海外企業が日本の中小企業を譲り受ける案件は、2025年に過去最多を更新しました。円安と人手不足が重なる今、外資は本当に託せる相手なのか。市場データと外為法の手続、譲渡オーナーが確認すべき判断軸を、税理士法人グループのM&A仲介会社が整理します。
クロスボーダーM&Aの動向を数字で押さえる
海外の大型ディールのニュースは、規模が大きすぎて自社とは別世界の話に見えます。ところが数字を分解していくと、年商10億円前後の会社を営むオーナーにも関わる変化が現れています。まずは市場全体の輪郭から確認していきましょう。
2025年は件数・金額とも過去最高を更新
レコフデータの集計によると、2025年の日本企業が関わるM&Aは件数・金額ともに過去最高を更新しました。下表は、マーケット別の内訳を整理したものです。国内同士の取引が大半を占める構図は変わりませんが、金額では海外が絡む案件の比重が大きくなっています。
| マーケット区分 | 2025年の件数 | 件数の前年比 | 2025年の金額 | 金額の前年比 |
|---|---|---|---|---|
| IN-IN(日本企業同士) | 4,086件 | 10.4%増 | 11.2兆円 | 59.9%増 |
| IN-OUT(日本企業が海外を譲受) | 657件 | 1.2%減 | 18.2兆円 | 87.2%増 |
| OUT-IN(海外企業が日本企業を譲受) | 372件 | 11.7%増 | 6.2兆円 | 70.0%増 |
| 合計 | 5,115件 | 8.8%増 | 35.7兆円 | 74.7%増 |
出典はレコフデータの2025年M&A回顧です。市場全体の推移は日本のM&A件数の推移で年次データを追えます。用語の整理から入りたい方はM&Aの基本と流れを先にご覧ください。
IN-OUTとOUT-INで方向が分かれた
注目したいのは、方向の違いです。日本企業による海外企業の譲受(IN-OUT)は件数が前年を下回った一方、金額はほぼ倍近くまで膨らみました。少数精鋭の大型案件に絞り込む姿勢が、そのまま数字に出ています。
逆に海外企業による日本企業の譲受(OUT-IN)は、件数・金額の両方が伸びて件数は最多を更新。買う側としての日本より、買われる側としての日本のほうが、勢いという意味では上回った年でした。
2026年に入っても件数は最多を更新中
この流れは2026年に入っても続いています。2026年1〜6月期の日本企業が関わるM&Aは2,647件と、上期として最多を更新しました。金額は前年同期の巨額案件の反動で減少したものの、件数の底堅さは変わりません。
国別では米国向けが最多で、ASEANではシンガポールに続いてタイ、ベトナムが上位に入ります(レコフのクロスボーダー市場情報)。市場全体の見通しはM&A市場の規模と今後の展望で整理しています。
海外企業による対日投資が最多を更新した背景
「なぜ今、日本なのか」。この問いに対する答えは1つではありません。為替、市場構造、政策の3つが同時に動いたことが、OUT-IN案件を押し上げています。
円安が作り出す「割安に見える日本企業」
ドル建てで見れば、日本企業の値札は数年前より大きく下がりました。同じ収益力を持つ会社を、海外の譲受企業は自国通貨ベースで安く手に入れられます。これが投資判断の入口になっているのは間違いありません。
ただし、譲渡オーナー側から見れば話は逆です。為替が有利だからといって、譲渡価額そのものが上乗せされるとは限らない点に注意が要ります。
市場と技術、そして人材そのものへの需要
為替だけが理由ではないところが、今回の局面の特徴です。日本の中堅・中小企業が持つ加工技術、品質管理の水準、そして辞めない現場人材。これらは海外の譲受企業にとって、資金を積んでも短期間では作れない資産にあたります。
人手不足を背景にした譲受ニーズは国内でも強く、人材確保を狙った会社譲受は業種を問わず増えています。
政府が対日直接投資を後押ししている
制度面の追い風も見逃せません。2025年6月の対日直接投資推進会議で、政府は対内直接投資残高の目標を2030年に120兆円、2030年代前半のできるだけ早期に150兆円へ引き上げる方針を決定しています。
詳細は経済産業省「対日直接投資の推進」で公表されています。国として外資を呼び込む方向にある以上、この流れは一過性では終わりにくいと見ておくべきでしょう。
譲渡オーナーにとってクロスボーダーM&Aの動向が意味すること
ここからが本題です。市場統計を眺めるだけでは、自社の意思決定は1ミリも進みません。動向を「相手選びの選択肢」という角度に置き換えて読み直してみます。
譲受企業の候補が国内だけではなくなる
後継者が不在で第三者承継を選ぶとき、多くのオーナーは同業の国内企業を思い浮かべます。そこに外資系企業や海外資本のファンドが加わると、候補の母数が増え、条件を比べる材料も増えます。
相手の類型ごとの違いは同業種・異業種・ファンドの比較で整理しました。外資特有の論点は外国企業へ譲渡する際の注意点にまとめています。
評価の物差しが変わる場合がある
候補が変わると、値段の付け方も変わります。ここは期待も落胆も生まれやすい部分。
純資産ベースではなく収益力で見られやすい
国内の中小企業M&Aでは時価純資産に営業利益の数年分を加える考え方が広く使われますが、海外の譲受企業はEBITDA倍率を軸に据えることが多くなります。EBITDAによる価格の読み方を押さえておくと、提示額の意味を理解しやすくなります。
役員報酬や地代の正常化が価格に直結する
オーナー会社では、社長報酬や関係会社への地代が実態と離れていることも珍しくありません。海外勢はここを厳密に調整してから倍率を掛けます。決算書の数字がそのまま評価されるわけではない点は、事前に知っておきたいところ。
為替と資金調達コストの影響
譲受企業が海外で資金を調達する場合、自国の金利水準が投資判断に効いてきます。金利が高い局面では、提示できる倍率が抑えられる場面も。評価の全体像は企業価値評価の計算方法で確認できます。
国内企業のほうが向いている場面もある
外資が常に有利、という単純な話ではありません。地域密着型のサービス業や、許認可・行政対応が事業の中核にある会社では、国内の同業に託したほうが従業員も取引先も安心して動けます。
相手の見極め方は譲受企業の選び方で具体的に解説しています。
外資へ会社売却するときに外せない実務論点
意外と知られていないのが、外資が相手になった瞬間に増える手続です。国内同士なら発生しない工程が入るため、スケジュールの引き方が変わります。
外為法の対内直接投資に該当するかを最初に確認する
外国投資家が日本企業の株式を取得する行為は、外国為替及び外国貿易法(外為法)上の対内直接投資等にあたります。上場・非上場を問わず制度の対象になる点が、まず押さえどころ。
非上場株式は1株の取得でも対象になる
上場会社は議決権1%以上の取得が基準ですが、非上場会社の株式は取得割合にかかわらず対内直接投資等に該当します。オーナー企業の株式譲渡は、ほぼ確実にこの枠内に入ると考えておくのが安全です。
指定業種に該当すると事前届出と待機期間が生じる
営む事業が指定業種に該当する場合、外国投資家は事前届出を行い、受理日から原則30日間は取得を実行できません(審査により短縮されることもあります)。制度の詳細は財務省「対内直接投資審査制度」で公表されています。
クロージング日を逆算して設計する
この待機期間を織り込まずに決済日を決めてしまうと、最終契約の締結後に日程を組み直す羽目になります。支援現場では、基本合意の段階で業種該当性を洗い出し、逆算して全体スケジュールを引き直すのが定石です。
経営者保証と借入の引継ぎ
中小企業の譲渡では、社長個人の連帯保証をどう外すかが最大の関心事になります。海外の譲受企業は日本の経営者保証慣行を前提としていないことがあり、金融機関との交渉に時間がかかりやすい傾向。
中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)でも、保証の移行が約束どおり実行されないトラブルが指摘されています。連帯保証の解除は契約条項で明記しておきたい論点です。
従業員の雇用条件と統合後の運営
株式譲渡であれば雇用契約はそのまま承継されますが、評価制度や決裁ルールは統合後に見直しが入ります。摩擦が起きるのはたいてい制度そのものではなく、説明の順番と時期。
実際の影響範囲は従業員の待遇の変化と統合プロセスの進め方で解説しています。
外資が候補に入ったときの確認項目
当社が海外資本の譲受企業を検討するオーナーに対して、初期段階で必ず確認している項目を挙げます。どれも面談1回で聞ける内容ばかりです。
- 自社の主力事業が外為法の指定業種に該当しないか(許認可・技術の種類から判別)
- 意思決定を行うのは日本法人か、それとも本国の本社か
- 連帯保証の解除について、金融機関と交渉する主体はどちらか
- 譲渡後に社長へ求められる残留期間と、その間の権限の範囲
- 最終契約や表明保証条項の準拠法と言語(日本法・日本語かどうか)
- 従業員説明の時期と、通訳を含めた説明体制
税務面では、譲渡益への課税は譲渡オーナーが日本の居住者である限り相手が外資でも変わりません。株式譲渡益は申告分離課税で、税率は20.315%です。手取りの計算は会社売却の手取り額で試算方法を示しています。
日本企業による海外企業の譲受(IN-OUT)の動向
旧来の「クロスボーダーM&A」といえば、こちらの方向を指す言葉でした。件数と金額が逆方向に動いた点に、戦略の変化が表れています。
件数は減少、1件あたりは大型化
2025年のIN-OUTは657件と前年をわずかに下回りましたが、金額は18.2兆円と87.2%増。円安のコスト増を承知のうえで、狙いを絞って大型投資に踏み切る企業が増えた結果です。
大型案件の傾向は大型M&A案件の特徴でも取り上げています。
投資先は米国とASEANに集中
投資対象国では米国が引き続き最多。ASEANではシンガポール、タイ、ベトナムが上位を占めます。人口動態と製造拠点の分散という2つの動機が重なっているエリアです。
長期にわたる海外展開の実例としては、JTの海外案件の経緯が参考になります。
中小企業が海外企業を譲り受ける現実味
数億円規模の海外案件も存在します。ただし言語、会計基準、労務慣行の差が国内案件の比ではなく、調査の難度が跳ね上がる点は覚悟が要ります。海外案件の調査の注意点を先に読んでおくと、費用感の見当がつきます。
タイでの譲受を検討される場合は、みつきアカウンティングのタイM&A支援が現地体制を持っています。
業種別に見たクロスボーダーM&Aの動きと会社売却への影響
同じ「活発」でも、業種によって買われ方はまるで違います。自社が属する業種の文脈で読み替えてみてください。
製造業は技術と供給網が評価される
精密加工、特殊素材、金型といった領域では、海外の譲受企業が技術と熟練工をセットで求めます。国内需要が細っている会社でも、輸出比率を持つ相手と組むことで評価が上向くケースは確かにあります。
IT・情報通信はスピード重視の譲受が続く
ソフトウェア資産やエンジニア組織の獲得を狙った案件が引き続き活発です。ただしこの分野は外為法の指定業種に触れる可能性があり、業種該当性の確認が特に重要になります。
建設・インフラはデータセンター需要が牽引
電力設備、空調、通信工事といった周辺領域に需要が集まっています。国内の公共事業依存から抜け出したい会社にとって、資本提携が現実的な選択肢になりつつあります。提携と譲渡の比較も参考にどうぞ。
食品・消費財はブランドと販路が主眼
北米ではブランド、アジアでは流通網の獲得が目的になりやすい分野。地方の食品メーカーが海外資本の傘下で輸出を伸ばした例も出ています。業種ごとの譲受ニーズはニーズの高い業種で整理しました。
動向を踏まえた譲渡オーナーの判断軸
市場が活況だから急ぐ、という判断はおすすめしません。とはいえ、悠長に構えていられる話でもない。バランスの取り方を整理します。
タイミングは業績のピークではなく準備の完了度で測る
相場が良い年に慌てて動くより、決算書の整理、少数株主の集約、簿外債務の洗い出しが済んでいる状態のほうが、結果として条件は良くなります。譲渡の適切な時期で考え方をまとめています。
候補を広げること自体に価値がある
外資に決めるかどうかは別として、候補に入れて比較すること自体が条件交渉の材料になります。1社としか話していない状態で提示された金額が妥当かどうかは、誰にも判断できません。
相談先は動向の解説者ではなく実行者を選ぶ
市場動向を語れる相手は多くいますが、外為法の届出や保証解除の交渉まで伴走できるかは別問題です。相談先ごとの違いと、実際に譲渡を経験されたオーナーの声を集めた当社の支援事例を見比べてみてください。
クロスボーダーM&Aの動向に関する売り手のFAQ
海外資本を相手にした会社売却について、面談でよく受ける質問を4つ挙げます。
あります。特に技術や資格保有者を抱える製造業、IT、専門サービス業では、日本法人を持つ外資系企業や海外資本のファンドが候補に入ります。ただし相手の日本国内での実績と、意思決定を誰が行うかは必ず確認したいところです。
株式譲渡であれば雇用契約はそのまま引き継がれ、譲渡を理由とした解雇は認められません。現場ではむしろ、人材確保が譲受の目的になっている案件が大半です。とはいえ評価制度の変更は起こり得るため、最終契約で処遇維持の期間を定めておくのが実務的です。
届出義務を負うのは外国投資家である譲受企業側です。ただし業種該当性の判断には自社の事業内容と許認可の情報が必要になるため、譲渡オーナー側の協力は欠かせません。届出から実行までの待機期間があるため、決済日の設定には余裕を持たせます。
為替は譲受企業の資金負担を軽くしますが、そのまま譲渡価額に上乗せされるわけではありません。価格を左右するのは正常収益力と事業の継続性です。相手の国の金利水準次第で倍率が抑えられることもあり、条件次第としか言えない面があります。
まとめ|クロスボーダーM&Aの動向と会社売却の判断
2025年から2026年にかけて、海外企業による日本企業の譲受は件数・金額とも過去最高の水準にあります。譲渡オーナーにとっては相手候補が広がる局面ですが、外為法の届出や経営者保証の扱いなど、国内案件にはない工程も生じます。動向に振り回されず、自社の準備状況から逆算して考えたいところです。
みつきコンサルティングは、みつき税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業の会社売却・事業承継を数多く支援してきました。決算書の実態把握から譲渡価額の設計、外資が相手となる案件の手続まで、公認会計士・税理士とM&Aアドバイザーが一体で対応します。相手候補を広げて比較したい段階からでも、お気軽にご相談ください。
完全成功報酬のM&A仲介会社なら、みつきコンサルティングへ >
著者

- 事業法人第二部長/M&A担当ディレクター
-
ヘルスケア分野に関わる経営支援会社を経て、みつきコンサルティングでは事業計画の策定、モニタリング支援事業に従事。運営するファンドでは、投資先の経営戦略の策定、組織改革等をハンズオンにて担当。東南アジアなど海外での業務経験から、クロスボーダー案件に関しても知見を有する。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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