自己株式の取得・消却・処分とは?方法と目的・メリット・制限・仕訳や会計処理も解説

企業経営者や株主にとって、自己株式の活用は重要な経営戦略の一つとなります。本記事では、自己株式の取得・消却・処分について解説いたします。まずは、自己株式とは何か、その基本概念から理解しましょう。企業が自己株式を保有する理由にも触れます。次に、取得・消却・処分について、それぞれの目的とメリットを詳しく解説いたします。また、自己株式の取得・消却・処分には一定の制限が存在しますので、その制限に関しても言及いたします。最後に、各取引における仕訳や会計処理の方法について説明していきます。

自己株式の概要

本項では自社株式の基本情報と保有する理由などについて解説していきます。言葉では聞くことはあるかもしれませんが、具体的な内容については馴染みのない方も多いと思いますので、まずは基本をしっかり押さえましょう。

自己株式とは何か

自己株式とは、企業が発行する株式のうち、自らが取得している株式のことを指します。他の呼び方としては「金庫株」とも言われております。

旧商法では自社株式の取得は原則禁止となっておりましたが、2001年の法改正により、取得制限が緩和され自己株式の活用が柔軟に行えるようになりました。

なぜ企業が自己株式を保有するのか

では、なぜ企業は自己株式を保有するのでしょうか。

企業が自己株式を保有する目的として、以下が挙げられます。

  • 株価の維持や向上を図るため
    • 市場における株式の需給バランスを調整し、株価の安定化を目指す
  • 配当性向の改善
    • 保有株式数の減少により、株式数あたりの利益が増加することで、配当を向上させる
  • 事業再編の円滑化
    • 自己株式を活用して、M&Aや合併の際に株式交換などを実行する
  • 財務戦略の柔軟性
    • 保有株式を売却して資金を調達し、事業投資や負債の返済に活用する

上記を目的として、企業は自己株式の取得を検討し、適切な取得額や期間を設定します。

自己株式取得のポイント

本項では自己株式の取得について説明していきます。取得することの目的や取得時の注意点についてポイントを押さえましょう。

自己株式の取得とは

自社の発行した株式を株主から買い戻す行為のことを指します。上場企業の場合には市場から流通している株式を取得することが出来ますが、未上場企業の場合は個人株主から買い取る必要があります。

自己株式取得の目的とメリット

企業が自己株式を取得する目的について、説明していきます。

  1. 株式価値の向上
    • 企業が自己株式を取得することで、発行済み株式数が減り株価の上昇に繋がります。また、上場企業では配当の増額を目的として行うこともあります。
  2. 敵対的買収対策
    • 敵対的買収を仕掛けられた際に自己株式を取得することで、株価の上昇に繋がりますので、敵対企業の取得コストも増加します。また、取得した自己株式を他社へ譲渡することで敵対的買収者の所有割合を下げることが可能になります。
  3. 事業承継
    • 事業承継をする際に後継者が少数の株式を取得した後、自己株式を取得することで、結果として過半数以上の議決権を獲得できます。また、相続税の支払いの際に、自己株式を取得することで資金の確保も可能です。そのため、自己株式の取得は親族だけではなく第三者への承継にも非常に効果的です。

自己株式取得における制限・デメリット

自己株式を取得する際の規制や注意点について説明していきます。

2001年に規制が緩和されてからは、株式取得数の制限はなくなり、財源による分配可能額の範囲内であれば、ルール上は100%自社で保有することも可能となりました(ただし、実務的には、議決権を有する株式が存在しないことになり、株主総会が機能不全になることから、実行することはないと思われる)。また、上場企業では株価の変動につながるため、1日の買い付け数量の制限があります。そして上述したように、中小企業では配当の分配可能額により取得できる限度があります。そのため実行する際は専門家に相談し対応策を考えることが大切です。上場企業では自己株式を取得することで、株価の変動が起き、投資家に不利益が生じる可能性がありますので市場での株価や資金力を考慮し適切なタイミングで行うことが重要です。

自己株式の取得手続

一般的に自己株式取得の手続き方法は5つあります。それぞれの方法について、具体的な特徴や利用時の留意点を解説していきましょう。

市場取引による自己株式取得

市場取引による自己株式取得は、文字通り、株式市場に流通している自社の株式を購入する方法です。

この方法は非常に簡単で手間がかからないため、多くの上場企業が実施しています。ただし、株式が市場に流通している上場企業のみが実施可能な自己株式取得方法となり、上場企業であれば、市場取引を利用して迅速に自己株式を取得できます。

公開買い付けによる自己株式取得

公開買い付け (TOB) とは、企業の買収手段のひとつで、買収対象企業の株式買い付け期間や取得価格、取得株数などの条件を公開して不特定の投資家から株式を買い集める方法です。買収対象企業が買い付けに同意していないのに一方的に実施する敵対的TOBと、買収対象企業の経営陣が賛同している友好的TOBがあります。市場の内外に関係なく3分の1超の株式を取得する場合はすべてTOBが義務付けられており、近年は自社株式取得に利用する企業が増えています。

すべての株主から自己株式を取得

この方法では、すでに自社株を保有している株主から証券市場を介さず株式を買い取ります。全株主を対象にするミニ公開買付けとも言われています。

この方法は株主平等原則を守るために採用されることが多いです。特定の株主からの取得でないため、株主全体に対して公平に株式売却の機会を与えることができるためです。

特定の株主から自己株式を取得

特定の株主だけを対象に自己株式を取得する方法も選べます。株式公開買付け(TOB)や敵対的買収(M&A)から自社を守るために、友好的な株主から自己株式を取得する場合や株価が低迷しているために、自社株式の需給バランスを改善するために、大口株主から自己株式を取得する場合が想定されます。

子会社を通じた自己株式取得

子会社から自己株式を取得する場合、取締役会で自己株式取得の承認が必要となります。

自己株式を取得する際の法規制

自己株式取得に関して、会社法上では手続規制と財源規制が設けられています。これは、剰余金の分配によって株主と債権者に利益相反が起こらないようにするためです。自己株式の取得は、自己株式を取得する日における会社の分配可能額の範囲内でのみ行うことができます。これを、自己株式取得の財源規制といいます。会社法では、株主平等の原則のもと、すべての株主に対して保有株式の売却を勧誘した上で自己株式取得を行う方法を原則的な取得方法と位置付けています。具体的な手続きは以下の通りです。

  1. 株主総会の普通決議で、取得する自己株式の総数上限、取得対価の総数上限、取得可能期間などの大枠を決定
  2. 取締役会で、株主総会決議で定めた枠内で、取得する自己株式の数、1株当たりの取得対価、取得対価の総数、株式譲渡の申込期間を定める
  3. 会社は、上記で定めた内容をすべての株主に通知し、保有株式の売却を勧誘する(公開会社の場合は公告で代用可)
  4. 株主が譲渡の申込みをすると、会社は申込期間に譲受を承諾し、売買契約が成立する

自己株式の取得に係る税務の概要

未上場会社において自己株式を取得する際には、個人株主にとっては自身が保有する株式の譲渡となるため、株主個人に対しては所得税等が課されます。具体的には、個人株主が株式の発行会社に対して自己株式を譲渡する場合、譲渡価額のうち発行法人の資本金等の額(1株当たりの資本金等の額×株式数)を超える部分について、「みなし配当」として総合課税の配当所得が発生します。

配当所得が発生することで、事業所得や不動産所得など他の所得と合算されて課税されるため、超過累進税率によって高い税率が適用される可能性があります。これにより、譲渡所得(長期で20.315%の分離課税)と比較して所得税負担が重くなることがあるため、注意が必要となります。

自己株式消却のポイント

本項では取得した自己株式の消却について、目的やメリット、制限などについて解説していきますので、皆様の経営判断の参考にしてください。

自己株式の消却とは

自己株式の消却とは、取得した株式を消滅させ、発行済み株式数を減らす行為です。取得しただけでは金庫株として会社に残りますが、消却をすることで発行済み株式数を減らすことが出来ます。株数が減少することで、株価の上昇が起こる可能性が高くなります。また、消却を行う際には取締役会設置会社では取締役会の承認が必要になるなど注意点もあります。

消却の目的とメリット

自己株式の消却を行う目的としては、以下のようなことが挙げられます。

  1. 発行済み株式数の適正化
    • 自社株を消却することによって発行済株式総数を減らし、適正な水準にします。また、発行済み株式数が減ることで配当の総額も低下するため、配当コストの削減にも繋がります。
  2. 株価の向上
    • 上場企業であれば発行済み株式数が減ることで、一株当たりの利益が上がるため、市場での評価が高まり株価の上昇につながる可能性があります。

投資家としては株価が上昇することで利益につながり、企業としても企業価値が上がるだけではなく、配当の削減にもつながるため、自己株式の消却を上手に実行することで株主・企業双方にメリットが生じることになります。しかし、実行タイミングによっては資本力が低下し、株価の下落にもつながりますので注意が必要です。

消却における制限

自己株式の消却においても、法令による制限があります。消却の際に注意すべき制限は下記になります。

  • 取締役会決議が必要:
    • 自己株式の消却には取締役会決議が必要となります。
  • 上場企業の制限:
    • 上場企業は、自己株式の消却に関して厳格なルールが設けられており、消却数や手続きに注意が必要です。
  • 剰余金の範囲内での消却:
    • 自己株式の消却は、剰余金の範囲内で実行する必要があります。
  • 市場への影響を考慮:
    • 市場への影響を考慮し、適切なタイミングや規模で行う必要があります。

これらの制限に従い適切な消却手続きを行うことで、企業の資本効率が向上し、株主利益が守られるようになります。

自己株式処分のポイント

本項では自己株式の処分について、説明していきます。消却と同じようなイメージを持たれている方も多いですが、実際の意味合いは似て非なるものです。処分の基本的な情報や目的、制限について解説しますので、消却との違いについて理解を深めましょう。

自己株式の処分とは

自己株式の処分とは、会社が保有している自己株式の第三者への売却や、寄付、株式交換、併合などの企業再編のために利用したりすることを言います。消却は株を消滅させる行為のため、発行済み株式数が減少しますが、処分は会社が持っている自己株式を処分するために第三者に渡すという行為になりますので、発行済み株式数が減ることはありません。

消却と処分は、似た雰囲気を感じる言葉ですが、消却=消滅であり、処分=譲渡になります。具体的な処分方法としては、公開市場での売却や、特定の株主に対する譲渡、従業員持株会への供給、M&A実行時の対価などがあります。

処分の目的とメリット

自己株式の処分の目的は主に下記になります

  • M&Aの原資として活用
    • M&A実行時の対価や株式交換など事業再編を行う際の原資
  • 資金調達
    • 自己株式の売却により、資金調達が可能です。
  • ストックオプション
    • 役員や従業員に対するストックオプションとして活用することで、帰属意識を高め企業の成長を促します。

処分は消却と違い金銭的な対価がありますので、企業の事業再編や資金調達の観点で利用されます。そのため、取得時の価格が非常に需要になりますので、株価が割安なタイミングで取得することが望ましいです。

処分における制限

自己株式の処分においても、法令による制限が存在します。処分の際に注意すべき制限は以下になります。

  • 新株発行手続き:
    • 自己株式の処分は、新株発行と共に実行する必要があります。資金の払い込みを受けて、新株を発行する代わりに自己株式を処分します。
  • 株主総会・取締役会決議が必要:
    • 会社が自己株式を処分する際には、株主総会決議によって、処分する株式数や株式の払込金額などについて決定する必要があります。また、上場会社の場合には、取締役会決議によって決定する必要があります。

実際の手続きには専門家を活用し、法令に沿って手続きを行いましょう。

仕訳と会計処理の方法

自己株式の取引において、適切な仕訳と会計処理が必要となります。本項では取得、消却、処分それぞれの会計処理について説明していきますので、参考にしてください。

取得時の仕訳と会計処理

自己株式の取得を行った際には、純資産の部の勘定科目である「自己株式」で処理します。ただし、無償で取得した場合には仕訳の必要はなく、自己株式数の増加だけ行います。

「自己株式を現金1,000,000円で取得した場合の仕訳」

借方貸方
勘定科目金額勘定科目金額
自己株式1,000,000円現金1,000,000円
自己株式を現金1,000,000円で取得した場合の仕訳

消却時の仕訳と会計処理

自己株式を消却した際には、「自己株式消却損」の勘定科目で処理します。自己株式消却損は、「その他資本剰余金」または「その他利益剰余金」の減額項目となります。

1,000,000円で取得した自己株式を消却した場合の仕訳」

借方貸方
勘定科目金額勘定科目金額
自己株式消却損1,000,000円自己株式1,000,000円
1,000,000円で取得した自己株式を消却した場合の仕訳

処分時の仕訳と会計処理

自己株式を処分した場合は、帳簿価格と処分時の差額を「自己株式処分差益」または「自己株式処分差損」の勘定科目で処理します。 

売却価格が保有する自己株式の価格より高い場合には、「自己株式処分差益」となり、低い場合には「自己株式差損」となります。差益と差損は消却と同様に「その他資本剰余金」または「その他利益剰余金」で処理します。

1,000,000円で取得した自己株式を1,500,000円で処分した場合の仕訳」

借方貸方
勘定科目金額勘定科目金額
当座預金1,500,000円自己株式評価益500,000円
1,000,000円で取得した自己株式を1,500,000円で処分した場合の仕訳

「1,000,000円で取得した自己株式を500,00円で処分した場合の仕訳」

借方貸方
勘定科目金額勘定科目金額
自己株式消却損1,000,000円自己株式1,000,000円
自己株式評価損500,000円
1,000,000円で取得した自己株式を500,00円で処分した場合の仕訳

自己株式の取得・消却・処分のまとめ

自己株式の活用法は、株主への配当目的での取得や株式市場での売買による資金調達、企業再編に伴う株式交換、従業員へのストックオプションの付与など多岐に渡り、自社の状況に合わせて活用することで、企業価値の向上や資本効率の最適化に重要な役割を果たします。各手法を選定する際には、企業の経営状況や市場環境、財務目標等を鑑み、メリットとデメリットを比較検討することが重要です。また、会計処理や税務処理についても十分に理解し、適切に実施することが求められますので、実行する際は専門家に相談することが望ましいです。

みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として15年以上の業歴があり、資本政策にも精通したM&Aアドバイザーが多数在籍しております。  みつき税理士法人と連携することにより、税務面のサポートもワンストップで対応可能ですので、M&Aをご検討の際は、みつきコンサルティングにぜひご相談ください。

著者

伊丹 宏久
伊丹 宏久事業法人第二部長
ヘルスケア分野に関わる経営支援会社を経て、みつきコンサルティングでは事業計画の策定、モニタリング支援事業に従事。運営するファンドでは、投資先の経営戦略の策定、組織改革等をハンズオンにて担当。東南アジアなど海外での業務経験から、クロスボーダー案件に関しても知見を有する。
監修:みつき税理士法人

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