アパレル業界は、流行や消費者のニーズに応えるため、変化にも柔軟に対応しなければなりません。競争力を高めるために、M&Aを検討する企業も増えています。この記事では、アパレル業界のM&Aの動向について、特徴や費用の目安、メリットやデメリットを解説します。
アパレル業界の動向
アパレル業界とは、一般的に、アパレル(衣服や服飾品)の企画や生産、卸売に携わる産業を指します。近年では、アパレル業界のビジネスモデルが多様化し、小売業者や販売員もアパレル産業従事者と捉えられるようになりました。「アパレル」が意味する範囲は、以前よりも広がっているといえるでしょう。
アパレル業界には川上・川中・川下がある
アパレル業界の特徴として、服を製造し販売するまでの流れが存在することが挙げられます。それぞれのプロセスを、アパレル業界では川の流れになぞらえて「川上・川中・川下」と呼びます。
川上:糸や生地などの原材料を製造する業者
川中:服や小物を企画・生産するメーカー
川下:卸売や小売を行う販売店

一口に「アパレル業界」といっても、川上か川中か川下かによって業務内容は大きく異なります。M&Aを検討する際は、アパレル業界全体の調査ではなく、自分たちが関わる企業の業務内容について調査しましょう。
市場規模の推移
アパレル業界のマーケット規模の推移を概観しましょう。
国内市場全体
衣料品等の国内市場規模は、1990年代に入り減少傾向でしたが、2000年代以降は横ばいで推移していました。しかし、2020年以降は新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛などの影響を受け減少し、2022年時点でもコロナ禍前の水準には回復していません。

小売市場
民間の調査機関である矢野経済研究所によると、2023年の国内アパレル総小売市場規模(紳士服・洋品、婦人服・洋品、ベビー・子供服・洋品計)は、前年比103.7%の8兆3,564億円となり、3年連続で前年を上回りました。特に百貨店や専門店などの実店舗での回復が顕著でした。
EC市場
経産省によると、2023年の物販系分野のアパレルEC市場規模は2兆6,712億円で、前年比4.7%増となりました。EC化率は22.8%で、過去10年間で市場規模・EC化率ともに拡大傾向にあります。
アパレルEC市場規模とEC化率推移 (2014-2023)
出所: 経済産業省「電子商取引に関する市場調査」を元に当社作成
アパレル業界の現状
アパレル業界でM&Aを実施する場合、業界の最新の動向やトレンドを把握することが重要です。ここでは、M&Aを目指すうえで押さえておきたいアパレル業界の動向について解説します。
ゆるやかに業績回復
新型コロナウイルスの感染拡大前から、アパレル業界の経営不振は続いていましたが、コロナによってさらに大きな打撃を受けました。コロナ後はゆるやかに業績が回復しつつありますが、まだコロナ発生前ほどの回復は見せていません。M&Aなどの取り組みを通じて、業界全体の業績を高めることは急務といえるでしょう。
ECサイト対応は必須
近年ではECサイトによる売上増加を狙う動きも増えており、多くのアパレルブランドが、AmazonやZOZOといった、大手ECサイトへのモール出店を検討しています。オンラインサービスが普及しつつある今、実店舗を持っている場合でも、ECサイトとの連携は非常に重要だといえるでしょう。
D2C勢力の拡大
D2C(Direct to Consumer)の業態も増えてきています。D2Cとは、アパレル業界においては、オリジナルブランド商品を、自社ECサイトで販売するビジネスモデルのことをいいます。InstagramなどのSNSを利用して口コミで集客を実現しており、小規模企業でも大きな売り上げを上げられることが特徴です。従来のアパレル業界の業態とは大きく異なるため、注目を集めています。
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M&Aで扱われやすいアパレル分野は?
M&Aで扱われやすいアパレル分野の企業には、以下のようなものがあります。
セレクトショップ | 複数のブランドやカテゴリーから選りすぐった商品を販売する店舗 |
アパレル企画・小売 | 自社で服を企画・生産し直接販売する店舗 |
縫製・工場 | 服や小物を縫製する工場 |
ファッション小物 | 帽子やベルト、マフラーなどの小物 |
靴・鞄 | 靴や鞄などの革製品 |
和装関連 | 着物や浴衣などの和服 |
テキスタイル関連 | 生地や染色などのテキスタイル |
どのようなM&A戦略を取るかは、企業の特性によっても異なることに十分注意しましょう。
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アパレル業界でのM&Aのメリット・デメリット
アパレル業界でM&Aを実施する場合、譲渡企業と譲受企業の双方には、どのようなメリットとデメリットがあるでしょうか。
M&Aのメリット
最初にメリットを解説します。
コストの削減
M&Aを実施することで、以下のようなコスト(費用)の削減が期待できます。
- 借入金や在庫などの負債を解消できる(譲渡側)
- 従業員を採用するための費用など、企業を新規設立するために必要なコスト(費用)を削減できる(譲受側)
- 新しいブランドを立ち上げるための労力や時間も節約できる(譲受側)
経営資源を有効活用し、事業再生や撤退をスムーズに実施できる魅力があります。
事業の拡大
事業規模の拡大が見込まれることも大きなメリットです。譲渡企業がもともと持っていた商品のブランド価値や技術を取り入れながら、商品の付加価値をさらに高められるでしょう。企業の競争力が高まることで、市場ニーズに応えられる価値の高い企業を作り上げられます。
M&Aのデメリット
アパレル業界でM&Aを実施する場合、メリットだけでなくデメリットも考慮する必要があります。
ブランド力が失われるリスク
M&Aを実施することで、譲渡側企業がもともと持っていた、ブランドコンセプトやデザインが失われるかもしれません。譲受側の方針やイメージに合わせなければならない場合、譲渡企業の持っていた、もともとのブランド力を失ってしまうこともあります。
アパレル業界において、ブランドのイメージは消費者の購買意欲に大きく関係します。ブランド力を維持・向上させることができるかどうかは、M&Aを実施する前によく検討しましょう。
顧客の信頼を損なうリスク
譲受側企業の評判や品質に影響を受けて、顧客からの信頼や満足度が低下するリスクについても、押さえておかなければなりません。譲渡側企業のブランドがもともと持っていた、顧客との関係やニーズ(需要)を把握できないと、顧客離れや売上減少につながる場合もあります。
自社の顧客層や市場ニーズに合わせた商品やサービスを、M&A後も提供できるかどうかは、取引を実施するための重要な判断基準といえるでしょう。
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アパレル業界の売却価格の相場
アパレル業界でM&Aを実施する場合の譲渡価格の目安は、1店舗当たり250万円程度からです。ただし、この金額はあくまで目安であり、実際の譲渡費用は企業のブランド力や売上高などによっても大きく異なります。
たとえば、古着屋やD2Cブランドなどは個人が運営していることも多く、100万円台で譲渡希望が出ているケースも少なくありません。一方、有名なセレクトショップやアパレル企画・小売店などは、数千万円から数億円で譲渡されることもあります。
また、譲渡スキームによっても金額は大きく変化します。譲渡や譲受を希望する企業の正確な価値を知りたい場合は、専門家にアドバイスをもらうとよいでしょう。
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紳士服業界の現状とM&Aの展望
働き方の変化などにより、スーツを着る機会が減っています。ビジネスウェアのカジュアル化が進む中で、紳士服業界、特にスーツの需要は以前から減少傾向にありました。さらに、新型コロナウイルスの影響でテレワーク(在宅勤務)が普及し、スーツを着ない人がさらに増え、この流れは加速しています。総務省の家計調査によると、1世帯あたりの背広服への年間支出金額は、1991年の約1万9千円をピークに減り続け、2020年には約2千9百円と、ピーク時の約6分の1まで落ち込みました。
業界の関係者の中には、今後も、スーツの需要が以前の水準まで戻ることは難しいと考えている人が多いです。そのため、紳士服を主力とする企業は、中心事業である紳士服販売を見直しつつ、他の分野へ事業を広げていく必要に迫られています。
変化に対応する紳士服大手の動き
紳士服業界では、コロナ禍の前から、働く人の減少やビジネスウェアのカジュアル化によって、市場が小さくなることが心配されていました。そのため、多くの企業にとって、紳士服以外の事業にも力を入れる「事業の多角化」は、以前からの重要な課題でした。
この多角化を進める手段の一つとして、M&A(企業の合併や譲受)が活用されることがあります。他の会社を譲り受けたり、事業の一部を譲り受けたりすることで、新しい分野へ進出しやすくなります。紳士服大手各社も、こうした動きを見せています。
今後のM&A活用の可能性
紳士服業界では、今後さまざまな場面でM&Aが活用される可能性があります。大手紳士服企業の多くが厳しい業績見通しとなる中、経営改善や将来の成長に向けた手段として注目されます。
短期的な視点でのM&A
まず、短期的には、コストを削減するための動きが考えられます。
店舗戦略とM&A
売上がなかなか回復しない中で、利益の出ていない店舗(不採算店舗)を見直す動きが出てくるでしょう。例えば、特定の地域に集中している店舗を整理したり、今の業態をやめて別の業態のお店に変えたりする際に、M&Aが使われる可能性があります。店舗を譲渡したり、逆に新しい業態の会社を譲り受けたりするケースです。
事業整理とM&A
また、業績が振るわない子会社や、利益が出ていない事業部門を他の企業に譲渡する動きも考えられます。これにより、企業は経営資源をより有望な分野に集中させることができます。
中長期的な視点でのM&A
次に、中長期的な視点では、将来を見据えたM&Aの活用が考えられます。
EC強化と店舗の活用
多くの紳士服企業は、インターネットを通じた販売(EC)に力を入れています。今後、ネット販売がさらに普及すると、実店舗の役割も変わってくる可能性があります。使われなくなった店舗スペースを別の事業に転換する際などに、M&Aが活用される場面が出てくるかもしれません。
本業強化のためのM&A
事業の多角化だけでなく、本業である紳士服事業やその関連事業を強化するためのM&Aも引き続き考えられます。例えば、製品を作る会社を譲り受けて製造から販売まで一貫して行えるようにしたり(はるやまホールディングスによる田原コンサートの譲受事例など)、他社のブランドを譲り受けて品揃えを強化したりする動きです。また、市場が縮小する中では、同業の紳士服会社を譲り受けることで、経営の効率を高め、コストを削減することも考えられます。
このように、紳士服業界では、厳しい環境を乗り越え、成長していくために、M&Aが重要な選択肢の一つとなっています。それぞれの企業が、自社の経営体力やこれまでの経験を踏まえ、事業の多角化や本業への集中といった戦略のバランスを考え、M&Aを活用していくことになるでしょう。
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アパレル業界のM&A事例5選
アパレル業界では、さまざまな理由や目的でM&Aが実施されています。ここでは、近年実施されたアパレル業界のM&A事例を5つ紹介します。
【買収】ベインキャピタル(米投資ファンド)とマッシュホールディングス
ジェラートピケ(GELATO PIQUE)、スナイデル(SNIDEL)などのブランドで知られるマッシュホールディングスが、2022年11月に米投資ファンドのベインキャピタルに買収された事例です。海外事業の成長を加速させる狙いで実施されました。
【資本業務提携の締結】豊島株式会社とSpiber株式会社
繊維を扱う企業である豊島株式会社と、先進技術を用いた繊維技術のスタートアップ企業であるSpiber株式会社が、2020年に資本業務提携を締結した事例です。両社がこれまで個別に取り組んできた繊維の開発について、共同で取り組むために実施されました。
【買収・子会社化】RIZAPグループ株式会社と株式会社ジーンズメイト
RIZAPグループ株式会社が、2017年に株式会社ジーンズメイトを子会社化した事例です。ジーンズメイトの経営改善や、ブランドの刷新や商品力強化などがねらいで買収しました。2021年には経営統合しており、現在ジーンズメイトはRIZAPグループ株式会社の完全子会社となっています。
【買収・子会社化】株式会社ニッセンと株式会社マロンスタイル
株式会社ニッセンは、株式会社マロンスタイルを買収し連結子会社にしました。株式会社ニッセンは、カタログ通販やインターネット通販を手掛ける企業であり、株式会社マロンスタイルは、女性用アパレル通販サイトを運営しています。経営再建を目的に、通販事業の早期黒字化やビジネスモデルの再構築を進めるねらいがあります。
【子会社化】株式会社ヤギと有限会社アタッチメント
繊維専門商社の株式会社ヤギが、紳士・婦人服のデザインや製造・販売を手掛ける、有限会社アタッチメントを子会社化した事例です。ブランド力や開発力の強化のほか、経営資源や生産、販売ルートの共有によるシナジー(相乗効果)をねらうため、M&Aが実施されています。
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アパレル業界のM&Aのまとめ
変化の激しい業界であるアパレル業界で生き残っていくためには、M&Aのような競争力を高める不連続な戦略が必要といえるでしょう。しかし、M&Aを成功させるには、業界知識や企業の選定、譲渡スキームの選定方法など、専門的な知識やノウハウが必要です。
経営コンサルティング会社のみつきコンサルティングでは、アパレル業界のM&Aについてご相談を受け付けています。経営コンサルティング経験者も多く在籍しており、対象企業の詳細な事業分析を実施したうえで、シナジー創出を見込める候補先を紹介します。さらに、事業計画書の作成や事業再生、海外子会社の売却や相続対策などもワンストップで対応可能です。アパレル業界におけるM&Aに関心があるなら、みつきコンサルティングにご相談ください。
著者

- 事業法人第三部長
-
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人
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