コストアプローチとは|中小企業M&Aの企業価値評価と時価純資産法

コストアプローチは、決算書の純資産をもとに企業価値を測る評価方法です。中小企業のM&Aでは時価純資産法や年買法として使われ、譲渡価格の土台になります。簿価純資産法との違い、含み損益や簿外債務の調整、のれん年数の決め方、インカムアプローチやマーケットアプローチとの併用まで、譲渡オーナーが自社の値段を読み解くための実務を整理しました。

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コストアプローチとは

決算書の純資産の欄。あの数字が会社の値段の出発点になると聞いて、意外に思われる経営者は少なくありません。コストアプローチは、その純資産を基礎に企業価値を算定する評価方法です。

純資産を出発点に企業価値を測る考え方

コストアプローチは、貸借対照表の資産から負債を差し引いた純資産に着目します。将来いくら稼ぐかではなく、いま何を持っているかを見る評価。企業価値評価の全体像の中では、最も足元の財産に近い位置づけになります。

アセットアプローチとも呼ばれる理由

同じ手法が、アセットアプローチ、ストックアプローチ、ネットアセットアプローチと呼ばれることもあります。資産(アセット)や蓄積(ストック)を見るという性格を、それぞれの名称が表しているだけで、中身に大きな違いはありません。

中小企業M&Aで多用される背景

上場企業なら株価という物差しがありますが、非上場の中小企業にはそれがない。だからこそ、誰が見ても同じ数字になる純資産が支持されます。

決算書だけで概算が出せる

類似上場企業のデータを集めたり、5年分の事業計画を作ったりしなくても、直近の決算書があれば概算が出ます。譲渡オーナーが初めて自社の価値を知りたいという段階では、この手軽さが効きます。実際、初回面談で最初にお見せする数字はここから始まることが大半です。

相続税の株価評価と地続きになっている

相続や贈与で非上場株式を評価する際にも、純資産価額方式が使われます。国税庁の財産評価基本通達185では、課税時期の資産を評価した合計額から負債と法人税額等相当額を控除して1株当たりの純資産価額を求める、と定められています(国税庁「財産評価基本通達 第1節 株式及び出資」)。会計事務所に馴染みのある考え方が、そのままM&Aの現場でも通用するわけです。

会社の値段は純資産だけで決まるものではありません。EVや事業価値との関係を整理したM&Aの企業価値と株式価値の違いも、あわせて押さえておくと交渉時の理解が早くなります。

コストアプローチの種類と計算方法

ひとくちにコストアプローチと言っても、中身は一枚岩ではありません。下表のとおり、純資産をどこまで実態に近づけるか、収益力をどこまで足すかで手法が分かれます。

評価手法純資産の扱いのれんの加算中小企業M&Aでの使用頻度
簿価純資産法帳簿価額のままなし低い(初期の目安として使用)
修正簿価純資産法影響の大きい資産のみ時価なし中程度
時価純資産法資産・負債を全面的に時価なし(別途検討)高い
年買法(年倍法)時価純資産利益の数年分を加算最も高い
清算価値法処分価額ベースなし低い(廃業比較時)
再調達原価法再取得価額ベースなしごく低い

簿価純資産法

帳簿に載っている数字をそのまま使う、最もシンプルな方法です。

算定の手順

資産合計を確認し、負債合計を差し引き、残った純資産を株式価値とみなす。この3ステップだけ。電卓ひとつで完結します。

そのままでは使いにくい理由

ところが、この手軽さが落とし穴でもあります。中小企業の決算書は税務基準で作られていることが多く、償却不足の機械、回収見込みのない売掛金、10年前から動いていない在庫が、堂々と資産計上されたまま。譲受企業のデューデリジェンス(財務・税務調査)で、これらは容赦なく引き直されます。

修正簿価純資産法

すべてを時価評価するのは骨が折れる。ならば、金額インパクトの大きい項目だけ直そう、という発想が修正簿価純資産法です。

修正の対象になりやすい項目

土地、建物、上場株式、ゴルフ会員権、生命保険の解約返戻金あたりが定番。鑑定費用や作業時間を抑えつつ、実態に一歩近づけられます。

弱点は線引きのばらつき

どこまで修正してどこで止めるか。ここに客観的な基準がないため、評価者によって金額が動きます。譲渡オーナー側と譲受企業側で修正範囲が食い違い、価格協議が長引くケースも珍しくありません。

時価純資産法

資産と負債をすべて時価に洗い替える、コストアプローチの本命です。中小企業M&Aの実務では、この時価純資産にのれんを足す形が主流になっています。

時価に洗い替える主な項目

不動産の含み損益、有価証券の評価替え、貸倒懸念債権の切り下げ、滞留在庫の評価減、退職給付の未計上額、資産除去債務、そして偶発債務。退職金規程はあるのに引当を一切していない会社は、今も相当数あります。

手間とコストは相応にかかる

不動産鑑定や保険数理が絡めば、外部専門家の費用が発生します。それでも、譲渡後にトラブルの火種を残すよりは安い投資。計算の詳細は時価純資産と簿価の違いで整理しています。

年買法(年倍法)

純資産だけでは、稼ぐ力がまったく反映されません。そこで実務が編み出したのが、時価純資産に利益の数年分をのれんとして上乗せする年買法です。

コストアプローチ(時価純資産法)

のれん年数の決まり方

3年買い、5年買いといった表現を聞いたことがあるかもしれません。中小企業M&Aでは3年前後を軸に、収益の安定性や取引先の集中度、経営者への依存度を見ながら増減させます。計算式そのものは、年買法におけるのれんの適正年数で詳しく扱っています。

恣意性という弱点

年数が1年動けば、価格は利益の1年分だけ動く。年商10億円クラスの会社なら、数千万円が上下します。だからこそ、この年数の根拠を説明できるかどうかが、仲介会社の腕の見せどころ。

実務での登場が少ない手法

教科書には載るものの、譲渡価格の根拠として使われる場面は限られる手法もあります。

清算価値法

事業を続けず、資産を売却して負債を返したら手元にいくら残るか。廃業と会社売却を天秤にかけるとき、比較の物差しとして登場します。実際の換価は思ったより安くなりがちで、清算価値の計算方法を知ると、M&Aで譲渡したほうが手取りは大きいと気づく経営者が多いところです。

再調達原価法

同じ資産をいま新しく調達したら、いくらかかるか。設備投資計画の検討には役立ちますが、譲受企業が資産を丸ごと入れ替える前提を持っていない限り、譲渡価格の根拠にはなりにくい手法です。

譲渡価格の交渉でコストアプローチが果たす役割

評価方法の解説を読んでも、肝心の「で、うちはいくらで売れるのか」には届きません。交渉の場で、この手法がどう機能しているかを見ていきます。

価格の下限を形づくる

時価純資産は、譲渡オーナーにとっての心理的な下限になります。実質的な財産が2億円ある会社を1.5億円で手放す理由は、通常ありません。譲受企業もそこは理解しており、純資産を割り込む提示は説明が難しくなります。

価格差を生むのは、のれんの部分

純資産の金額は、調整が済めば双方でほぼ一致します。もめるのは、その上に何年分の利益を積むか。中小企業M&Aの譲渡価格が最終的にどこで決まるかは、この上乗せ幅の議論に集約されていきます。

のれんを厚くする材料

景気に左右されにくい経常収益、複数年の受注残、社長が現場を離れても回る組織。逆に、売上の6割が1社に依存している、社長の人脈で受注が成り立っている、といった状況は年数を短くする方向に働きます。

譲渡オーナーが自社で確認できる純資産の調整項目

デューデリジェンスで指摘される前に、自分で洗い出しておくと交渉が有利になります。支援現場で実際に使っている確認項目を挙げます。

  • 減価償却を法定どおり実施しているか(節税目的の償却不足がないか)
  • 回収の見込みが薄い売掛金・貸付金が資産に残っていないか
  • 役員貸付金・仮払金が積み上がっていないか
  • 1年以上動いていない在庫、型落ち品を評価減しているか
  • 土地・建物の含み損益を把握しているか(含み益には将来の税負担も伴う)
  • 生命保険の解約返戻金を資産として認識しているか
  • 退職金規程があるのに、自己都合要支給額を引き当てていないか
  • 未払残業代、社会保険の未加入といった労務債務がないか
  • 他社の借入への債務保証、係争中の案件がないか
  • 事業に使っていない遊休資産・会員権が残っていないか

支援現場で見た調整の実際

年商8億円、従業員45名の金属加工業のケース。帳簿上の純資産は2億4,000万円、営業利益は4,000万円でした。役員報酬を市場水準に引き直した実質利益は6,000万円。当初は3年分ののれんを乗せて4億2,000万円で打診しました。

デューデリジェンスで動いた金額

ところが調査で、退職給付の未計上4,000万円と滞留在庫2,000万円が判明。時価純資産は1億8,000万円まで下がりました。最終的な譲渡価格は3億6,000万円。事前に自社で洗い出していれば、値下げ交渉という形ではなく、最初から織り込んだ提示ができたはずの案件でした。

コストアプローチのメリットとデメリット

使いどころを誤らないために、長所と短所を並べて確認しておきます。

メリット

この手法が中小企業M&Aで生き残ってきたのには、それなりの理由があります。

数字の根拠を説明できる

資産が5億円、負債が3億円、だから純資産は2億円。この説明に反論の余地はほとんどありません。金融機関や共同経営者、親族株主への説明も通りやすく、社内の合意形成が進みます。

のれんを足す発展形がある

純資産だけでは技術力もブランドも評価されない、という批判に対しては、年買法という答えが用意されています。M&Aにおけるのれんの考え方を理解しておくと、提示された価格の内訳が読めるようになります。

デメリット

一方で、この手法だけに頼ると見誤る局面もあります。

将来の収益力を取りこぼす

これから伸びる会社、利益率の高いニッチ市場を押さえている会社ほど、純資産ベースの評価では過小評価になりがち。急成長中のIT企業を純資産で測ろうとしても、実態と合いません。

含み損益の把握に手間がかかる

時価への洗い替えを丁寧にやるほど、作業量と費用は膨らみます。どこまでやるかの見極めが、実務では常に問われるところ。

無形資産の評価には専門知識が要る

顧客リスト、技術、商標といった無形資産をオンバランス化するとなると、公認会計士や不動産鑑定士の関与が必要になります。上場企業のようにPPA(取得原価の配分)を精緻に行う予算を、中小企業のM&Aで確保するのは現実的ではありません。

コストアプローチを使うときの注意点

算定結果を出したあと、そのまま価格として提示してしまうと足元をすくわれます。

他の評価手法との併用が前提になる

実務では、下表の3つのアプローチを並べて眺め、着地点を探ります。1つの数字を信じ切るのではなく、幅で捉える姿勢が結果的に交渉を安定させます。

評価アプローチ着目する対象代表的な手法非上場中小企業での使いやすさ
コストアプローチ現時点の純資産時価純資産法、年買法高い
マーケットアプローチ類似企業の市場評価類似会社比較法(マルチプル法)比較対象の選定が難しい
インカムアプローチ将来のキャッシュフローDCF法事業計画の精度に左右される

マーケットアプローチ

同業・同規模の企業がどの倍率で取引されているかを当てはめる方法です。非上場企業では比較対象が見つかりにくいものの、業種ごとの相場観を掴む材料にはなります。詳しくは類似会社比較法の考え方で扱っています。

インカムアプローチ

将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて算定します。理論的には最も筋が通る一方、事業計画の作り込み次第で金額が大きく振れる。将来収益から企業価値を測る方法と、その中核であるDCF法による価格の決め方を押さえておくと、譲受企業側の理屈が読めます。

非流動性ディスカウントは原則として適用しない

非上場株式は市場で売れないから割り引く、という考え方があります。ただし、コストアプローチで支配権ごと譲渡する中小企業M&Aでは、この割引を当てはめないのが一般的な取扱いです。

少数株主の評価では話が変わる

親族が持つ数%の株式を買い集める場面などでは、事情が異なります。流動性の低さによる価格の割引や、経営に関与できないことを織り込むマイノリティ・ディスカウントの検討が必要になります。

簿外債務があれば純資産はその分減る

どの手法を採っても、純資産が土台である以上、帳簿に載っていない債務は直撃します。未払残業代、債務保証、税務リスク。簿外債務の見つけ方を把握し、隠さず開示することが、結果として譲渡オーナーの信頼と価格を守ります。なお、中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)でも、デューデリジェンスがリスク検出の重要な工程と位置づけられています。

コストアプローチに関するFAQ

相談の場でよく出る質問を挙げておきます。

Q:純資産がマイナスの会社でも売却できますか?

債務超過でも成約する案件はあります。現場ではまず、超過の中身を確認します。役員借入金が原因なら、実質的には自己資本に近い性格のもの。技術や顧客基盤に価値があれば、譲受企業が負債込みで引き受ける判断をすることもあります。

 Q:売り手が自分でコストアプローチを計算してもよいですか?

目安を掴む分には有効です。ただし提示価格の根拠としては、時価修正と簿外債務の洗い出しが甘くなりがち。買い手の調査で崩れると交渉力を失うため、初期段階で第三者の目を入れておくのが安全です。

 Q:相続税評価額と、M&Aの譲渡価格は同じになりますか?  

別物と考えてください。相続税評価は国税庁が定める取引相場のない株式の評価のルールに従うもので、課税のための金額です。第三者との交渉で決まるM&Aの価格とは、目的も算定方法も違います。

Q:のれんは何年分が妥当なのですか?

収益の安定性と、社長への依存度次第です。3年前後を軸に、受注が読める事業なら5年に届くこともあれば、社長の営業力頼みなら1年から2年に留まることも。年数だけを他社と比べても意味は薄いところ。

Q:不動産を多く持っている会社は有利になりますか?

含み益があれば時価純資産は増えます。ただし、事業に使っていない不動産は買い手が引き取りたがらないケースもあり、譲渡前に分離するかどうかの検討が必要になります。含み益に対する将来の税負担も考慮に入れます。

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コストアプローチのまとめ|純資産に収益力をどう足すか

コストアプローチは、決算書の純資産を土台に企業価値を測る評価方法です。時価純資産法で実態に引き直し、年買法でのれんを積む。この流れが中小企業M&Aの標準形になっています。将来の収益力を十分に映せない弱点はあるものの、価格の下限を形づくる役割は大きいところ。自社の数字がどう見られるのか、不安を抱えたまま交渉に臨む必要はありません。

みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業の会社売却・事業承継を数多く支援してきました。公認会計士・税理士が在籍し、時価純資産の調整からのれん年数の設計まで一貫して対応します。自社の企業価値を把握したい段階でも、まずはお気軽にご相談ください。

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著者

田原 聖治
田原 聖治事業法人第一部長/M&A担当ディレクター
みずほ銀行にて大手企業から中小企業まで様々なファイナンスを支援。みつきコンサルティングでは、各種メーカーやアパレル企業等の事業計画立案・実行支援に従事。現在は、IT・テクノロジー・人材業界を中心に経営課題を解決。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士

みつきコンサルティングは、中小企業の会社売却・事業承継に特化した譲渡企業様に完全成功報酬制のM&A仲介会社です。売り手と買い手企業の最適なマッチングを、経験豊富なM&Aコンサルタントが初期相談から成約まで一貫してフルサポートします。

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