事業承継やM&Aの手法を検討する上で、頻繁に俎上に載る手法が、株式譲渡・事業譲渡・会社分割の3つです。本記事では、これら3つの手法の特徴やメリット・デメリットを解説します。特に、M&Aなどを検討している人は、ぜひ役立ててください。
株式譲渡とは
株式譲渡とは、自社株式を第三者に譲渡することで経営権を移行する手法です。自社株式を100%譲渡した場合、完全子会社化することになります。株式譲渡を行う場合、株式名簿の書き換えで完了するため、他の手法に比べて手続きが容易であるのが特徴です。
株式譲渡のメリット・デメリット
ここからは、株式譲渡のメリット・デメリットについて解説します。
株式譲渡のメリット
株式譲渡を行ううえで、譲渡側・譲受側それぞれのメリットは、以下のとおりです。
譲渡側 | 手続きが簡単でスムーズに進められる |
節税効果が高い | |
従業員の雇用を守れる | |
譲受側 | 法人格が別になるため、自社の別組織としての運営が可能である |
手続きが簡単でスムーズに進められる |
株式譲渡のデメリット
譲渡側・譲受側それぞれのデメリットは、以下のとおりです。
譲渡側 | 不採算事業がある場合、評価価額が減少する |
大きな負債を抱えていると譲渡先を見つけにくい | |
譲受側 | 潜在債務などのトラブルもすべて引き継ぐことになる |
株式の対価として資金の用意が必要である |
▷関連:株式譲渡とは?メリット・デメリット、譲渡側の確認事項を解説
事業譲渡とは
事業譲渡とは、会社の事業の一部またはすべての事業について、他の会社へ譲渡する手法です。株式譲渡と異なり、会社の経営権は移りません。また、譲渡側は法人として譲渡益を入手できます。
事業譲渡のメリット・デメリット
ここからは、事業譲渡のメリット・デメリットについて解説します。
事業譲渡のメリット
事業譲渡を行う場合の譲渡側・譲受側それぞれのメリットは、以下のとおりです。
譲渡側 | 一部の事業だけを譲渡できる |
対価として会社が現金を得られる | |
譲受側 | 必要な事業だけを譲り受けできる |
債務・負債などの引継ぎがない |
事業譲渡のデメリット
事業譲渡を行う場合でも、いくつかのデメリットがあります。譲渡側・譲受側それぞれのデメリットは、以下のとおりです。
譲渡側 | 譲渡益に法人税等が課せられる |
譲受側 | 譲受した事業の契約が承継されないため、再契約の必要がある |
譲渡側の場合、譲渡益を対象として法人税・住民税などの税金が発生します。ただし、多額の繰り越し欠損金や退職金の拠出がある場合は、損金として計上することで納税額の軽減が可能です。
▷関連:事業譲渡とは?スケジュールや・注意点を会社法に沿って解説
会社分割とは
会社分割とは、会社の事業のうち、一部またはすべての事業を別の会社に承継することを指します。一部の事業だけ分割して譲渡する面は、事業譲渡と似た特徴を持つのがポイントです。会社分割の方法は、「吸収分割」と「新設分割」に大きく分けられます。
吸収分割とは
吸収分割とは、会社の一部、またはすべての事業について、すでに設立している別の会社に移すことで、包括的に承継する手法です。吸収分割は、分社型吸収分割と分割型吸収分割の2種類があります。それぞれの違いは、以下のとおりです。
分社型吸収分割 | 対価となる株式や金銭を譲渡企業が受け取る手法 |
分割型吸収分割 | 対価となる株式や金銭を譲渡企業の株主が受け取る手法 |
新設分割とは
新設分割とは、会社の一部、またはすべての事業について、既存の会社と切り離し、新しい会社として設立することで包括的に承継する手法です。吸収分割と同様に、「分社型新設分割」と「分割型新設分割」の2種類があります。また、対価として金銭・株式が選択できる吸収分割と異なり、原則として株式が対価となります。
会社分割のメリット・デメリット
ここでは、会社分割を行うメリット・デメリットについて解説します。
会社分割のメリット
会社分割を行ううえで、譲渡側・譲受側それぞれのメリットは、以下のとおりです。
譲渡側 | 意思決定を早くできる |
従業員の同意が原則不要である | |
倒産リスクを分散できる | |
譲受側 | 契約をそのまま継承できる |
対価が株式のため、資金の用意が不要である |
会社分割のデメリット
会社分割では、いくつかのデメリットも存在します。譲渡側・譲受側それぞれのデメリットは、以下のとおりです。
譲渡側 | 分社化する業種によっては、許認可の再取得が必要になる |
税務・財務上の手続きが非常に煩雑なため、人的コスト(費用)が増大する恐れがある | |
譲受側 | 簿外債務などの不要な資産を引き継ぐリスクがある |
税務・財務上の手続きが非常に煩雑なため、人的コスト(費用)が増大する恐れがある |
▷関連:M&Aの会社分割とは?種類やメリット、事業譲渡との違い、中小企業の事例などを解説
株式譲渡・事業譲渡・会社分割の違い
事業承継やM&Aの主な手法である株式譲渡・事業譲渡・会社分割について、主な違いは以下のとおりです。
事業譲渡が株式譲渡と異なる点
事業譲渡は、譲渡企業の経営権は維持したまま、譲渡企業が有する対象事業の全てまたは一部を譲渡することです。一方で、株式譲渡は、譲渡オーナー株主が保有する株式を譲渡し、企業の経営権全体を譲受側に移転する取引となります。
大きな相違点として、事業譲渡は、譲渡の対象でない資産や負債は引き継がれませんが、株式譲渡は、簿外債務など企業にとってのリスクを引き継ぐ可能性があります。また、譲渡に際しての売却益や売却損は、事業譲渡は企業に、株式譲渡は株主である経営者に帰属することになります。
事業譲渡が会社分割と異なる点
会社分割は、企業の中身を分けて組織を再編し、一部の事業を他の企業に承継する取引です。また、会社分割には、
- 新規に設立する企業に引き継ぐ「新設分割」
- 既存の企業に引き継ぐ「吸収分割」
の2種類があります。会社分割は会社法上の組織再編に該当するため、法律において要件や実施しなければならない内容が規定されています。
一方で、事業譲渡は組織再編に該当しない行為のため、自由度が高い手法と言えます。ただし、事業譲渡は従業員や取引先などの権利義務を個別の手続き、具体的には再契約することが必要となるため、契約が更新できないリスクや、手続きが煩雑になるデメリットもあります。
会社分割は、権利義務の包括的な承継が可能である点と必要な資産を切り分けて譲渡できる点が大きな特徴と言えます。
参考:事業譲渡が合併と異なる点
合併とは、複数の企業が法的に1つの企業になることです。また、合併には、
- 新設する企業に統合する「新設合併」
- 既存の企業に統合する「吸収合併」
の2種類があります。
合併では、吸収された企業は消滅しますが、事業譲渡では特定の事業のみを譲渡するため、企業は存続する点が大きな相違点です。
株式譲渡・事業譲渡・会社分割の比較表
各手法の違いを取りまとめると下表のとおりです。
手法 | 特徴 |
株式譲渡 | ・譲渡側、譲受側ともに手続が比較的簡単 ・会社が存続する(譲渡側) ・別組織としての運営が可能である(譲受側 ・譲受資金の準備が必要である(譲受側) |
事業譲渡 | ・簿外債務などを引き継ぐリスクが低い(譲受側) ・節税できる(譲受側) ・譲渡代金が入手できる(譲渡側) ・譲渡側、譲受側ともに手続きが複雑である |
会社分割 | ・部門または事業ごとに譲受、譲渡できる ・株式を対価にできる(譲受側) ・譲受側によっては株式の換金が困難である(譲渡側) ・税務手続きが複雑である(譲渡側) |
3つの手法の詳細な特徴や、それぞれのメリット・デメリットについては、次の章から詳しく解説します。
▷関連:M&Aの種類・手法|特徴、メリット・注意点、税金面、成約事例も解説
各手法の選び方
会社分割・株式譲渡・事業譲渡の3つの手法について解説しましたが、手法を選ぶ際は、自社のケースに適したものであることが必須です。
ここからは、それぞれの手法に適したケースを解説します。
株式譲渡が向いているケース
株式譲渡が向いているケースは、次のとおりです。
- 経営者を引退したい
- 自社の事業が改めて許認可を得ることが難しい事業である
- 取引先などから同意を得るのが難しい
株式を100%譲渡することで会社自体を譲渡することができるため、引退を目指しているケースに最適です。また、手続き全般が簡単でスムーズに進められるため、M&Aの手法として多く活用されています。
事業譲渡が向いているケース
事業譲渡に適しているケースは、次のとおりです。
- 特定の事業だけを譲渡したい
- リスクを抱えているため、企業全体を譲渡するのは難しい
- 完全子会社に譲渡したい
必要な事業を存続させつつ、企業の再建に取り組むなどの経営戦略に適しています。コア事業とシナジー(相乗効果)が低い事業を切り離すことでコア事業にリソースを集中するなど、事業の整理によってより良い経営環境の構築が可能です。また、事業譲渡によって得た資金をコア事業に投入したり、新事業に充てたりなどもできます。
会社分割が向いているケース
次のようなケースの場合は、会社分割が適しています。
- 抜本的な改革として事業変更したい
- 得意分野ではないが、他社からは価値がある事業が存在する
- 事業が大きくなりすぎて、コントロールが難しくなってきた
コア事業に集中したい、後継者不足などによって事業展開が難しいなどの場合に、不要な事業や他社からは価値がある事業を譲渡することで、経営改善を目指せます。また、経営を存続できるため、従業員の雇用を守りたい場合にもおすすめです。
M&A手法の選択は専門家に相談を
3つの手法それぞれにメリット・デメリットがあり、どれを選択するかは、さまざまな側面・要素を総合的に判断することが重要です。また、手法によっては必要な準備も多岐に渡り、税務面などの手続きが複雑なケースもあります。後々のトラブル回避やスムーズな進行のためには、専門家に相談をすることも1つの手です。
専門家への相談を行う際は、仲介会社などの無料相談もおすすめです。M&Aに関する知識を持った専門家が在籍しており、交渉から各種手続きなどの支援が受けられます。
株式譲渡・事業譲渡・会社分割の違いのまとめ
M&Aなどの主な手法として、会社分割、株式譲渡、事業譲渡の3つの手法があり、それぞれにメリット・デメリットが存在します。今後の発展を目指してM&Aを行ったものの、結果的に失敗したケースなどもあるため、自社の状況や今後の方針などに合わせた手法の選択が必要不可欠です。また、手法によっては手続きや税処理などが複雑となっており、しっかりとした知識がない場合には、余計な費用がかかったり、手続きに失敗したりする恐れがあります。自社に適した手法の選択や後々のトラブル回避のためには、専門的な知識をもつプロへの相談がおすすめです。
M&Aに関するご相談は、「みつきコンサルティング」にお任せください。「みつきコンサルティング」では、税理士法人グループであることからM&A(第三者への承継)ありきの提案ではなく、事業所内承継、親族内承継など複数の選択肢のメリット・デメリットを比較して選択可能です。また、経営コンサルティング経験者も多く在籍しており、対象企業の詳細な事業分析を実施した上でシナジー創出を見込める候補先をご紹介しています。
著者
-
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人
最近書いた記事
- 2024年11月18日増加する「IT業界のM&A」で2025年の崖を解決できる?
- 2024年11月17日M&Aニーズの高い人気業種6選!業界別の動向・成約事例も紹介
- 2024年11月17日社員への株式譲渡|社内承継は増加・目的・課題・リスク・方法とは
- 2024年11月17日事業譲渡で社員はどうなる?雇用契約・人員調整・退職金・注意点とは