資産管理会社のM&Aは、事業会社の株式を売るか、資産管理会社の株式ごと売るかで譲渡オーナーの手取りが大きく変わります。二重課税を避ける仕組み、譲渡価額10億円での手取り比較、代表的なスキーム、否認リスクや簿外債務といった注意点まで、中小企業M&Aの支援現場の視点で整理しました。
資産管理会社のM&Aで実際に売買されるもの
「資産管理会社を持っているのですが、M&Aのときに何か関係しますか」。相談の初期段階で、この質問が出ることは珍しくありません。結論から申し上げると、大いに関係します。どの会社の株式を譲渡対象にするかによって、譲渡オーナーの手元に残る現金が数億円単位で変わることがあるためです。まずは会社売却の全体像を押さえたうえで、資産管理会社という論点を重ねて考えていきましょう。
資産管理会社と持株会社は何が違うか
資産管理会社は、現金・不動産・有価証券といった個人の資産を法人名義で管理・運用するために設立される会社です。通常の事業活動は行わず、収益源は賃料収入や配当、有価証券の運用益が中心になります。個人とは別の法人格を持つため、資産と負債が明確に切り分けられる点が特徴。このうち、自社株式(事業会社の株式)を保有しているものを、一般に持株会社と呼びます。
どの会社の株式を譲渡するかで結果が変わる
オーナーが資産管理会社を通じて事業会社を保有している構造では、M&Aの譲渡対象が2通り考えられます。ひとつは事業会社の株式、もうひとつは資産管理会社の株式そのもの。この選択が税務上の取扱いを分け、そのまま手取りの差に直結します。資本構成の設計としてはホールディングス化の考え方とも重なる領域です。
資産管理会社のM&Aで手取りが変わる税務上の仕組み
ここが本記事の中核です。譲渡オーナーが100%保有する資産管理会社Aが、事業会社Bの株式を100%保有している。この前提で、2つのケースを比べてみます。

ケース1 資産管理会社が事業会社の株式を譲渡する
この場合、譲渡の当事者は資産管理会社Aです。株式を売って得た譲渡益には、まず法人税・法人住民税・事業税が課されます。中小法人の実効税率はおおむね33〜34%。ここまでは想像しやすい流れかと思います。問題はその先にありました。
法人段階と個人段階で2回課税される
納税後に残った資金は、まだ資産管理会社Aの中にあります。譲渡オーナー個人が生活費や新たな投資に使うには、役員報酬か配当としてA社から引き出さなければなりません。非上場株式の配当は総合課税の対象となり、所得税と住民税を合わせた最高税率は約55%。法人段階と個人段階で二度課税される構造です。
ケース2 譲渡オーナーが資産管理会社の株式を譲渡する
もう一方は、オーナー個人が保有するA社株式を丸ごと譲渡する方法です。譲受企業はA社を取得することで、その子会社である事業会社Bも実質的に手に入れます。事業会社そのものではなく、その親会社を売る。発想を切り替えるだけで、税務上の景色が変わります。
個人の申告分離課税で完結する
個人が株式を譲渡して得た利益は、他の所得と分離して課税されます。税率は所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%の合計20.315%。国税庁も株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)で、上場株式等・一般株式等いずれも申告分離課税である旨を示しています。法人税の課税を経由しないぶん、負担は大きく軽くなります。株式譲渡にかかる税金の基本構造も、あわせて確認しておくと理解が進みます。
譲渡価額10億円で試算した手取りの差
下表は、譲渡益10億円を前提に両ケースの手取りを概算したものです。実際には取得費や譲渡費用、配当控除の適用で数字は動きますが、差の大きさは掴めるはずです。
| 比較項目 | ケース1 事業会社株式の譲渡 | ケース2 資産管理会社株式の譲渡 |
|---|---|---|
| 譲渡の当事者 | 資産管理会社A(法人) | 譲渡オーナー(個人) |
| 1段階目の課税 | 法人税等 約34% 約3.4億円 | 申告分離課税 20.315% 約2.0億円 |
| 2段階目の課税 | 配当時に総合課税 最大約55% | なし |
| 個人の手取り目安 | 約3億円 | 約8億円 |
差額はおよそ5億円。もっとも、ケース1でも役員退職金の活用によって法人段階の課税所得を圧縮できる余地はあります。実際の意思決定では、会社売却の手取り額を複数パターンで試算してから比較するのが実務の順序です。
譲受企業側にも生じるコスト面の利点
意外と語られないのが、譲受企業から見た利点。資産管理会社の株式を取得する形であれば、会社が保有する不動産の名義は動きません。所有者が変わらない以上、不動産取得税も登録免許税も生じないことになります。譲受企業のコストが下がれば、その分だけ譲渡価額の交渉余地が広がる。この構造は不動産M&Aの仕組と同じ発想に立っています。
ただし、取得後に譲受企業が合併や現物分配で不動産を動かせば、その段階で流通課税は発生します。「永久に非課税」ではない点は、交渉の場で誤解が生まれやすい部分です。
資産管理会社を使うM&Aの代表的なスキーム
実務で採用される手法は、おおむね3つに整理できます。表中の活用シーンを目安に、自社の資産構成と照らし合わせてみてください。
| スキーム | 手法の概要 | 主な活用シーン |
|---|---|---|
| 株式譲渡 | 資産管理会社の発行済株式を全部譲渡する | 保有資産をまとめて引き継いでもらう場合 |
| 会社分割 | 譲渡しない資産・事業を別会社へ切り離す | 複数物件のうち特定の物件だけを対象にしたい場合 |
| 持株会社譲渡 | 事業会社の上位にある親会社の株式を譲渡する | 事業会社を親会社ごと引き継いでもらう場合 |
株式譲渡でまとめて引き継ぐ
もっともシンプルな方法です。会社が抱える資産・負債・契約関係がそのまま譲受企業に移るため、個別の名義変更手続が不要になります。反面、望まない資産まで一緒に付いてくる点は交渉材料になりやすいところ。
会社分割で対象資産だけを切り出す
不動産を複数保有していて、そのうち1物件だけを譲渡したい。このようなときは会社分割の手続を使い、対象を絞ってから株式を譲渡します。税制適格要件の判定が必要になるため、設計段階から税理士を関与させておきたい手法です。
持株会社ごと譲渡する
前述のケース2がこれにあたります。事業会社を直接売らず、親会社である資産管理会社を譲渡することで、課税を個人の分離課税に一本化する組み立て。中小企業M&Aで手取りを重視する場面では、検討候補に上がることが多い方法です。
資産管理会社のM&Aで失敗しないための注意点
税務メリットが大きい手法ほど、詰めが甘いと足元をすくわれます。支援現場で実際に論点化しやすい4点を挙げておきます。
租税回避とみなされると否認される
譲渡の直前に個人所有の不動産を会社へ現物出資し、そのまま株式を売る。こうした動きは、経済合理性が説明できなければ同族会社等の行為計算否認(法人税法第132条、所得税法第157条)の対象となり得ます。通常の不動産譲渡として課税し直されれば、期待した効果は消えてしまいます。会社設立や資産移転から譲渡までの期間、そして「なぜその会社を作ったのか」という説明が、実務では効いてきます。
簿外債務と過去の税務処理が精査される
会社ごと引き継ぐ以上、譲受企業は過去のリスクも一緒に背負うことになります。役員貸付金、未払残業代、名義株、期ずれの経費処理。デューデリジェンスではこの領域が徹底的に見られます。簿外債務の洗い出しを先に済ませておくと、価格交渉で押し込まれにくくなります。
事業と無関係な資産は評価されにくい
オーナーの自宅、ゴルフ会員権、趣味の車両、契約者が法人の生命保険。資産管理会社にはこの種の資産が紛れ込みがちです。譲受企業にとっては使い道がなく、価格に反映されないどころか「引き取りたくない資産」として減額要因になることも。譲渡前に個人へ移すか、会社分割で切り離すか、早めに整理方針を決めておきましょう。
含み益に対するディスカウントを織り込む
資産管理会社が含み益を抱えた不動産を持っている場合、譲受企業は将来その資産を売却したときの法人税負担を見込んで、株価を引いてきます。時価純資産法による評価では、この控除の有無と割合が交渉の焦点になりやすい。時価どおりの金額がそのまま譲渡価額になるわけではない、という感覚は最初に持っておくと落胆が減ります。
譲渡前に確認しておきたい項目
相談の初回でお渡しすることの多い確認リストを、要点だけ抜き出しておきます。
- 資産管理会社の設立時期と、設立目的を説明できる資料が残っているか
- 直近3年以内に個人から法人へ移した資産があるか、その対価は適正か
- 役員貸付金・役員借入金の残高と、精算の見込み
- 株主名簿と実際の出資者が一致しているか(名義株の有無)
- 事業と無関係な資産の一覧と、譲渡前に切り離す手段
- 不動産の含み損益と、直近の固定資産税評価額
- 金融機関からの借入に付いている個人保証の解除見込み
役目を終えた資産管理会社の出口戦略
相続が一巡し、資産管理会社の役割が終わることもあります。このとき「とりあえず清算しよう」と決める前に、比較しておきたい選択肢があります。
清算とM&A売却では課税の性質が違う
会社を清算して残余財産を株主へ分配すると、その一部は配当とみなされ、総合課税の対象になります。実効税率は最大で約50%。一方、同じ会社の株式を第三者へ譲渡すれば20.315%で完結します。この差が生まれる理由はみなし配当の税務で詳しく整理しています。
多少値引きしても売却が残る現金は多い
純資産の評価額から1〜2割ディスカウントして売却したとしても、清算するより手元に残る金額が多くなる。この逆転はしばしば起こります。会社清算との手取り比較を数字で作ってから判断するのが安全です。なお、事業を止めたまま長く放置していると休眠会社の売却という別の論点に移ります。買い手が付くうちに動くほうが、選択肢は広く残ります。
資産管理会社のメリットとデメリット
ここからはM&Aに限らない、資産管理会社そのものの利点と負担を確認します。

M&A以外の場面で効いてくるメリット
日々の資産管理と将来の承継、その両面で機能します。
相続財産を株式に集約して分けやすくする
個人で不動産を複数所有していると、相続時に個別評価と分割協議が必要になり、手続が煩雑になりがちです。分けにくい資産は争いの火種にもなります。資産管理会社に集約しておけば、相続財産は「株式」というひとつの形にまとまり、持分を割るだけで承継が進みます。
所得を家族に分散して税率差を使う
個人の所得税は住民税と合わせて最高55%の累進課税ですが、法人税の実効税率はおおむね33〜34%です。家族を役員として適正な範囲で報酬を支払えば、世帯全体での税負担を抑えられます。この報酬は法人の損金にもなります。加えて、子会社からの配当については受取配当等の益金不算入の適用があり、国税庁の法人税基本通達に取扱いが定められています。
経費計上の範囲が広がり損益も平準化できる
法人格があると、社宅家賃や法人契約の生命保険料など、個人では経費にできない支出を損金にできる場合があります。欠損金の繰越期間にも差があり、国税庁の欠損金の繰越控除のとおり法人は最長10年、個人の純損失は最長3年です。突発的な利益が出た年の負担をならしやすくなります。
見落とされがちなデメリット
利点ばかりではありません。設立してから「こんなはずでは」となる典型を挙げます。
会社の資金は自由に使えない
会社の資産は会社のものであり、オーナーであっても私的に費消することはできません。個人で使うには役員報酬や配当という形で、課税を経たうえで移す必要があります。法人と個人の財布を分ける規律に、最初は戸惑う方が多い印象です。
設立と維持にコストがかかる
設立時には登録免許税や司法書士報酬が発生します。維持面では、赤字であっても法人住民税の均等割を納めなければならず、資本金1,000万円以下・従業者50人以下でも年7万円が最低ラインです。決算申告の事務負担も増えるため、税理士報酬も見込んでおきましょう。
資産管理会社の恩恵を受けやすい方
どのような方に向いているのか、代表的な3類型を挙げます。

高い運用収益がある個人
株式・不動産・先物など複数の投資を行い、損益通算の範囲を広げたい個人投資家。個人の高い累進税率を法人税率に切り替えることで、手取りが増える可能性があります。
副収入のある会社員や公務員、資産家
本業以外に不動産収入がある方も対象です。副収入が大きいほど個人の税率は上がるため、法人化の効果が見込めます。将来の相続税負担が予想される資産家にとっても、有効な対策になり得ます。
事業承継を検討中のオーナー経営者
そして本稿の主題である、会社売却を視野に入れたオーナー経営者。持株会社スキームは譲渡時の税負担を抑え、手取りを大きく左右する打ち手になります。
これから資産管理会社の設立を検討する方へ
設立を考えている方に向けて、手順と会社形態の選び方を簡潔にまとめます。
設立までの手順
決めるべき基本事項は、商号・本店所在地・出資者と出資割合・資本金の額・事業年度の5項目です。資本金は1円から設立できますが、1,000万円以上にすると設立初年度から消費税の納税義務が生じます。その後、定款の作成と公証人認証、登記申請書や払込証明書などの書類を揃えて法務局へ申請。受理から1〜2週間ほどで登記が完了し、税務署への届出や口座開設、社会保険の手続へと続きます。専門的な判断が多いため、司法書士や税理士の関与を前提に進めるほうが確実です。
株式会社と合同会社のどちらを選ぶか
合同会社は設立費用が安く、役員の任期がないため変更登記の手間もかかりません。決算公告も不要。コストを抑えたい方には合理的な選択です。一方の株式会社は社会的信用度が高く、金融機関との取引で有利に働きます。種類株式を使えば議決権と配当の設計を柔軟に組めるため、複雑な承継を見据える場合に向いています。なお、有限会社は現在新設できません。既存の特例有限会社を保有している方は、有限会社の株式譲渡で手続の違いを確認しておくと安心です。
資産管理会社のM&Aに関するFAQ
相談の場でよく出る質問を、実際のお答えに近い形でまとめました。
現場ではまず、設立の目的を説明できるかを確認します。譲渡直前に設立して資産を移し、すぐ売却する流れは租税回避とみなされるリスクが高く、否認されれば効果はなくなります。承継や資産管理の必要性が先にあり、その結果として設立するという順序が望ましいところです。
案件によります。不動産取得税や登録免許税が生じない点は買い手にも利点ですが、簿外債務や過去の税務リスクを引き継ぐ懸念は必ず出ます。表明保証条項の設計と、事前の資産整理をどこまで進められているかで、譲受企業の反応はかなり変わります。
保有資産の時価を基礎に算定するのが基本です。ただし不動産に大きな含み益がある場合、将来の法人税負担を見込んだ控除を求められることが一般的。時価純資産がそのまま譲渡価額になると考えていると、交渉で開きが生じます。
契約条項と金融機関の条件次第です。株式譲渡では借入自体が会社に残るため、保証の解除には金融機関の同意が要ります。中小企業庁の中小M&Aガイドラインでも、成立前に金融機関へ相談することが推奨されています。
可能ですが、譲受企業が両方を必要としているとは限りません。事業だけを求めるケースが大半で、その場合は資産管理会社側の不要資産を分離してから譲渡する組み立てになります。
資産管理会社のM&Aで手取りを残すためのまとめ
資産管理会社を挟んだ構造では、事業会社の株式を売るか、資産管理会社の株式ごと売るかで課税の性質が変わり、手取りに数億円規模の差が生じることがあります。ただし効果を得るには、設立目的の説明可能性、不要資産の整理、簿外リスクの事前把握が欠かせません。長年築いた資産を減らさずに次へ渡したい。その思いは、設計の順序を間違えなければ十分に実現できます。
当社はみつき税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業のM&Aに特化した支援を重ねてきました。公認会計士・税理士が在籍しているため、譲渡スキームの税務設計から企業価値の試算まで一貫してご相談いただけます。資産管理会社の扱いに迷われた際は、みつきコンサルティングへお声がけください。
完全成功報酬のM&A仲介会社なら、みつきコンサルティングへ >
著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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