税務デューデリジェンス(税務DD)は、譲受企業が過去の申告や税務処理に潜むリスクを洗い出す調査です。何を見られ、どこを指摘されやすいのか。譲渡価格や契約条件への影響、費用相場、売却前に売り手ができる備えまで、中小企業M&Aの現場に即して解説します。
税務デューデリジェンスとは何を調べる調査か
会社売却の話が具体化すると、譲受企業から「過去5期分の申告書一式を出してほしい」と求められる場面が来ます。ここから始まるのが税務デューデリジェンス(税務DD)です。過去の税務処理に潜むリスクを洗い出し、譲受企業が想定外の税負担を引き継がないかを確かめる調査を指します。
M&AのDD全体における税務DDの位置
M&Aでは、デューデリジェンスの全体像のなかに複数の専門調査が並びます。税務DDはその一つ。実務上は財務デューデリジェンスの全体像の一部として、あるいは財務DDに続けて実施されるのが通例です。財務DDで拾った会計処理の情報を土台に、税務上の当否を掘り下げていきます。
税務DDの目的は隠れた税負担の把握
譲受企業が恐れているのは、株式を取得した後に税務調査が入り、過去の年度について追徴課税を受ける事態です。株式譲渡では会社がそのまま引き継がれるため、過去の税務リスクも一緒に移ります。だからこそ、買う前に確かめておきたい。目的はシンプルで、リスクの金額規模と発生可能性を見積もることに尽きます。
税務DDと財務DDの違い
混同されやすい2つですが、見ている物差しは別物。下表のとおり、財務DDは決算書の実態、税務DDは申告書の適正性に軸足を置きます。
| 比較項目 | 財務DD | 税務DD |
|---|---|---|
| 主な目的 | 実態純資産と正常収益力の把握 | 過去の税務処理の適正性とリスク額の把握 |
| 主な資料 | 決算書、試算表、補助元帳 | 法人税・消費税等の申告書、税務調査資料 |
| 担当する専門家 | 公認会計士、会計系アドバイザリー会社 | 税理士、公認会計士 |
| 結果の使われ方 | 企業価値評価と価格算定 | 価格調整と補償条項の設計 |
| 中小M&Aでの実施 | ほぼ必ず実施 | 財務DDに含めて実施することが多い |
中小企業のM&Aで税務DDが重くなりやすい理由
中小企業は、会計基準よりも法人税法に沿った税務会計で決算を組んでいる会社が大半です。会計と税務の距離が近い分、決算書の数字がそのまま税務リスクへ直結します。中小企業の財務DDの論点を押さえておくと、税務面で何が問題になるかも見通しやすくなります。
売り手が押さえておきたい税務DDの調査項目
調査項目は案件ごとに増減しますが、骨格は毎回ほぼ同じです。譲渡オーナーの立場では、どの資料が出て、どこを見られるのかを先に知っておくだけで、対応の負荷がずいぶん軽くなります。
過去の申告書と税務調査の履歴
最初に求められるのは、過去3期から5期分の申告書一式。倉庫の奥から探し出すことになる会社も、珍しくありません。
確認される資料の範囲
法人税の確定申告書と別表、消費税の申告書、地方税の申告書、源泉所得税の納付書までが基本セットになります。加えて、勘定科目内訳明細書や固定資産台帳の提出を求められることも。
税務調査の履歴で見られる点
過去に税務調査を受けたか、どの項目を指摘され、修正申告や納付をどう処理したか。指摘された論点は同じ形で再発しやすいため、譲受企業は「その後に処理を改めたのか」まで必ず確認します。更正通知書や修正申告書の控えは、早めに探しておきたい書類。
繰越欠損金と税額控除の引継ぎ可否
過去に赤字を出した会社では、繰越欠損金が譲受企業にとっての魅力になる場合があります。ただし、そのまま使えるとは限りません。
繰越控除の基本ルール
青色申告書を提出した事業年度に生じた欠損金は、各事業年度開始の日前10年以内に開始した事業年度分まで、その後の所得計算上で損金に算入できます(国税庁 タックスアンサーNo.5762)。欠損が生じた年度に青色申告書を提出し、以後も連続して申告書を提出していることが前提となります。
M&A後に制限がかかる場合
支配関係が変わった後の欠損金の利用には、法人税法上の制限規定が置かれています。旧事業をすべて廃止したうえで大規模な資金借入を行うなど、一定の事由に該当すると過去分の欠損金が使えなくなることも。税務DDでは、この制限に触れないかまで検討されます。
税目別の確認ポイント
税目ごとに、見られる角度は変わります。中小企業の案件で頻出するのは、次の4つです。
法人税
収益の計上時期、経費の損金性、役員給与の取扱いが中心。期ズレの売上や、損金にならない支出を経費処理していないかが重点的に見られます。
消費税
課税・非課税・不課税の区分と、仕入税額控除の要件充足がポイントになります。インボイス制度への対応状況も、いまや確認対象。
源泉所得税
給与、賞与、専門家報酬からの徴収と納付が適正か。海外送金がある会社では、非居住者に対する源泉徴収の漏れが論点になりやすい部分です。
印紙税と地方税
契約書への印紙の貼り忘れ、事業所税や償却資産税の申告漏れ。1件あたりの金額は小さいものの、件数が積み上がると管理体制そのものへの評価に響いてきます。
組織再編やグループ間取引の特殊税制
グループ会社を持つ場合や、過去に合併・会社分割を行っている場合は、組織再編税制やグループ法人税制の適用関係が検討されます。海外子会社があれば移転価格税制も対象。不動産管理会社を別に構えている中小企業は、意外と多いものです。
税務デューデリジェンスの進め方
期間は2週間から1か月程度が中心です。譲渡オーナー側から見た仕事は、資料の提出と質問への回答の2つ。全体の流れはDDの進め方と共通しており、税務DD特有の工程はそれほど多くありません。
資料請求リストの受領
譲受企業側の専門家から、必要書類を列挙したリストが届きます。数十項目に及ぶことも珍しくなく、ここで面食らう譲渡オーナーは多いもの。事前に申告書一式を電子化しておくと、初動の速さがまるで変わります。
提出資料の机上レビュー
受け取った側は、申告書と別表、元帳を突き合わせながら不自然な処理を探していきます。追加質問が飛んでくるのも、この段階。回答が遅れるとスケジュール全体が後ろ倒しになるため、社内の窓口を一本化しておくのが得策。
経営者や経理担当へのインタビュー
書類だけでは判断できない部分を、口頭で確かめる工程です。「なぜこの処理にしたのか」を問われます。分からない点を取り繕う必要はありません。顧問税理士に確認すると答えれば十分です。
報告書の取りまとめ
発見されたリスクごとに、金額規模と発生可能性が整理されます。DD報告書の記載項目を知っておくと、譲受企業から提示された指摘の重みを判断しやすくなるはずです。
税理士法人グループによる財務デューデリジェンス
M&Aに潜む財務リスク、見逃していませんか?
中小企業の税務DDで指摘されやすい論点
教科書に並ぶ項目より、実際に指摘が集中するのはもっと生活に近いところでした。当社の支援現場で繰り返し出てくるのは、オーナーと会社の距離が近すぎることから生じる論点です。
オーナーと会社の資金の境界
非上場の中小企業では、会社の財布と個人の財布が混ざりやすい構造があります。ここは税務DDで真っ先に開けられる引き出し。
役員報酬と私的経費
家族への役員報酬が勤務実態に見合っているか、社用車やゴルフ会員権の使用実態はどうか。損金性を否認されれば、法人税だけでなく役員賞与としての源泉所得税まで波及します。
オーナーへの貸付金と仮払金
長年動いていない役員貸付金は、認定利息の計上漏れを指摘されるだけでなく、譲受企業から「クロージングまでに解消してほしい」と求められる代表格です。資金手当てに時間がかかるため、早めの着手が要ります。
外注費と給与の区分
個人事業主へ業務委託している形でも、指揮命令や勤務時間の拘束があれば給与と判定される可能性があります。給与と認定されれば、源泉所得税の徴収漏れと消費税の仕入税額控除の否認が同時に発生。金額インパクトが膨らみやすい論点です。
同族関係者との取引
オーナー個人が所有する不動産を会社が賃借しているケース、親族が経営する会社との継続取引。賃料や取引価格が世間相場から離れていると、寄附金認定や役員給与認定のリスクが顔を出します。
売却前に確認したい税務チェックリスト
下表は、当社が譲渡オーナーとの初期面談で実際に確認している項目を整理したものです。すべてに「はい」と答えられる会社は、そう多くありません。
| 確認項目 | 買い手が気にする理由 |
|---|---|
| 過去5期分の申告書と別表が揃っているか | 調査の出発点。欠落すると追加質問が増える |
| 直近の税務調査の指摘に対応済みか | 同じ論点が再発するリスクを測るため |
| 役員貸付金や仮払金が残っていないか | クロージング前の整理を求められる |
| 家族役員の報酬が職務実態に見合うか | 損金否認と源泉徴収漏れの二重リスク |
| 外注費に給与該当の疑いがないか | 源泉所得税と消費税へ同時に影響する |
| オーナー所有資産の賃貸条件が相場から離れていないか | 寄附金・役員給与の認定リスク |
| 繰越欠損金の残高と発生年度を把握しているか | 譲受後の利用可否の判定に直結する |
税務リスクが譲渡価格と契約条件に与える影響
指摘された内容が、そのまま値下げにつながるわけではありません。金額の見積もりと、発生する確からしさ。この2軸で扱いが分かれます。
価格に反映される場合
発生可能性が高く、金額もある程度固まっているリスクは、実態純資産から控除する形で価格へ織り込まれる扱いが一般的です。DDが企業価値に与える影響を理解しておくと、交渉の場で減額の説明を受けたときに、内容を冷静に検証できます。
契約条項で処理される場合
発生するかどうかが読みにくいリスクは、価格ではなく契約で調整されます。税務に関する表明保証を置き、特定の論点には特別補償を設ける形が一般的。表明保証条項への反映まで見ておくと、譲渡後に自分が負う責任の範囲が見えてきます。
価格調整に至った事例
年商18億円、従業員55名の金属加工業のケース。外注先として長年契約していた個人5名について、勤務実態から給与該当の疑いが指摘されました。過年度分の源泉所得税と不納付加算税、消費税の仕入税額控除否認を合わせた見積額が譲渡価格から減額され、同種の論点には特別補償も付されています。事前に把握してさえいれば、減額幅は縮められた案件でした。
統合後の税務にも影響する
指摘された論点は、譲受後の実務へそのまま引き継がれます。処理方法を改めるのか、当面は継続するのか。PMIでのDD結果の活用を検討する場面で、税務DDの報告書が判断材料として使われます。
税務デューデリジェンスの費用と依頼先
費用を負担するのは原則として譲受企業ですが、譲渡オーナーにとっても無関係ではありません。負担が重すぎる調査は、譲受企業の検討意欲を削ぐ要因にもなるためです。
費用相場の目安
中小企業の案件では、税務DD単体で見積を分ける実務はあまりありません。下表は、あえて税務DD部分を切り出した場合の目安です。
| 区分 | 金額の目安 |
|---|---|
| 税務DD(標準的な調査範囲) | 30万円~80万円程度 |
| 税務DD(論点が多い案件) | 100万円~300万円以上 |
| 財務DD全体 | 100万円~300万円 |
| 財務・法務DDを含む総額 | 200万円~500万円以上 |
| 専門家の日当 | 1日あたり2万円~5万円程度 |
費用が膨らむ要因
対象期間が3期を超える、グループ会社が複数ある、過去の税務調査での指摘が多い、特殊な取引が含まれる。こうした条件が重なるほど工数が増えます。内訳の考え方はDDの費用相場と負担で確認できます。
費用を抑える工夫
調査範囲に優先順位を付けること、財務DD担当と資料確認を重複させないこと。この2点で工数はかなり削れます。譲渡オーナー側が資料を整理して渡せば、質問の往復も自然と減っていくもの。
誰が税務DDを担当するのか
税理士、公認会計士、これらが所属する会計系のアドバイザリー会社が担います。顧問税理士がそのまま担当するわけではない点は、意外と誤解されやすいところ。DDの専門家の選び方も併せて確認しておくと安心です。
売り手が売却前にできる税務リスクの先回り
税務DDは受け身の調査に見えて、準備の差が結果を大きく左右します。中小企業庁も中小M&Aガイドラインを公表し、譲り渡し側・譲り受け側それぞれの留意事項を示しています。手を打てる余地は、思っているより広いものです。
プレDDとセルサイドDDで先に把握する
譲受企業の調査を待たず、自社の側で問題点を洗い出す方法があります。初期段階で範囲を絞って行うプレデューデリジェンスや、譲渡オーナーが主体となって実施するセルサイドデューデリジェンスを使えば、指摘される前に手を打てます。
顧問税理士との情報連携
過去の処理の背景を一番知っているのは顧問税理士です。ただ、M&Aの検討を伝えるタイミングは慎重に。社内へ情報が漏れると、従業員の動揺を招きかねません。伝える範囲と時期は、仲介会社と相談しながら決めるのが実務的な進め方になります。
資料を揃える順番
申告書と別表、税務調査の資料、役員貸付金の残高推移。この順で手当てすると、質問の多い領域から潰していけます。売り手側のDD準備と財務DDの進め方を合わせて見ると、全体の段取りが掴めます。
税務デューデリジェンスに関するFAQ
譲渡オーナーからよく寄せられる質問を、実務の答え方でまとめました。
現場では別の専門家が担当します。税務DDは譲受企業が費用を出して行う調査のため、対象会社の顧問税理士が担うことはありません。ただ、資料の所在や過去の処理の経緯を説明する役割は顧問税理士が担います。事前準備の相談先としては、頼れる存在です。
指摘があった事実そのものより、その後の対応が見られます。修正申告を済ませ、処理を改めていれば、むしろ管理体制が整っている証拠として受け止められることも。放置したままの論点があれば、早めに顧問税理士と整理しておきましょう。
3期から5期分が一般的です。法人税の更正期間の制限を踏まえた範囲になります。ただし、過去に組織再編を行っている場合や、繰越欠損金の発生年度が古い場合は、それ以前まで確認が及びます。案件の事情次第です。
原則として譲受企業の負担です。売り手側が費用を出すのは、自ら実施するセルサイドDDやプレDDの場合に限られます。ただし、資料を揃え、質問に回答する手間は売り手側に発生します。時間的なコストは見込んでおいてください。
税務デューデリジェンスのまとめ
税務デューデリジェンスは、過去の申告内容や繰越欠損金、税目ごとの処理を確認し、譲受企業が想定外の税負担を抱えないかを見極める調査です。指摘は譲渡価格や契約条件に跳ね返りますが、事前に整理しておけば、身構えるほどの調査ではありません。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業の会社売却を数多く支援してきました。税務・財務の論点を早い段階から見立てられる体制が強みです。会社の譲渡をお考えでしたら、お気軽にご相談ください。
完全成功報酬のM&A仲介会社なら、みつきコンサルティングへ >
著者

-
国内大手証券会社にて顧客のお金や人生に関わる財産運用を助言。相続・事業承継専門の会計事務所を経て、当社では法人顧客の税務対策・申告、M&Aに係る財務・税務のアドバイザリーに従事。税理士
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
最近書いた記事
2026年8月7日税務デューデリジェンスとは|売り手が備える調査項目と費用相場
2026年8月6日スタートアップの財務DDとは|売り手が備える調査項目と成長性
2026年8月6日デューデリジェンスと企業価値の関係|売り手が備える評価調整
2026年8月5日海外M&Aのデューデリジェンス|売り手が備える調査項目と注意点









