い直して算出するもの。純資産を出発点に株価を測るコストアプローチによる評価とは、前提に置く価格そのものが違います。
清算価値の計算方法
算式そのものは単純です。厄介なのは、資産をいくらで見るかと、清算にかかる費用をどこまで織り込むかという2点。ここで数字が大きく振れます。
基本となる算式
清算価値は、資産の処分見込額から負債総額を引き、さらに清算費用を差し引いて求めます。仮に資産の処分見込額が3億円、負債が2億円、清算費用が3,000万円なら、清算価値は7,000万円。計算そのものは決算書があれば誰でも追えます。
資産をいくらで見るか
簿価をそのまま使うと、清算価値は実態より大きく出ます。短期間で売り切る前提のため、多くの資産には帳簿より安い値がつくのが実際のところ。主な資産の見方を下表に整理しました。
| 資産の項目 | 処分価格の見方 | 現場で減額されやすい点 |
|---|---|---|
| 現預金 | ほぼ額面どおり | 拘束預金・担保差入分は別扱い |
| 売掛金 | 回収可能性を個別に査定 | 長期滞留分・関係会社債権 |
| 棚卸資産 | 換金できる範囲のみ | 専用品・型落ち品は大幅減 |
| 機械設備・車両 | 中古市場での下取り価格 | 特注設備は値が付きにくい |
| 不動産 | 業者査定をもとにした時価 | 借入残債と抵当権の内容 |
| 保険積立金 | 解約返戻金の額 | 契約者貸付があれば控除 |
| 有価証券・会員権 | 時価 | 非上場株は換金性を要検討 |
この洗い直しは、譲受企業が実施する財務DDの資産査定と発想がほぼ同じ。先に自社で棚卸ししておけば、調査の場で初めて論点が表に出る事態を避けられます。
見落とされやすい清算費用
試算がずれる原因の大半は、資産側ではなく費用側にあります。会社をたたむには想像以上に現金が出ていくもので、廃業費用の内訳を一つずつ拾わないと数字は合いません。
従業員に関する支出
解雇予告手当、未消化の有給休暇の買い取り、退職金の一括支給。人員を抱えた会社ほど、この部分が清算価値を大きく押し下げます。再就職の支援まで含めれば、負担はさらに膨らみます。
資産の処分と原状回復の費用
賃借物件の原状回復、設備の撤去と廃棄、リース契約の中途解約金。工場や店舗を持つ会社では、これだけで数千万円規模になることも。土壌汚染の調査費用が思わぬ足かせになる例もあります。
手続そのものにかかる費用
解散登記や清算結了登記の登録免許税、官報公告費、清算人や専門家への報酬。一つひとつは大きくないものの、清算期間中も家賃や役員報酬は出ていきます。この維持費が積み上がる点は、見落とされがちです。
試算の前に確認しておく項目
支援現場で最初に手を付けるのは、次の6点です。
- 簿価と時価の乖離が大きい不動産・有価証券・保険積立金の有無
- 回収不能または長期滞留している売掛金と関係会社への貸付金
- 退職給付や未払残業代など、決算書に載っていない簿外債務の有無
- リース契約・賃貸借契約の残存期間と中途解約条項
- 金融機関借入に付いた個人保証と担保の内容
- 従業員数と勤続年数から逆算した退職金の総額
M&Aで清算価値が譲渡価格の下限になる理由
ここからが、会社売却を検討する立場で本当に効いてくる話です。清算価値は、交渉の場で譲渡オーナーを守る床の役割を果たします。
清算価値を下回る条件なら売らないという判断軸
提示された譲渡価格が清算価値を下回るなら、無理に他社へ渡すより自力で会社をたたんだほうが手元に残る現金は多くなります。だからこそ清算価値は底値として機能するわけです。清算と売却の手取り比較を並べた時点で、結論が見えてしまう会社も少なくありません。
譲受企業が清算価値を確認する場面
譲受企業の側も、この数字を見ています。事業が想定どおりに伸びなかったとき、最悪でも資産の処分でいくら回収できるのか。担保価値としての確認です。業績が振るわない会社ほど、この視点で価格が組み立てられがち。
時価純資産法との位置関係
中小企業M&Aの実務では、時価純資産法で算定した純資産をベースに価格を組み立てます。ここでいう時価は事業を続ける前提の価格であり、投げ売り前提の処分価格とは別物です。
年買法との関係
時価純資産に営業利益の数年分を上乗せする年買法では、その上乗せ部分がのれんに当たります。清算価値には、こののれんが一切含まれません。両者の差こそ、会社を続けてきたこと自体の値打ちだと考えてよいでしょう。
公的ガイドラインが示す考え方
中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)では、財務状況の分析を踏まえ、時価純資産法・マルチプル法・DCF法など複数のアプローチでバリュエーションを行うことが示されています。清算価値は、そこで出た金額が床を割っていないかを確かめる物差しになります。
清算と会社売却では手取りが変わる
同じ金額が会社に残っても、オーナーの手元へ届く額は経路によって変わります。税金の扱いが違うからです。
清算による分配はみなし配当を含む
会社を解散して残余財産の分配を受けると、資本金等の額を超える部分はみなし配当として配当所得に区分されます。国税庁も、残余財産の分配のうちみなし配当とされる部分を除いた額を譲渡所得の収入とみなす、と整理しています。総合課税では税率が累進で上がり、最大で約55%の負担になることも。
株式譲渡なら申告分離課税
これに対し、株式を譲渡して会社ごと引き継いでもらう場合、譲渡益は申告分離課税の対象となり、所得税・復興特別所得税・住民税を合わせた税率は20.315%です。金額が大きいほど、この差は無視できません。
手取りで見た比較
清算費用と税負担を並べると、両者の開きはさらに広がります。下表は、同じ会社を清算した場合と株式譲渡した場合の違いを整理したものです。
| 比較項目 | 会社を清算する場合 | 株式譲渡でM&Aする場合 |
|---|---|---|
| 評価の前提 | 資産の処分価格 | 事業を続ける前提の価値 |
| のれんの扱い | 反映されない | 譲渡価格に上乗せされる |
| 清算費用 | 全額をオーナー側が負担 | 発生しない |
| 主な課税 | みなし配当(配当所得)と譲渡所得 | 株式の譲渡所得 |
| 税率の目安 | 総合課税なら最大約55% | 20.315% |
| 従業員の雇用 | 解雇が前提 | 譲受企業へ引き継ぐ |
| 所要期間 | 債権申出の公告だけで2ヶ月以上 | 半年から1年程度 |
数字を置いてみると、譲渡価格が清算価値と同水準でも、手元に残る額は株式譲渡のほうが大きくなるケースが目立ちます。会社売却の手取りを試算するときは、税率だけでなく清算費用の有無まで含めて比べたいところ。
債務超過の会社でも清算価値を出す意味
清算価値がマイナスになる会社もあります。それでも試算をやめないほうがよい理由が、譲渡オーナー側には2つあります。
個人保証をどう外すか
借入に個人保証が付いていれば、会社を清算しても保証債務はオーナー個人に残ります。譲受企業が借入ごと引き継ぐ形であれば、個人保証の解除へ道が開けることも。何を出口条件に据えるかで、選ぶべき手法は変わります。
再生型のM&Aという選択肢
債務超過でも事業に収益力が残っていれば、譲受企業が現れることは珍しくありません。債務超過でのM&Aや、スポンサーを迎える民事再生型のM&Aなど、会社を残したまま整理する道筋も検討に値します。
個人再生で使われる清算価値保障の原則
清算価値という言葉は、経営者個人の債務整理でも登場します。会社の話とは別物ですが、経営者保証を抱えるオーナーには関わりの深い論点です。
破産した場合の配当額が下限になる
民事再生法は、再生計画の決議が再生債権者の一般の利益に反するときを不認可事由と定めています。ここから導かれるのが清算価値保障の原則。破産して財産を処分した場合に債権者が受け取れる額を下回る返済計画は、裁判所に認めてもらえません。
資産が多いほど返済額は増える
個人再生では、法定の最低弁済額と清算価値のうち高いほうが返済総額の下限になります。資産を持っている人ほど減額の幅が小さくなる仕組み。自宅や保険を抱える経営者ほど、事前の試算が効いてきます。
自由財産として除外される財産
すべての財産が計算に入るわけではありません。生活再建に必要な財産は自由財産として控除され、99万円以下の現金や生活に必要な家財が代表例です。ただし範囲や運用は管轄する地方裁判所ごとに異なるため、事前の確認が欠かせません。
不動産の評価とオーバーローン
清算価値を左右するのは、やはり不動産です。査定額から住宅ローンの残債を引いた差額が、資産として計上されます。
残債が査定額を上回る場合
査定額よりローン残高が多い状態はオーバーローンと呼ばれ、この場合の資産価値はゼロとして扱われます。逆に完済済みの物件があれば、その分がまるごと清算価値に乗るため、返済総額が跳ね上がる要因に。
評価に使う資料
実務では不動産業者の査定書を2社程度そろえ、その平均値を用いるのが一般的です。裁判所によっては固定資産税評価額に一定の倍率を掛ける簡易な運用を認める例もあるため、申立て先の取扱いを確かめておくと手戻りが減ります。
再生計画が組めなくなるケース
借入が1億円あっても、清算価値が8,000万円あれば最低でも8,000万円を返す計画が必要になります。これでは減額の効果が乏しく、手続自体を選べないことも。会社側で解散と売却の比較を先に済ませておけば、個人の再生に持ち込む前に打てる手が見つかる場合もあります。
清算価値に関するFAQ
清算価値について、譲渡オーナーからよくいただく質問をまとめました。
別物です。清算価値は資産の処分価格をもとにした金額で、株式価値は事業を続ける前提の収益力を織り込みます。のれんが乗る分、通常はM&Aの価格が上回ります。差がほとんど出ない会社は、収益構造を見直す余地があるとも読めます。
買い手候補と接触する前が理想です。提示額を受け取ってから慌てて試算すると、交渉の途中で前提が動いてしまいます。決算書と直近の試算表がそろっていれば、現場では大枠を1週間ほどで出せます。
業績次第です。安定して利益が出ている会社では収益力で価格が決まり、清算価値はほとんど論点になりません。赤字や債務超過に近い会社ほど、担保価値としての清算価値が前面に出てきます。
売れる場合があります。事業の収益力や取引先、許認可に価値を見出す買い手は珍しくありません。ただし借入の条件と金融機関の対応次第で進め方が変わるため、早い段階で金融機関の意向を確認しておくのが安全です。
直接は連動しません。個人再生で見るのは経営者個人の財産です。ただし会社の借入に個人保証が付いていれば、会社の処理結果が個人の債務額に跳ね返ります。現場では両方をセットで組み立てます。
まとめ|清算価値は会社売却の判断基準になる
清算価値は、事業を止めて資産を処分した後に残る金額であり、M&Aでは譲渡価格の下限、個人再生では返済総額の下限として働きます。資産の見方と清算費用の織り込み方で数字は大きく動くもの。自社の底値が分からないまま交渉に臨む不安は、試算ひとつで小さくできます。
当社は税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業の会社売却と事業承継を数多く支援してきました。公認会計士・税理士とM&Aアドバイザーが連携し、清算した場合との手取り比較まで含めて出口を設計します。自社の底値が気になった段階で、お気軽にご相談ください。
完全成功報酬のM&A仲介会社なら、みつきコンサルティングへ >

著者

- 事業法人第二部長/M&A担当ディレクター
-
ヘルスケア分野に関わる経営支援会社を経て、みつきコンサルティングでは事業計画の策定、モニタリング支援事業に従事。運営するファンドでは、投資先の経営戦略の策定、組織改革等をハンズオンにて担当。東南アジアなど海外での業務経験から、クロスボーダー案件に関しても知見を有する。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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